「うまい辞め方」はそう簡単なものではない

大野誠一氏(以下、大野):それから、もう1つ質問の中で、「会社の辞め方というか、退職するときに、どんなことを心がけてこられたんですか?」というものがあるんですけど……。

篠田真貴子氏(以下、篠田):これは難しい。

大野:今のマッキンゼーの場合はぜんぜん違うわけですが、何か気にされていたことはございますか?

篠田:うーん。そうですね。「自分がなぜ辞めたいのか」という話については、幸いにも私は「その会社がすごく嫌になった」ということで辞めたことがないからだと思うんですけど、「自分がなぜここにいないという選択をするのか」を、嘘や作り話じゃなくて、誰に聞かれても同じ説明ができるぐらい、本当に自分の本心を整理していました。

職場の全員に退職理由を細かく説明するわけじゃないですけど、一人に話せば当然、職場が一緒だから「篠田さんからこう聞いた」とみんなが言うじゃないですか。そこで話によって齟齬があるのは非常に信頼を損なうと思うし、まず自分が気持ち悪い。

それをどう受け止めるかはもう相手次第で、私が辞めることに対して「ひどい」と言う方もいらっしゃるし、「無責任だ」と思われる方もいらっしゃるかもしれないけど、そこは……そうなんだけど(笑)。「私はこう考えたんですよね」ということをお伝えするしかない。

あとは自分ができて、許される範囲でその職務はできるところまでちゃんとやって、「なんか、やり残したよね」ということはなるべくないように心がけていました。でもこれも結局は、私が去ったあとの職場のみなさんがどう評価するかという話で、自分ではちょっとコントロールができない。「うまい辞め方」というのは正直、そんなに簡単じゃないなと思っています。

仕事と育児のバランスについての悩み

大野:なるほど。もう1つは、篠田さんもお子さんを抱えていてフルスロットルで仕事ができない時期があったというのが、前半のお話にちょっとありました。育児もしながらということで、仕事とのバランスもずいぶん悩まれた時期もあるのかなと思うんです。

質問の中に、育児中の方だと思うんですけど、「仕事と育児のバランスが今のままだとだめだなと思うので、すごくお世話になった上司にそのことをちゃんと伝え、仕事を変えていかなきゃいけないのかなと悩んでいるんだけれども、どう伝えればいいのか悩んでいます」というものがあります。

篠田:難しいですよね。その職場の環境や期待値にもよると思うんですけど、そうやって「話そう」と思っていらっしゃるということは、たぶん上長の方とはコミュニケーションが取れそうだという前提でいらっしゃるのかなと拝察します。

その場合、まずはそういうふうに考えていらっしゃることを有り体にお話しするしかないと思うんですよね。

上長の方から見ると「いや、あなたに期待しているのはそこじゃなくて、こっちだから」という話になって、「ここまでやらなきゃいけない」と自分が思い込んでいる期待値と、期待されている内容が実は違っていたことで解決するケースもあるでしょうし、「わかった」となるケースもあるでしょう。そこはお伝えするしかないですよね。

キャリアアップと母親としての役割

篠田:私の場合は外資系の大企業だったので、「多少、仕事をがんばっている30代がいるな」という見られ方をしたとき、「次はスイスの本社でどう?」という話がチラッチラッと来るわけです。

夫は東京ベースの仕事ですし、単身赴任とか、赤ん坊を連れてまで行こうという忠誠心は、私にはちょっとなかった。でも同時に、それはやっぱりビジネスパーソンとしてチャンスなわけですよね。そこは本当に悩みました。

「そういう可能性って、どう思う?」というふうに打診してくれる上長とは、わりとざっくばらんに話せる関係だったので、とくに子どもが1人目だけのときは、「子どもがいなかったら、私はこの話をすごく積極的に受けていたと思う」と伝えていました。

でも、子どもができて「自分の家庭をどうするか」と考えたときに、夫が来てくれるというオプションもちょっとないし、別居というオプションも私は取りたくなかった。だから「でもすごく、すごく悩みます」ということを上司にぐだぐだと……(笑)。

大野:けっこうぐだぐだと(笑)。

篠田:本当に子どもに失礼なんですけど、「子どもさえいなければ」という感じでした。

大野:(笑)。

フリーランスという選択肢は考えていなかった

大野:篠田さんにもそういうときがあったということですね。それから、今は3月からエールという1on1を提供するベンチャーに入られたわけですけれども、エールとの出会いがなければ「ジョブレス」はもう少し続いたんでしょうか?

篠田:いや、ちょうど1年と思っていたので、エールに出会っていなければ、他のどこかの会社で仲間に入れていただいていたと思います(笑)。

おそらくそのときの自分の興味・関心だったり、ビジネス友達のような親しくお付き合いしている方々はスタートアップの方がわりと多いので、そのあたりのどこかに行ったんじゃないでしょうかね。

大野:なるほど。今、チャットで質問が来ています。「人脈、ネットワーク力、問題意識、構想力などがないと、なかなか評価を得られないと思いますが、特定の組織に属さずに自由な仕事を行うフリーランスの仕事を、どう見ておられますか?」ということです。篠田さんは、フリーランスという選択肢はあまり考えられなかった?

篠田:私は考えられなかったです。今のご質問について、一般論はまったくわからないんですけど、自分がどうだったかという観点だけでお答えします。私はライフシフターのインタビューでも質問をいただいて、まだいまいち自分の中ですっきり答えが出ていないものの、やっぱり組織というものがおもしろいと思うし、悩ましいとも思うし……。

でも、仕事上、「良い組織を作る」「良い組織になっていく」ということに自分が貢献したいという興味があるので、フリーランスとはまず思っていなかったです。

組織に興味があるといった場合に、例えばアドバイザーや、場合によっては社外取締役という、外部の立場でそういった成果を出すこともできるんじゃないということを投げかけてくれた知り合いもいます。ですが、私はそれはもう10年、15年経って、もっと年を取ってからでいいなって思ったんです。

50代はもう一度組織で格闘できる時期

篠田:やっぱり組織の中でくんずほぐれつするって、それなりに精神力も体力も使います。いつまでもそれをやるのは、確かにしんどそうだなと思っているんです。

そうすると逆にまだ51歳とかだったら、もう1回(組織の中で仕事が)できるなという気持ちがあったんです。選択肢があるんだとすれば、フリーランスで自分のワークロードを調整するような贅沢は、もっと後にしようと思いました。

大野:なるほど。逆にまだまだそれは、もう少し先でもいいんだよねということなんですね。

篠田:はい。もう少し経験を積んだほうが、そういうかたちで貢献できるんじゃないかと。フリーランス的に一本立ちするには、さっきのご質問にもあったような力や経験がもうちょっとないと、私はまだ無理じゃないかなと思って。

大野:今のコメントにもありましたが、篠田さんはすごく組織が好きということがあって。『ALLIANCE』という本を書かれたのも、やっぱりその辺の興味・関心度の強さがあったのかなと思うんですけど。

ALLIANCE アライアンス―――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用

篠田:そうですね。

大野:僕自身も『ALLIANCE』にはすごく触発されて、すごくおもしろい視点で、すごくわかりやすく平易に書かれた本だなと思うんですけれども。あの本に監訳ということで関わられたことで、なにか気づかれたことなどはありましたか? 

組織と人の新たな関係性を提示した『ALLIANCE』

篠田:そうですね。やっぱりあの本を読んだときに、「あ、なんだかこれ、私のことじゃん」という感覚がちょっとあったんです。

ただ、そういうあり方をあのように整理して、多くの人が参照できるような原則にまで整理したものには初めて触れたので。救われたとまでは言いませんけれども、「助かるな、これ」という感じがあったんですよね。

私がこれまで歩んできた道のりや、所属している組織の中でも、組織の中にどっぷりというより、3分の1ぐらい外にはみ出ているような姿勢でいることがわりと多いなと思っているんですけれども、それが「なんでなの?」ということもあの本に書き表されているように感じて。そんな気持ちでおりました。

大野:なるほど。そうですね。

今回のインタビューを通じて感じたのも、篠田さんは組織が好きだとおっしゃっていたんですけれども、篠田さん自身が組織といろいろな意味で格闘してきたんだなと感じました。

篠田:(笑)。

大野:また、フリーランスの道などは今はあまり想定せずに、今はエールという、小さいけれども組織の中に入って、また新しい格闘を始めていらっしゃるのかなと感じました。

篠田:そうですね。組織と人という『ALLIANCE』のテーマは、おっしゃるとおり好きでもあるし、知的にも興味があるし。

なんというんでしょう。日本では、組織と人との関係には日本型雇用と呼ばれる形式以外って、もうフリーランスしかないというような極端な2択。

あるいは大企業かベンチャーかフリーランスという、どれもかなり極端なオプションしかないと考えられがちなのがもったいないなという気持ちもあったんです。けっこういろんなかたちがありえるし、大企業と個人であっても『ALLIANCE』で描かれたような関係構築がありえると思ったんですよね。

本当は、その日本型の雇用形態の恩恵を受けている方って、日本の労働人口の2割ぐらいしかいなくて。別にほとんどの人は関係ないんですよ。じゃあ残り全員がアライアンスかというとそうではないんですけれども、アライアンス的な姿勢で企業と雇用関係を持っている人は、別に私1人ではなくて。このジャンルもありますよ、ということを世の中が認知してくれると私が楽なんだよねという気持ちですね。ああいった本に興味を持ってくださる方々は、アライアンスのような新しい選択肢にオープンだろう、と。

コロナによって組織と人の距離感が見直される

大野:なるほど。そうですね。確かに雇用か雇用じゃないかとか、大企業か中小企業か、サラリーマンかフリーランスかって、2択ではなくてもっと多様にありますよね。

そういう中で今回のコロナが起きて、組織と人の関係も今すごく変わりそうな気配だし、今日本中でいろんな人たちがそのことを考えたり、悩んだりしているところだと思うんです。

コロナがこれからどうなるかもまだわからないところが多々あるんですが、このコロナ、withコロナとかafterコロナに向けて、組織と人の関係はどう変わっていくのかなということで、今の時点で篠田さんが感じていらっしゃることを、最後にお話しいただいていいですか? 

篠田:はい。組織と自分の距離感の見直しは確実にあるなと思っています。結果どうなるかが本当にまだなんとも言えないんですけれども。なぜそれにわりと確信を持てたかというと、つい数日前だったと思うんですが、内閣府が定期的に行う国民への意識調査の結果が公表されました。10,000人ぐらいのアンケートで、今回はコロナによって何が変わったかというのを調査されています。

その中で過半数の方が、家族との関係が良くなったとか、いいほうで見直したという回答をされていたんですよね。これまで過去3年ぐらいの働き方改革の旗の下、主に「会社に長くいないでください」ということがされてきました。

会社にいられなくて、でも他にしたいことがない。つまり、家に帰るのもなんだか剣呑だし、毎日飲むのもお金が続かないしとなると、結局みんな仕事を持ち出して喫茶店で仕事をしちゃうんですよね。

それがこの2ヶ月で改めて、家族との関係がいい意味で再構築されたり、家族を再発見したのであれば、けっこうな数の方々が「家族と過ごしたいから帰ろう」、あるいは「家で過ごすことが心地よいから週何回は在宅がいいな」というふうになったのはすごく大きな変化の兆し、出発点になるなと感じています。

大野:なるほど。コロナがきっかけになって、すごく加速したこともたくさんあるし、それが本当にいい方向に向いてほしいなというか、向けていかないといけないなと感じる今ですね。今日は、本当にありがとうございました。