「有毒な男らしさ」の象徴的エピソード

小島慶子氏(以下、小島):今日はせっかくご登壇の方が3人とも男性ですから「これは男らしさに縛られているのか?」と最近感じた問題について、一言ずつ伺いたいです。世の中のできごとで、「これはいわゆるトキシック・マスキュリニティ(有毒な男らしさ)の象徴的なできごとではないか?」ということについて、なにか印象的なことがあれば。田中さん、なにかありますか? 

田中俊之氏(以下、田中):湯山玲子さんが、ホストクラブで男性オペラグループのコンサートをするという企画をやられたんですね。そのときに、普通の人ではなくて知的な会話ができる人をホストとして呼ぼう、文化系ホストを呼んでみようということになったらしく。

僕にお声がかかったんですよ。でも「嫌だ」と返事をした。ホストをやりたくないので(笑)。「田中さん、あなたね。固定観念というようなものに挑むと言いながら、あなたが考えているホストは所詮テレビでやっているああいうものだと思っている」と。「ですから来なさい、挑戦しなさい」と言われました。

小島:へ~!

田中:行ってきたんですよ。しぶしぶ。まずレクチャーを受けるんですが、女性の世界ですから、僕が最初に受けたレクチャーは、(実際に動きながら)「足を開いて座ってはダメだ」と。

小島:どうして?

田中:足を開いちゃダメなんです。まず来たら、ここで膝をついて「今日はご一緒させていただく……」

小島:いやいや、おかしい、おかしい(笑)。やりづらいわ、そんなの(笑)。いやだよ。

(会場笑)

田中:足を開かずに、必ずこのようにして座らせていただく。

小島:それ、誰のため!?

田中:女の人の世界ですから、という話なんですよね(笑)。ただし、そこまではまあいいんです。まず1つは、女の人をもてなすことに私は非常に抵抗を感じたという話なんです。

女の人が主役の世界で、本物のホストの子もいるんですよ。男性のオペラグループということがまずめずらしいわけですよね。要は、女性が歌うような歌でも彼らが歌ってアレンジして、それがおもしろいところ。けれども、若いホストの子にはそこの部分がわからないわけですよ。そうしたすこし文化的な会話が。

小島:なるほどね。

田中:その若い子がいなくなったときに、お姉様たちが僕に「若いホストはわかんないから、ダメだよね」ということを僕に振ってきたときに、世界が逆転している中にいるから「そうですよね。あれはあそこがおもしろかったのではありませんか?」と話をつなげた。そこで初めて「これがふだん女の人がやらされていることか!」ということがわかったんです。

小島:はいはい! なるほどね!

田中:わかります? 男が「さっきのお姉ちゃんバカだよなぁ」などと言ったことを受けて「本当ですよね。ああいう会話ができない子は恥ずかしいですよね」と。僕はキャバクラに行ったことがないからよくわかりませんが、おそらくそうしたことをやっているんですよ。

小島:キャバクラじゃなくても、そうやってはぐらかすことはありますよ。

田中:とにかく、社会全般がそうなんですよ。男の人を女の人が立てて回っている中で、逆の世界に行ったときに感じる、強烈な違和感。2つ言えるのは、僕はまず、男であることにあぐらをかいている。

小島:なるほど。

田中:僕は男ですから、もてなされるのが自然。もう1つ、本当にこれは悪いことだと思って強く反省したんですが。僕は大学の教員じゃないですか。そこにも絶対にあぐらをかいていると思った。

小島:なるほど。

田中:男で異性愛者で大学の教員である。要するに「僕の意見が通りやすいのは、この3つを私が持っているからだということを忘れるなよ」ということを思い知らされるいい機会になりましたね。

小島:それを玲子姉さんは学ばせてくれたわけね?

田中:うん、嫌でしたけどね(笑)。最初、意味がわからないじゃありませんか。「ホストやってみない?」と言われて、この人は何を言っているんだろうと。

「男のほうが上」という構造

小島:私、日本の航空会社のサービスは過剰だと思っています。

田中:あ~、わかります。

小島:本当に跪かんばかりの感じで、CAの方がものすごく目線を下げてくれたりするじゃない? 私なんか「そんなにしないでいいので、とにかく立ってください。なんなら私も跪いたほうがいいかしら」という感じで(笑)。やりにくいよね、あれ。

けれども周りを見ると、国内線のプレミアムクラスのおじさんは当たり前のような感じなの。すこし気持ち悪いという言い方は申し訳ありませんが「このサービス、かえってこちらが気を使うわ!」と彼らは思わないんだということは、すごく大発見でしたね。

田中:そうですよね。

小島:それは私が「女子アナ」をやっていたから、彼女たちがどんな気持ちでこれをやっていて、キャビンではおそらくいろんなことをしゃべっているんだろうと、全部想像できてしまうからかも(笑)。なにか居心地が悪いわけですよ。でも男性はある種そこは断絶しているというか、相手の立場になれないからこそ、提供されるものを当たり前のように受け取れるんだな、ということがね。

田中:そうです。おっしゃるとおりです。

小島:それでは、田中さんはそこが今まで無自覚だったわけだ?

田中:本当にそうです。無自覚でした。それは非常に興味深く、そのたった2時間の一度だけの経験でしたが。多くの女性は生涯に渡ってそれを課せられているといったことは、とんでもないことですよね。会社の中を見ても、そうした細々した面倒くさいことは全部女に押し付けられて「男のほうが上」という構造があるわけじゃないですか。

小島:そうです。でも、そこでいちいち怒るのも疲れるわけ。疲れると、だんだん「男を転がせる私はできる女よね」みたいに、そっち側に持っていくしかやりようがなくなっていくわけですよ。

でも不幸なのは、本人が無自覚なこと。本当は面倒くさい、どうしていちいちこんなことやらなければいけないんだという気持ちが、もしかしてチラッとあったのかもしれないんだけれども。それをずっと抱えていくことがしんどいから、面倒くさいと思わないように自分自身の認知を歪めるわけでしょ? 

そうするとサバイブするために認知を歪めた女性が、認知の歪みを選択せず真正面にいら立ちを抱えていくことに決めた女性に対して、敵になってしまうんですよ!

田中:そうです、そうです。わかります。

小島:テレビ番組の収録中に、ある熟年男性タレントさんがある若い女性タレントに対して「お前、そんなミニスカートを履いてくるな。のぞいちゃうじゃねぇか」「ミニスカートを履くお前が悪い」と言ったときに、私が「そういうのは今どきセクハラと言うんですよ」と言ったわけ。

するとその若いタレントさんもえらくて「そうですよ。そんなことを言ったら女の人に好きな服を着るなということになりますよ」と彼女と2人でワーワー言っていたわけ。

するとこのおじさんが「そうかぁ?」とだんだん納得しそうになったところで、ここにいた熟年の女優さんが「あら、でも私もそんなにスカートが短かったら思わず見ちゃうわ」と。「そこで言う!?」というようなところがね。私はそこに深い悲しみを感じるわけですよ、怒りというよりは。

彼女がこの歳になるまでこの業界で生き残るためには、こういった処世術しかなかったんだろうと思うとね。ここで女が対立する場面になりがちですが、ここは対立してはいけないと思います。この若いミニスカートを履いている彼女が、この悲しみをもう2度と味わわなくてもいいようにしなくてはいけないんだと思いましたけどね。

田中:とにかく自分が権力がない側に回ると、媚びるんですよ。

小島:サバイブするためにね。

田中:「本当にそうですね、おっしゃるとおりですよ」と言うことで、その場が一番うまくいくような気がしてくるんですよ。ですから本当にびっくりしましたね。

小島:びっくりですね。まさか自分がそんなことをするとは。

田中:でも、まあ貴重な経験でしたね。

「男は車の運転が上手くて当然」という風潮

小島:星野さんはどんなことがありましたか? 最近。

星野俊樹氏(以下、星野):自分の男性特権に無自覚な話でもいいですか?

小島:なんでもいいです。自分にとって男らしさをなんらかのことで感じたことや、ニュースを見ていて感じたことでもいいです。

星野:自分の話になってしまうんですが。僕は本当に車の運転が苦手なんですね。とくに車庫入れが本当にやばいんですよ。前進はできるんだけれども(笑)。

やっぱり車の運転が上手、車庫入れがうまい、男はそうあるべきという風潮があるじゃないですか。僕自身、大学生のとき……写真出してください。(スライドを指して)イメージ図がこれ。

(会場笑)

小島:これね。そうだよね(笑)。

星野:こうした感じで車庫入れしながら、ここにですよ、腕に筋肉の筋が入ると、なお良しというような。

小島:細かい(笑)。

星野:そういう男らしさの理想像があるわけですよ。でも運転下手だし、筋肉に筋も入らないし、そもそもすこし体型がぽちゃっとしている。この写真のモデルから遠くかけ離れた自分は、男として本当にダメだという思いがずっとあったわけです。けれど、そんな自分を受け入れがたくて。

「僕、車の運転が下手なんだよね。だから、車庫入れお願い」と今までは本当に言えなかったんですよ。

小島:そうだったんだぁ。

星野:それで車庫入れをするときに、駐車場に入る。でも対向車がバーッときて「やばい、来ちゃった!」という感じでパニクっては出るみたいな。なんのためにスーパーに来たんだろう、と思うようなことがありまして。

でも結局、練習してもうまくならないんですよ。僕はその“男としてのコンプレックス”をどのように解消したかと言えば。それも本当に恥ずかしいんだけれども、バイクに乗れれば男としての欠陥的な部分が埋まるんじゃないかと思ったわけですよ。

小島:縛られているよ。それも(笑)。

星野:それも7、8年前の話なんですね。そもそもどうしてバイクに手を出そうと思ったのかと言えば、職場でバイクの話になって。聞いていたら、一見おとなしめの女の子が、実は大型の免許を持っていてガンガン乗っていると。

僕の中で先ほど田中先生がおっしゃった優越思考の部分「男は優れていなければならない」というところがビシビシと刺激された。「この女の子より自分は優れていないといけない、勝ちたい!」と思っちゃったんですよね。

小島:あの子が乗れるんであればとね。

星野:いやいや、すでに負けてるし! と思った。それで……はい、(スライドを)お願いします。

ドゥカティ(笑)。

小島:わかりやすい!(笑)。

星野:夏休みに、一念発起して免許を取りに行ったんです。規定の時間より15時間くらいオーバーしている時点でもうやめとけ、という感じなんですが。これは取らないと自分の存在意義に関わると思って取りました。

これ(スライドを指して)はそのときにバイク屋さんに行って試し乗りをしていて、バイク屋の店員さんに撮ってくださいといって撮ってもらったものですが(笑)。この写真のあとにこれを買いました。中型で400です。それを買った。

でもね、やっぱりバイクそんなに好きじゃないから……。

(会場笑)

本当にバイクが好きな人は、休日にいじっては「こいつのこういうところが最高なんだよ」と、手に入ったら愛でるわけです。でも(自分は)別に好きじゃないから、トロフィーのようなものなんです。

ですから、野ざらしでドゥカティが埃まみれになって、やばい状態になった。たったの2年で売りました(笑)。こうした自分の黒歴史をさらけ出せるようになったのは、本当にここ最近のことです。

小島:あら、そうなんだ。星野さんにもそんなことあるのねぇ。

星野:ありますよ。スッキリしたぁ(笑)。

小島:では、もう車庫入れについては「下手です」と言えるようになったわけね。

星野:そう。パートナーにも「できないんだよね」と。

小島:言えるんですね。そうなんですか、感慨深い。

「男だから優越」という意識が皆無

小島:村中さんはなにかありましたか? 最近。

村中直人氏(以下、村中):このイベントに呼んでいただいて、めっちゃ自分の中を掘って掘って掘りまくったんですよ。

小島:あら、よかった。

村中:すると、空っぽでした。空っぽだったというところは、もうすこし私のヒストリーをお話したほうがいいと思うんですが。ものすごく長いこと男性性、女性性といったことを一切考えて来なかったといった歴史があります。

小島:そうなんですか?

村中:男だからつらいと思ったこともないし、男だから優越だと思ったこともないという。意識の中にのぼったことがないという話が。ただこれはね、かなり特殊事例だと思っていただきたくて。

私、中学生のときに臨床心理士を志したんです。心理的なところの勉強を高校くらいから始めて、そこから一直線でずっと心理村にいるんですね。心理村といえば、行った村はすこし特殊な村でして。基本的に女性率90パーセント以上、男性心理士は少ないんですよ。

小島:そっか、そっか。

村中:ですから心理学に興味を持っている、臨床心理士を目指しているという、そうしたコミュニケーションをする相手はほぼ女性なんですよ。ですから、どちらかといえば女性がマジョリティの文化に、学生のときからずっといた。

今は自分が取締役といったかたちでいろんな事業をやっていますが、どう考えても私はたいして偉くないというか(笑)。そこにたくさんいるスタッフの女性たちが、バリバリ活躍している現場ですから。そこは私がどうして臨床心理士なのか、そもそもなぜケアの仕事を志したのかといえばといったヒストリーの特殊性がある。

小島:なるほど。

村中:ですから、男だから女だからといったことについて特段考えたことがなかった。職業的にほぼ心理士の世界ですから、学生くらいのときからそうしたことに意識の高い人たちばかりが集まっているので。

小島:でもそうすると、かえって女性の感じているしんどさに気づきにくいということはありませんか? 女性がマジョリティで、女性がのびのびしてる業界を見ていると、一般社会で生きる女性が感じている息苦しさが想像しにくいというようなことはないんですか?

村中:あるんです。結局その村から出ていないので。女性がものすごく息苦しくなっているところを、文化の肌感覚としては知らない。

小島:そうしたことを研究はされないんですか?

村中:もちろん勉強はするんですよ。それなりに知識としては知っている。社会的に情報が出たときに「これはジェンダー的に見たときにアカンやろ」ということについては、それなりに見分けられるんです。でも肌感覚が存在しない。ですから先ほど言った、空っぽということはそうした特殊事例にはなると思うんですね。職務的に。

小島:おもしろいですね。男のしんどさという一人称の体験もないし、女のしんどさを目の当たりにしたこともないというところなんですね。

村中:どちらかと言えば、やっぱりすこし違うところに目がいく。男性性では、性別についてセクシャリティの問題以外のところのしんどさであったり。私はどちらかと言えば、しんどさを抱えている人たちに対してどう向き合うかというトレーニングを受けるので。

小島:そうですよね。

村中:そうした意味では、あまり参考にならない特殊事例ですが。そうした人間もいるということで。