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「アートのない世界」で人は生きられるのか?(全4記事)

「クール」は賛否両論を巻き起こす価値 現代に2種類の“美”が存在するわけ

人類が獲得した最も重要な力であり、繁栄をもたらした「想像力」。人は何万年も前から目の前にないものを想像して物を作ったり、絵を描いてきました。もしアートが存在しない世界だとしたら、人はどうなってしまうのか? 世界有数のキュレーターである長谷川祐子氏、脳科学者の中野信子氏、株式会社スマイルズ代表取締役社長の遠山正道氏が登壇し、「美」と「クール」の違いや、現代社会の美しさの基準について意見を交わしました。

近代以前と現代アートの「美」の違い

中野信子氏(以下、中野):もし現代アートと近代以前からを分かつものがあるとしたら、冒頭でお話しした「美は2種類あるよ」という原則に立ち返ると、わかりやすくなるかと思っています。

ざっくりとした立て分け方にはなってしまいますが、枠組みとしての理解を進めるために大雑把に単純化してみることが許されれば、近代以前の美は、みんなが見て美しい最大公約数であったと捉えることができそうです。

その認知のときに使われていると推測される脳機能領域は、内側前頭前野という部分です。美の認知以外には、正義の基準とか、良心の基準とかそういう機能を司っている場所です。

例えば、金銭的にエゴイスティックな振る舞いをする人を見たときに、みなさん「汚い」と言ったり思ったりしますよね。例えば「あいつは金に汚い政治家」という言い回しをしたりとか。

(会場笑)

そういうふうに思ったりすると思うんですけれども……今お笑いになった方々は、どなたを思い起こされたんでしょうか(笑)。

(会場笑)

私は一般論を言っただけですよ(笑)。

(会場笑)

中野:その一方で、現代アートとはなんなのかというと、これはむしろ美ではなかったりする。求めているものは、どちらかといえば「クール」なんですよね。まぁそれも美の一種といえばそうだけれども、ただの「美しい」とは種類が違う。

「美しい」は、時にはダサくなるんですよ。ちょっとかっこ悪かったり古くさかったりする。その「クール」の判断は、ただの「美しい」とは違う場所が担当しています。眼窩前頭皮質というところです。

この部分は、「社会脳」と言われる部分の1つであって、相手の顔色を見ながら自分の振る舞いを決めるところなんです。自分の主観的な好みを決めているところなのですが、他からの情報だったり記憶だったりによってものすごく修飾を受けて、左右されてしまう。要するに、ブレるんです。

2種類の美が存在する現代

中野:今ちょっと露悪的な言い方をしましたけれども、よく言えば、敏感に空気を読み、共感する領域です。

「この人は今、何を考えているんだろう?」「この人たちは今どんな状況下にいるんだろう?」。その中で、クールで、かっこよくて、一番いい位置を占めるのはどういうところなんだろうということを一生懸命、総合的に考えて判断しようとする領域です。現代アートは、ただの「美しい」という価値よりも、そっち側を刺激するものだというトレンドにあるんだと解釈することができる。

そうすると、「今ある社会のあり方ってどうなんだろう?」という疑義を前提にした上での新しさだったり、みんなが当たり前のように思っていることを「冷静に見るとおかしいよね?」と切り込んで見せたりというものが、それを汲んでいるポイントということで評価される。コンセプトを重視する傾向にある現代アートの中でもいい位置を占めるための1つの重要な要素ですよね。

遠山正道氏(以下、遠山):最初に「美」とおっしゃったでしょ。なんだか現代アートでいう美という概念が、コンセプトなどがかっこいいというのはわかるんですけど……。

中野:ちょっと別のものですよね。

遠山:ちょっと違いますよね。でも、なんだか美をもう1回取り戻したい感じはありませんか?

中野:別々であるというところにうっすらと気持ち悪さはありますよね。落ち着かないから、統合されて欲しいという気持ちが起こるのもわかります。

「クールさ」は賛否両論を巻き起こす価値

長谷川祐子氏(以下、長谷川):これは、日本にもファンの多い17世紀のオランダの画家フェルメールです。

これを時代を超えて共有できる「美」とすると、今中野さんもおっしゃった、1つの時代を背景にして出てくるもう1つのかっこよさ「クール」は、アンディ・ウォーホルがつくった有名人のポートレイトに代表されますね。写真を転写してシルクスクリーンを使って、色彩を単純化して、ポップに強調して見せるというやり方。これがポップアートが「クール」と呼ばれるポイントです。有名性、ポピュラーなものを「距離」をおいてみる、そこからクールという言葉は出てきました。

じゃあ、みなさんにとって、「こっち(フェルメール)が美で、こっち(アンディ・ウォーホル)がクールか」というと、それもみなさんの判断です。どんな世界観が自分たちの中に身についてしまっているのかによります。

何がみんなにとって根源的で共通のものなのかは、今、なかなか簡単には判別できないかなと思います。つまり、みなさんのなかにも、自分で見つけだしたもので、これも美じゃないかと思われる方もいらっしゃると思います。

中野:あたかも美人の基準が変わっていくようなものですね。「クール」に関しては、実は良し悪しの評価が一定しない。賛否両論巻き起こす価値であるというのもおもしろい特徴の1つです。

例えば、「正義か・正義でないか」に関しては、「人を殺してはいけない」という正義がありますよね。これはおそらく安定的な社会であれば、9割9分の人が一つの答えに賛成をしてくださると思うんです。けれども、もう少し判断の難しくなる問題があります。例えば「食料の極めて乏しい戦場において死んだ戦友の肉を食べる」のが正しいかどうか。これは見方によっては正しく、見方によっては正しくないと判断が分かれるでしょう。

後者のような問題は正解が一意に決まらず、その人の育ってきた社会環境というか、今の生活環境や家庭環境によってかなり影響もされるし、周りの力でいとも簡単に変わってしまう。

もしかすると、自分では良さがよくわからないけれども、長谷川先生が今「この絵はいい絵です」と言っただけで、「ああ、そうだ。確かに」と思いはじめる人もいるぐらいではないでしょうか。それくらい、外部からの情報によって簡単に変わる基準ということでもあります。

死後の世界と宗教芸術

遠山:なんだか「美しい」って、今はコンテンポラリーアートだと、だいたいコンセプト自身がクールであったりするようなことだと思うんですけれど、逆にルネサンスの頃だと、「信じる・信じない」というものがありますよね。あるいはプロパガンダみたいなこととか。そういうのもアートにおける1つの要素というか。それで救われたという要素もありそうですね。

長谷川:そうですね。だから宗教芸術というのは、本当にそれをアートの評価として持ってくるのは邪道じゃないかと思う考え方もあるんです。

私はやっぱり、カトリックがやった戦略はすごいと思います。聖像、つまりアイドルをたくさんつくって、教会で、賛美歌を音響効果のすばらしい空間の中に響かせて、荘厳な天国にいるような環境を体験させる。あれはすごい。

だから、その技術とか美的意識は尊敬すべきであり、どんどん取り入れていいと思います。そういう意味で宗教、つまり自分が死後に行く、自分の力を超越した世界に連れて行くというものはいわゆる「崇高」と呼ぶんですね。私たちの人智を超えた超自然的なもの、精神的な世界に連れていく。

どうしてそんなふうに連れて行けるのかというと、人は死ぬからです。死の世界というものを私たちは知らない。でも、いつか死ぬことはわかっている。

それに対して、どう対処したらいいのかと考えたときに、それを超えた世界があるという。そこを感じさせてくれる何かは、やはり生存の不安を取り除いたり、ある意味での(死を)超えたものに対する渇望やエネルギーのようなものによって、今を進ませてくれる力になることはあると思うんです。そのあたり、いかがですか?

人々の信仰心や宗教の起源

長谷川:これはオラファー・エリアソンという現代作家が作った「ウェザープロジェクト」という作品です。ロンドンのテート・モダンにターヴァインホールというとても大きなホールがあって、天井と床に鏡を張り、正面の壁の上に巨大なプロジェクションを投射して、霧をめぐらせ、太陽を出現させたわけですね。

外にいても夕陽はいくらでも見れるのに、何百万人の人がここに来て夕陽を見た。このように気象、天気をもう一度展示空間の中に再生するということをやったわけです。

中野:とてもおもしろいのは、夕日って誰が見ても美しいと思うんですよ。同じように太陽信仰というのは、世界各地に見られるんですよね。非常に不思議な現象のように思います。

これは、宗教がなぜ存在するのかという問題にまで言及する必要があるんだろうと思いますけれども、別に神が頼んで「宗教を作ってくれ」と言っているわけではないですね。

困ったことがあった時とか、何か願いごとがあったりするときに、自分の手の及ばない何かにすがりたくなる気持ちや、お願いしたくなる気持ちを集めて宗教になったんだろうと思われる。

敵がいて、その敵の集団にどうしても勝たなければならない。実力が伯仲していて、負けるかもわからない。その時に、何か祈るものがあって、おそらく集団の結束を強めるのにこういったアイコンは非常に役に立つでしょうから、持っているほうが勝つ確率が高かっただろうと考えると。

もし仮にそうなら、こういうものを持っているほうが適応的ということになりますよね。適応的の意味はいいですよね。そのほうが生存確率が高い、と考えられる。

そういうコンテキストが、世界各地で何千回、何万回も繰り返されて、長い間繰り返された中で生き残ってきたのが私たちと考えると、我々の中に宗教心、つまりこれらを尊崇する気持ちが残っているのも、ごく自然なことだと思います。

「丸・三角・四角」はアートの根源の1つ

遠山:企業でいえば、企業理念とか、そういうものをみんなで集めていくようなことに近いですかね。あと10分で質問にいきたいんですけれども、(筆で〇、△、□が描かれたスライドを指して)これはなんでしょう?

長谷川:これは仙厓という禅僧が描いたものです。仙厓はみなさんご存知だと思いますが、白隠と並んで非常に有名な禅の僧侶です。専門の画家が描いたわけではなくて、自分たちの教え、禅の教義を非常にシンプルに表現するために描かれたものです。丸、三角、四角をただ描いただけなんですね。

この場合、いろんな読み解き方がありますが、一つの見方をご紹介すると、丸は「始まり」を。三角は形のあらわれ。四角は、三角が2つ集まったもので、1つの社会というか、システムや世界観を意味する。この3つの形の意味だと言われています。

ですので、非常にわかりやすい。このすごくシンプルな形で、なんでも話せるという。幾何学的な形は人間だけが作ったものなので、アートの根源の1つと言えると思います。

文字は「抽象化された絵」である

遠山:ちなみに、アートにおける抽象という言葉の意味って、その本質を抜き出すような意味でいいんですか?

長谷川:本質を抽出するというか、よく「シンボル的に使う」という言い方がありますね。ピラミッドの三角は、垂直に上がっていく、エネルギーを上昇させる力のシンボルと言われます。

例えば、円が1つの宇宙や無限を表すとか、そういう象徴的な見え方ってありますよね。抽象というのはいわゆる「もの」を具体的に描かない。例えば、象の形とか具体的なイメージがない形に対して、どういう意味合いを読みこんでいくかということになります。意味すらも排除するということもあると思います。

遠山:「非具体」っていうことですよね?

長谷川:そうです、そうです。具象的じゃないということですね。

遠山:それはおもしろいですね。

中野:文字は最初に抽象化された絵ですね。

長谷川:象形文字がそうですね。絵文字や楔形文字などもあります。

中野:漢字とアルファベットの両方がありますけれども、いずれにしても最初は象形ですよね。文字を持っている民族と持っていない民族がいます。日本にもかつて文字を持たない民族がいた。

東北地方出身の方などは、日本語で書けない言葉が話し言葉の中に出てくるのを体感されていたりしますかね。例えば「が(鼻濁音)」とか「ごわ」とか。ああいう音って、実は大和の文字を当てはめてなんとか表記しているので、もう本当の音はどこかへ消えていったりしているわけです。鼻濁音の「が」は「か」に点々でなく丸をつけて表記することもありますね。

また、アイヌ語もそうかもしれない。アイヌ語も文字を持っていないですね。

文字を持つ民族と持たない民族

中野:文字を持っている、要するに抽象化されたものを使っている民族と、そうでない民族……では、どっちのほうが戦って強かったか。どうでしょうか? これを思考実験的に考えてみたいと思うんです。

中米・南米にもそういう民族が文明を築いていました。中央アジアにも、アフリカにもそうした民族がいた。文字を持たない民族は、持っている民族とどこが違ったのでしょうか。

抽象化されたものを取り扱うことに日常的に行っているか、いないか。虚構の取り扱いに慣れているのかどうか。慣れていない人たちは、あたかもある病原体への免疫を持たない集団というのに似ていて、外から虚構がやってくると、それに抵抗する力を持ちにくいのかもしれない。

もしかしたらアートの根源的な意義としてあるものが、こういうことなのかもしれない。どちらが優れている、という議論をしたいのではなく、私たちを守ってきたものがアートだったのではないのか、という問題提起です。象徴としての価値を吟味するとき、これは非常に興味深いと個人的には思ってしまうんですね。

長谷川:抽象、具象もそうですが、もう一つ形として残された文化かどうかということもあります。口承文化、文字がなく歌やいい語りで伝える。アイヌもアマゾンの人々もそうです。その人たちはたいてい、抽象的なパターンやシンボルを使う。具象的な視覚的なイメージを使って、絵として描くという習慣があまりありませんね。

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