「期待値通り」を続けるとクリエイターは枯れてしまう

北野唯我氏(以下、北野):今回の『これからの生き方。』の漫画も、百田ちなこさんという漫画家さんにお願いしたいと思って描いていただいているんです。だけど、それもみなさんが思う僕のイメージで言うと、たぶん男性の漫画家が描いて、作風もビジネスっぽい漫画のイメージだと思うんです。

これからの生き方。自分はこのままでいいのか?と問い直すときに読む本

ところが、百田氏は女性で、しかもけっこうかわいらしい絵を描かれるじゃないですか。というところで、「みなさん、絶対に思っていなかったでしょ!? 思ってないですよね……? 女性の絵でした!」という感じ(笑)。そういう感じが好きなんですよ。

岩崎祥大氏(以下、岩崎):へー!

大森春樹氏(以下、大森):それは今日、初めて聞きました(笑)。

北野:だから、ちょっと期待を裏切りたくなっちゃうということです。でもこれは、ものすごく重要なんです。やっぱりクリエイターやものを作る人は、いつも期待値どおりでやっちゃうと枯れていってしまうと思うんです。なので、もしこの講演を聞いてくださっている方の中に、クリエイターの方がいらっしゃったら、ちょっとだけ期待を裏切ることはすごく重要かなと思います。

岩崎:著書を5作も出しているじゃないですか。1作目で売るための方法や施策をいろいろと考えるのはすごくわかるんですけど、5作目でもモチベーションは尽きないんですか? 心境は、1作目とまったく変わらない感じなんですか?

北野:この前、もともとアーティストで、コンサルティングファームでパートナーをやられて、今は教授もやられていて、ビジネス界ではたまにメディアにも出られている、松永エリックさんという方とお話をしていたんです。

エリックさんは60歳くらいの方なんですけど、『これからの生き方。』を読んでくださって、「唯我くんさ、アーティストみたいな、ミュージシャンみたいな本の出し方をするね」と言うんです。「どういうことですか?」と言ったら、「売れそうな本、自分が勝手に書きたい本、売れそうな本、自分が書きたい本、売れそうな本、というふうに交互に出すね」と言っていました。

例えば、前作の『分断を生むエジソン』も、自分の書きたいことだけを書いた感じなので、そういうものを交互に出すというイメージはありますね。

読者が生きていくための武器を手に入れられる本

(チャットを読み上げながら)これも、ありがとうございます。百田さんの絵……そうですよね。僕もめちゃくちゃ思います。「犬は、確かに『北野さんらしくない』と思っていました」。……そうですよね、すいません。ちょっと温かい目で見てくださいね(笑)。

「『天才を殺す凡人』の袋とじもよかったです」。「単なるHOWやWHAT中心の本は実用的ではありますが、余白がないため本を通して自分と向き合ったりできない気がします。今回の『これからの生き方。』は舞台として余白があり、自分に問いかけながら読むことができました」。これはめちゃくちゃうれしい! ありがとうございます。まさにこういう本を目指していて。

前作の『分断を生むエジソン』は、自分の好きなことを書いて、僕の中ではめちゃくちゃおもしろいなと思ったんです。読者の感想を見ていても「めっちゃおもしろい」と言う人もいたんですけど、そういう人は起業家とか、ちょっとアーティスト寄りの経営をやっている人でした。

そういう人は、「めちゃくちゃおもしろい」と言ってくれていたんですけど、そうじゃない人は「よくわからなかった」という感想がけっこう多くて、「やっぱりそうなるんだな」と思ったんですよ。

だから、本質的に僕が一番やりたいことは、やっぱり「働く人の応援ソング」になるものなんです。しかも、読んでくださった方が「生きていくための武器を手にする」という本がすごく好きなんですよ。そういう本を書きたくて、書きたくて。

「優しさ」はすごく大事だけれど、資本主義の中では「生きていくための力」や「知恵」が必要じゃないですか。だから、それをどうにかして読者に渡したいと思って、本をつくることが多いんです。

『転職の思考法』はまさに転職の思考方法ですし、『天才を殺す凡人』は「自分の才能の活かし方」という感じなんです。それを「どうやって届けられるのかな」といつも考えるんですよね。本質的にその人しか持っていなくて、その人の才能が活かせる武器は、絶対に本人の感性からしか生まれないと思っています。

主観と客観を行き来する中で、その人だけの発見がある

北野:なぜかと言うと、これはよくお伝えしているんですけども、世の中に溢れているビジネス書や実用書は、誰が読んでも同じ効用を得られるじゃないですか。それは誰でも1,500円で買えるものなので、100パーセント差別化にはならないですよね?

だけどそうじゃなくて、本当に読者にとって価値のある武器を見つけるためには、その人固有の特性に基づいた武器を見出さないといけないわけですよね。それを「どうやったらできるのかな」と思ったときに、主観と客観、主観と客観を繰り返していくことで、自分の中で見出していくんです。

そして、何度も読み込むことによって、タイミングによって気付くことは変わっていくんです。そういうものしかないなと確信を持っていて、そういう本にしたいなと思ったんです。だから、さっきの言葉はめちゃくちゃうれしいです。本当にそのとおりですね。楽しい。

岩崎:百田さんがTwitterで、僕たち3人の画像を挙げてくださっていますよ。

北野:ありがとうございます。(コメントを確認しながら)そうそう、書店の差別化も本当に必要ですよね。「北野さんの考え方、すべてを尊敬しています。今回オンラインイベントを企画してくださって、すごくうれしいです」。

コメントをくださった方が地方在住なのかわからないですけど、僕はいつも、どうすれば東京で経験できることを地方の人にも提供できるかなと思うんですよね。

僕はふだんWebのサービスも事業としてやっているので、「スタディサプリ」に注目していましたが、あれはやっぱり教育を変えたし、YouTubeなどでどこでも動画が見られるようになって、教育はできるだけ地域や場所に関係なく(東京にいる講師の授業を)受けられるようになってきていると思うんです。

著者イベントや著者と話す機会は、確かにこれまでは東京のほうが圧倒的に有利だったし、東京のイベントなんて山ほどあったじゃないですか。去年や一昨年は、何回呼ばれるのだろうというくらい呼ばれたんですけどね(笑)。本当にそういう(地方の人も同じように参加できる)世界にしたいなと思っているんですね。

だから、今回のイベントがどれだけインパクトがあるのかわからないんですけど、1回やって「こういうことができるんだ」という実績を作れれば、僕以外の著者や他の出版社の人がパクってもぜんぜんいいと思います。何かできたら本屋さんにとってもいいと思う。

「Amazonに勝つにはどうすればいいか?」を考える

北野:これはおもしろい話かどうかわからないんですけれど、本を作るときの作戦会議のときにお伝えしていることです。

共有すると、「Amazonに勝つにはどうすればいいか?」をよく考えるんですね。正直に言うと、Amazonは最強だと思うんですよ。最強オブ最強だと思うんです。だけど、Amazonは基本的に合理的なので、いわゆる非合理的なことや効率的じゃないことはしないと思っています。

著者イベントはけっこうめんどくさいし、その国のカルチャーに紐付くものじゃないですか。なので、これは絶対にAmazonはやらないと思ったんですよ。書店さんで本を買った人が、レシートを読んで登録するというかたちです。

ドメスティックなビジネスって、基本的には100パーセントそういう手法でしか生き残れないと思っています。コミュニティ型ビジネスしか残らないと思っているんですね。だから、書店さんにね……。これはもう、僕は完全に書店さんに向けてしゃべっていますけど(笑)。

このイベントをやるのは、(関係者も)たぶんめんどくさかったと思います。でも、こういうことをやらないと生き残れないですよね。だから、たかが知れていますけど、そのために自分がお力添えできるのであれば、実験台になれたらなと思ってやっているんですね。

岩崎:このイベントについての書店員さんの感想も知りたいですよね。

大森:コメントが来ていますよ。ちょっとだけご紹介しますね。

岩崎:すごい。台本があるかのようだ(笑)。

大森:紀伊國屋書店の横浜店の方ですね。「まずタイトルどおり、『生き方』について良いきっかけになる書籍だと思いました。『自分の価値観を明確にする』ということが特に心に響きました。日々の仕事の中でも曖昧になっている部分があり、だから未来に対して不安を覚えていました。未来のために現在の価値観を明確にすることが、未来の不安を払拭してくれるのだと腑に落ちました」。

もう1個ありますね。紀伊國屋書店のゆめタウン廿日市店の方ですね。「“価値観”という漠然としたモノを、細分化して考えるキッカケになりました。ありがとうございます」ということです。ピックアップしたものだけですけど。

岩崎:イベントについては……(笑)。

大森:ごめんなさい(笑)。イベントについてはコメントがないんですよ。

北野:いやいやいや。

岩崎:書店員さんも、すごくちゃんと読んで感想くださっているんですね。

ゴールから逆算するバックキャスティング

大森:次の質問で「どんなふうに読んでくれたらうれしい?」というものがあるんですけど、これは先に僕が担当編集者として思ったことがあるので、話していいですか? 

(僕が担当してきた)今までの著者で、北野さんが初めてだったことがあるんです。北野さんは、最初の企画書の段階でAmazonのレビューを書いてきたんですよ。「この本は、こういうレビューを取るために出なきゃだめ」というものですね。

ゴールから引き寄せる「バックキャスティング」というものです。それを最初にAmazonのレビューのかたちで「こういうふうに人々に届く本にする」と言われたんですよ。そのときはストーリーも何もないんですよ(笑)。

岩崎:へー!

大森:「犬が主人公」とか、そういうのもなくて(笑)。だけど最初にそこを書いてきて、(レビューを書いてくれた架空の読者の)年齢も入っているんですよ。「これがゴールなんだ」と思ったんですね。

北野:僕、そんなのやりましたっけ? 覚えてない(笑)。

大森:やりました(笑)。それを踏まえた上で、「どんなふうに読んでくれたらうれしい?」という質問をちょっとうかがいたいです。

適切なフィードバックをくれるメンターは超重要

北野:『これからの生き方。』についてですか? Amazonレビューに書かれていて、本当にめちゃくちゃうれしかったなと思うことなんですけど、すごくたくさんばーっとレビューを書いていただいた最後のほうに、「この本を読んだ人は誰でも、自分のことを『このままでいいんだ』と思い、でもちょっとだけ叱られて、最後は励まされる感覚を覚えると思う」と書かれていて、それはもうめちゃくちゃうれしい感想でしたね。

「応援メッセージ」とは言っても、私は会社をやっているので、自分はリアリストであると思うし、リアルなものはすごく大事だと思うんです。「がんばってよ」「応援しているよ」とだけ言われても、正直ほとんど意味がないじゃないですか。それって理想論だし、「応援する」「はい」で終わるじゃないですか。

でも、やっぱり必要なときに必要なタイミングで、ちゃんと「今、お前このままだったらダメだよ」とか「このままいくと、こういう課題にぶつかるよ」と言ってくれるのは、本当はメンターの役割だと思うんですよ。でも、このグローバルなトレンドの中で、僕はメンターが不在になりつつあると思っています。

いわゆるハラスメントの問題もあると思うし、上下関係もあると思っています。でも一方で、やっぱり本当にキャリアのことを考えて、適切なタイミングで、もちろん上からズドーンじゃないんですけど、適切なフィードバックをもらえる存在は人生にとって超重要だと思うんですね。

読者にとってのメンターになれる本を目指す

北野:実は、僕自身がキャリアを引き上げてもらったと思うのが、(元陸上競技選手の)為末大さんです。僕がまだぜんぜん無名だった頃に為末さんにお話を聞きに行って対談させていただいたとき、為末さんに「北野さん、めちゃくちゃおもしろいね」と言っていただいて、個別でメッセージをいただいたり、「ご飯行こうよ」と言っていただいたんです。

イベントでも対談をよくしていただきました。もう、めちゃくちゃ引き上げてもらったなという感じです。だから僕は為末さんがメンターだったなって、すごく思っているんですよ。そういう適切なメンターを見つけられるかどうかは、キャリアにおいても人生においても、ものすごく重要だと思っているんですね。

実はこの本に登場する人間関係はほぼメンターの話じゃないですか。メンターとメンティーじゃないですか。シェフ(土尾)もそうだし、横田(編集長)と希(編集者)もそう。「冷静だけど愛があるメンターが、若い人にこういうアドバイスをする」という本になったらすごくうれしいなと思っています。『これからの生き方。』を読んでくださっている方にとって、一生のメンターみたいな本になればすごくうれしいです。

担当編集者と読者が選ぶ、一番好きなシーン

北野:例えば「希にすごく共感した」と書いている方もいらっしゃるんですけど、僕はやっぱり土尾シェフが一番で、めちゃくちゃ共感するんですよね。大森さんは本の中で一番好きなシーンってあります?

大森:イベントの視聴者はこの本を読んでいる人だから、ネタバレしてもいいんですね。僕は(希が自分の昇格を諦めて、上長である横田に)「あなたが出世してください!」と言うシーンが好きですね。

北野:あぁ!

岩崎:おー!

大森:もう突き抜けていて……。北野さんから、プロットというストーリーが来るんですけど、最初に来て僕がすごく震えたのがそのシーンです。

北野:そこなんだ、おもしろい。

大森:言っていませんでしたっけ?(笑)。自分は「考えつかないな」と思ったんですよね。もちろん編集者として読みながら、「希がどうやって成長するのか」とは考えていました。登場人物が成長しなかったら、本として成立しないじゃないですか。

でも、編集者としては「どうやったら彼女が成長したと言えるのか?」という、北野さんの「落としどころ」をずっと気にしながら見ていたんですけど、「あなたが出世してください!」という言葉を上長に言うという……。

北野:なるほどね! ちなみに、次は岩崎さんにも同じ質問が来ますけど、いいですか?

岩崎:すごく悩ましいんですけど、僕が共感したのは真奈美と愛子なんですよ。

北野:おお!

岩崎:真奈美ってすごく器用で、冷静に世の中と折り合いをつけているような感じがして、僕は自分にもそういうところがあるなというのと……。

北野:確かに(笑)。

岩崎:愛子の「別に出世したって、意味がなくないですか?」というマインドも、確かにわかると思ったんです。そういうところがすごくリアルだなと思いました。

強い主張や意思を持たない人のほうがマジョリティ

北野:なるほどね。この本を書くときに、希と愛子だけは絶対に書こうと決めていました。とくに愛子は絶対に書きたいなと思っていました。希みたいな方は目立つし、自分の意思を持っていて、経済系だとこういう人ってけっこういるじゃないですか。

例えば、「このままじゃ日本はやばい」「このままじゃ日本は終わる」と思っている人はいると思うんですよ。(この先の少子高齢化などで)経済的に苦しいのは事実だと思うんですけど、一方でほとんどの人からすると、「いやそれは、どっちでもいいなぁ」というものだと思うんです。

いわゆる男女雇用機会均等も、「平等なほうがいいけど、別にどっちでもいいかな」という人のほうがけっこうリアルな気がしていました。

ちなみにこの話をしたら、今大学で教えている先生から言われたのは、「むしろ愛子のほうがマジョリティだよ」「愛子みたいな人の方が多いよ」と言われて、「そうですよね」という感じでした。

だから絶対、そういうキャラクターをこの物語に入れたかったんですよ。愛子みたいな人がいない物語って、リアルじゃないじゃないですか。嘘だなと思うので、そういうキャラクターを入れたというのはありますね。