格差のない世界の実現に向けて、メディアはどうあるべきか

森口明子氏(以下、森口):ちょうど「新しいパラダイム」というキーワードが出たので、私の質問をここでさせていただきます(笑)。「メディアの民主化」みたいなことを最近考えているんです。やはりウェビナーシリーズで毎回、ゲストの方の共通の言葉が「共に生きていく」、Sync(同期)というもので。これからはよりよい、格差やヒエラルキーがなくて、本当にみんなが完全に平等かどうかはわからないんですけれども、なるべくそういった世界を共に作っていくという未来への期待もあります。

そういう世界が現実化するだろうと言われている中で、例えばベーシックインカムだったりというシステムになった時に、今、私が感じているのは、すごく質のいいメディアを読もうとすると絶対有料だったりとか、やはり無料のものはある程度のどこでも言われていることしかないんですよね。

その時にある程度のお金がないとそこで差別が生まれているなと。結局、メディアというのは教育なので、そこに触れられないことでもまたさらに知的格差が進んでいく。だから、それって本当に不平等です。一方、海外はスウェーデンだと大学まで無料だったりもするし、メディアも質はいいけど無料で読めるものも多いと思うんですよね。

今後、世界がどうなっていくかという予測はできないとしても、佐々木さんが考えられるメディアの在り方や期待感はありますか?

自己啓発ブームは終わり、共同体主義へ

佐々木俊尚氏(以下、佐々木):「個人個人が自立してがんばるべし」というのが、21世紀初頭のモデルだったと思うんですよね。「このジャングルを生き抜け」みたいな。でもそれは、自己啓発本やビジネス書のブームを生み、セミナーや最近流行りのオンラインサロンの隆盛を生むという流れだったと思うんだけど、これは僕、もう終わりつつあると思うんですよ。

2年くらい前からずっと、「自己啓発ブームは終わりだよね」と言っています。あんなことやっていても生き抜けるやつはほとんどいないんだから、もういい加減目が覚めてきた。実際、自己啓発本はここ数年売れなくなってきていると言われているんですね。

一方で、たぶん次に大事なのは何かというと、新自由主義的な個人の努力じゃなくて、ある種やはり新しい共同体主義なんじゃないかな。新聞社にいた時代、もう20年以上前の新聞社ってすごく嫌な組織で、手柄争いがすごいんですよ。

自分が取ってきたスクープを平気で先輩に奪われて、その人の手柄にされちゃうようなことがあったりして「なんであいつが自分が取ってきたように言ってんだ!」みたいなね。

恨みつらみが渦巻く、嫌な世界なんだけど、そういうことが起きると、僕が仲良くしていた先輩とかがサッと寄ってきて、「佐々木、気にするな。お前の仕事を見ててくれている人はちゃんといるから」と言われて心が休まるみようなことがあった。

昭和の時代の会社はみんな馬鹿にするし、そんなものは古びたシーラカンスだと思っているんだけど、一方であの時代の日本の伝統企業でよかったことは、黙々と仕事をしていて目立たない人もちゃんと包摂する仕組みがあったんです。

自己主張や過激さがなければ注目されない世界は不健全

佐々木:今の時代って、SNSなんかそうで、でかい声でワーワー自己主張しないと誰も見てくれないじゃないですか。だから、みんなどんどん過激になる。無口な真面目な人は、どんどん存在感を失っていって駄目扱いされていくというね。

そういう両極端になってしまって、それは僕はすごく不健全だと思っています。そうではなく、黙々とやっているけれどいい仕事をしているやつも、ちゃんと誰かが見てくれている社会が僕は理想の社会だと思うんです。それはやはり新しい共同体的な仕組みである。

そのときに、メディアの役割ってマスメディアではもはやない。全員に同じ情報を届けるという仕組み自体がもはや崩壊しつつある。これは新聞、テレビの劣化とか影響力の低下を見ていれば明らかです。一方でこの20年、ずっとオンラインメディア、Webメディアの世界では、マイメディア、パーソナライゼーションみたいなことをずっと言われてきたわけでしょ。

パーソナライゼーションもやはり個人と個人を分断するんですよ。だって、僕の見ている記事とあなたの見ている記事が違う記事だったら、会話が成立しないじゃないですか。それは僕はよくないと思っていて、どっちかというと僕がここ数年考えているのは、コミュニタイゼーション(注:コミュニティ化する)。

要するに、ある人たち、ある仲間たちに向けてその記事が送られて、その記事によって仲間たちの間での議論が盛り上がったり、共感度が上がる仕掛けをちゃんと作っていくことなんじゃないのかなというね。

そういうことによって、我々はたぶんメディア的にも包摂されるし、仲間感が作られる。もう1個、さらに言うと、かといってそれによって仲間外れを作ったりするのもいけない。

かつての古い共同体は結束は強いんだけど、一方で共同体の外の人を排除するという仕組みが生まれてしまった。そこで例えば情報通信のテクノロジーをうまく使うことによって、排除を生まないような新しい緩やかなネットワーク的な共同体を作り、それをメディアなどが支えていくような方向性を、もう少し考えていくといいんじゃないかなと思います。

コミュニタイゼーションを加速させていく

森口:ありがとうございます。本当にいい情報に触れられないと、「道徳心とか倫理感とか言っても、結局、教育に触れている、触れていないで差別を作っているじゃん」と思っちゃうんですよね。台湾のデジタル大臣が……東洋経済の記事で、それも後半は有料だったんですけど(笑)。

佐々木:(笑)。

森口:彼が言っているのは、台湾と中国の違いです。「台湾は国民にとって政府が透明である。逆に中国は国民が政府にとって透明でなければならない」と。彼は「デジタルとかテクノロジーを道徳性、倫理観をベースにして開発して進めていきたい。人々の手の中に入れていきたい」と言うんです。

そもそも、その道徳心が間違っていたら(笑)、ということを考えると、教育の責任って本当にすごく大切です。やはりメディアの民主化は本当に願っているという感じなので、ぜひ、さっき……。

佐々木:コミュニタイゼーションと言ったの。

山下悠一氏(以下、山下):コミュニタイゼーション。

森口:コミュニタイゼーションですね。その辺が加速するとおもしろいなと思いますので、ぜひリードしてください(笑)。

佐々木:はい。ありがとうございます。

コロナ時代の平常心を保つ考え方

森口:まだもうちょっとお時間があります。「佐々木さんが今、読むとおもしろい本を3冊教えてください」。

佐々木:3冊は難しいけれど、最近個人的に興味を持ったのは、こういうコロナ的な時代って、自粛を要請されたり、自分の思いどおりにならないことが多いじゃないですか。世の中、怒っている人がいっぱいいます。けっこう面倒くさいよねというね。そういうときにどうやって平常心を保つのかというので、幾度となく思い出すのは、ストア哲学なんですね。

ストア派は古代ローマ、古代ギリシャ時代の哲学です。ストア哲学がどういうことを言っているのかというと、「自分が自分の思いどおりになるのは、あなたの行動や言葉や思考だけである」と。

「他人がどう考えるかは、自分の思いどおりには絶対にならないよね」と。「自分の思いどおりにならないものに対して、イライラするのはただの無駄じゃないの? そんなことにイライラしているくらいだったら、自分の思いどおりになることだけをちゃんとやっていきましょう」というのがストア哲学なんですね。

これはけっこう大事だなと思っています。ストア哲学の入門書として一番いいのは、『迷いを断つためのストア哲学(マッシモ・ピリウーチ著)』というイタリアの哲学者の先生が書いた本があるんですね。この本がたぶん一番お勧めなので、ぜひ読んでみていただければいいかなと思います。1冊だけどそれでいいかしら。

迷いを断つためのストア哲学

社会的な距離と都市と地方の関係が変わる

森口:はい。ありがとうございます。そうですね。「さきほど、佐々木さんがおっしゃった中で、2つ変わるものは何ですか? 社会的な距離の問題、もう1つは都市の概念でしょうか?」

佐々木:そうですね。だいぶ前の話なので、何をしゃべったのかよく覚えていないんだけど、社会的な距離の変化と都市と地方の関係ですね。その2つだと思います。

山下:最初に2つとおっしゃった、その2つですね。

佐々木:そうですね。

森口:はい。ありがとうございます。そうですね。今のところ、一番最初の質問を紹介します。「テクノロジーは日進月歩で変化し続けると思いますが、コロナのような人々の生活スタイル、働き方、考え方が変わるほど影響のあるものが、テクノロジーにどんな影響を与えるのでしょうか」ということに興味を持ちました。

佐々木:それこそ細かい話でいうと、こういうZoomのトークイベントとか、あと最近メディアも全部Zoomになっていて、ラジオをSkypeでやり、『ABEMA Prime』というネット放送でテレ朝のやつはZoomなんです。NHKの『世界にいいね! つぶやき英会話』というEテレの番組もレギュラーで出ていて、これはSkypeなのかな。

やっているとわかるんだけど、スタジオ、他の出演者の人とやり取りすると、微妙なタイムラグがあるんですよね。

山下:うーん。

佐々木:0.1秒くらいの。これが相槌を打ったりとかしにくい。

アイデアやイノベーションは「雑談」から生まれる

佐々木:さっき、都市の意味は単に人が集まるだけじゃなくて、そこに人が集まっていろんなコミュニケーションを取ることで、そこからアイデアやイノベーションやビジネスが生まれてくることがあると言ったじゃないですか。

アイデアやイノベーションが生まれるコミュニケーションって、最終的に何かというと雑談だと思うんですよ。雑談をうまくやれることが非常に重要。ところが、Zoomだと雑談しにくいんです。お互いしゃべっているのが被ると、Zoomだと聞こえにくいでしょ?

でも、本当は雑談ってお互いにワーッとしゃべり合っているぐらいにならないと意味がない。だから今後、5Gがもうちょっと普及してくると、光ファイバーの回線量も5Gの方が遅延が少なくて超高速なので、Zoomの遅延もなくなるかもしれない。

さらには、例えばAIとか、しゃべる時に(音声が)割れたりノイズが入るじゃないですか。それを補正してくれたり、あるいは、遅延自体がもうAIで補正するとかね。

いろんな会話をしやすい、遠隔、フィジカルディスタンスを取りながらネット上で会話するという時に、そこがいかに雑談してどうでもいい会話しながら、ワーッとブレスト(ブレインストーミング)で盛り上がるかということはできるかというところに、テクノロジーの意味というのはけっこうあるし、ここの分野がたぶん急速に普及してくるんじゃないかなと思いますよ。 

実際にFacebookなんかも突然、Zoomに対抗してRoomsというサービスを始めたりとかしているわけで、注目されているのは間違いないですよね。

森口:第3回目にゲストで登壇された小笠原和葉さんは身体性のボディワーカーで、彼女のソーシャル、要は社会関係の中で活性化する神経みたいなものが人間にはある。

通勤途中とか会議でも会った瞬間に会議を始めるわけではなくて、雑談をしてから始める。「人間は雑談の中に安らぐ神経を持っている」とおっしゃっていて、そういうのがオンラインになったら、どう転換していけるのか、そこをどう包み込んであげるような仕組みができるのかというのは、けっこう興味深いです。

佐々木:そうですね。今のZoomだとどっちにしろまだまだですよね。

山下:バーチャル背景がものすごく疲れさせるらしいです。

(一同笑)

身体的な負荷らしいです(笑)。

経済活動に波はあっても、すべてが終わるわけではない

森口:はい。質問は以上ですね。悠一さんから最後に何かありますか。

山下:これが最後。「生活のお話、大変参考になりました。人々の経済活動の変化はどう考えておりますでしょうか」。

佐々木:一定期間収入が減って、大変な影響を受けるのは間違いないと思うし、ひょっとしたらそれは、恐慌並みのリーマン・ショックとか、あるいは世界恐慌並みのインパクトになるのかもしれないけど、別にそれですべてが終わるわけじゃないです。

例えば、今、飲食なんかはもうひどい状況になっていて、倒産する飲食店が大量に出てくるだろうと言われています。個人個人で見るともちろんそうなんです。みなさん、大変ですよ。でも一方で、食文化全体がこれで消滅するかというとそんなことは決してなくて、やはりなんらかのかたちで最適化して、新しくやりだす人っていっぱい出てくるわけですよね。

ひょっとしたらテイクアウトになったおかげで、今より増えている店だってあるかもしれない。例えばですよ。そういうかたちで弱肉強食じゃないんだけど、新しい時代に適合し、新しい状況に最適化して、どんどんやってくる人たちがまた増えてくるのかな。

その繰り返しで人類社会はここまでやってきたので、またそれと同じことが起きていると思うくらいで、気楽にいったほうがいいんじゃないのかなと思います。大変な目に遭っている人には失礼ですけれども、そのくらいの心持ちが大事なんじゃないかなと思います。

山下:ありがとうございます。

森口:ありがとうございます。質問は以上ですかね。今日は佐々木さん、とても有意義なお話をありがとうございました。

佐々木:こちらこそどうもありがとうございました。