海運業に使われるであろうグリーンエネルギー

ハンク・グリーン氏:経済は、海を越えた物資の輸送を巨大コンテナ船に頼っています。大洋を渡る物資は、年間で90億トンを越えます。考えてみると、驚くべきことですよね。私たちは、こうして世界中のモノを享受できているのですから。

しかし、このような地球規模の貿易には、犠牲がついてまわります。例えば、貨物船は化石燃料を消費し、大規模な気候変動の原因となります。良いニュースとしては、一部の企業やグリーンエネルギー推進派が、海運業は変革を起こすべき転換期にあると考えていることです。

この変革は「燃料電池」のサイエンスを活用し、なんと水を使って行われます。海運業のCO2エミッションは、地球全体の少なくとも3パーセントを占め、2012年には、9億6千万トンもの二酸化炭素を放出しています。

環境に異変を生じるこれほどの量の炭素を、大気中に放出するだけでも害ですが、貨物船の多くは石油をベースにした、重質で粘性の高い重油を燃料にしています。重油の燃焼は、硫黄分と窒素を含んだ成分を排出し、スモッグや海洋の酸性化の原因となり、人の呼吸器にも有害です。

しかし、この方法を今後も取り続ける必要はありません。というのも、社会的・政治的な立ち位置からいっても、海運業はありがたいことに、ようやくグリーンエネルギーを使った燃料が使われることになるだろうと、多くの専門家が考えているからです。

ゼロ・エミッション達成の鍵となる「燃料電池」のしくみ

世界最大の海運企業であるA.P. モラー・マースクは、2050年までのゼロ・エミッション達成を約束しました。果たして実現可能なのかと疑ってしまいますが、その鍵となるのは「燃料電池」の活用です。水素と酸素は結合させることにより、熱と普通の水とを発生させる、使い勝手の良い化学反応を起こすのです。

この熱は今でも発電に用いられていますが、この反応をさらに直接的に活用することが可能なのです。これには、反応を2箇所に分けます。そして電極が2本と、反応を促進する触媒、水素イオンが自由に動ける電解質層とを搭載した「電気化学セル」という装置が必要となります。

1本の電極では、水素の分子が2つのプラスの負荷の水素イオン(H+)もしくは別名プロトンと、2つの電子(e-)とに分離します。もう片方の電極では、水素イオンと電子が酸素と結びつき水になります。この反応が起こる場所はそれぞれ離れているため、電子はワイヤーを通って目的地まで流れます。これが電流となって電力として有効活用できるのです。とてもよくできた仕組みですね。

通常、化学の教科書では、このセルは電解質の溶液付きで、たった一個だけ図解されることが多いのですが、実際にはこのようなセルはいくつでも繋げて設置可能です。また、電解質層もよく描写される水が入ったバケツのような代物ではなく、水素が透過可能な膜状の形状です。このようなタイプのセルは「プロトン交換膜燃料電池」と呼ばれています。なんだかかっこいいですね!

セルは簡単に接続でき、大きな「スタック」が作られます。理論上は、繋げて自在に大きな燃料電池を建造し、好きなだけ電力を得られることになります。みなさんは、もうおわかりですね。これは、巨大貨物船の動力源となることも可能なのです。

燃料電池実用化への課題

2017年、アメリカ合衆国エネルギー省が直轄するサンディア国立研究所は、現役の商用の貨物船を改造し、燃料電池を搭載させることを研究したレポートを発表しました。未来型の船団を新造することは無く、その代わりに現役の商用貨物船の燃焼機関を、既存のグリーンエネルギーに変換できるかどうかを検討したのです。

貨物船は、長期間の運行に耐えるように建造されておりますし、この方法なら現役の船に引退を迫る必要もありません。

研究チームは、3つの可能性を模索しました。電気自動車のようにバッテリーを利用するバージョンと、気体の水素を使った燃料電池と液体の水素を使った燃料電池、つまり異なる燃料電池バージョン2つです。研究チームの試算では、液体水素のバージョンが、スペースが最小で済むことから、最も実用に適しているとされました。

貨物船内には、水素の大きなタンクを積載する必要があることはおわかりでしょう。この点では石油燃料とそう変わりませんが、水素ははるかに密度が低く、そのためより大きなスペースが必要となってしまいます。しかし、研究チームはこのように主張しています。燃料電池は小型で済む上、(石油燃料を使う)内燃機関よりも効率が良いため積載は十分に可能であり、さらには貨物スペースも広がるはずだというのです。

バッテリーバージョンは、船に積載するには大きくなりすぎるため、大型貨物船向けとしては実用的ではありません。より大きなスペースを要する気体の水素バージョンは、なおさらです。

これらを踏まえた上で研究チームは、寄航港に燃料の水素を供給するアクセスがあれば、現役の貨物船を燃料電池搭載型に改造するのは十分に可能であると結論付けました。

しかし、重大な欠点もあります。研究チームはレポートで、水からの水素の生成について言及しています。水素の産業レベルでの生産は、現状では化石燃料であるメタンから作られています。メタンの炭素は、この過程でCO2へと変換されます。水素の分子が4つ産出されるにつき、CO2分子1つが出てしまうのです。つまり、水素を生成し燃料電池を稼働するには、CO2エミッションが出てしまうことになります。

とはいえ、重油から排出される硫黄の問題がすべて解消されることは確かです。水から水素を産出する手法がよりグリーンになれば、燃料電池も同様です。産業レベルで水から水素を生産する手段が確立されれば、燃料電池は大幅に改良されるでしょう。

また、うれしいボーナスとして、他の運輸業界も燃料電池の導入を検討しています。つまり、このような開発で利益を得るのは、海運業界だけではないのです。特に、発電セルはバッテリーよりも軽量であるため、いくつかのスタートアップ企業が小型機の動力源として活用することを考えています。

さらに、陸上運送への導入についても、バッテリー対燃料電池を巡って活発な議論が続いており、それぞれに賛成派と反対派がいます。いずれの側も地球に優しい取り組みの代表であり、有意義な議論です。

燃料電池が実現しうる大きな変革や、各企業が近い将来への導入を真剣に検討していることを鑑みると、海運業界への水素の導入は待った無しのようです。海運業界が占める、二酸化炭素エミッションの内の3パーセントというのは相当な量ですから、これはたいへんありがたいことです。わかりやすく比較すれば、仮に海運業界を一つの国家とするなら、気候変動に影響を与える6番目の大国です。つまり、人類がエミッションを削減するにあたり、重要な業界ということになります。このような取り組みは、できる限り迅速に実現したいものですね。