苦しくても書かずにいられないのが作家

大森春樹氏(以下、大森):次の質問にいきます。「本を執筆するときは、ある程度全体像を考えてから書かれるのでしょうか。それとも書きながらかたちになっていくのでしょうか。作品をまたぎながら、連続性のある話が展開されていた著書もあり、大変気になっています」。

北野唯我氏(以下、北野):めっちゃうれしい。これはたくさん読んでくださっている感じですね。結論から言うと、全体像をある程度考えてから書き始めるんですが、まったくそのとおりにはいかないので、もう諦めて作り直すというのが答えになります。もう本当に毎回そうです。

『転職の思考法』だけはある程度見えていましたけれども、ほかの作品は全部そうですね。これは村上春樹さんとやスティーブン・キングもそう言っているので、たぶんほとんどの人がそうじゃないですか。

このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法

大森:うん、うん。

北野:池井戸潤さんも東野圭吾さんなども全員が同じように言うのは、「いつもどうやってアイデアを考えてるんですか」というのに対して「苦しんでです」と。「毎回苦しんで作るんです」と言っているので。

岩崎祥大氏(以下、岩崎):苦しんでもなお生み出したい気持ちになるということですか?

北野:なります、なります。

岩崎:そういう欲望が枯れない、何作出してももっと書きたいという。

北野:そうですね。たぶん、そもそも本をたくさん書く方々って、もうそういうふうにしか生きられないんですよね。だから、それ以外の手段がないだけだと思います。

大森:北野さんの心理描写が出ている漫画のコマがあります。そうだろうなと思ったところがありますので、ちょっと映せますか? 編集長の横田と希が、居酒屋で話をするシーンなんですけど。「編集者は作家には嫉妬しない」という話が出るんですよね。「編集者は編集者とか同業者には嫉妬するけど」という。

「ふだん、仕事で天才たちと対峙しているときは、俺たちは嫉妬なんてしないよな」「作家に嫉妬するか? しないだろ?」と言って……今の話は作家が苦しんでいるところだから、ここじゃないのか。失礼しました、ごめんなさい。

岩崎:(笑)。

北野:いいですよ、いいですよ(笑)。

『転職の思考法』で伝えきれなかったもう1つの軸

岩崎:「100冊書く」だって。

北野:100冊と言っていたんですけど、100冊はムリかなとちょっと思い始めているので(笑)。

岩崎:1冊500何十日かかってたら、100冊書いたら5万日必要ですからね(笑)。

北野:ヤバいですね(笑)。最近は「ピクサーをつくる」と言っているので。次の質問いきますか。

大森:ごめんなさい。ちょっと探しておきます。「20代、30代、40代など、自分に合ったキャリアの考え方は年齢や環境により変化していくと思うのですが、その都度自分の過去と今をどのように見つめ、今後の自分のあり方を考えていけば良いですか? (『転職の思考法』は拝読しており、別の視点があればご共有ください)」。

北野:うん、うん。『転職の思考法』がマーケットインな考え方であれば、『これからの生き方。』はプロダクトアウトの考え方が近いなと思っています。マーケットインというのは「世の中がこういう構造で動くため、それに対してこういう動き方をしなさい」という考え方で、『これからの生き方。』は「あなたの感性、あなたの武器は何ですか? それをどうやって市場にぶつけますか?」という考え方です。

これからの生き方。自分はこのままでいいのか?と問い直すときに読む本

僕は基本的にはこの両方がすごく重要だと思っています。これは島田紳助さんのXY理論と言われているもので、「Xが自分の強みでYが環境」というのがあるんですけど。その両方を知っておくことはすごく重要だと思っているんですよ。

だから、このご質問に対して答えるのであれば、『これからの生き方。』に書いているように「自分が今何をしたくて、何の価値観を重視していて、何が満たされていないのか」ということは、定期的に棚卸しして。そして、どういうことをキャリアでやっていけばいいのかということを考える。それはやや複業的な考え方というか。自分の感性をどうやって磨いて、やりたいことを見つけていくか。もちろんそれが本業になる人もいるんですけど。

やっぱり『転職の思考法』というのはマーケットインの考え方なので、それだけをやっていても、ぶっちゃけ給料がそんなに稼げないということもありえます。だから『転職の思考法』みたいに、そもそもサイクルがあって、そのサイクルにどうやって乗るかということと、あとはそもそも生産性が高いマーケットに自分をどうやって置くのかという、両輪で考えていく必要があると。

20代、30代、40代の絶対的な答えがこの世に存在するかというと、それはないですよね。公務員ですらどうなるか、ちょっとわからないですからね。

『これからの生き方。』で書きたかったこと

大森:そうですよね。わかりました、参考になりましたでしょうか。いろいろとご質問をいただいているので、どしどしいきますね。「今回の書籍の構想は数年前からあったとのことですが、そもそもこのテーマを取り上げようと思ったきっかけを教えてください。(結果的にコロナのタイミングでの発売となりましたが、構想を考えた始めたときに北野さんがどんなことを考えていたのか、ぜひ知りたいです)」。

北野:これはめっちゃ読んでくださっている感じで、ファンということが伝わりますね。めっちゃうれしい。

大森:ですね。ありがとうございます。

北野:もともとこの本を書こうと思ったのは、希(注:『これからの生き方。』の登場人物で雑誌の副編集長)の感情を書きたくて書き始めたんですよ。だからそれが一番のスタートです。僕自身が思想家っぽいところがあるので、僕の本はどちらかというと「社会にとって、今の世の中にとって価値のあるテーマは何なんだろう」という。「人々が本当に悩んでいて、本当に苦しんでいるものは何なんだろうか」とすごく考えるんですよ。そこに届くものは何なんだろう、と思って。

『転職の思考法』もそうで、「転職するのは裏切り者だよ」という日本独特の呪縛が人々をたくさん苦しめているので、それに対して「呪縛を解く」という僕なりの使命があって書いたんですよ。

『これからの生き方。』では何が書きたいかと思ったときに、日本ではやっぱりまだまだいわゆる男女の平等感やジェンダーギャップポイントが低いと言われていますよね。完全な平等なんてたぶんムリだと思いますし、誰も求めていないと思うんですけど、そういや確かに日本の環境を見ると、まだまだ遅れているなとすごく思うところがあるので、それを解きたいと思ったんですよ。

そのときに希というキャラクターが生まれて、希が一番伝えたいメッセージはこれだと思ったんです。自分のことだけを考えていたら会社を変える必要なんてないけど、後輩や自分の後世を考えたら、このままじゃダメだ。だから変えなければいけないという感情。でも、現実とぶつかる感情を描きたいなと思って、希が生まれたという。それが一番最初のコアの部分で、510日前ぐらいに書きたかったことですね。

大森:(笑)。

北野:それがどんどん変わっていって『これからの生き方。』という衣になったという感じのほうが近いですね。

人が死ぬのは苦しみのためではなく、希望を失ったとき

大森:すみません、今Q&Aのところに来た「北野さんのバイブル」。僕も聞いたことがないので聞きますが、「北野さんのバイブルがあれば教えてください」。

北野:バイブルって、本という意味ですか?

大森:本だと思います。

北野:いや、なんだろうな(笑)……僕が人生で一番、すごく影響を受けたのは『夜と霧』なんですけど。ヴィクトール・E・フランクルという人が書いた本です。

夜と霧 新版

大森:素晴らしい本ですね。

北野:ユダヤ人のお医者さんが強制収容所に入れられる本なんですけど、その本が僕は一番、人生で影響を受けたなって思います。

大森:何歳ぐらいのときに読んだんですか?

北野:高校生ぐらいのときに読みまして、それがすごく印象に残っています。まだ読まれてない方もいらっしゃると思うのですが、実話をベースにしているので、本当に絶望的な話なわけですね。このフランクルという精神科医が見たのが、強制収容所に入れられている中でも、人は愛する人のことを思えば希望を見いだせるという。その中で「人が死ぬのは苦しいことがあったときじゃなくて、希望を失ったときに自分で命を絶つ」と書いてがあって。それは本当にそうだなとすごく思ったので、僕はあの本がバイブルだなと思いますね。

大森:自分の作品がやっぱり影響を受けているところもあると。

北野:あります、あります。めっちゃあると思いますね。どこまでいっても最後は希望を見いだすことができるはずだ、と信じたいという。『夜と霧』にすごく影響を受けているなと思いますね。

大森:つくっているときもずっとおっしゃってましたものね、「それ(希望)がない本はダメ」って(笑)。

世界の見方を変えられることが「物語の価値」

北野:あぁ、そうそう。それはイヤですよね。最後は希望がある作品が好きなので、絶望だけで終わる作品はあんまり作りたくないなと僕は思うんですけど。

「希望がある」の中でも「入口と出口」という話があって。ジブリの宮崎さんが言っていたんです。バイネームで言ったら怒られるかもしれないんですけど、例えば宮崎さんはディズニーの作品が嫌いなんですよ。それはなぜかというと、入ったときと出たときの入り口の高さが一緒であると。要は読者が読んで、別に本質的に成長しないというふうに言っていて。

僕はそれはそうだなとすごく思っているんです。ジブリの作品は、入口で感じたものと出たときに価値観などが確実に変わっていると思うので、ディズニーとのその差はすごくあるなと思っていて。

それは僕もすごく大事にしているので、希望はあるんだけど、やっぱり読者がその入口に入る前と出たあとで、なにかしら自分の人生が変わったり、何かが変わって世界が見えるのが価値だと思っているんですよね。

だから『転職の思考法』にしても『天才を殺す凡人』にしても『分断を生むエジソン』にしても、読んだあとと読む前で「世界の見え方がちょっと変わった」という感想をいただくことが多いんです。

やっぱりそれこそが物語の価値だと僕は思っているんですよ。それは普通は経験できないものだと思うんですけど、でも物語という没入する装置を使えば、何かを得て帰ってくることができる。そういうものが物語の価値だと思っています……あれ、これ何の話でしたっけ。ちょっと忘れちゃいましたけど(笑)。

岩崎:(笑)。

北野:そういうものを大事にしています。でもね、自分の実力がまだまだ不足しているので、がんばらないといけないと。

大森:(笑)。

北野:(コメントを見ながら)そうそう。『ショーシャンクの空に』も見ますね。