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スタートアップ流の大企業との戦い方(全4記事)

“微妙に右肩上がりの1番”からの脱却 将来の投資に300億円を投じたヤフーの意思決定

「ベンチャー企業は大企業を倒せるのか?」というテーマで、3年前にヤフー株式会社の川邊健太郎氏が語った伝説の講演。2020年のIVS(インフィニティ・ベンチャーズ・サミット)では、ヤフー株式会社COOの小澤隆生氏、Junify CSOの安武弘晃氏、ヘイ株式会社CEOの佐藤裕介氏を迎えて、再びこのテーマについて語りました。ヤフーが決済領域に大きく投資をした背景や、近年様変わりしつつあるスタートアップの戦い方について意見を交わします。

「クレカも全部PayPayで殺す」

溝口勇児氏(以下、溝口):おもしろいですね。決済というエリアにおいては、ヘイもヤフーと重なるエリアですよね。

昔はそれこそ大きな資本の必要性という観点で言うと、一般的にはスタートアップはなかなか資本が得られなくて、大企業に戦いを挑まれた時は負ける。

例えば2012年~2013年頃に、VCやエンジェル投資家とコミュニケーションした時は、必ず「大企業が参入してきた時はどうしますか」という質問をされたと思うんですけれども。逆に今は、その質問自体が時代に合っていないという空気感すら出ていますよね。

そんな中で、ヘイは累計でどれくらい調達して、競合ではどんな大企業がいるんですかね?

佐藤裕介氏(以下、佐藤):僕らは資金調達の累計額自体は非開示なんですけれども、そんなにめちゃくちゃ少ないわけではないという感じで。それこそ楽天さんやリクルートさんが一応競争相手ではありますかね。

溝口:その中で当然、あの佐藤裕介が相当な金額を投下してヘイにコミットしているということは、誰もが「そこに大きな勝ち筋があるんだろう」と信じているわけですけれども。そういういわゆる大きな会社に対して、どんな勝ち筋でどんな戦略を描いているのか。話せる範囲で聞けたらうれしいんですけれども、いかがですか? 

佐藤:例えば決済の領域に関して言うと、僕らはわりとクレジットカード決済で、かつ加盟店さん向けのサービスに集中しているんですね。これは実はそんなにめっちゃ巨大なわけじゃなくて、例えばオザーン(小澤)さんが見ているのは、もう「クレカも全部PayPayで殺す」ぐらいのことを考えているわけなんですよね。

(一同笑)

佐藤:だから、いかれてるんですよね、やっぱり。

(一同笑)

勝ちやすくても伸びしろが小さい市場には夢がない

佐藤:そういうふうに仕事を見ていると「クレカも全部使わなくていいでしょ。QRコード決済、PayPayでいいでしょ?」というものと同じようにやろうとするのは、けっこう難しいので。我々はちゃんとセグメントを切って、その中でスタートアップがちゃんとプレイしやすい場所を取っていく。

ただ、小さいだけだと当然つまらない。さっきオザーンさんが伸びしろという言葉を使いましたけれど。単純に伸びしろが小さくて勝ちやすい市場で勝っても、夢がないんで。その後にどういう拡張の仕方が考えられるかという話を具体的にするのは、けっこう難しいんですけれども。

溝口:確かに。

佐藤:PayPayやオザーンさんが考えているような広げ方とはまた違うルートで、今は小さいけど大きくできそうな場所がある。Facebookが大学から始めたのに近いというんですかね。

溝口:まさにこのリソースを局地戦に集中特化して、そこから少しずつ広げていこうという、ある意味セオリーのような戦いを仕掛けているという理解ですよね?

佐藤:そうそう。それこそfreeeさんとかも、会計のクラウドソフトウェアからぶっ刺して、その会計に隣接している給与や労務や経費といった、いわゆるバックオフィス業務全般をデジタル化しましょうというふうに拡張しているじゃないですか。

でも会計フォーカスでクラウドだと当時勝てたということなんですよね、きっとね。

「全員が倒れるまで金を使い続ける」

溝口:そうそう、確かに。でも、ソフトバンクの宮内謙さんが答えてくれていた記事を見ました? 

佐藤:あー、言ってたね。

溝口:あれは決済サービスをやっている人は絶望するよね。「差別化とか戦略? ん?」みたいな。「金を注ぎ込むだけです」って言ってたもんね。

佐藤:言ってた。

小澤隆生氏(以下、小澤):あれは言っちゃいけない話でした(笑)。

(一同笑)

佐藤:「全員が倒れるまで金を使い続ける」と言ってたから。もう本当に萎えるんだけど、っていうね。

(一同笑)

溝口:すごいな。でも一番抽象化したら、自由に使えるお金の総量がたくさんあって、人材の質と量が投下されれば、まぁ何の領域でもやれると。先ほど安武さんはそれに近いことをおっしゃっていたなと思うんですけれども。

ただ、何かしらの制約や優先順位があってそれができない。ちなみに楽天だったら、最初にeコマースで圧倒的なポジショニングを築いていって、そこからコングロマリット的に広げていかれたと思うんです。

その時に楽天の中で繰り広げられていた話とか戦略とか戦術とか、ここまでの文脈に合わせたかたちでちょっとシェアしていただけますかね? 

安武弘晃氏(以下、安武):楽天はそういう意味で言うと、強い大企業がいないところでeコマースを始めて……まぁ若干はいたんですけど、その中では一番うまく実行したことが良かったんですよね。

楽天トラベルも、「旅の窓口」という、最初に一番うまくやっていたところをうまく買収できたので良かったんですよね。なので、後からひっくり返したわけじゃないんですよね。

意思決定にブレーキをかける、本業と新規事業のカニバリズム

安武:ただ、たぶん誰も知らない黒歴史的なやつで言うと「楽天360」という誰も知らないサービスがあったんですけど。mixiとGREEが流行ったときに、1週か2週遅れてコピーして出したやつ……。佐藤さん、知ってます? すごいですね。

佐藤:ちなみにヤフーも似たような名前のサービスがありませんでしたっけ? 

小澤:「Yahoo! 360°」だったかな。やっていました。

溝口:ああ、なんかありましたよね。そういうのもあったんだ。

安武:あと他にも私はヤフーのオークションというか、今の楽天オークションですね。昔は楽天フリマと言っていましたけど。あれを作って自分でサービスをやっていたんですけど、結局ヤフオク!に勝てなかったんですよね。

ヤフオク!のほうがガーッとやって、それに対してリソースが投下できなかったり、楽天市場とカニバるところもあって。フリマでオークションが伸びすぎると、楽天市場の出店者さんの流通が減っちゃうんです。

だから結局、同じ企業の中で2つの事業を持っていると、大企業のルールでは本業が大事だったので、新しいことには思いっきりアクセルが踏めないんですよね。その横でヤフオク!がブワーっと伸びて。

ぜんぜん桁が違う差をつけられた後に「ちょっとやり方変えようか」と言われて、小澤さんの会社がジョインされて、私が引き渡したのが2000年ぐらいですかね。

小澤:2001年です。

安武:2001年。でも本当にあれはカニバリズムという問題で、リソースがあっても(アクセルを)踏むという意思決定はできなかったんですもんね。

(一同笑)

小澤:スタートアップの攻めどころはいっぱいありますよ。

“全部で微妙に強い”より、特定の領域だけでも革新的な企業へ

溝口:ちなみにオザーンさんから見ると、ヤフーって前期の営業利益は1,500億ぐらいですか? 

小澤:そうですね。

溝口:どれぐらいのサイズの市場だと、もうこれはヤフーでやるべきじゃないかなというふうに興味を失っちゃいます? 

小澤:まぁ、あまり明確に決まってないですけれども、やはり1,500億円に対して10パーセント伸ばそうとすると利益で150億円ですよね。だから、利益で150億円を積めるか積めないかというところは1つの指針ですし。

うろ覚えで恐縮ですが、ヤフーを傘下に持つZホールディングスは、2023年頃に2,250億円の営業利益を出そうと決めているんですね。そうすると、例えば750億円のギャップがありますよねというものに対して、わりと……。あと3年ですか(笑)。

佐藤:3年で(笑)。

小澤:すみません、2023年だったか2025年だったかはちょっと正確じゃないですけれども。だから、それぐらいの目安でサービスを立ち上げていることになるんです。それは、僕がちょっと今会社を辞めてイチから作りましょうか、と言った時の目線とはだいぶ違いますよ。

溝口:うーん、おもしろい。ヤフーって、16か17年ぐらいまでずっと増収増益でしたよね? 

小澤:そうですね。

溝口:そこから確か増収は継続していて、その後は減益で、そのあたりから方針が変わっていったんですか? 

いわゆる上場企業って、増益とか利益重視の圧力が加わるじゃないですか。その時社内ではどういう話があって、どういう意思決定に至ったんですか? マザーズで上場すると、そこで苦しんでいる企業の方がすごく多いなと思うんですけど。

小澤:そうですね。まさに川邊が社長になっていくタイミングで、やっぱり会社としての見え方・あり方を変えるべきなんじゃないだろうかと。微妙に右肩上がりで1番であり続ける会社ってそんなに望まれていないし、社会に貢献できないだろうと。全部で微妙に強いとかじゃなくて、大きく投資をして特定の領域だけでも革新的になろうと。例えばeコマース3位とかつまらないよね。

特定の領域に関してはガツンと投資しようということで、当時は1,800億円ぐらいだった利益を300億円削りにいったのが2018年度ですかね。

VCがリスクを取ってもリターンが得られにくい背景

溝口:リソースを局地戦に集中特化というところに関しては、それぞれのお話が聞けておもしろかったなと思うんですけれども。「情報を隠しながら成長を目指せ」という点について、実はけっこうコメントも来ています。いいですか?

情報を隠しながら成長せよという観点だと、安武さんってものすごく有名な企業家でありながら、実はあまり何をやっているかがわからない人たちとやっている印象なんですけれども。

安武:(笑)。

溝口:安武さんは、このあたりで何か意図というものはおありだったりするんですか? ステルスで成長するために必要な要件とか。

安武:まだそんなにうちのプロダクトがいけてないんで、外に派手に言えないという程度のものなんですけれども。

ただ1年ぐらい前ですかね。こっちのVCのカンファレンスに行ってパネルディスカッションで言っていたのが、例えばいけてる分野のVCさんを1つ見つけると、そこに投資するじゃないですか。2000年代はそこから同じものに他のVCが目をつけて、コピーして投資するまでのリードタイムが2年ぐらいだったらしいんですよ。

それがここ最近で言うと半年未満、だいたい3ヶ月ぐらいに縮んでいて。「最初に手をつけてリスクを取って投資したのに、結局リターンが得られにくくなっているので、VCという商売が難しくなっている」と言っていたんですよね。

溝口:あー。

安武:なので、いいものを見つけたらすぐ覆いかぶさってくる。昨日も公聴会で(話が出ましたが)、そこに当然AmazonやFacebookなどのプラットフォーマーが参入してきて、新しいものを潰していませんかという。プラットフォームがどれだけパワーを持って新規を潰していくか。Amazonとか、売り込みに来たやつの話だけ聞いて同じものをいっぱい作るということをやっているので。

やっぱりスタートアップって、これから先に来る未来でまだ見つけていないものをなんとか見つけて、その狭いところを掘ってなんとかうまくやらなきゃいけないので、あまり派手にバンバン言ってまわるのはそんなにいい戦略じゃないかなと思います。お客さんと話して受け入れてもらえば、それでいいと思うんですね。

溝口:難しいですよね。

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