パタゴニアが掲げる「リジェネラティブ」の考え

田村大輔氏(以下、田村):では続けて、次のトピックスに移ろうと思います。その意志も、概念に留まっていると少しもったいないというか。ある程度それが体現されてこそ、表明につながるだろうなと思います。そういう意味で、プロダクトあるいは組織、もしくはマーケティング活動といったところで、どういうアクションとして落とし込まれていくと良いのか? というところを探っていければなと思います。

辻井さん。(スライドを指して)こちらもまた前職、パタゴニアさんの事例なんですが。公開されているサイトのトップページを見ると、今オススメの商品ではなく、こういうものがドガーンと出てきたりしている状況だったりします。まず左側の画像に関して、これがプロダクトに結局、直結していると思うんですよ。

パタゴニアにおけるプロダクトの一番の重要な目線というか、プロダクトを作る上での指針って、どういうところに置かれているのかというところを改めてお伺いできますか。

辻井隆行氏(以下、辻井):まず「必要とされるもの」。それが一番ですね。なので、機能が一番大事です。よくこんな冗談を言っていて「すごく環境に配慮をしているんだけど、ちょっと寒いダウンジャケットって、誰も買いませんよんね」って。やっぱり暖かくないとダメだし、着られずに捨てられれば、結果としてゴミが増えることにもなる。

だけど、その機能が実現できるのであれば、最大限に環境負荷を減らしたり、マイナスをゼロに戻すということをずっとやってきた。でも最近では、(スライドを指して)この「リジェネラティブ」という方向に舵をきっていますね。「regenerative」、つまり「再生」という意味なんですけど。今後はマイナスをゼロにじゃなくて、やればやるほど環境が再生するような取り組みが増えるんだろうなと思います。

例えばオーガニックコットンを使用することは(農薬を多用する従来型のコットンに比べて)「すごいマイナス」が「ちょっとのマイナス」になった、というぐらいだとも言えます。

「オーガニックコットンって環境にいい」と思われていますが、土を耕せば表土は失われるし、炭素も排出される。水はめちゃくちゃ使う。そういう意味では、やればやるほど環境が良くなるということがregenerative organicという言葉のコンセプトで、具体的には、不耕起栽培や被覆作物、輪作などを組み合わせることで土壌を回復させていくような農業の方法です。これはパタゴニアだけじゃなくて、アメリカでいろんな企業と一緒に作った基準なんです。

気候危機という文脈で言うと、CO2の排出量という話にどうしてもなるんですけど、今、地球上の大気圏の中のCO2って、7,500億トンぐらいあるそうです。一方で、森は5,000億トンぐらい保有してくれています。森の樹を切れば切るほどCO2が出ていっちゃうよ、というのはそういう理由です。

でも実は、土が森の3倍、1兆5,000億トンもの二酸化炭素を保有していて、その土壌を近代人はあまりにもないがしろにしてきました。一回表土を失うと……例えば数センチ失ったら、自然が土を作るまで数百年かかるんですよね。そういう意味で、耕しすぎたり農薬を使ったり、日が照りすぎるところで単作だけやったりすることは環境負荷が高い。

なるべく耕さないで、微生物が土を豊かにしてくれる手伝いをしながら、例えばコットンだけじゃなくて、間に麦を作ったりすることで、農家さんの収入も上げていきながら、土壌を再生させる。

「店を全部閉めて選挙に向き合うべき」という発想

田村:プロダクトに留まらず、そのメッセージ性がいろんな企業活動の側面で踏襲されているなと感じました。それがまさに(スライドを指して)右の画像なんですけど。これはみなさん、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、参院選の時でしたっけ?

辻井:そうですね。

田村:そのタイミングで「パタゴニアの全店、お店を閉めます」というアクションをされていたんですけれども。ここも本当に、数字を上げるというところだけを市場主義的に置いていると、発想としてあり得ないと思うんですよね。なのですごくおもしろい取り組みで、当時、かなり刺激を受けたんですけど。これってどういう背景・意志決定の中で「よし、やるぞ」というところまで至ったんですか?

辻井:これはずっと「VOTED OUR PLANET」って、投票率を上げましょうという話と、どう(投票する候補者を)選ぶかという時に、自分たちのビジネス・生活・人間、すべてのベースになっている、地球環境のことを政策の論点を上げることが、特に日本はすごく少ないんですね。

だからその中で、エネルギー政策や環境政策についてきちんと表明してる人をきちんと調べて投票しましょう、というのをもう何年もやっていたんですよ。

でもやっぱりミッションが一昨年に変わった中で、社員が「もう今までみたいにただ言っているだけじゃダメだから、自分たちは店を全部閉めてしっかり選挙に向き合うべきだ」と言ってくれて。「閉めても別に期日前投票があるじゃないか。だから、意味ないよ」とか、いろいろと(意見を)もらったんですけど(笑)。

一番のミソは、休日も店舗に出勤するスタッフも含めて全ての社員に、投票日に家族と一緒に「選挙ってどういうことなんだろう?」とか「どういう影響があるんだろう?」とか、そういうことを話し合う時間を取りましょう、と。そういう環境をまず社員に与えてほしいと言って、1人のスタッフが発案してくれたんです。僕のところに案が来た時はもう、やることも全部固まっていて(笑)。

だから僕が考えたというよりは、もう社員のみんなが、さっき言ったミッションにもとづいて「アクションを起こすとすれば、これがいいんじゃない?」と動いてくれた事例だとも言えるんですよ。

田村:なるほど、なるほど。

アパレル業界の大量消費が一因となった、環境汚染

辻井:ブランドというところで一つ話をさせてもらえれば、パタゴニアは最初、カラビナなどの登山用具を作っていて、これは儲からないと。それで、登山に適した衣類の販売を始めたら楽に儲けられるぞ、というのがアパレル企業になったきっかけだったんです。

ところがやっぱり、それこそやっているうちに、自分たちが服を作れば作るほどCO2もエネルギーも発生するし、資源を調達するために大きな環境負荷が発生する。端的に言うとそういうことがわかって、徐々にミッションのほうに振れてくるんですよね。

一方で、この20年くらいの間にいわゆるファストファッションなどの安価な衣類が増えて、日本でも世界でも衣類の生産量と廃棄料が激増した。人類は、今まで(の歴史で)出してきた全部のCO2の半分をこの30年で排出したと言われていますが、アパレル業界が大量消費に舵をきったことも、その大きな要因になっている。

30年前から気候変動に真剣に向き合っていてれば、もっと緩やかに持続可能性を追い求めても間に合ったかもしれない。でも今は「もうそれじゃ間に合わないから、仕組みを変えるべきだ」と言っているのがグレタ(・トゥーンベリ)さんの世代で。

彼女たちが「いつまでも経済成長を続けられるというおとぎ話は止めてくれ」「そうしないと自分たちの先は大変なことになる」と言っているのは、僕たちの世代が30年を無駄にしたからです。

もともとは牛のお尻に焼き印をして「あいつの牛と俺の牛を差別化する」というのがブランドの語源だって聞いたことがあるんですけど、そうだとすると、今の時代における、唯一のブランディングの意味は、グリーンウォッシュから消費者・生活者を守ること。環境にいいフリをしている企業から、生活者がそこが良いと思って製品を買いすぎたら、(結果として)地球環境が悪化する。すごく極端な意見ですが、僕の中では今「環境汚染から地球を守る」ということの他に、ブランディングの意義があまり見えてこないんです。

売上の目標との折り合いを、どうつける?

田村:ありがとうございます。時間が迫ってきてはいるので、次に話そうと思っていたところを、合わせて聞こうと思います。例えば、パタゴニアさんには当然、売上の目標って存在しますよね。

辻井:そうですね。存在するけど、アメリカ本社からトップダウンで言われたことは、10年間の支社長勤務で僕は1回もないですね。

田村:ここをどういうふうに折り合いをつけているのかなぁというところを、お伺いできますか?

辻井:折り合いというよりも、例えばさっき出たオーガニックコットンとそうじゃないTシャツの割合って、たぶん99対1ぐらいなんですよね、今。99のやり方が増えていくとすると、それは、例えば農薬や枯れ葉剤で亡くなる人が毎年3万人増え続けることを意味します。それをオセロのようにひっくり返していかなきゃいけない。

だけど全体としてのパイが増えすぎれば、先ほどお話しした通り、大量消費というあり方は変わらない。全体の数は、やっぱり必要なものに絞っていきながら、縮小していかなきゃいけない。

その矛盾の中で両方の点を加味して、今日のテーマで言えば、ブランドの認知度も含めて、パタゴニアがマーケットでどれぐらい広がると、どんなインパクトが出るかということが、売り上げの金額を決めるすごく大きな1個のバロメーターになっていました。