デジタルトランスフォーメーションにおけるCTOの重要性

岡嵜禎氏(以下、岡嵜):岡嵜と申します。本日はAWS Summit Onlineにご参加いただきまして誠にありがとうございます。ではさっそくセッションを始めていきたいと思います。

本日は、CTO協会の代表理事である松岡さまをお招きしまして、「2つのDXによるデジタル変革の実現」というトピックでセッションを進めさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

松岡剛志氏(以下、松岡):よろしくお願いします。

岡嵜:よろしくお願いします。まずデジタルトランスフォーメーション。これは言わずもがなですが、非常に多くの業界でデジタルトランスフォーメーションの必要性が叫ばれています。

実際、ソフトウェアのテクノロジーなどの新しい技術を活用して新しいビジネスプロセス・ビジネスモデルを作っていかないと業界で取り残されていくという危機感のもと、あらゆる業界・業種・業態でこういったイノベーションが加速していると我々は考えています。

特に、昨今の急激な社会的な価値観の変化に基づいて、今後このデジタルトランスフォーメーションとはより加速していくのではないかと考えています。

その中でどう推進していくかにあたっては、クラウドやIoT、AI、機械学習などの新しいテクノロジーを積極的に活用していくのはもちろん、組織であったり人の働き方、仕事の進め方なども変えて、ビジネスニーズにクイックに対応していくということを、いかに企業の力として身に着けるか。ここが大きなトピックになっているのではないかと思います。

その中で大きな役割を担うと我々が考えているのは、ここで言うCTOの方々です。我々がここで言うCTOは、ソフトウェアテクノロジーに深い知見・経験を持って、その上でビジネスの大きな意思決定に影響力を発揮することができるような方々と定義させていただいています。おそらく松岡さんは、まさしくその代表的な存在ではないかと思っています。

AWSとしましては、そのCTOの存在が非常に重要になると考えて、ここ数年間で非常に力を入れて活動を推進しています。具体的には「CTO Night and Day」という企画をやらせていただいたりするかたちで、CTOの方々を盛り上げるような多くの活動を実施しています。

CTO協会にも法人会員として参画させていただいていて、実際に今後このCTO協会の方々ともっとさまざまなコラボレーションをしていけるのではないかと思って、楽しみにしているところでございます。

ただ今日は、日本におけるデジタルトランスフォーメーションを推進するにあたって、どういったことが必要とされているのか。そして具体的にはCTOの方々がどういう役割を果たすべきなのかを、ぜひ松岡さまのほうからお聞きしたいなと思っています。

日本CTO協会のミッション

岡嵜:では、さっそくご紹介させていただきます。株式会社レクター代表取締役兼日本CTO協会代表理事である松岡剛志さまです。では松岡さん、まずは自己紹介をよろしくお願いいたします。

松岡:よろしくお願いします。松岡剛志でございます。今回は日本CTO協会の代表理事として登壇させていただいております。日本CTO協会というのは、CTOの経験のある方が400数十人、法人会員の方が数十社いらっしゃる団体です。ミッションとしては、さまざまな先端テクノロジーのノウハウを凝縮し、みなさまや社会に広く還元していくことを掲げています。

主な活動としては、どういうことをやったらDXができるのかという「DX Criteria」という基準の策定。それから、先端の事例を調査したり、あるいは会員さまをはじめとして、さまざまな方々に対してのアンケートをベースにしたレポートを出させていただいたり。あるいは政策提言をさせていただいたり、さまざまなオンライン・オフラインのイベントをさせていただいて、つながっていただくということを行っています。

どうやったらデジタルがより利用できるのかという基準を作り、それに対して横でもつながって情報交換をしながら、さらに定量的なレポートなどをベースにどんどんみなさんの会社・社会を良くしていこうということをミッションにしている一般社団法人です。今日はどうぞよろしくお願いします。

岡嵜:はい、よろしくお願いいたします。実際に政策などの提言もされているというところで、スケールが非常に大きいなと思います。

松岡:がんばります。

岡嵜:では、本セッションは私からいくつか質問をして松岡さまにお答えいただくかたちで進めていきたいと思います。

企業のデジタル化の3つのポイント

岡嵜:1つ目の質問をさせていただきます。「今日の世界における企業のデジタル化の重要性とは?」というところで、言わずもがなのところもあるかもしれませんが、松岡さまの経験を通して、なぜ改めてこういったことが今叫ばれているのか、そのあたりをぜひお教えいただければと思います。

松岡:はい、ありがとうございます。「今日の世界における企業のデジタル化の重要性とは?」ということなんですが、ちょっと前説を長くしゃべりたいなと思っています。

日本CTO協会の考え方として、あるいは私の考え方として、すべての物事というのは小さく頻繁になっていく傾向にあると思っています。石や竹に書いていたものは紙になって、飛脚は郵便になって、郵便はメールになって、メールはメッセンジャーになって。どんどん小さく頻繁になっていっている。

これらのアプローチというのは、従来は機械化や工業化などさまざまなものでアプローチされてきました。例えば「機械によって生産性が上がって頻繁になるよね」と、製造されるものはどんどん高機能で小さくなっていくというアプローチが行われていました。

それで、2000年より少し前にインターネットが生まれます。このインターネットの特徴というのは、例えば情報の移動コストがゼロになる。さまざまな情報のログを取るコストもほとんどゼロになる。そしてゲームチェンジが始まったわけです。小さく頻繁にするためのアプローチがデジタルにどんどん変わっていきました。

このデジタルの特徴についてもう少しお話しすると、「移動コストがゼロ」「スケール」「改善し続けることができる」、この3点が特に大きいのかなと思っています。

移動コストの話は、まあゼロじゃないですか。それでもう1つ、「スケール」。これは最近非常にすごいなと思うんですが、やっぱり人間をスケールしようとすると、なかなか時間がかかる。一定の教育とか、あるいはOJTなどを通した形式知にならない知識の伝授、暗黙知の伝授というのが必要になっていました。

なので、フランチャイズにめちゃめちゃ詳しいわけでもないんですけれども、なんらかの人でスケールするビジネスを作ろうとした際に、どうしても時間がかかってしまう。特にマネージャーさんのように暗黙知が多い仕事の場合、そのトレーニングは数ヶ月、下手したら年単位かかったのかもしれません。

それが、デジタルの力でなんらかの商売をする場合、非常に早くなった。クラウドサービスの前においても、サーバーを買ってきて、なんらかインストールして動かすと数日でスケールした。同じことができるものが2台、3台、4台と増えたわけじゃないですか。

そして今やクラウドが生まれて、AWSさんも本当にすごいと思うんですが、「ポチ、ポチ、ポチ」でスケールするようになった。同じことができるものが数秒から数分で、お金のある限りいくらでも増やすことができる。そういう時代になったわけです。

「改善し続けられる」という特徴がパラダイムシフトを生む

それで、もう1つ。「改善し続けることができる」という特徴があると思っています。あるいは、これは難しいところで、デジタルプロダクトには「ほっとくとすぐ腐る」という特徴があります。なんらかの製品を作って販売した際に、従来だと「ここ直したいな」と思っても、1回売っちゃったら直せなかったものが、インターネット経由のプロダクトの場合は直すことができるわけです。

もちろん「すぐ直せる」と今申し上げてしまったんですが、裏にはエンジニアさん、デザイナーさん、プロダクトオーナーさん、QAさんの血の涙があったとは思います。でも、ハードウェアに比べて速いスピード感で直すことができます。

そうすると、企業は一定の品質のリスクをとってリリースすることができる。するとソフトウェアやデジタルにおいて勝負するべきポイントが、回転速度に変わってくると思います。ハードウェアではそれはなかなか比較にならないわけです。

例えば、ボタンの位置(をどうするか)のような議論の場合、ハードウェアの場合は失敗が許されない。しかしながら、ソフトウェアでは速やかにリリースをして何回でもトライできる。この仮説検証の速度が、やっぱり圧倒的なのかなと。

これらの特性があるので、過去では難しかったビジネスモデルがどんどん生まれています。これからも生まれ続けるでしょう。その提供側、サービスを提供する側のスケールは、従来とはまったく違うスピード感で可能になります。

なので、「デジタル化の重要性」というトピックは、少し言葉として弱いのかなと思っています。これをやらない場合、やはり過去に工業化などさまざまなパラダイムシフトに対応できなかった会社さんがなかなか難しい状況に追い込まれたように、おそらく生き残れない。なので、「なぜデジタル化せねばならないのか」「デジタル化の重要性とは何か」ではなくて、「なぜこの時代にリアルでやるのか」ということが議論されるようになってきていると考えています。

さまざまなことがデータになってきて、新たな発見が生まれる

岡嵜:ありがとうございます。そういった意味では、やらないと時代に取り残されるので、これは必然だということだと思うんですが、最後に言われたポイントがけっこう重要かなと思います。

インターネットサービスを主体としたビジネスのお客様にとって、デジタライゼーションはたぶん「当たり前でしょ」と思われるかもしれませんが、今あらゆる業種・業態がそこに取り組んでいるというところがすごく大きなポイントだと思うんです。そのあたりについて、松岡さまはどう捉えられているでしょうか。

松岡:そうですね、「あらゆる業界が取り組むべき」というのは、まさにそのとおりだと思っています。まず、自分たちがやっているもののデジタル化は全部やらなきゃいけない。

そして、顧客との接点。顧客と面する部分は、全部デジタルにならなきゃいけない。例えばECサイトでなにかモノを売っているのであれば、ECを用意する。あるいはECを売ったあとにも、さまざまなカスタマーサポートがあると思います。こういったものも電話などからデジタルに変わっていく。そうすると、取れるデータの量や質がぜんぜん変わると思うんですね。

カスタマーサポートにおいても、画像や音声が入るかもしれないし、あるいはカスタマーサポートの方がお話しになっていることと、お客さんがお話になっていることの割合がどのくらいだったのかとか。さまざまなことがデータになってきて、そこからまた新しい発見・気づき・改善が生まれてくるのだと思っています。

岡嵜:なるほど、ありがとうございます。よくわかりました。

デジタル変革が成功する企業の特徴

岡嵜:では続いて、「具体的に推進していくには」というトピックを移っていきたいと思います。私の理解では、松岡さまやCTOの方々は企業さまのデジタル変革を推進するお手伝いも今されているという認識です。その中で、「ここの企業はうまくいってる」「この企業はなかなか進みが良くないな」といったことを見られていると思うので、その視点から、どういった特性があればデジタル変革をうまく推進することができるのか。その秘訣をぜひお伝えいただければと思います。

松岡:わかりました。「成功するデジタル企業の特徴は?」ということですが、ちょっと難しいと思うんですよね。これをやったら絶対成功するかというとそうでもなくて。打席に1回立ったらいきなりホームランを打つ人もいれば、何回打席に立ってもダメなときはダメなので、難しい話ではあると思っています。

「成功しがちな」とか「失敗の確率が少ない」「継続して成功し続けそうな」で言うと、一定の特徴があると私は考えています。それは何かと言うと、データドリブンで仮説を立案して、速いサイクルで検証が回っている企業。これは強いと思っています。

経営やプロダクトに関するさまざまなデータが1ヶ月遅れて手に入る会社さんと、なるべく直近のデータがリアルタイムに手に入る会社さん。あちこちに抜け漏れのあるデータが手に入る会社さんと、一定そろったデータが手に入る会社さん。なにか新しいデータを取ろうとした際に、それを取るのに1ヶ月かかる会社さんと、すぐ手に入る会社さん。どっちが強いのかというと、当然後者のほうが強いわけですよね。

次に、こういうデータを手に入れたあとに、仮説を作るわけです。例えば、今の言葉で言うと「デザイン思考」「UXD」とか、そういうプラクティスがそれに当たると思っています。これらの引き出しを多く持って、それを実際に手触り感を持って実践し、「こういう場合はこれを使えばいいんだ」というのが暗黙知として貯まっている会社さんはやっぱり強いです。いい仮説がどんどん生まれる。

そして、仮説検証のサイクルの速さ。データがあって、いい仮説が生まれたとして、検証にすごく時間がかかるとやっぱり弱い。検証するのに1年かかるよりも、1ヶ月のほうがいいし、1日のほうが当然強いわけです。それには技術力の強いチームの存在やリーンな開発プロセス、変更に強いシステム。これらが非常に重要ではないかと考えています。

「超高速な仮説検証能力」を獲得するには

松岡:では、こういう特徴があるとして、どうしたらこれを達成できるかというと、なかなか難しい話で。なにか1つ、クラウド化やInfrastructure as Codeをやったら完成、というものでもないと思っているんですね。こういう変化は非常に多岐にわたっていて、現場レベルから経営レベルまで、さまざまな点で変革が必要だと考えています。

我々CTO協会では、「超高速な仮説検証能力の獲得」というコンセプトを挙げているんですが、これを実現するためにDX Criteriaという基準を用意しています。これは320個もあるチェックリストなんですが、非常に広いわけです。これで点数を全部取れたら、相当すごいなと思います。DX Criteriaのリリース直後に集計したところ、デジタルが主な事業である企業の14社の平均がだいたい50パーセント、160点前後でした。例えばこういったものをご利用されると、一つ特徴としては理解されるのかなと思います。

松岡:このDX Criteriaの根底にある考え方として、2つのDXというものがあります。確かにデジタライゼーションやデジタルトランスフォーメーションは非常に重要だと思っています。ただ、それが従来の構造で果たしてやれるのか、やりきれるのかというと、またちょっと違うんじゃないかなと。

やった際に、なにせインターネットの特徴として、前の段でお話ししたように「すぐ腐る」。

岡嵜:実際に、いかに企業のデジタライゼーションのサイクルを速く回していくかというところに関して、データシンクがあって、いかに早くビジネスを進めることができるかという話があって、そしてデータドリブン志向がある。でも、たぶんそれをやっていくには、実際にそれをやるためのデベロッパーエクスペリエンスというところで、開発者の人たちがどれだけ高い出力でそれを推進していくエンジンがあるかということが重要だというところでしょうか。

松岡:はい、まったくそのとおりだと思っています。なので、よく内製化などの議論が沸き起こっていますが、非常に重要な議論だと思っています。やはり、自社のコアコンピタンスを作る、差別化要因になるプロダクト。これに関しては内製化率が高い、もしくは完全に正社員による内製化じゃないにしても、システムのコントローラビリティが高くないと土俵に立てない時代が来ているのかなと考えています。

岡嵜:そういった意味では、たぶん今日聴講されているエンジニアの方も多いと思いますが、そういった方々が主役になっていくということも言えるんですかね。

松岡:そうですね、そう思います。

クラウドはすでに「利用できないなら説明が必要」なレベルに

岡嵜:ちなみに、おもしろいデータがCTO協会さまのホームページにありました。実際になんらかのビジネスのコアをデジタルで推進されている企業さんが、クラウドサービスを利用されている割合はなんと9割ぐらい。これはもちろん我々のためにデータを作ったんではないですよね。

松岡:日本CTO協会は毎年4月10日、「C(4)T(ten)O(0)」の日にですね(笑)、アンケートベースでレポートを出しています。会員企業を中心として、それ以外の企業にもアンケートを取らせていただいています。

このデータは、149のデータを取った結果こういう数字になっています。もうクラウドは、普通は利用する。どうしても利用できないケースがあるならちょっと説明してほしい、というのが今の文脈なのかなと思っています。

岡嵜:そういった意味では、先ほどの「高速なイテレーションを回す」とか「エンジンの出力を上げていく」というところで、逆にCTOのみなさまはクラウド利用は必須だと考えられているケースが多いということですかね。

松岡:そうですね。よっぽどじゃない限り、クラウドサービスを利用する。クラウドサービスも、インフラの部分だけお願いするケースももちろん多いとは思いますけれども、スタートアップの初期などについては、どんどんマネージドサービスを使って、自社の競争優位性あるいはコアコンピタンスに集中する、という動きが加速していると考えています。

岡嵜:なるほど。心強いお言葉ですね、ありがとうございます。

デベロッパーエクスペリエンスの質を上げるために

岡嵜:では続きまして、次のトピックに移りたいと思います。今、松岡さんのお言葉で、質の高いデベロッパーエクスペリエンスというのがありました。いかに開発組織や開発推進体制を整えていくかがすごく重要なのかなと思うんですが、では具体的に、そこに至るためにはどうすればいいのか。何をやっていくとそれが実現できるのか。先ほどDX Criteriaというお言葉もあったんですが、ぜひその観点でお言葉をいただければと思います。

松岡:「デベロッパーエクスペリエンスを達成するためのパラダイムシフト」というテーマなんですが、これを達成するための重要なポイントとして、本当にさまざまなプラクティスが存在するのだと思っています。

CI/CDとかは有名だと思いますし、技術的負債を計画的に計測して返済していくということも非常に重要だと思っています。これもまた難しいところで、それらの多くが「じゃあ、それだけやればデベロッパーエクスペリエンスが上がるの?」というのもありますし。また「こういうことがやりたいんです」と言った際に、「じゃあそれをやった結果、うちの会社っていくら儲かるの?」と言われちゃうと、難しい。

これは本当に難しいテーマで、このデベロッパーエクスペリエンスというのは、どちらかというと無形資産的な存在だと僕らは考えています。非常に重要でプロダクティビティに影響するんですが、売上にはなかなか直結しない。

まず技術的な資産、無形資産としての技術的な資産があって、それが良質なプロダクティビティを生んで、結果どんどんプロダクトが改善するようになる。それを何回もやる試行の中で、初めて仮説がバシッと当たって売上が上がる。やっぱり少し距離があるんですね。なので、説明するのが非常に難しい。そうした場合、なかなか進めるのが難しいので、パラダイムを変えなければいけないと我々も考えています。

なので、DX Criteriaを作る際に、いくつかのポイントを挙げているんですが、最後にそのパラダイムシフトの話を書かせていただいています。

組織のパラダイムを変える5つのポイント

松岡:GitHubにも上げているんですが、5つのポイントと申し上げているのは、まず「組織文化と見えない投資」。これは技術的な無形資産をちゃんと貯めていきましょう、そして組織文化として心理的安全性などにちゃんと投資をしましょう、という話。

そしてもう1つ、「タスク型のダイバーシティ」。やはりイノベーションを生もうとするんだったら、タスク型ダイバーシティを高めましょう。いろいろな職種やロールの人を1つの大部屋に入れて、そこから生まれるカオスから新しいなにか、イノベーションを生みましょう。

そして「メリハリのあるIT戦略」。コアコンピタンスに関わる重要なものは、なるべく内製化したり、システムのコントローラビリティを高めましょう。あるいは、すでに答えがあったり、汎用的なものに関しては、どんどんパッケージやXaaSを使っていきましょう。

そして「組織学習とアンラーニング」。データドリブンに、そしてさまざまなことを経験的に組織学習を行い、過去は良かったけど今は古くなってしまったものを適切に忘れていきましょう。

そして5つ目の「組織の自己診断と市場の比較」です。これをもってパラダイムを変えたいなと考えています。何かというと、自己診断の結果と市場の比較を行うと、「なぜこの数字がマーケットから見てあまり良くないのか」という議論になります。そうすると「なぜうちはここが劣っているんだ」となるので、「なぜこれをやらなきゃいけないのか」という説明ではなくて、「なぜみんながやっているのにうちはやっていないんだ」「なぜ変えていないのか」という議論に方向性が逆転します。

そうすると、デベロッパーエクスペリエンスを進めるにあたって、非常に強い後押しになるのかなと。まずこれが1つ、パラダイムを変えるための一手として考えています。

「コードの匂いのする技術系の役員」が増えていく

松岡:もう1つのパラダイムの変化として、「コードの匂いのする技術系の役員が増える」と予想しています。何かと申しますと、日本CTO協会の調査によると、デジタル売上比率40パーセント以上のデジタル企業において、技術系の役員というのは85パーセントいるんですね。これは取締役か執行役員かどちらかです。

それで、DX Criteriaを実施して問題点やギャップが鮮明になって、個別でどんどん対策を進めたいとなった際に、それを実際に進めるにあたってのリーダーシップであったり、ケツ持ちというのは非常に大事なんじゃないかなと。逆にこれがいないと進みにくい。

ちょっとずれる話なんですが、今政府は「デジタルガバナンス・コード」というものの整備を進めています。これは何かというと、企業が経営を行う上で、デジタル技術による社会変化への対応を捉えて、投資家やステークホルダーとの対話において、どのように行動するべきかの指針です。各企業はデジタル戦略であったり、デジタルに関わるいろいろな数字を公開していくような時代になっていきます。

そうなると、取締役の構造も変わってくるのかなと思います。最上位で意思決定をするための存在ですから、そこに参加する方々は、これだけデジタルの重要性が上がると、当然そのデジタルの知識やスキル、ノウハウを得た方が増えてくると思います。

そうすると、さらにデジタルトランスフォーメーションが進み、デベロッパーエクスペリエンスの重要性が高まり、それによってコードの匂いのする、実際にプログラムを書いていたような技術系の役員の数もまた増えると思っています。

その2つのパラダイムによって何が起きるのかと言うと、基準ができて、リーダーシップをとる方が増えようとしているのが今。なのでパラダイムというのは、この2つをもって変わっていくんじゃないかなと期待しています。

岡嵜:はい、ありがとうございます。非常にこの5つのポイントはクリアと言うか、本当にすべて重要かなと思います。特に「組織文化と見えない投資」というところで、感覚的にはみんな正しい・重要だと思うんですけども、いざやるとなると「どこからやればいいの?」と。本当に「やったらいくら儲かるの?」みたいな、鶏が先か卵が先かの議論じゃないですが、けっこうそういった悩みを抱えられている企業さまは多いんじゃないかなと思います。

メッセージの中で、でもそれを「こういう方向性でやっていく」というところにおいて、先ほど言われたような、役員にソフトウェア技術者およびソフトウェア技術者出身者がいると、そういった重要性もより認知されやすい、というメッセージをいただいたのかなと思いましたが、合っているでしょうか。

松岡:完璧です!

岡嵜:(笑)。ありがとうございます。実際にこういった人が増えたらすごくいいなと思いますし、そうするともっと日本のイノベーションが進むのかなと思ったりします。

とは言いながら、こういった人材を企業さまの中で持っていない方であったり、そういった人材が欲しいんだけどなかなか育成にも時間がかかるという企業さまも多いと思うんですけども。そういった企業さんに対しては、松岡さんはどういったアドバイスをされますか。

オープンイノベーションは加速する

松岡:非常に商売っ気の強い話をすると、日本CTO協会というのがありまして。法人会員を募集しているので、ぜひお入りいただくと、いろいろな方と相談できていいんじゃないかなと思います(笑)。

もう少しまじめなやつで言いますと、もちろん育成をするというのは1つ重要だと思います。やっぱり、基本的には中で育てたほうが、さまざまな深いドメイン知識にインターネットやデジタルが加わって、初めて変革が起きるので。まず「育てる」というのは非常にいいのかなと思います。

もう1つ、それでもショートカットしたい場合、やはり採用やM&Aはあり得るのかなと思います。日本CTO協会の理事にも、セゾンの小野(和俊)さんという素晴らしい方がいて、あれも素晴らしい成功例だと思うんですが、ああいうことが増えてくるんじゃないかなと思います。

岡嵜:そういったもうすでに経験をお持ちの方と連携するなり、そういった方を採用するなりして加速するというかたちですかね。そういった意味では、インターネットサービス企業、いわゆるデジタルを中心とした企業さんと、日本の代表的な企業さんの連携が増えているのも、その現れというところでしょうか。

松岡:それはもう間違いないと思います。やはりオープンイノベーションというのは加速する。過去、トヨタ「プリウス」の開発において、バッテリーの技術をもっと強くしたいと思ったトヨタは、松下さんと連携して合弁会社を作って。そのケイパビリティは自分のものにしたわけですよね。同様に、さまざまな大手の会社さんとインターネットの会社さんがつながって、新しいものを生み出していくというのが生まれると思っています。

岡嵜:そういった意味では領域は違えど、歴史で学んだベストプラクティスも活かせるところがあるかな、というお言葉だったかなと思います。ありがとうございます。

CTOは経営に技術でインパクトしなければならない

岡嵜:じゃあ最後に、おそらく今日ご参加の方々にはエンジニア出身の方が非常に多くおられると思います。そういった方々はきっと松岡さんであったり、CTO協会のCTOのような方になりたい。そういったキャリアを歩んでいきたいという方々が大勢いると思います。そういった方々に「こうやればなれるよ」と(笑)。

松岡:(笑)。

岡嵜:そんなのはないのかもしれませんけど、どういったことをやっていくか、どういった心構えでやっていけばそうなれるのか、ぜひ最後にアドバイスいただければと思います。

松岡:まず、CTOというものは、おそらく会社の規模感などによってぜんぜん役割が違うんですね。ゼロイチだとやっぱりスティーブ・ウォズニアックが最高のCTOだったと思いますし、おそらく千人、万人という企業であれば研究所の所長とか、そうなってくるのかもしれません。なので、個別の話になってくるので、一概にお答えするのは非常に難しいんですけれども。

一つだけ言えることがあるとしたら、やはり「CTO」なので、経営に技術でインパクトしなきゃいけないですね。なので、常にその目線を持って、技術だけではなくてさまざまなことを目線に入れた上で、「ここに技術的な投資をしたらうちの会社はもっと強くなる、もっと勝てる」という思考法を持って日々アクションすることが、その一助になるのかと思います。

岡嵜:なるほど。そういった意味では、いかに目線を上げるために自分自身を磨いていくかというところもすごく重要というところでしょうか。

松岡さま、長時間素晴らしいお話をいただきましてありがとうございました。こちらのAWS Summit Onlineはラーニングイベントでございます。今松岡さまも言われた「高い目線」を持つために、学ぶためのコンテンツも数多く用意させてもらっていますので、ぜひそういったところでなにか1つでも2つでもヒントを得ていただければなと思っております。

ということで、こちらのセッションは以上とさせていただきたいと思います。松岡さま、本当に素晴らしいお話をどうもありがとうございました。

松岡:ありがとうございました。