アルコール消毒液とウイルスの関係

ハンク・グリーン氏:みなさんは、高い効能を持つ治療薬にも耐性がある病原菌「スーパー耐性菌」について聞いたことがあることでしょう。COVID-19パンデミックのもとで、世界中でアルコール手指消毒液が躍起になって使われている今、アルコール消毒液の過剰使用により、スーパー耐性菌の被害がますます拡大してしまうのではないか、と不安になることはありませんか。

ところで、研究者たちによると、心配は無用のようです。なぜなら、アルコールはあらゆる細胞に必要不可欠な成分を、化学的に破壊するからです。

細菌が抗生物質に耐性を持つのは、このような医薬品が、たった一種類のたんぱく質の働きを止めるなどの形で、細菌を殺したり働きを阻害する戦略に特化しているからです。細菌のたんぱく質が、ちょっとした変異を起こしたり、抗生物質そのものを迅速に排除できるようになれば、抗生物質は効力を失います。

アルコール手指消毒液は話が別で、同時に多方面に干渉するのです。アルコール手指消毒液には、医療消毒アルコールと同じ成分であるイソプロパノールか、酒に含まれるエタノール、もしくはその双方が入っています。どちらも、細菌の中身をこじ開けて中のたんぱく質を全壊させます。

さて、細胞は、二重の脂質の細胞膜に包まれており、この膜が細胞の中身と外部とを遮断しています。エタノールもイソプロパノールも、極小の成分であり、これよりも小さな物はあまりありません。炭素の原子が2つないし3つ、ヒドロキシ基が1つ、水素が少々から成る程度です。そのため、細胞膜の間に入り込むことができます。そして脂質に干渉し、細胞膜のバリアを浸透しやすくします。すると細胞は、勝手に自壊してくれるのです。

細胞膜が弱体化した細胞からは、大切な成分が漏れ出しますし、外部から過剰な水分が流入します。しかも、アルコールは細胞内部にまんべんなく浸透し、細菌の機能に必要なたんぱく質をことごとく破壊するのです。抗生物質のように、たった一つのたんぱく質を破壊するのとは異なります。

これらのアルコール成分は、複数のたんぱく質のそれぞれ異なる部位に反応し、結合を解いてばらばらにしてします。最終的には「変性」というプロセスにより、たんぱく質を分解してしまうのです。

手指消毒液のアルコール濃度が重視されるのは、このためです。アルコール濃度が60パーセント以下であれば、細菌を破壊する効果が十分ではありません。とはいえ、必要以上に濃度が高くても良くありません。90パーセントは、良しとされる濃度の上限です。これは、やや水分が含まれている方が、アルコールとたんぱく質の反応が促進されるためです。

適切な濃度であれば、アルコールは細菌をほぼ壊滅できます。ただし「芽胞」という極めて耐久性の高い構造体の内部に身を潜めてしまう、ごくわずかの例外の菌もあります。手指消毒剤は、同じように脂質の細胞膜を持つコロナウィルスのようなウィルスも滅殺することもできます。

アルコールほどのレベルでの殺菌に耐性を持つには、数回程度の変異ではまったく不十分であり、細菌が、ある日突然に芽胞を形成できるようになってしまうというくらいの、構造面での根本的な変異が必要です。そのため研究者たちは、まずそんなことは起こらないだろうと考えています。

「アルコール消毒剤はもはや使うべきではない」という記事

ところで、2018年の『Science Translational Medicine』誌上の論文では、実際に手指消毒剤のアルコールに耐性を持ちつつある細菌種の発見が発表されています。すると、その後から「アルコールに耐性を持つ菌が増えつつある」「アルコール消毒剤はもはや使うべきではない」という記事が、どっと増えました。

しかし、論文の著者たちが実際に述べたことは、そういうことではありません。耐性を持ちつつある菌は、わずか濃度32パーセントのアルコールに耐性を持っているにすぎません。論文の著者たちは、濃度70パーセントアルコールに耐性を持っている菌ができたなどとは主張しておらず、現在においてもそれは同じです。むしろ、彼らが懸念しているのは、消毒剤の誤った使い方や、信頼性の低い成分により、危険な細菌が十分な濃度のアルコールに浸されなかったり、滅菌に十分な時間がおかれないことです。

そうなると、実際には十分に殺菌されていないのに、医療スタッフが安全だと誤認する危険があります。事実、論文の著者たちは、アルコール消毒液は年間で何百万人もの命を救っている以上、ぜひ使い続けるべきだと主張しています。彼らが促しているのは、アルコール消毒製品とその使い方について、丁寧に見直すべきだということのみです。

要するに現時点で言えることは、アルコール手指消毒剤ではスーパー耐性菌は作られません。がんがん消毒してください!