現生人類の中に残る、古代人類のDNA

ハンク・グリーン氏:私たち人類は、数パーセントながらもゲノムにネアンデルタール人のDNAを持っています。これは、現生人類の祖先と、絶滅したいとこであるネアンデルタール人との交雑の、長い歴史によるものです。つまり、ネアンデルタール人は、今日生きる私たち人類のDNAをわずかとはいえ形作り、その痕跡を残したのです。

しかし、『サイエンス』誌上の新たな研究によりますと、このやり取りに潜む、遺伝子の新たな謎が露わになりました。なんとこの研究では、現生人類の祖先が、逆にネアンデルタール人のDNAを形作ったこと、そしてその影響の方が遥かに大きなものだったことがわかったのです。実は、人類の祖先と交雑することにより、ネアンデルタール人のDNAは、そっくり人類のそれに入れ替わってしまったようなのです。

さて、この新しい研究をさらに見ていく前に、絶滅した類縁、ネアンデルタール人についておさらいしましょう。何十万年もの間、私たちホモサピエンスは、2種の類縁の人類、ネアンデルタール人とデニソワ人と同時代に生きてきました。私たちのDNAと、これらの類縁のDNAは、これらの人類が交雑してきたことを示しています。ネアンデルタール人とデニソワ人のDNA塩基配列は、どちらも現生人類が持っています。

こうしたことがわかっているのは、ゲノムの塩基配列を十分特定できるほどのネアンデルタール人とデニソワ人双方のDNAが、化石の中に保存されていたからです。現生人類のそれと比較することで、特定の塩基配列が、どこから来たものなのかが判明したのです。

母系と父系の遺伝子でたどる人類史

染色体全域におけるDNAを比較すると、ネアンデルタール人とデニソワ人は、現生人類よりもお互いが近しい類縁だったことがわかります。とはいえ、これですべてがわかるわけではありません。母系と父系で分化してみると、少し違った人類史が見えてくるのです。

実は、このような遺伝子の記録にはわずかな偏りがあり、双方向から家系を把握することが難しくなっています。現存の化石データは、たまたまですが女性のものがほとんどなのです。ここで言及しているのは、遺伝上の男女です。つまり、男性とはY染色体を継承して持つ者であり、女性とは持たない者です。

このような遺伝上の差異はそれほど大きくはありませんが、男性にのみ受け継がれるゲノム、特にY染色体が入手できないことになります。そのため、現行の研究では、研究者たちはY染色体の遺伝子の位置を特性し、増幅させるためには、それに特化したDNAシークエンシングの手法を用いています。

こうして研究者たちは、いずれもほぼ過去数十万年以内の、シベリアのデニソワ洞窟のデニソワ人2人と、スペイン、ベルギー、西ロシアの遺跡で出土した3人のネアンデルタール人のDNA配列を特定することができたのでした。するとY染色体は、他の染色体とはまったく異なる物語を語りだしたのです。

人類のゲノムの一部がネアンデルタール人のDNAを乗っ取った

ゲノム全体の研究では、ネアンデルタール人はデニソワ人と総体的に近い類縁とされましたが、ネアンデルタール人のY染色体は、なんと私たち人類にずっと近かったのです。

研究者たちは、初期のネアンデルタール人はデニソワ人のそれとよく似たY染色体を持っていたはずだが、現生人類の祖先との遺伝子交換の末、ネアンデルタール人のY染色体は、時を経て最終的にそっくり入れ替わってしまったのではないかという仮説を立てました。

これはドラマティックな発見でした。しかし、驚くべきことはまだありました。同じパターンが、ミトコンドリアのDNAでも見られたのです。細胞内のミトコンドリアは独自のゲノムを持ち、Y染色体とは逆に女親から継承されます。

従前の研究では、初期のネアンデルタール人はデニソワ人によく似たミトコンドリアDNAを持っていたことがわかっていましたが、後期のネアンデルタール人は、初期のホモサピエンスの類縁から、ミトコンドリアゲノムを丸ごと受け継いだことがわかったのです。このことから、ネアンデルタール人のDNAは、人類の祖先の男女両方と交雑することにより、濃厚に形作られていったことがわかります。そして、原因は不明ですが、人類のゲノムの一部がネアンデルタール人のDNAを乗っ取ってしまったのです。

太古の人類の「遺伝子の交換」からわかること

ここで明確にしておくべきなのは、入れ替わったDNAは、現生人類のそれとは決して同じものではなかったということです。どうやらネアンデルタール人は、30万年以上前の現生人類の祖先から、DNAを受け継いだようなのです。

現在生きている人は、誰もネアンデルタール人のY染色体を持ってはいません。このような入れ替えがなぜ起こったかについては、はっきりとしたことはわかっていません。Y染色体をアップグレードすると、進化上有利だったのかもしれません。

研究者たちは、ネアンデルタール人の集団が、人類の祖先よりも小さかったことを指摘しています。そのため、有害な変異が累積した可能性があります。染色体の健康的な進化が全般的に阻害され、自然淘汰により入れ替えが起こったのかもしれません。

正確なことを知るのは極めて困難ですが、研究者らが遺伝上のシミュレーションを行ったところ、たった1つの染色体塩基配列のごく小さな利点であっても、結果的に総入れ替えが起こる可能性があるそうです。

デニソワ人に関しては、私たちの祖先とは交流がなかったようです。同時代の人類よりも、東方に生息していたためと考えられています。

こうした発見により多くの謎が喚起されますが、幸運なことに検証は可能です。研究者らは、次のステップとしてもっと古い時代のネアンデルタール人のDNAを調べようと考えています。もし、入れ替えの真相が予想通りであれば、古い時代のネアンデルタール人のY染色体は、よりデニソワ人に近いはずです。もし保存状態が良好なDNAであれば、進化の競争に勝ち抜けなかった有害な変異や、その他の因子が見つかるかもしれません。

ここで留意が必要なのは、太古の人類同士の交雑は、決して家系内での忌まわしい秘め事などではないことです。遺伝子の交換は、人類史のカギとなる要素であり、人類の祖先や絶滅したいとこたちのDNAを根底から変革したものなのです。複雑に枝を広げた系譜を読み解くことにより、今日の人類が今ある姿に至ったわけを解明することができるのです。