いかに「起業家の顔」と「母親の顔」を使い分けるか

村上臣氏(以下、村上):ここからは、平野さん自身の働き方についても聞きたいと思います。冒頭に触れたとおり、2児の母でいらして、かつCEOという重責も担っています。在宅ワークがメインだと家庭ではいろいろ大変なこともあると思うんですけれど、どのように「起業家の顔」と「母親の顔」を使い分けていますか?

平野未来氏(以下、平野):1日の流れでお話すると、だいたい起きるのは5時か6時くらいです。

村上:早いですね。

平野:私はもう少し寝てたいんですけど、子どもが起きるので寝かせてくれないんですよ(笑)。そのあと朝の準備をして、保育園への送迎を私と主人が交代でやっています。送ったら仕事を始めて、18時過ぎに子どもを迎えに行く感じです。20時半くらいに子どもを寝かせて、あとは、家族でご飯を食べることは決めているので、その時間は絶対に確保して、そのあとまた仕事に戻る。そういう1日を送ってます。

村上:日々困っていることは、なにかあるのですか?

平野:私としては、けっこう理想的な生活ができてるなと思っていて。

村上:すばらしいですね。

平野:経営者として、デリゲーション(権限移譲)ができるかは非常に重要だと思うんですけれど、手前味噌ですが私はそれがめっちゃうまいと思ってるんですよ(笑)。というのも、もともと苦手なことが多い性格で、能力的にすごくボコボコしているタイプなんです。

ビジョンを決めたり、人に話したりするのは得意なんですけれど、オペレーションに関することはめちゃめちゃ苦手なんです(笑)。得意な人にお願いするみたいな(笑)。仕事もそうですし、家庭でも同じなので、周囲もそれを理解した上で回っている。結果的に、理想的なかたちになっているのかもしれません。

村上:家庭内の家事のデリゲーションも、うまくいっているのですか?

平野:そうですね(笑)。

村上:重要ですよね。私の家も同じで、けっこう得意不得意がお互い分かれているので、昔から家事は分担していました。例えば縫い物は僕がやるとか。

平野:縫い物やるんですか!?

村上:そうです。昔、保育園の登園バッグみたいなのは、すべて僕がミシンで作ってましたから。無駄に手先が器用なので。

平野:へ~!

村上:パートナーがね、破壊的にそれができないってわかってるので、そもそもやろうとしないんですよね(笑)。役割分担って、やっぱり大事ですよね。

平野:すごい。

キャリアと生き方の狭間で揺れる、多くの日本人女性

村上:なんでこの話をしたかというと、リンクトインが「女性の働き方」をテーマにしたキャンペーンをスタートするんですね。まずは日本在住の女性750人にアンケートを取ったんですよ。

その結果が、日本の女性の多くがキャリアと生き方の狭間で揺れていて、悩んでいることが分かりました。しかも、相談する相手がいない。これに対して、我々も何かできないかなと思って。

例えばリンクトインというコミュニティの中で、つながることで孤独を癒したり、求人を通して女性の経済的自立や社会での活躍を後押ししていけるのではないか。そんな発想から、オンラインを中心とした「#ワタシゴト」というキャンペーンを展開しようと考えています。

自分らしさはやっぱり大事ですし、先ほどの仕事の分担も含めて、どうすれば自分らしく働けるのか。日本では一般に、女性の方が家事を担当することが圧倒的に多いですよね。

調査でも、家事に時間を取られた結果としてキャリアを諦めたり、出世を望まなかったりという結果が出ています。こうした課題に対して、リンクトインもサポートしたいと考えています。

呼吸と同じように平然とできることが「真に得意なこと」

村上:平野さんの場合は権限移譲がうまくいっているとのことですが、会社の中にも当然、いろいろな境遇の方がいると思います。今触れた調査結果について、実感はありますか?

平野:どうしても女性の負担が大きくなりがちなので、女性の活躍を本気で考えるなら「旦那さんが家事を半分やるんだ」ということを当たり前に思っていただけないと、どうしようもないですよね。

「私らしい仕事」というのはすごくいいですね。よく申し上げているんですが「めちゃめちゃ得意な仕事を見つける」のはとても大事だと思うんです。もう「息を吸うほどに得意」というレベルで。

ただ、誤解してはいけないのは「自分が努力をしてできることが、必ずしも自分が得意なことではない」ということなんです。そうじゃなくて「自分では努力とも思わないくらい、息を吸うレベルにできること」っていうのが、真に得意なことだと思うわけです。

村上:なるほど。

平野:キャリアでもプライベートでも、これを見つけられるかどうかが自分らしく生きられるかの分かれ目だと思います。

村上:日本の教育は全般的に「苦手なこと、弱みを克服することがいい」とされている感じがします。でも実際には、それぞれ強みもあれば弱みもあります。だから本当は強みの部分、息を吸うように強い部分を見つけて、そこを伸ばしていくことが大事だということですよね。

平野:そうですね。弱みなんていうのはほかの人にお願いして、強みの中でも本当に超得意な、息を吸うレベルのところにフォーカスするのがいいと思います。

村上:「息を吸うレベル」という言葉、非常に刺さりました。確かに、自分の強みって意識していないけれども、周りと比べて際立っているスキルや能力に着目しようと。

平野:それを探すのは、けっこう大変です。息を吸うレベルにできているので「他の人にはできない」ことに気づきにくいんです。

村上:どうやって見つければいいんですか?

平野:これはもう、周りに聞くしかないんです。「私の働き方を見ていて、他の人はすごく時間や精神コストがかかったりしているんだけれども、私は簡単そうにやってるみたいなところってある?」と。すごくウザい質問だと思われがちかもしれないんですけれど(笑)。まずはそこからだと思います。

村上:フィードバックは大事ですよね。自分のことって、自分ではたぶん半分くらいしか理解していなくて。コミュニティの中で、率直にそういうことを言ってもらえる相手を探すように努めると。

オープンなコミュニケーションは重要ですね。そして、フィードバックをちゃんと聞いて認識する姿勢。こうした点が、キャリア作りにも大切なのだと思いました。ありがとうございます。

AIと人が共生する社会での、人間の価値とは?

村上:あと2つ質問がありまして。1つ目は、AIと協働・共生する社会になった時に、果たして人間の価値は何になるのか。平野さんはどう捉えていますか?

平野:基本的には「アブダクション」だと思います。アブダクションとは「抽象的に考えて、そこから仮説を発見する作業」のことなのですが、これはAIにはまったくできないことなんです。

AIは事前に設計したことに「こうやってください」「こういう学習データを理解してください」といった具合に指示を出して、それを効率的に、連続的に作業することは得意なんです。だから、やり続ける根性はものすごいというか。

人間は24時間連続で働けないけれどAIはずっと働けますので、長時間にわたって何かを最適化していく作業はAIの得意領域なんです。

一方で、抽象的に考えて仮説を見つける作業は、まったくできない。アブダクションの中で定義されている能力は5つあります。1つはクリエイティブ、次がホスピタリティ、マネジメントとイノベーション、あとエクスパータイズ(専門知識)です。

例えば、ホスピタリティの場合、レストランで早く料理を運ぶ作業とかは、AIの方が強いわけですね。やることが決まっているから。

でも、高級ホテルレベルのホスピタリティは、AIには真似できないわけです。おそらく、現場にマニュアルはほとんどなくて、空気を読みながらサービスを提供していると思うので。相手の立場に立って考え、ちょっとした仕草を読み取って仮説を立てる。「もしかして体調悪いですか?」といったことは、AIにはできません。そうした点が価値になるのではないかと思います。

村上:コメント欄に質問が来ていまして「提案が良くなってくると、基本的には提案されたことをイエスと言っているだけになってしまうのでは?」とあるのですが、これはどうですか? 仮説は、その提案の外にあるということなんですかね?

平野:おっしゃるとおりで、人間がAIから提案されたことを承認する作業は「Expert in the loop」(「人間とAIが一緒に働く」という考え方)なんですよ。AIは「答えはこうなんじゃないですか?」って言って、それがイエスだったら「そうです」、違うんだったら「違いますよ」と。

しかし、Expert in the loopだけでは、すべては解決できないわけです。抽象的に考えて、例外処理にどう対応すればいいか考えることは、仮説を見つけることと同義だと思うのですが、そこは絶対にAIにはできません。

「機械やシステムが人に合わせる働き方」に転換すべき

村上:ありがとうございます。最後に平野さんご自身が、次の10年で成し遂げたいことは何かと問われたら、どう答えますか?

平野:冒頭、働き方を変えたいと言いましたけれど、要するにフリクションをひたすらなくしていく働き方を実現したいと思っています。私はフリクションは「仕事をするうえで嫌なこと」と定義していて、例えば、何回も同じことを繰り返したりすることは、できるだけ減らしていきたいと考えています。

もう1つは「ナレッジアンマネジメント」と呼んでいる働き方をぜひ実現したいです。ナレッジマネジメントは、おそらくみなさんも聞いたことがあると思います。みんなの知識なり知見なりを蓄積して共有していこうという意味で、この20年くらい叫ばれ続けていますが、一向に実現できていない(笑)。

私がナレッジアンマネジメントが必要だと思っているのは、そもそもの人間の働き方を見直したいと思っているからなんです。これまでは「人間が機械・システムに合わせる」という働き方が常識だったわけですけど、そろそろ「機械やシステムが人に合わせる」働き方に転換するべきではないかなと。

例えばCRMツールを導入して、営業担当者に「今の営業の状況を報告してね」と言っても、誰も書かないわけですよ。

要するに面倒だから書かないんです。人が機械やシステムに合わせないといけないから。そうではなくて、ナレッジをマネジメントしなくても、勝手にナレッジが蓄積されていく仕組みを作りたいと思っています。

その一端は見えてきているんです。例えばSlackのようなチャットツールを導入しているケースが挙げられます。メンバーがとあるプロジェクトについて話していたとして、2週間後に上司がSlackでキーワード検索して見ると、当時のコミュニケーションログが出てきて、読みながら「あ、なるほど」と気付きを得られたりします。

その時のチームは、別に上司に対して情報を報告しようと思って書いているのではありませんよね。勝手にコミュニケーションをしていて、上司がなんとなくそれを見た結果、新しいナレッジの共有になっている。これがある種、ナレッジアンマネジメントなんです。すべてのデータがつながると、もっとすばらしいことになると思います。

例えば、営業の会議や送ったファイル、メール、電話すべて「AIで一気通貫して把握できます」という状況になれば、CRMツールに書き込む作業も勝手にAIがやってくれるかも知れない。実現できると、マネージしなくていい分、営業メンバーの個性を引き出せるようになります。それぞれが得意なことに集中できるようになり、多様性のある働き方も実現できると思っています。

村上:リンクトインもグローバルでコンパッションマネジメント、というかたちで共感が大事、特にリーダーにとっては必要不可欠であるという感じでやっているので、非常に共感するところが多かったです。まだまだお話したいんですけれども、時間ですね。本当に今日はお忙しいところ、ありがとうございました。

平野:本日はいろいろとご質問いただき、ありがとうございました。