国会占拠後に起きた、2つの出来事

田中章雄氏(以下、田中):さて。普通はこんなことが起きたとして、自分が計画の中心人物だったら、あなたみたいに6年後に政府にいるとは思いませんよね(笑)。

運動にテクノロジーをもたらした人物が、数年後に政府の一員となっ切り開いていくといったケースでしたが、これからどうなっていくと思いますか? 台湾におけるイノベーションとして、非常に興味深いものだと思います。

オードリー・タン氏(以下、オードリー):そうですね。占拠のあとは2つの出来事があって。1つは20014年末の市長選。占拠を支持した人たちがみんな市長に選出されて、時々、就任演説をすることなく選出されていました。選出されるとは思っていなかったのでしょうね(笑)。

そして、占拠を支持しなかった候補者たちは驚くほど落選していきました。党関係なく、政府を切り開くことを支持した人たちはみんな市長となって、支持しなかった人たちはなっていないんですね。これが1つ目です。

田中:ちょっと確認させていただきたいのですが、この最初の運動が、台湾の政治情勢を完全に変えたということですね?

オードリー :おっしゃる通りです。例えば台南市では頼清徳(William Lai)市長。のちの行政院長(注:現在は副総統)は、オープンガバメントプラットフォームでの再選に向けて運動していましたし、台北市長の柯文哲(Ko Wen-je)は無所属ですが、彼もまた同様の運動をしていました。基本的に彼らはみんな選出されていきました。

2つ目は、リバース・メンターシッププログラムが導入されたことです。これは当時国会を占拠していた人たちから、大臣たちが仕事の仕方を学びたいと思ったときに、彼らとパートナーを組んで働くことができたんです。リバース・メンターたちは、みんな35歳以下ですが。

年上の大臣は、政治が社会にどう作用するのかをリバース・メンターたちに教え、年下のリバース・メンターたちは大臣に民間のハッカーの取り組みを教えたんですね。そういったパートナー関係でした。

私は蔡玉玲(Jaclyn Tsai)のリバース・メンターでした。彼女はそれ以前は、IBMアジアにいて、当時の馬英九政権の大臣でもありました。2014年末のことです。

そうして、新しい方向性を示した若者たちはリバース・メンターとして雇用されたわけです。私は39歳になりましたが、もちろん今もリバース・メンターたちと働いています。

田中:それって珍しいですよね。若いメンターに状況理解の手助けをしてもらう年上の政治家がいる政府なんて初耳です(笑)。

「学校の宿題」が社会制度を変革

ではオードリーさん、視聴者の方からいくつか質問が来ているようなのでピックアップしていきましょう。最初の質問はIさんからですね。

彼は、社会問題に参加する若い学生がほとんどおらず不十分に感じているようです。これは教育の違いによるものでしょうか? とのことです。

台湾の教育システムは日本のものと非常に似ていると思うのですが、自由民主主義である日本のような国が若い人の行動を起こすという面において、台湾のようにうまく機能しないのはどうしてだと思いますか?

オードリー:非常に良い質問ですね。1つ挙げておきたいのは、私が小学校に通っていた頃は実際、日本のカリキュラムに準じていました。

でも、世紀の変わり目あたりにものすごく変わったんです。2010年だったと思いますが、カリキュラムが変わって「市民的不服従」がその一環として教えられるようになりました(笑)。

K-12(12年国民教育制度)のカリキュラム委員会でお仕事をした時に、お会いした先生方(昨年新しいカリキュラムを書き上げた方々)は、ひまわり運動に誇りを持っているとおっしゃっていました。それは、占拠していた人たちが市民的不服従をクールなものとして描いたカリキュラムの第一期生だからですね(笑)。

ですから、新しいカリキュラムは効いたわけです。そのカリキュラムが選挙権のない年齢、いわゆるネット署名やサンドボックスでの市民参加型予算での参加を呼びかけたんですね。選挙権を得られるまで待つのではなくです。

例えば、ここ数年で人気だった請願のうちの1つは、店内提供用のプラスチック製ストローの廃止でした。これは16歳の女の子によるもので、どうして5,000人以上もの人をプラスチック製ストローの廃止に集めたのかと聞いたら、彼女は「公民の宿題だから」って(笑)。

田中:(笑)。

オードリー:つまり、学校の先生が単に社会運動を起こすことを宿題にしたら、彼女の宿題には人を動かす力がものすごくあったんです(笑)。

田中:彼女は、宿題をしたら変えちゃったと(笑)。

オードリー:そう、そうなんです。宿題をやったら5,000人がついてきちゃったってことです(笑)。他の国でなら毎週金曜日にストライキしていたところを、オンラインでやって実際にプラスチック製ストローの方針が変わったわけです。彼女の請願というか、宿題によって(笑)。

こういう早期の成功は若い世代の想像力を解放すると思うんです。彼らは「18歳だったときに戻って考えてみなよ」「20歳だったときに戻って考えてみなよ」とは言われません。12歳のときだって、14歳のときだって、15歳のときだって彼らは非常にアクティブな市民ですからね。

民主主義の台湾では、大臣が市民を信頼している

田中:ありがとうございます。次の質問はKさんからいただいていますね。オードリーさん、質問を読んでいただけますか?

オードリー:はい、もちろん。

「日本でも OSSコミュニティによる接触確認アプリの開発には、シビックテックが活躍してきました。しかし、行政の広報活動が不十分であったため、公開後に発生した問題については、公開元(厚生労働省)ではなく、Twitterで情報を発信したボランティアエンジニア個人が直接非難され、協力者は大変苦しい思いをしました。政府は彼らに金銭的な報酬を与えず、それは私たちも同じです。ただ彼らを有名にしただけですが、それどころか風評被害を受けてもカバーしませんでした。これは、政府による市民権の搾取であると感じます。市民技術を最大限に活用するために、政府はどのような対策をすべきなのでしょうか。」

すごい! すごくいい質問です。

これには2つ話したいことがあります。まず1つ目に、これは「リバース・プロキュアメント」と台湾では呼ばれています。g0v(ゴブゼロ)がイニシアチブを取って設計し、プロトタイプを作ります。GoogleとAPIに取り組み、利用料が予算を超過するようであれば、オープンストリートマップコミュニティを使用します。それらが「私たちが見たいもの」を提供し、政府は絶対的に必要なオープンAPIを提供します。

ですが、私たちは開発の方向性をコントロールすることはありません。私たちは徹底的に市民を信用しますが、市民は私たちを信用する必要はないんです。ここが最も重要なポイントです。これはプロキュアメントではなく、リバースプロキュアメントであって、私たちがベンダーでシビル・ソサエティが、シビルテックがボスになる。どうするかは彼らが決定するんですよ(笑)。

私たちの外交事例にも見られますが、例えば「Tai、wanCanHelp.Us(台湾が手助けするよ)」というのが世界に対するメインの外交メッセージで、このウェブサイト上のタイムラインをみていただければすぐに確認できます。(注:「TaiwanCanHelp.Usにて確認可能)

このウェブサイトは、完全に民間のハッカーたちによって作られたものです。政府は一切、資金供給を行っていません。外務省はこのドメインを所有しておらず、民間が好きなように好きなことを載せていて、実はクラウドファンディングを使っています。

ポイントとしては、これは人のために稼働しているのではなく、人の後で稼働しているんです。正当性を持った人々が「アプリケーションをコントロールしたい」というなら、単純に私たちが市民をやめさせることはできなくて「市民に加わっていく」必要があります。これが取るべき態度かと思います。

「それから、全面的にサポートはしてもコントロールはしない」とは言いましたが、最初は少し非難を浴びました。でも私たちの Finjon Kiang氏をはじめ、ゼロからの協力者たちが全面的に信頼を得られるように気をつけました。

こういった流れのなかでは、例えば政府に対し働きかけて「あなたのほうがいい案を持っているね、受け入れようか」という状況よりも、人々はよりイノベーティブになるんです。

そういった状況は、セキ・ハルさん(注:Code for Japan 関治之さん)とのコラボレーションや、ストップCOVIDダッシュボードで見られました。政府はGitHubのページと政府のドメインを彼らに与えましたが、寄り付きませんでしたね。

例えばカラーパレットについて政府がコントロールしようとした時、色覚異常のある方やその手助けをするユニバーサルデザインのデザイナーが、東京都に「気にしなくていい」と伝えましたが、まさにこれです。こういった流れを私は台湾、世界で促進していこうとしているんです。

田中:非常におもしろいですね。要はプロセスを完全にひっくり返したということですね。政府が人々に奉仕しているという(笑)。

オードリー:そう、そうであるべきなんです(笑)! 私がよくツイートしているインターネットミームみたいなものがありまして。「民主主義の台湾では大臣があなたを信頼しています」(In democratic Taiwan, Ministers trust YOU!)って(笑)。

デジタル開発と社会的不平等の関係性について

田中:さあ、次の話題に移る前に、もうひとつ質問をピックアップしていきましょう。Mさんからの質問です。デジタル開発と社会的不平等の関係性について、何かご意見はありますか? 例えばデジタル格差などで。

オードリー:はい、あります。例えばデジタル格差とは「デジタル化による権力の獲得やデータへのアクセス」のことで、社会的不平等を減らすためにデジタルをどう活用すればいいのかなどですね。

台湾でデジタルロードマップを作った時、DIGIというのがあって。これがデジタル化(digitization)、イノベーション(innovation)、管理(governance)、インクルージョン(inclusion)。これらの頭文字です。

これら4つはどれも同じくらい重要なもので、イノベーションを繰り出すためにインクルージョンを犠牲にはできませんし、デジタル化だけのために管理を犠牲にはできません。

これら2つのバランスは常に大切です。これを実現する確実な方法は、例えば5Gクリーンパス、5つすべての通信事業者がクリーンであることが証明されているんですが、これをオークションにかけた時に、たくさんお金を得なければならなかったんですね。それは、オークションが他の公共用途のスペクトルよりも値段を最大化するようにデザインされていたからです。

こうしてたくさんのお金が余分に手に入ったんです。そして「このお金は苦しみに一番近い人たちに活力を与えるために使いたい」となったんです。

例えば自然の残る台東の山々だったり、台湾最南端にある恒春鎮(Hengchun)は沖合の島々へは救急車がまとも通れなかったり、などですね。4Gがブロードバンドとしてあっても、救急車が困っていたらあんまり良くないわけです。ですから、5Gの余剰分はそういった苦しみが大きいところにまず使われました。

つまり、苦痛に最も近いところにいる人たちがイノベーションを見つけたとき、資金を心配しないで済むようにしておくということなんです。そして、特有のユースケースにおいて5Gが一番有効なのはミリメートルなのかサブシーケンスなのか、といったサンドボックス実験もできますね。

インクルージョンの大事なポイントの1つは、実際にそこへ行って何日か住んでみて、民俗を学ぶこと。つまり現地の人たちと歩き回ったりして、彼らの生活を理解するようにすることです。それから、こういったテレコミュニケーションを中央政府から持ち込むんです。

私は日本の中央政府のキャリアパスが非常に気に入っているんです。まずは地方で何年か働いて、それから戻ってくるというものですね。私がこれに加えたいのは、もしテレワークをしているのなら、地方が場所づくりのためにどのように復興しているのかを見るべく、オフィスをまるまる「仮想的に」持っていくこともできる、ということです。

場所づくりのためにテクノロジーを導入することは、デジタル格差の原因である「テクノロジーへの適応を人々に要求すること」よりもずっと大切なことです。

台湾ではブロードバンドが基本的人権だと定義されている

田中:非常に興味深いです。5Gのオークションで得た余剰金をインターネットへのアクセスが悪い人々のために使って、インターネットの環境を改善したんですね。

オードリー:加えて、ブロードバンドをフル活用できるようにローカルのイノベーターに報酬を支払ったんですね。ブロードバンドが人権だと証明済みですが、実際にデジタル機会センターや遠隔医療、教育のためにこの資金を使っているんです。

田中:台湾は、ブロードバンドが基本的人権であるとすでに定義しているんですね?

オードリー:台湾のどこであっても人権ですね。例え毎年2センチ高くなっていく4,000メートル近い玉山の上であってもです。もし毎月16USドルの無制限データプランで毎秒10メガビットなければ、それは個人的には私のせいです。

田中:それはとてもおもしろい考え方ですね。台湾は、アジアの中でも安価なインターネット定額プランがある数少ない国ですよね? それも携帯電話で。

オードリー:その通りです。インターネットを参加の権利とみなしているからです。もしダウンロード用の帯域幅しかなくて、アップロードするために追加料金を払わなければいけないのなら、テレビやラジオと一緒です。メディアやデータの消費者となってしまいます。

でももし、ダウンロードと同じようにアップロードも無制限にアクセスできれば、どんな小さい子どもでもYouTuberになれるんです。インターネット上でフォロワーを得られるんです。「うん、プラスチック製のストローは廃止しないとね」と言ってくれる5,000人を得られるんです。そして、この社会組織は、アップロード帯域幅で何の問題も発生しないという事実に依存しています。