長年、勘違いされてきた“正しい犬のしつけ方”

オリビア・ゴードン氏:愛嬌があって、よくしつけられているわんちゃんって、いますよね。そんなわんちゃんは、ハイタッチしてくれたり、後ろ足で歩いたりできます。

ところで、これまで犬のしつけに使われてきたメソッドは、こんなかわいらしさとは程遠いものでした。犬の訓練では「アルファ」という言葉が多用される「アルファドッグ」なる概念が、長年広く使われてきました。いわゆる「アルファパック理論」では、犬は社会的ヒエラルキーの中で暮らし、群れ(パック)で一番偉い犬、つまりアルファがつがいになれるのはどの犬か、エサを食うことができるのはどの犬かなど、すべてにおける決定権を有し、犬はみな、アルファドッグになることを望んでいるとされてきました。

そのため、犬をしつける場合や単に一緒に暮らす場合でも、この理論上では、人間は、犬が他の犬に対して自分がトップだと知らしめるのと同じ手段で、人間がアルファであると犬に思わせる必要があるというのです。例えば、犬に「伏せ」をさせたり、必ず玄関を通らせたり、腹を上にして寝そべらせたりして、誰がボスであるかを教えます。

ところが実は「アルファパック理論」は誤りなのです。この理論は、オオカミと犬、双方に対する誤解から生じた物です。犬と対峙するには、別の方法が遥かに有効です。

「アルファパック理論」のルーツは、1940年代に実施された1件の実験にさかのぼります。ある科学者が、捕獲された野生のオオカミを使って、行動学の実験を行いました。科学者が、それぞれ異なる群れから捕まえて来た10頭のオオカミを小さな囲いに入れたところ、オオカミが社会的ヒエラルキーを形成することに気がつきました。何頭かのオオカミが、資源の分配をコントロールしているように見えたのです。資源は、群れの中のランクにより、他のオオカミに配分されていきました。研究者は、このランクにギリシア文字の名前を付けました。

「アルファ」オオカミが最初にエサにありつき、その直下の「ベータ」オオカミが次に、最も下位の「オメガ」オオカミがその後に続きました。

この観察に基づき科学者は、体が大きくて威張りたがるオオカミが、攻撃的で敵対的な行動により、自分の地位を確立すると提唱したのです。この説は世に認められ、長らく受け入れられることになりました。

小型のプードルから大型のグレートデーンに至るまで、今日の家畜化された犬はすべて、オオカミと共通の祖先を持つ子孫です。犬は、1万5千年もの長きにわたり人と仲良く暮らしてきたにも関わらず、野生のオオカミとの血縁関係により「犬とオオカミは似たような行動様式を持つ」とたびたび誤解されてきました。1900年代半ばの野生のオオカミの研究が広く世に受け入れられ「アルファドッグ」の概念が生まれたのは、このような背景があるためでした。

今日の犬の飼い主たちは、飼い犬に対し「アルファ」の地位にある者として振る舞い、すべての資源をコントロールしていると思わせ、従わせるようにという指導を受けます。

ところでオオカミは、実際にはこのような行動は取りません。40年代以降、多くの科学者やナチュラリストたちが、飼育下と野生下の双方のオオカミを観察してきました。中でも特に影響力のある研究者が、デイビッド・ミッチです。ミッチは、80年代後半から90年代にかけて13年もの間、夏場の自然の中で暮らすオオカミを観察し続けてきたのです!

ミッチは、野生のオオカミが大きな家族系のグループで暮らし、1対の両親が仔オオカミを数回出産し育てることを発見しました。さらにミッチは、野生のオオカミの群れは、飼育下のような激しい敵意や闘争心を見せないことを確認しました。

事実、オオカミたちは家族として協力して子育てをしたり、群れを守ったりしているのです。何頭かが自然に群れのリーダーとなりますが、競争や戦いによってその地位を勝ち取ることはなく、性格や年功によってその地位に就き、若いオオカミを育成します。

では1940年代の研究は、なぜこれほどまでに真実から乖離してしまったのでしょうか? 異なる地域から連れてこられた関連性の無いオオカミを、資源の乏しい囲いの中に閉じ込めれば、オオカミが通常とはまったく異なる行動を見せるのは当然です。この実験は、これまでなじんできた唯一の社会構造をオオカミから剥奪したため、オオカミはまったく異なる行動を起こさざるを得なかったのです。

さらにこの実験は、毎年冬に群れの構成個体の出入りがあって、オオカミの群れが新たに編成され直すという誤った認識の上で行われました。この誤りは、ミッチの研究により正されるまで、気づかれることはありませんでした。

この2つが「アルファドッグ」論に対する反論です。では3つ目の反論は、どのようなものなのでしょうか。

共通の祖先を持つとはいえ、犬とオオカミはまったく異なるものです。人間に対する犬の反応は、家畜化によりオオカミとまったく異なることを、数々の研究結果が示しています。例えば犬は、飼育下のオオカミよりも人間に対して遥かに愛着を示します。さらに別の研究では、犬は人の出すサインをより上手に理解できることがわかりました。

これは、犬が常に仲良く暮らしていることを示すものではありません。群れで生活する以上、資源をめぐって争いは起こります。しかしそれは、身に沁みついた上下関係から成る社会的ヒエラルキーなどというものでは決してないのです。

今日の研究者たちの共通認識では「アルファパック理論」には犬の訓練手法としての効果は無く、むしろ犬の心の安寧を図る上では有害だとされています。訓練手法としての懲罰は、犬にとっては不快であり、通常であれば攻撃的ではないのに、敵対的な態度をとるようになる可能性もあります。

さらにこの理論は、犬同士のコミュニケーション行動に基づいたものです。人は犬ではありません。犬も、人が犬ではないことをわかっているようで、人とコミュニケーションにおいて、ユニークな能力を発達させてきました。ですから、この理論でいうところの「身体的矯正」などの体罰を課して、犬同士の行動を真似しても、犬にメッセージを伝える手段としては有効ではありません。

逆に、犬の訓練においてもっとも効果的なのは、ポジティブなご褒美によって、犬の行動を奨励することです。例えば、上手にお座りができた時にはおやつをあげるとか、ご飯を前に「待て」ができた時に「いい子だ!」などと褒めてあげるのが良いでしょう。

人が好もしいと思う行動ができた時に、犬が好もしいと思うご褒美をあげるのです。これは、効果が立証されているだけではなく、他の訓練手法よりもより良い成果を出します。なぜなら、犬を混乱させることなく、犬にやる気を起こすことができるためです。犬は、その行動を起こすことに価値がある、と学習するのです。

要するに、犬はオオカミではなく、さらには飼育下のオオカミは、野生のオオカミとは別物なのです。「アルファパック理論」は、誤認と研究デザイン上で意図せず発生したトラブルに基づいたものだったのです。でも現在は、それが間違いであったことがわかっていますし、犬との対峙方法も改善できるでしょう。