“あるウミウシ”の名前の由来

マイケル・アランダ氏:「ライオンのたてがみウミウシ(The lion’s mane nudibranch )」には、本物のライオンほどのカリスマ性はありませんが、狩りの手法は身の毛もよだつようなもので、他のウミウシとは一線を画します。しかも、特筆すべき奇妙な特徴はこれだけではありません。それは、生き物が備える特徴、特に海生生物の特徴とは到底思えないようなものなのです。

さて、彼らの特徴について掘り下げる前に「頭巾(oral hood)」と呼ばれる、滑稽な部位についてお話ししましょう。そう、このフリル状の頭部です。これは「ライオン」の異名の元でもあり、あまりおもしろ味の無い俗称”hooded seaslug(フード/頭巾付きウミウシ)”の由来でもあります。

この頭巾は、このウミウシ特有のものです。少々不格好ですが、獲物を捕らえるその手法は恐るべきものです。「ライオンのたてがみウミウシ」は、この頭巾を使ってクラゲやプランクトンの仲間、小魚などのエサを待ち伏せし、捕らえます。頭巾で獲物を包み込み「触手」という毛状の縁部を使って、トラップの口を塞ぐのです。

不運な獲物は、生きたまま消化されていきます。なぜなら、他のウミウシとは異なり、「ライオンのたてがみウミウシ」には、エサを咀嚼したり擦り潰したりする堅い部位が無いからです。彼らが最大でも17.5センチメートルであることには安堵しなくてはなりません。

「ライオンのたてがみウミウシ」が発する、特殊な香り

さて前述のとおり、この不穏な捕食方法以外にも「ライオンのたてがみウミウシ」には奇妙な特徴があります。ヒレのような突起のことではありませんよ。これは鰓突起(えらとっき)と呼ばれるものです。不思議なことに「ライオンのたてがみウミウシ」は、敵に襲われると自分でこれを切り離すことができるのです。これは「自切」という現象です。しかし、この突起が「奇妙な特徴」であるわけではありません。

「ライオンのたてがみウミウシ」を実に奇妙たらしめているのは、メロンの香りがすることです。そうなのです。「ライオンのたてがみウミウシ」はなんと、ジョリーランチャーキャンディーやアロマキャンドルのように、フルーティなメロンの香りがするのです。YouTubeにはまだ香り機能は付いていませんので、ここは僕を信じてもらう他ありません。「ライオンのたてがみウミウシ」は、本当にメロンのような香りを出すのです!

これは「テルペノイド」という成分が原因です。テルペノイドという名前を聞いたことがなくても、通常は植物由来である香り高いこの化学成分の多くを、みなさんは良い香りだと思っているはずです。

テルペノイドは、しょうがの香りや、冬を思わせるモミの木の高い香りの元となる成分です。専門用語で「2,6-ジメチル-5-ヘプテナール」という、メロン・ヘプタナールやメロナールと呼ばれる成分は、特にメロンの香りがします。人工的にメロンの味や香りを添加する際には、まさにこの成分を合成したものが使われています。

「ライオンのたてがみウミウシ」は、この成分を外敵から身を守るために発散します。ヒトデなどの海の捕食者は明らかに、人間ほどメロンの香りに魅力を感じないようです。身を守るためにテルペノイドを使うのは他のウミウシも同じですが、通常であれば、有毒なエサを摂取することにより毒成分を獲得します。

しかし「ライオンのたてがみウミウシ」が捕食する獲物には、わかっている限りメロナールを持つ物はいないので、これは不可能です。僕が調べた限りでも、これらのウミウシが人工香料入りメロンキャンディの詰め合わせをおやつに食べることもなさそうです。

「ライオンのたてがみウミウシ」は、この成分をrepugnatorial腺という特殊な器官で自ら作り出しているのです。このフルーティな香りを嗅いだ天敵が逃げるおかげで「ライオンのたてがみウミウシ」は、安心してあたりを動き回っては、あのかわいい頭巾でちっちゃな無脊椎動物を包み込み、生きながら消化しています。自然って、すばらしいですね。