「転勤」は本当に人材育成に効果的なのか?

川島高之氏(以下、川島):駆け足で恐縮なんですが、残り30分で今日の登壇者4名の方々とパネルディスカッションにいきたいと思います。登壇された4名の方、武石さん、石井さん、猪田さん、宇田さん、よろしいですか?

まったく下打ち合わせなしの、まあファザーリング・ジャパンはいつもそうなんですけど。下打ち合わせなしの、台本なしでいきたいと思いますのでね。ご自由にガンガン発言してください。

まず武石さん。人材育成でね、なんとなく6割の転勤(を経験)した社員が、人材育成には懐疑的っていう話もありました。感覚でけっこうなんですけど、武石さんからご覧になってどうですか? 転勤というのは本当に人材育成になるのか、ならないのか? いろんなインタビューを通じたこととか、体感を含めて。

武石恵美子氏(以下、武石):転勤することで、なんらかプラスの経験というのは必ずあると思うのですね。そこは否定するものではないのですが。それが、転勤じゃないとできないのか? と言うと、たぶん違うと思うのです。

ただし世の中には、転勤しない人のほうが圧倒的に多くて、大学の教員ももちろんそうなんですが、転勤しない人たちは能力上がってないの? というと、そうではないと思います。転勤という形でないとできない育成ということは、ほとんどないといってよいのではないでしょうか。

確かに、実際に4割の人は「転勤して能力が上がった」と回答しているのですが、この人たちは納得して(転勤先に)行ってるんですね。自分が行きたいところだったとか、ここに行くと次につながるとか。納得感があると、転勤についてプラスの評価となります。そういう納得性といったものとセットで考えないと、育成効果をどう評価するか? というのは簡単には難しいかなと思っています。ただし「転勤じゃなきゃできない育成って何ですか?」というのは、私が聞きたいところですね。

メーカーである以上なくならない「現地でないと」できない仕事

川島:なるほど。カルビーの石井さん、どうですか? 御社もいろんな拠点がありますけど、やっぱり転勤をすることによる育成もあるけど「しなきゃ育成されない」というその感覚がまだ残っている人も、日本には多いんですけれども。

石井信江氏(以下、石井):我が社の場合、今回のコロナの影響で在宅をしましたけれども「在宅をしてできないことはない」という感覚は、かなり多くの社員が感じたんじゃないかなと思ってますが。

ただメーカーである以上は工場があって、お得意先があってという状態なので。特に工場については、各拠点で設備や作っているものが違ったりというところで、その意味では「現地でないと」というところは、まだまだあるのかなと思います。

営業活動についても同様で、我が社としてはオンラインで進めていきたい部分もありながら、相手様の要望も含めて一緒になってやっていくということになると。一概に出張ベースでできるかと言うと、それも難しいかなというところですね。

川島:転勤の人材育成というところにあえて絞って話をしますけども、やっぱり工場を経験して、本社を経験して、営業を経験してという「3つを経験する」となったら、少なくとも3ヶ所の転居を伴う異動じゃないですか。

やっぱりそれは3ヶ所やったほうがプラスになると思うか、あるいはずっと工場の中でもいろんな仕事があると思うので、工場の中で3種類の仕事をやるほうがいいのか。どっちが育成上プラスかマイナスかというのは、特にあります?

石井:これはもう、いろいろなケースになるので何が正解かというのはないかなと思うんですが。同じ製造の中でも専門職を高めようとしていった時に、もちろん工場の中の仕事もあるし、本社の仕事もあるしというところで。本社の仕事というのは、ある程度は外からでもできると思うんですけれども。設備があっての製造というところがあるので、それに関してはまだまだ「現実的にはできます」とはなかなか言い難いかなというところですね。

カルビー同様に「工場のライン」が存在する富士通では?

川島:なるほど。富士通の猪田さん。御社も工場、いろんな拠点が海外も含めてあるわけですけども。さっきのいわゆるBorderless Officeみたいな考え方、あるいは単身赴任を解消していこうみたいな考え方もありますけれども。工場勤務者に対してはどうですか?

猪田昌平氏(以下、猪田):基本的にはカルビーさんと同様かと思いますが、やはり工場のラインに入っていただいている方に関しては、その場所で仕事をしていただかないとものづくりが止まってしまうというところがありますので、そういった方については、これまでどおりの働き方をお願いするということになっていますね。

川島:メーカーさんも多少今は、在宅で遠隔で機械の装置を……みたいな、こういうのも増えてますけど。まだまだそこは、一応表面的には増えてるようには見えるけど、実際にはまだそんなに、ということですか?

猪田:そういう意味では、工場のラインに入っている人に関しては、やはり「現地に行って」というかたちにはなります。現状、だいたいテレワーク率が8割くらいというのが、弊社の状況です。その20パーセントの中に、いわゆる工場勤務の方が、割合として多く含まれているという状況です。

川島:これもカルビーさんへの質問と同じなんですけど。やっぱり工場を経験して、本社を経験して、R&Dを経験してみたいな。つまり転居を伴いますよね、そうなると。(そのほうが)いいのか? そうじゃないのか? それはケースバイケースなのか? 

猪田:基本的には、ケースバイケースかなというのが正直なところだと思います。ただ、これまでは会社が従業員のキャリアを決めがちだったとは思っていて。そういった意味で、会社と従業員があまり対等な関係とは言い難い部分があったのかなと思っています。

こういった時代、働き方の流れも変わっていく中で、より会社と従業員が対等な関係になってきていると思っていますので。キャリアは会社が作るのではなくて、社員一人ひとりが自分で考えて切り開いていくという、そういった流れが来ているのかなと、弊社としては考えています。

「Own Your Career」を謳う、AIG

川島:なるほど。AIGの宇田さん、まさにキャリアを自分で築かれて、今3社目の職場にいらっしゃるわけですけども。もともと欧米は、キャリアは自分で開拓する、築く。そういう考え方を多くの企業が持ってますよね? 

宇田直人氏(以下、宇田):おっしゃるとおりですね。欧米の企業というか、欧米の方々はご自分でキャリアを考えて切り開いていくという考え方が多いですね。もちろん社内の中で、学校を卒業後に会社の中で自分で機会を見つけてうまく組織の中でキャリアを構築していく人もいれば、会社の中で機会がない場合、外でよりいい機会があれば転職する人も多いですので。転職の考え方も(日本とは)違いますし、おっしゃるとおりだと思います。

AIGでも富士通さんがおっしゃったとおり、Own Your Careerということで「自分のキャリアは自分でちゃんと責任を持って考えましょう」というのを謳ってます。会社が社員の様々なキャリア構築を支援してますが、社内公募制もありますし、社員自ら手を上げて自分からキャリアを構築してください、ということを推奨しております。

川島:AIGさんもそうだし、欧米の慣習というのもお聞きしましたけれども。ちなみに、これは何度も申し上げてるんですけど、英語で単身赴任という言葉はないですよね?

宇田:ないですね。パッと出てこないですね。長い文章になってしまいます。

川島:私も単身赴任で海外に行ったことがあって、その時に説明したんですけれども、通じないんですよ。Single movementとかtransferとか。「何言ってんの、君?」みたいな感じで。やっぱり文章になりますよね。

宇田:家族と別々に生活するというコンセプトが、あんまりないのかもしれませんね。

川島:そうなんですよ。そこはやっぱり会社依存型だったのか、自分で決めているのかというのにも通じて。やはり自分で決めるとなったら「家族と一緒に」というベースを崩さない。まあレアなケースも、もちろんあるでしょうけど。どうしても会社が異動しろって言ったら「じゃあ辞めてほかの会社に行きます」みたいな。

宇田:おっしゃるとおりですね。

学生が転勤を嫌がる、一番の理由

川島:ありがとうございます。武石さん、最近の学生の動向なんかはどうですかね? いろんな学生を見て、就活なんかもサポートされてると思うんですけど。やっぱり転勤とか、全国どこに行かされるかわからないみたいなことに対して、学生たちがややネガティブに感じているとか。そんなのってあります? 

武石:転勤に対してはやはりネガティブですね。転勤そのものもできれば避けたいというところはありますが、一番学生が嫌がるのが「いつどこに行くかわからない」「会社から行けと言われたら断れない」というところです。まったく将来のプランニングもできないですし、それは困ると。希望を聞いてくれる、事情を聞いてくれるなら、まぁしょうがないかな? ということです。

私が見ている学生も、例えば国家公務員と地方公務員を両方合格すると、地方公務員になるという選択をしています。やはり転勤というのは、就職の決定において重要なポイントですね。

川島:今、都道府県庁の内定辞退率が異様に高いじゃないですか。北海道庁だったら6割が内定辞退するとかね。別に北海道庁が悪いわけじゃないんですけど、あえて言うと、とんでもなく遠いところがありますよね。それよりは、市町村のほうがまだ転勤がないからいい、みたいな。そんな感じで、学生は選んでいるということですか?

武石:そうですね、どちらかと言うと。あとは、全国展開している大手企業と地元の公務員に受かれば、公務員に行くとかですね。地元志向というか、転勤はいつ行くかわからないというところでの将来の不透明さというものが、大変厳しいと思います。

川島:そうなると、今日はオンラインなので地方の方も聞かれていると思いますけど。地方の企業にとってはチャンスということですかね?

武石:そうですね。私も東京の学生しか見ていないのですけれども。地方の国立大学とかたくさんありますので、そういう学生はやっぱり「地元に」という意識は強いんじゃないでしょうか。

川島:そうでしょうね。大企業で従来の成長物語みたいな昭和の考え方や、僕らが育った頃と違って、地方で仮に給料が(大企業と比べて)3分の2だとしても、ずっと地元にいられるのならいいみたいな。

武石:今は1人の稼ぎではなくて、夫婦2人で働くことを基本に考えますから。夫の転勤について行くために妻が仕事辞めなくてはいけないのなら、辞めないで2人が働けるほうがいいというように、カップル単位でのキャリア設計もあると思います。

「地元から離れたくない理由」が合理的なら、ウェルカム

川島:そうですよね。カルビーの石井さん。そういう意味では地方の工場、例えば御社の北海道の工場なんか私もお邪魔したことあるんですけど。そこで採用して「その工場から異動させないよ」みたいな採用というのも、これから増えてくる感じですかね?

石井:今は個々に転勤ができるかできないかということを、毎年社員に対して調査をしているので。それに基づいての、個別対応というかたちです。

川島:個別対応で、ある程度、合理的であれば会社も聞く耳を持つと?

石井:はい、そうですね。

川島:じゃあずっと北海道でじゃがりこを作って、近所でもじゃがいもの中で暮らしたいっていう人がいても、合理的であれば会社としてはウェルカム?

石井:そうですね。一方で転勤した場合に「こういうことが新しくキャリアとして積める」であるとか、会社としての期待をきちんと伝えることで、そこでまた合意ができれば転勤ということもあるんだと思いますけれども。両方あり得ると思います。

川島:可能性を見せるということですね。

石井:そうですね。

海外に行きたくない社員は増えている?

川島:なるほど。富士通の猪田さん、御社は海外拠点もいっぱいあるじゃないですか。

猪田:はい。

川島:私、実は総合商社にいながら子どもが生まれて海外勤務を拒否したっていうことで、日経新聞に載っちゃったことがあるんですよ。「商社マンもいよいよ海外拒否!」みたいにね。えらく会社から怒られましたけど。御社で海外に行きたくない、日本で暮らしたいという社員が増えている感じはあります?

猪田:弊社の中ではあまりそういうイメージは、正直に言うとまだないのかなと思っています。就職のセミナーですとか、そういったところに参加させていただくと、学生さんの声からは「自分の好きな場所で好きな仕事をしたい」といった声が、けっこう聞こえてくるのかなという印象は受けております。

川島:別に海外だからどうのこうのじゃなくて、自分の好きな場所という(のが重要)。

猪田:はい。「自分のやりたいことを、自分のやりたい場所で」ということが、けっこう多いのかなという気はしますね。

川島:「まだ仕事もしてないくせに生意気だ」と思ったりしませんか?

猪田:たぶんそういう思いというか、自分を持っている人がやりたい仕事に就ければ情熱を持って仕事をすることができて、結果的に、高い成果をあげてくれるのかなとは思います。そういった意味で、会社ができることと、従業員一人ひとりがやりたいこと、やれることをうまくマッチさせることが、すごく重要なのかなと思いますね。

川島:なるほど。一瞬、昭和のスイッチが入っちゃったので、あえて昭和親父のフリをしますのでね。本当にそう思ってるわけじゃないですよ。でもそういうフリをさせていただきますけども。