トランスフォーメーションが難しそうな企業が変わるには?

安田洋祐氏(以下、安田):前回1回目に続いて登壇させていただいているんですけれども、今回は本の長さぜんぜん違いますね(笑)。初回の『コロナショック・サバイバル』

コロナショック・サバイバル 日本経済復興計画 (文春e-book)
がおもしろくてサクサク読めたので、そのノリで2回目もお引き受けしたところ3倍以上の長さがあったという……。

僕はKindleで『コーポレート・トランスフォーメーション』を読んでいたので、最初「なんかあんまりページ進まないな」と思っていたんですね。で、紙版があとから送られてきて、2冊を並べてみたら3倍以上ページ数があるじゃないですか(笑)。ちょっと引き受けたことを後悔しそうになったんですけど、結局こちらもとてもおもしろく、最後まで一気に通読させていただきました。

僕は冨山さんの高校の後輩になるわけですけれども、数年前に母校の創立70周年の記念式典でご一緒させていただいたことも。

冨山和彦氏(以下、冨山):はい。尾身(茂)さんも一緒でしたよね。

安田:そうそう。今をときめく専門家会議の尾身先生もご一緒でしたね。あとは『ワールドビジネスサテライト』で、一緒に出演したことはないですけれどもコメンテーターでつながっていたりとか。そういった関係です。

実は今日ここに登壇する前も、19時まで関西テレビの報道番組に出てきました。みなさん、わりと堅めの話が続いているので、ちょっとテレビに関係する緩めの話から。コーポレート・トランスフォーメーション、CXってテレビ業界で言うとアノ局になるじゃないですか。で、そのコーポレート・トランスフォーメーションのことを考えていたら……「あっ、CXが一番必要なのはCXなんじゃないか!」とか思っちゃったんですけれども(笑)。

冨山:たしかに(笑)。

安田:日本的経営の中でも取締役の属性が変わらないだけじゃなくて、特定の人物が……あっ、もちろんこれは一般論ですよ? 特定の人物が社長、会長、そして退いた後も相談役というかたちで長期政権で君臨する企業というのは、日本の場合そこそこあると思うんですよ。

そういう、ある意味で最もトランスフォーメーションが難しそうな企業が変わる、あるいはそこで働いていて中から変えたいと思った人はどうすればいいんですかね? もう、どうしようもないってことなんですかね?

冨山:あ~、それはだからあれでしょ。職業選択の自由があるんだから、辞めたほうがいいんじゃない?

安田:辞めたほうがいいっていう。なんかその種の……。

冨山:それは人生の無駄遣いでしょ。はっきり言って。

安田:たとえば、テレビ業界を変えるのは難しいですかね。

冨山:ああいうところは潰れそうにならないと変わらないですよ。きっと。

安田:特に新規参入が起こらない規制産業の場合、テレビにしてもそうですし、ほかのインフラ系も……。

冨山:そうそう、茹でガエルになるほうが合理的なんですよ。

安田:そうなんですよね。変わろうとするインセンティブが弱いし。金銭的な面以外でも、中の人が変えていくような力学が極めて働きにくいですよね。

冨山:自分はおいしいですよね。有名人と会えるし。華やかだし。役得がいっぱいあるし。

安田:そうなんですよね。「おもしろくなきゃテレビじゃない」と言うような人、クリエイターが集まってたはずなんだけど、気がつくとおもしろい人はみんな左遷されたり独立しちゃったり。そういう、さびしい話を中の人からも聞いたことがあったような気がするんですけれども。そんな話はさておき(笑)。

「両利きの経営」を大学経営に当てはめると?

安田:今日、孫さんの質問でも挙がったんですけれども。前回、最後に冨山さんが大学にちょっと期待している、とくに地方国立大。宇沢さんの言葉を借りると社会的共通資本の担い手として、ある意味コーポレーション以上にポテンシャルがあるんじゃないかって、力強い励ましの言葉をいただきました。

じゃあどうするかということで、事前に用意した質問1も質問2もある程度は関連してるんですが。本書の中でも強調されている「企業における両利き経営」という視点ですよね。深化と探索。今の「金のなる木」である事業は、きちんと深掘りをしていくとともに、新しいビジネスを調べていく。

この「両利きの経営」をちょっと強引に大学経営にも当てはめてみると、何が言えるのでしょうか。現状、日本の国立大学の強みにあたる深化させていくべきところや、どういった探索が足りないかとか。なにかアイデアがあったら、ぜひお聞きしたいなと思います。

冨山:世の中、知識集約産業の時代になってるということですよね? 知識が一番集約してるのは大学なんですよ。一番のチャンスが大学周りにあるはずです。社債発行もそうですが、大学が持ってる知的資産あるいは物的資産をとにかくフル活用して、とにかくお金を儲けることだと思いますよ。

安田:その際に……。

冨山:そのお金を社会的共通資本として使えばいいんです。

安田:質問2を書いててちょっと気になったのが、本の中でも「資金」と言ったときに今回の大学債みたいなデット性のものと、エクイティ性のものがあると区別されています。大学はどういった領域で、冨山さんのおっしゃるところの金儲けをやっていくか? というところにも関わってくるんですけれども。

漠然とした僕のイメージだと、今後、大学がより力を入れていくのはやっぱり基礎研究に近いところで、企業がもうちょっと応用寄り、少なくとも短期的にマネタイズしやすいところで分業が進むのかな、というイメージでいたんですよ。

もしもそうだとすると、基礎研究って当たり外れが大きいですし、必ずしもお金にならないものもあるので、こういうデット性のものを入れたときにきちんとそれが返せるのか。返せないと、大学自体の本来は失ってはいけない経営資源を手放すことにならないか、若干心配だったんですけれども。

冨山:理想は永久債だと思っているんです。

安田:なるほど。

冨山:Perpetuityが一番いいと思ってるんです。あれ、エクイティなので。本質的には。超長期債、理想は永久債だと思ってます。

安田:(東大の)五神総長の話によると、それを研究資金や人件費にあてるようですね。人をなかなかパーマネントで雇いにくいので、国の予算だけだと。

そういったことに大学債を使っていったときに、安定的に稼いで返していく目処が立たないと、結局、本郷の土地を手放すことになっちゃったらまずいなと思って(笑)。確かに、永久債だとこうした心配は要りませんね。

冨山:五神さんの頭の中でどこまで……僕もそこは理解してないのですけど。少なくともスタンフォード大学って、ご存知のように、スタンフォードリサーチパークとかショッピングセンターとか、初期はあそこで一番お金を稼いでるんですよね。自前の不動産を売らないで、開発をして貸すことで。

安田:なるほど。

冨山:本当はこういうのをもうちょっと、今は研究用にしか使えないのですが、そういうのを緩和してれれば、例えばリサーチパークでAppleに貸すことが僕はいいような気がするんですけどね(笑)。大学の資産を。

安田:そうですね。単にキャッシュフローが入ってくるっていうだけではなくて、Appleみたいな企業の場合は、当然、大学とのシナジーもあるわけですからね。

冨山:そこが1つの優位性じゃない?

組織をまたいだトランスフォーメーションの可能性

安田:あと、僕がせっかく今、極めて「ミニ東大」的な大阪大学というところにいるので(笑)。

冨山:ははは(笑)。

安田:僕、もともと東京生まれ東京育ちだったので、関西に移ってきて気がついたのは、実は研究施設が豊富なんですよね。旧帝大といわれる大学も阪大と京大があって、近くに神戸大学という素晴らしい国立大学もある。これだけの規模の総合大学が近距離に3つもあるっていうのは、世界的に見てもかなりめずらしいんじゃないかなと。

シリコンバレーでも、大学は基本的にはスタンフォードだけですよね。もちろんスタンフォード1つが普通の大学の10個分くらい、いろんな人を抱えているんですけれども(笑)。

冨山:巨大だから。

安田:巨大なんだけれども。でも“近く”と言われることがあるUCバークレーって、近いって言っても相当離れてますし。それでいうと、やっぱりアメリカのボストン近郊とかを除くと、これだけ総合大学3つプラス……今日スーパーコンピュータ世界一のニュースが出てましたけど、理研があったりとか。なんかこのへんのシナジーを生かしきれてないっていうのを、すごく感じるんですよ。単に産学連携だけじゃなくて、大学間、研究機関だけの連携みたいなものを見てもちょっと足りない。

さっき冨山さんがミニ東大って言ったのが、フレーズとして頭に残ったんですけれども。ミニ東大主義を脱却する1つの荒技として、東大を超える大学を国内に創っちゃってもいいんじゃないかとか思うんですけど。

それはどういうことかと言うと、今、国立大学ってアンブレラ構造でまとまることができる。実質合併できるので、ときどき冗談半分に言うんですけど。京大と阪大と神戸大がくっつくとたぶんアジアでトップの大学になるんですよ、その瞬間に。それこそ今日のニュースで出てた、世界一のスーパーコンピュータ富岳とかを使ったシミュレーションとかも、その3つの大学に開放してガンガンやるとか。

あともう1個のニュースでいうと、今日、アメリカのトランプ大統領が「就労ビザの発給を少なくとも今年いっぱいに関して停止する」って署名しちゃいましたよね。

冨山:そう。あれ日本にとってはチャンスですよ。

安田:チャンスですよね。高度人材がアメリカもそうですし、イギリスはブレグジットがあったし、中国はコロナを乗り切ったけどやっぱり全体主義的な機運が高まっている高度人材を引き寄せるのになにか目立つこと、たとえばアジアで1番の大学でも作って、特区でもなんでも作ってそういう人を呼ぶ。アジア人中心だと思うんですけど。呼べるんじゃないかという気もするんですよね。

そういう組織の中というよりかは、組織をまたいでトランスフォーメーションやってったらおもしろそうだなとか思うんですけど。この種の構想とかって、なにか冨山さんが感じるところがあれば最後に感想を伺いたいと思います。

冨山:合併を認める認めないという議論のとき、私はもちろん推進派です。別にくっつきたかったら勝手にやればいいじゃんと思います。自由に。東海でやりますよね? 名古屋大学。

安田:やりますね。

冨山:それはどんどんやってもらったらいいと思います。あと産学連携ということもちょっと微妙に思っています。「産」がすごく立派だったら、産学連携すればいいのですが、日本では必ずしもそうではないところもあります。だから大学で勝手にどんどん事業を興せばいいと思います。コーポレーションになって。

安田:なるほど。

冨山:知識集積産業の時代だって、みんな口で言ってるわけじゃない。日本の会社って、残念ながらたいして知識集積じゃないです。はっきり言って。

安田:そこはひょっとするとあれですね。大学人も、あまり自信がなかったところがあったんだと思うんですよね。それこそ東大は、今でこそ学生たちを中心にベンチャーとかどんどん起こってますけど。10年前までは、なかなかそういうのは見られなかったし。

冨山:なかったわけでしょ。でもそれってさっきの地方企業の自信過少、引っ込み思案症候群に近いところがありますよね。

安田:たしかにそうですね(笑)。

安田:もう時間なので最後に一言だけ。大学に関して言うと、今回のコロナ禍でデジタルトランスフォーメーションは、講義であるとか研究は一気に進んだ気がするんですよね。まさに今日のようなZOOMを活用して。これは若い教員ほど適応の時間は早かったんですけど、シニア教員もなんやかんや文句言いながら適応できてるように見えるんですよ。

なので今回、非常に保守的で変わらないと思っていた大学組織とか教員のライフスタイルが劇的に変わったというのは、今後、企業と連携していくとか。ひょっとしたら大学の外に飛び出す人とか、そういった意味ではいい影響を日本のアカデミーに与えたんじゃないかなっていう期待は持っています。すみません、長くなりました。以上です。