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社会の可能性を拓く、未来志向のブランディング(全3記事)

“気持ち悪さ”との共存がダイバーシティの本質である 渋谷の未来をデザインするクリエイターのカルチャー論

2019年9月11日~22日、「多様な未来を考える12日間」として、渋谷・原宿・表参道エリアを中心とした多拠点で、カンファレンスや体験プログラムが開催される都市回遊型イベント「SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA」が開催されました。今年のテーマは「NEW RULES. 〜新しい価値観〜」。新しい価値観がこれからの社会をデザインする世の中となる中で変わりゆくブランディングの今について、渋谷区のフューチャーデザイナーを務める佐藤夏生氏が語りました。

クリエイティビティで社会の可能性を拓く

佐藤夏生氏:佐藤夏生です。よろしくお願いします。たくさん来ていただいてうれしいです。「やばい、雨降ってる。来なかったらどうしよう。」とドキドキしてました。ありがとうございます。

タイトルは「社会の可能性を拓く、未来志向のブランディング」とちょっと堅いことを書いてますけど、話を聞きに来てくれた人も、たまたま寄っていただいた人も「へぇー」「ほぉー」「なるほどな」とか、1個でも2個でも刺激になればと思います。45分って長いようでけっこう短いので、早めに喋るのでつまんで聞いてください。

ちょっとだけ自己紹介をします。クリエイティブディレクターをやっていまして。2017年まで博報堂にいました。

当時は、広告プロモーション、乱暴に言えば物を売る、利益をどう上げていくかということに対してアイデアを使っていました。今もそういう仕事はしてますけども、社会をどう良くするかと言ったらちょっと大げさですけど、クリエイティビティとかアイデアで、もう少し良い社会にできたら、という視点を大事にして仕事をさせていただいてます。

渋谷の仕事は、長谷部区長をサポートしながら渋谷区のブランディングをやっています。今日話すのは、ブランディング、マーケティング、クリエイティブ、イノベーションなどの話をしたいと思います。20年前のクリエイティブというと、美大出身だったり、絵を描いたり、物を作ったり、アーティストに近い世界でした。10年前は、クリエイティブは広告会社のアートディレクターやデザイナーの仕事、領域を指していました。

この10年ですごく変わったのは、クリエイティブというものが閉じた世界の話ではなくなったこと。例えば、スタートアップだってクリエイティビティを持って社会を動かそうとしています。僕はクリエイティブの民主化と言っているんですけど、どの事業にもどんな生活にもどんな暮らしにも、クリエイティブ、クリエイティビティが有用になってきたんですね。

でも、今のおじさんたちに「あなたはクリエイティブですか? 得意ですか?」と聞くと「いやぁ、私そういうの苦手で……」と言う人ばっかり。結局日本はそういう教育をされてきていないので。

途端に世の中がネットになって、変化して、クリエイティブって言われた時に、「クリエイティブってなんだろう」と真剣に考え出すと、苦手意識というのかな……。クリエイティブやアイデアと言った時に、それを「自分のものにしてるぜ!」といった感覚を得るのは難しいと思うんです。

「このアイデアが絶対イケてる!」とかはわからないじゃないですか。「それはセンスだよね」とか。でも今日の話は「クリエイティブ、アイデアってこういうこと」ということを、みなさんにご理解いただけたら。

もっと言うと、みなさんが日々やっていることの中で「これがクリエイティブか」「私クリエイティブじゃん」と実感できたり自覚できたりするようになるといいなと思って話をしていきます。

アイデアとは、社会との新しい関係性の作り方

まず、シンプルにアイデアの話なんですけど。アイデアって、博報堂にいると「アイデア出せ、アイデア出せ」と言われます。1つの打ち合わせで100案とか、1回のプロジェクトで200案とか出させられるんです。アイデア、アイデア、アイデアと言われて、チームで週に1,000とか考えさせられたりする。

そんな中で、ある瞬間、自分の中でアイデアがくっきりわかった瞬間があって。稲妻に打たれたかのように「おぉ、これか!」という体験。それを、みなさんにお話したいと思います。

これはiPhoneです。今はiPhone10なのでボタンがなくなっちゃったんです。iPhone8まではここにホームボタンがあったんです。僕は初めてホームボタンを触った時に、あまりの違和感にちょっと止まっちゃったんですよ。「なんだこれ」と。

ボタンというのは、例えば家のエアコンのリモコンやテレビのリモコンを想像して欲しいんですけど、ボタンが20個も30個もあるじゃないですか? ボタンというのは、進むとか、決定とか、何かを決める作業なんですね。

だから選択肢としてボタンがいっぱいあって、進む、決定。けど、このホームボタンってキャンセルボタンなんですよね。戻る。もっと言うと、いろんな情報に触ってアクセスできる時代に、一番便利なのは決定じゃなくて戻るということ、なんです。

今まで、戻るボタンは見たことない。そういう意味ではこれは完全に「今の時代の新しい便利って何?」「起点になる動作って何?」と聞かれたら、決定じゃなくて戻る、キャンセルということ。今の時代はなんでも好きな情報にアクセスできるために、一番初めのゼロに戻すことが起点になる。それを発明したわけです。

僕の勝手な推測というか妄想です。勝手にそうなんじゃないかと思っている話なので、本当かどうかわからないですけど。僕は少なくともそう解釈していて、その時にこれは戻ることが一番便利なんだと見つけている。

技術革新というと青色発光ダイオードみたいな、理系の人が研究して作るようなものがイメージされると思うんですけど、ホームボタンって別に研究じゃなくて社会のつかみ方というか。僕は技術革新じゃなくて発想革新だと思っています。

だからアイデアとは、デザインでもなければ形を伴ってもいないんです。「戻ることが便利だよね」と見つけて、それ言われたらみんな「おぉー」と思うじゃないですか。

誰も見つけてなかった、そこに存在している何かを見つけたのであって、美大で彫刻をやっていたとか映像技術がすごいとかテクノロジーがすごいとか、プロジェクションマッピングがうまいとかコードでデータが書けることじゃなくて、もっとベーシックなとこで社会のつかみ方というか……。

「つかむ」というとちょっと上から目線なので、社会との関係のあり方に大きなアイデアがあります。僕はアーティストじゃないので、アイデアというのは社会との新しい関係性の作り方と捉えているわけです。

なぜ「くまモン」はこんなに広まったのか

そういう目でみると、有名な「くまモン」。これは僕の仕事ではなくて、小山薫堂さんや水野学さんがされた有名な仕事ですけど。勝手に僕が解釈をすると、「このクマかわいかったから流行ったよね」とか「熊本でくまモン、ネーミングが良かったよね」とか、わかりやすいわけですけど。

僕の中ではそうではなくて、熊本を元気にしたい時に熊本に住んでいるどんな人も応援できるキャラクターを作って、著作権をフリーにして誰でも使える状態にしたらみんなに愛されるよね、ということを発明したことなんではないかと。

「著作権のないミッキーマウス作ろうよ。そしたらみんな使うじゃん。みんな使ったらみんなから愛されるよ。みんなの応援団になるよ。ガンガン使って」というふうに、キャラクターを著作権フリーにする。「そうしたらみんなのためになるじゃん」というところにアイデアがあって、それは社会との新しい関係性を見つけている。

それをあのデザインとくまモンというネーミングによって表現したわけです。たぶん出発点は著作権フリーのキャラクターにしたことにあるわけですよね。

そういうふうに考えるとアイデアって、例えば神奈川にあるリハビリの病院ではバリアフリーじゃなくて、むしろバリアだらけなんです。なぜかというと、バリアフリーで練習すると「はい、退院ですよ」と言っても社会がバリアだらけだから「怖い」と思ってしまう。

だったらいっそ、バリアだらけで練習すれば社会に出る時に怖くないと。面白いですよね。そういう目で周りを見ると、例えば消しゴムの角消し、ポッキーに対してトッポ、チョコで手が汚れない。ハイチュウって飲めるじゃん、とか世の中アイデアだらけなんです。それがアイデアだと考えると、アイデアがもう少し身近なものに感じる気がしませんか?

イノベーションの正体は、実体のない行動や文化

もう1つ、イノベーションについて、会社に行くとあらゆる打ち合わせで「イノベーション」と言われると思うんですが、これにも触れていきます。大学で話す時によくこのスライド使うんですけど、イノベーションの正体をここでお話したいと思います。

例えばカメラ。カメラができてからほぼ100年。その間、どうやって光を取り込んでいい写真を撮るかだけにイノベーションしてきたわけです。実はこの10年で写真という文化はバーンと開いたんです。画素数はどうでもいい、持ち歩くために薄いことや防水が大事。

「もうフィルムは面倒」「写りは後から修正しちゃう」「スタンプ貼って送っちゃえ」みたいな。そうこうしているうちに、何か作意を持って撮るんじゃなくて、ふと「おぉ、これ残そう」と撮る。そんなふうに写真という行動や文化はバーンと広がっていったわけです。

これがイノベーションの正体。行動や文化がイノベートされているのであって、物がイノベーションしたわけじゃないんですよね。ただ企業はどうしても物のイノベーションを考えちゃうじゃないですか。

果たしてカメラメーカーがこういう領域を取れたのかなと思うと、十分に取れてなくて。イノベーションしたのは誰かといったら、企業じゃなくて世の中ですよね。使っている方がイノベーションを起こした。行動や文化、生活がイノベートされたことがイノベーションの正体。「イノベーション起こす!」というのは決してプロダクトのことだけじゃないんです。

もっと言うと、僕は46歳なので、写真というとプリントがあってフチが白くなっていて、というような「物」をイメージとして持っているんですけど、たぶん今の20代やもっと若い人たちは、写真やカメラというと「データ」の話。もう写真は無形なんです。

世の中が大きく変わったので写真といった時に、ある年齢より上の人は紙の話、ある年齢より下の人はデータという、ない物の話をしている。それぐらい世の中が変わっていくことがイノベーションの正体なのかなと思います。

世の中をリードする、カルチャー最旬の街・渋谷へ

次はソーシャルイノベーション。言葉はよく聞きますよね。僕はご紹介いただいたように、渋谷のクリエイティブディレクター、渋谷未来デザインのフューチャーデザイナーをやっているんですけど、渋谷区は長谷部区長のリーダーシップのもと、このイベントもそうですけど、すごいいろんなことをやっているじゃないですか。

その中で僕が何をやっているか、何を思っているかをいうと、僕は文化を社会実装すると言っているんですけど……ちょっと難しいですよね? 今世の中で何が起こっているかというと、おそらく人類史上もっとも女性が社会で活躍している。今日はその最先端だと思うんですよ、過去からしたら。

1985年に男女雇用均等法ができるまでは、女性は就職が大変だったんですよ、本当に。でも今女性がもっとも社会で活躍している。それと同時に、今日が過去最高に男性が子育てに参加しているとも言える。

さらに言うと、過去最高に社会及びビジネスでクリエイティビティが求められている、今日がその最先端なんです。そういうふうにカルチャーって10〜20年でガンガン変わるんです。そんな中で街は、そのスピードでは変わらない。だから、女性が社会で活躍する時代に街はどうあるべきなんだろうか? もっと言うとそういうカルチャーをどう作るか。

渋谷区というとダイバーシティがあがりますよね。10年前までLGBTの方たちはどんなに肩身の狭い思いをしてたんだろうか。まだそうかもしれませんけど。渋谷区というのは、僕が学生の頃から最先端の街で、渋谷に来ると流行りの物がある。

だけど今、渋谷は、もっとも新しい考え方を渋谷から社会実装しているわけですね。だから渋谷はダイバーシティを進める。クリエイティブシティー、クリエイティブを推進する国際都市として渋谷区という街を、住めるとか物が売れるとかいうだけじゃなくて、ここに集う人たちの考え方をどういうふうにアップデートできるか。

「流行りの街だから渋谷に来てね」。観光インバウンドを増やして、収益を増やしたいわけではなくて、渋谷から少しでも社会を前進させていけるような考え方とか、暮らし方とか、物や事の捉え方、解釈を発表して世の中全体をリードしていきたいなと思って、それを行政と一緒に進めています。

ダイバーシティの本質は、気持ち悪さとの共存

ダイバーシティについてもうひとつ。渋谷区は、ダイバーシティ、ダイバーシティと言うわけですけど、。なかなか「ダイバーシティってこうだ」とバーンと正解を言えない。

よく「ダイバーシティは思いやり」って言われるんですけど、僕的には、それは嘘なんじゃないかと思っていて。思いやってもわからないことがダイバーシティ。自分とまったく違うので思いやりようがないんですよね。「ダイバーシティってこういうことかもしれない」と僕が気づいたことがありまして。

渋谷区って裸でおじさんが歩いていても、耳にものすごいピアス開けた耳たぶ長い人が歩いていても、全身刺青の人が歩いてても、あまり気にならないじゃないですか。というか渋谷ってそういうものだよね、と。自分とぜんぜん違う人種、お洒落な人もお洒落じゃない人も、どんな職種の人もやばそうな人も、酔っぱらいも含めていろんな人がいますから。

渋谷に来ると、ちょっとした高揚感やワクワク感がある。何か自分にはわからない、自分には関係のない何か。一方でちょっとした緊張感もある。ちょっと怖いな、わけがわかんなくて。ワクワク感と緊張感の両方がある。僕はそこがダイバーシティの正体だと思っていて。ダイバーシティという自分とはまったく関係のない物とどう共存するか。

それは、思いやりやわかりあえる、気持ちいいとかではなくて。乱暴に言えば、気持ち悪いことが隣にあることがダイバーシティ。どういうふうに気持ち悪さをマネージするか。自分が気持ちいい状態に全部コントロールすることはダイバーシティじゃない。ダイバーシティは、自分が理解できない、気持ち悪い感覚が世の中にはたくさんあることを受け入れることだと思うんです。

自分とまったく違う、理解できない。ある種の気持ち悪さと共存することがダイバーシティの本質なのではないかと。気持ち悪さと付き合っていくことを、それぞれがどういうふうに考えるかということであって、思いやりというようなそんな気持ちの良い言葉じゃないんじゃないかなと思ったりして。そのような考え方を渋谷区の関係者と議論したりしてるんです。

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