「数字の推移を把握すること」の重要性

ハンク・グリーン氏:COVID-19パンデミック対策は、日々更新される新規感染者数と死亡者数を柱に、数字が要となります。そして数字ももちろん大事ですが、変化の推移を把握することも重要です。

時間経過による変化の予測は、感染症の数理モデルにより導き出されます。感染症の数理モデルは、感染拡大を数理的に表すことを目的としたものです。各国首脳は、これをパンデミックの激しさを測る指標とし、必要な政策を打ち出しているのです。

これらの数理モデルは単純なものではなく、明快な答えを出すものでもないため、解釈によっては混乱が生じる場合もあります。その上、数理モデルが明快な予測値を出したとしても、実情の反映が数理モデルの予測から何週間もしくは何か月も遅れる場合があります。これは、数理モデルが出した数値に私たち人間が反応して、現在辿りつつあるコースを変えることがあるためです。

つまり、ある数理モデルの予測値が実情を大幅に上回るものであったとしても、それは必ずしも過剰反応でははなく、むしろ私たちが正しい反応を起こしたことを意味することが多いのです。

最近注目を集めたインペリアル・カレッジ・ロンドンが3月に発表した論文は、徹底した政策を取らない場合には、イギリスの死亡者数は50万人にも上ると予測しました。この発表は大きな衝撃を与え、イギリス政府のパンデミック対策を方向付けました。ところがその数日後、論文の筆頭著者は、イギリス議会に現時点での死亡者数の予測値は2万人程度であると伝えました。

さて、どんな数字であれ、0より大きな数であれば悪いニュースであり、ここ近日の死者数の話をするのは、かなり難しいのが正直なところです。今はまさにCOVID-19パンデミックの真っ只中である上、この数字は実際の人間だからです。ですから、この下りが冷静すぎるようであってもご容赦ください。

2万人の死者は充分に悪い数字ですが、50万人に比べれば25分の1です。そのため、モデルを信頼できないとか誤りであると考える人が出てきました。しかし、この数字は両方とも、同じ数理モデルが出したものです。50万人という数値は、無策のまま放置した場合のものであり、2万人という数値は、新たに実施された感染予防政策による効果を因子として加えたもので、予測値はこれを反映しています。

数理モデルは、新たな情報を反映して常にアップデートされ、状況や予測値は刻々と変化しています。ジョージ・E.P. ボックス(注;英国の統計学者)の言葉を引用すれば、「すべての数理モデルは誤りだ。しかし役に立つものもある」といったところでしょう。

これは、数理モデルがそもそもそのように作られているからです。一番シンプルな感染症数理モデルは、まだ感染していない感受性保持者(Susceptible)、感染症に罹患した感染者(Infected)、罹患後回復した人、もしくは死亡した人を指す隔離者 (Removed)という3つの集団を対象とします。

最後の隔離者のグループに関しては、この数理モデルでは、ひとたび感染した人は同じウィルスに再度感染せず、他人にも感染させないとしています。厳密には、COVID-19はその点は不明です。

さて、これらを総じてこの数理モデルはSIRモデルと呼ばれています。SIRモデルは、実際のデータに基づいたそれぞれのグループの人数を起点にして、時系列を進めるにあたりコンピュータモデルを使用します。段階の順序としては、コンピュータは、感染者が感受性保持者の一部に病気を感染させる数値をシミュレートします。同時に感染者の一部を、一定期間後に回復もしくは死亡したとして、隔離者へと移行させます。各グループの人数の変遷により、時間の経過と共にどのくらいの人数が感染するかがわかってくるのです。

このような数理モデルは、予測を立てる際に非常に役に立ちますが、制約もあります。例えば疫学者たちは、1人の感染者が何人の感受性保持者に感染させるかという平均値を決めなくてはなりません。この値が皆さんもおなじみのR0(基本再生産数)です。

インペリアル・カレッジが死亡者数を50万人と予測した論文では、研究者たちは中国の武漢市のデータを基に、R0を2.4と予測しました。ところで、これは最新の予測よりも低い数値であり、モデリングが難しい理由の一つです。数理モデルは、こうした正確にはわからない数値のインプットに依存するからです。

データが存在する場合でも、そのデータは確たる一つの数値ではなく、可能性のある範囲を指す数値であることが多いのです。このように、数理モデルに入力される数値が不確実であるため、予測値もまた不確実です。しかし、だからといって役に立たないというわけではありません。例えば、複数の異なる数値を投入して数理モデルを動かすと、最善の可能性から最悪の可能性に至るまで、可能性のある結果の範囲がわかります。

ところで、R0値の範囲を狭めることにはあまり意味がありません。複雑な世界の実態を予測する数理モデルを構築するには、それぞれのグループが互いに接触する状況や、それぞれのグループの構成員の年齢、地域などによる差異などを示すインプットを加えなければなりません。つまり、数理モデルはすぐに陳腐化するのです。

時間の経過と共により多くのデータが集まれば、新規感染者の予測値と、実際の数値とを比較して、より正確なインプット値を得ることができ、初期の予測とは異なるとしても、より未来の実情に近い予測ができるようになります。

私たちが行動や生活を変えれば、数理モデルもまた変わる

また数理モデルは、ステイホーム政策やソーシャルディスタンシングなどの現在の私たちの行動をも取り入れることができます。ソーシャルディスタンシングにより感染は減り、数理モデルの数値も変わりますので、当然のことながらR0も変化します。

例えば、インペリアル・カレッジの数理モデルでは、強力な政策が取られない場合のアメリカの死者数は200万人と予測しました。しかしその時点ではロックダウンはまだ始まっておらず、ソーシャルディスタンシングの因子も導入されていない数値でした。

さてこの動画の撮影時現在では、ワシントン州立大学が新たな数理モデルを発表し、死者数約7万4千人という予測値を出しています。これも大きな悪い数値ではありますが、少なくとも減少してはいます。

この違いは、インペリアル・カレッジの数理モデルがまったくの誤りだったからではありません。初期の予測値に反応して、私たちが行動を改めたため、最新の予測値がその変化を反映したからなのです。ある意味で素晴らしいことですよね。

私たちは、実際に未来をより良いものに変えることができるのです。私たちが行動や生活を変えれば、数理モデルもまた、私たちの行く新たな安全な道を反映する方向に変わることでしょう。

つまり、数理モデルの予測が外れたということは、それはまさに、数理モデルがなすべき仕事を果たしてくれたからだといえるでしょう。