CXOはユーザー体験全部の責任者

伊藤セルジオ大輔氏(以下、伊藤):今ちょっとCXOの話が出たので、そこをもう少しお聞きしたいです。そもそもCXOって、いきなり企業の中で誕生させるのは難しいような気がしています。それについては、みなさんどう思われますか。

深津貴之氏(以下、深津):そもそもCXOの定義がだいぶ適当で、会社ごとにやってることもぜんぜん違うんじゃないかと思うんですよね(笑)。なので何をもってしてCXOと置くかにもよるんです。

実務としてのCXOはだいぶジェネラリストとして、ユーザー体験全部の責任を持つということです。マーケティングにも、企画にも、イベントにも、デベロップメントにも、カスタマーサポートにも、プロダクトにもちょいちょい顔を出す人、みたいなふんわりとした感じになっちゃいます。

つまり、なんて言うんでしょうね……業務をインテグレートしなきゃいけないと言うんですかね。テックはテックでいいです、営業は営業でいいです、みたいなタテ完全独立会社から、「全部が一気通貫になることでシナジーを生み出すぞ!」というために必要な人、と言う感じの理解です。

伊藤:なるほど。

深津:そのために僕らがスペシャリティとして持っている一気通貫の軸が「ユーザーから見ていい感じにする」というところなのかな、と自分は理解しております。

たくさんの打席に立つチャンスを手に入れる

伊藤:なるほど。そういった方は、みなさんも外から入られるかたちだと思います。例えば社内から育っていってそういったことができるようになるのかは、どう捉えていらっしゃいます?

坪田朋氏(以下、坪田):育つには育つと思うんですけれども、1社ではけっこう難しいかもしれないなと思い始めています。僕は事業会社にいて、それこそデザイン会社にもいて、コンサルにもいて、わりと横断していろんな能力を俯瞰して察知できる能力は、高いほうだと思うんですよ。

それがあると、部門を横断してなにかのサービスなりユーザー体験を実現するようなときに、それぞれの言葉で会話できるんです。それが強みになって、結果的に「一気通貫したサービスが実現できます」というのが、今の僕の仕事なんです。それが1社でも、ぐるぐる回せばもしかしたらできるかもしれないけど、そのへんはちょっと今後の課題ですね。

伊藤:なるほど。さまざまな経験を通してというところですね。

坪田:それこそ深津さんとか安藤さんもたぶんいろんな仕事をやってきて、自分でもサービスを出して、会社を作っている。やっぱり、けっこう経験値が豊富な人が多いといえば多い印象がありますよね。

深津:そうですね。個人的な意見としては、部署をまたがって一気通貫でつなぐとか、新しいものを立ち上げることって、1つの会社にいると人生で1回ぐらいしかやれる経験がない。打席にいっぱい立てるという意味だと、いろんな会社と仕事をした人のほうがやりやすいか、あるいは創業者みたいに一気通貫をそもそも自分でやったことがある人のほうがやりやすいかなとは思います。

ユーザーを深く理解するには、自らがユーザーになる

伊藤:なるほど。ありがとうございます。ちょっとほかの話で、「ユーザーを深く理解するコツ」をお聞きしてみたいです。とくにプロジェクトが始まっていく段階において、どうやってユーザーを理解していくかはすごく大事なポイントなのかなと思ってます。そこで、なにかみなさんが工夫されていることとか、気をつけていることみたいなものがあれば、教えていただけないでしょうか。

深津:僕個人の場合は、可能な範囲であればユーザーと友達になる、自分がユーザーになるというのが、わりと優先順位が高いです。昔カメラアプリを作って売っていたときは、ほぼ1,000万円ぶんぐらいカメラ機材を買ったりとか、カメラの教室に習いに行ったりとか、海外撮影をしに行ったりとか、(時間とお金を)突っ込んだりしてます(笑)。

(一同笑)

金融のアプリをやるときには、全財産を口座に突っ込んだり。

伊藤:全財産なんですね(笑)。

深津:経験料が100万円ぐらい、25回建てのレバレッジとかも「1回やってみるか」みたいなのでやってみたりするし。noteみたいなサービスをやれば、自分が会社の中で一番書く人になるし、ハンドメイドのサービスのグロースを手伝うときは、自分で工芸とか金工とかの教室に行って金属を叩いたり。

そこらへんで、そのコミュニティやユーザーの大事なこととか譲れないことが、なんとなくわかる範囲でわかる。そういうことをわりと重要視していると。ほかのお二方は?

CXOはユーザーの代弁者であるべき

安藤剛氏(以下、安藤):自分がユーザーになりきれないサービスってどうするんですか?

深津:ものによりますけれども、そこに呼ばれてCXOをやるかといったら、やる可能性は低いです。ただ単純にサービスグロースや改善の手伝いに呼ばれた場合だったら、どちらかというと僕の場合は打席数の多さが強みだったので、10社に共通して成功していることをどんどん導入する、みたいな。

普遍的なアプローチをメインにやりながら、やっぱり自分が体験するところのパートをつくれるか。あるいは自分が体験しないにしても、周囲の体験してる人と友達や知り合いになれるか、というアプローチをするかなと。

安藤:CXOってユーザーの代弁者じゃないといけないと思うんですよね。ですから、例えば企業の中でエンジニアリングチームの発言力が強いところって、作り手側の論理で物事が進んで、作り手の都合の機能だったり、リリースのタイミングでものが外に出てしまって、得てして、実際ユーザーに届いて「これは何がうれしいんだっけ」みたいなことになりがちなんです。CXOは一番ユーザーに近い感覚じゃないといけないと思うんですね。

深津:会社とユーザーがケンカしたら、どっちかというとユーザーの味方にちゃんとつけることが大事と。

安藤:そうそう。なので一番は、自分がそのサービスのハードユーザーになれるかというところなのかなと思っています。僕はもともと山に登るのが好きで、そういうこともあってYAMAPからオファーをいただいてCXOになったんです。やっぱり山にむちゃむちゃ登るようになりましたね。

伊藤:(笑)。より自分で体験していくというところですね。

安藤:そうそう。それで、ほかの登山客にその場でインタビュー。

伊藤:ああ、その場でインタビューされるんですね。

安藤:よく話しかけてたりしましたね。

伊藤:より現場の中に入っていく感じですね。坪田さんもそういう工夫はされていますか? そういえば、料理をされてるのかどうか(笑)。

リアルタイムでの意思決定と実行に必要なこと

坪田:お二人と一緒で、僕もdelyという会社に入ってCXOになろうと決めた理由の1つは、やっぱり食ドメインに少し興味があったんです。自分でも24時間考えていられるなという感触とか、やっててそれが楽しくて「伸ばしていきたいな」という感触があったから入ったというのが大きいですかね。

その前はいろんな事業立ち上げとかを手伝ってりして、あともう1個前はBCG(ボストン・コンサルティング・グループ)という会社で、ユニチャームとのジョイントベンチャーで中国向けの育児事業を2年ぐらいしてたんです。やっぱり「中国×育児」というので、少しユーザーから遠い立場だったんですよね。

そのときに思っていたのが、確かに事業としてKPIを作って、これを実現していくみたいなものって、感触を得ながらやれている自信はあるんです。でも、現地の、例えば中国の本当にトップレベルの人たちからすると、意思決定が同じ基準でできてスピード感が速いかというと……やっぱり、現地の情報からたぶん1週間とか2週間とか、使っている肌感覚の利用も含めてちょっと遅れるんですよね。

今のものづくりって、意思決定が2週間遅れるのってとんでもないリスクです。やっぱりその立場で自分が責任者でやるものに関して、本当にそれが100点満点の意思決定と実行ができたかというと、ちょっと悩ましいところがありますね。

なんだかんだリアルタイムに意思決定をするために必要な情報を集め、ユーザーに憑依しておくというのは、このポジションだと必須条件なのかなという気がしますね。

ペルソナやカスタマージャーニーマップは必要?

伊藤:なるほど、ありがとうございます。今、ユーザーを理解していくという話で、関係があるかなと思ったのが、2つ目のテーマの中にある「ペルソナやカスタマージャーニーが形骸化することはありませんか」という話です。

そもそもみなさんが、そういうものを使っていらっしゃらないようなイメージもあります。一般的なサービスデザインの教科書だと、まずペルソナやカスタマージャーニーを作りましょうという話が載っていると思うんです。そもそもこういったものとどう向き合っていらっしゃるか、お伺いしてみたいです。

深津:たまに作ったりするけど、フォーマルなのは作らないで、4コマ漫画を描いて終わらせることも多い(笑)。

伊藤:なるほど、ライトなものを。

坪田:僕は今、逆に作らないようにしてますね。

伊藤:まったく作ってない。

坪田:例えばステークホルダーとか、対外向けに説明しなきゃいけないときに作るんですよ。それっぽいドキュメントを作るときは作るんですけど、正直そこに中身はあんまりない。作るというよりは、溶かしていくというか。ストック型の資料を作るよりはフローでずっと、メンバーにこれを周知し続けるためのインプットを繰り返している状態が、最近やってることですかね。

カスタマージャーニーマップの限界と使い道

伊藤:一方で関係者がすごく多いパターンだと、それが役に立つケースもあるのかなと思っています。社外だけじゃなくて、社内ということですね。そういった場合には役立つことってありますか。

坪田:こう言ったら怒られそうですけど、たぶんわかったフリをしてるだけであって。

(一同笑)

そんな1枚のカスタマージャーニーマップで理解できるわけないんですよ(笑)。

深津:単純に「投資計画書に去年から来年の推移をチャートで描いておいたほうがいいよね」というのと同じレベルの話なので(笑)。作法の話ですよね。「名刺? いるよね、終わり」みたいなのと同じです。別に名刺はないと決めたら、なしでも走れるよね、ということかなと。

伊藤:なるほど。

坪田:可視化する場が大事な瞬間はあると思うんですよ。例えばそれっぽい会議をして、それっぽい雰囲気を伝えたい、みたいなときでいいと思います(笑)。必死になって目の前の現場で、本当に血眼になって考えるみたいなときに、やっぱりそのドキュメントはもう本当に、1週間で賞味期限が切れるんです。今はあんまり作ってないですね。

深津:単なるツールレイヤーの話だから、必要なら作るし、いらないなら使わないみたいな感じなのかなとは。

伊藤:安藤さんは、なにかご意見はありますか。

作って満足するだけのツールはお金と時間の無駄

安藤:必ずしもカスタマージャーニーじゃなくてもいいと思うんですけど、合意形成するためのビジュアルとして図式化したものは、やっぱりあるとけっこう便利です。それはOKRに基づくKPIの組み立てとかでもすごく重要で、決まったら何度も何度も見るようにはしますね。

深津:ちょっとだけ注意しなきゃいけないのが、周囲を見てると……なんだろうね。これのせいで逆に手法主義になっている人たちがいます。要はユーザーを見て、ユーザーの行動を理解して、それに適切な打ち手を打つためのツールレイヤーの話に過ぎないのに、「この書類ができたから満足、解散!」ということになるんだったらば、金と時間の無駄です。それだったら作らないほうがマシ、みたいな感じ。

あくまでツールレイヤーとして理解して作って、ツールとしてちゃんと使うなら、作る意味はあるかなと。

伊藤:使いこなせるのであれば、ということですね。今ちょっと図式の話が出ました。安藤さんが年末のnoteで、YAMAPの1年間の振り返りの中で「プロジェクトの初期のほうに成長サイクルモデルを描く」ということを書かれてたかと思います。深津さんもnoteで同じようなことをされてたかと思います。

深津:そうですね、はい。

会社やサービスがうまく回る循環を図式化する

伊藤:そこについて、詳しくおうかがいできますか。どうやってそういうものを作って、どうやって活用しているのか。

深津:単純に……今は図は出ないですよね?

伊藤:ごめんなさい、そうですね。資料はないんです。

深津:noteとかに最初に入ったときに、「この会社・このサービスはこういう仕組みで回ってますよね」というのを図式するのが好きです。

noteというサービスだったら、良い作者が集まれば良いコンテンツが増えていって、良いコンテンツが増えていけば良い読者が増えていって、読者が増えるとバズが起きてさらに読者が増えるし、記事とかコンテンツの売上とかの収入も増える。お金がしっかり流通してPVとかユーザーも流通すると、良い作者がまた増える……という感じの、輪っかができているかどうかを最初に描くんです。

伊藤:サイクル、循環ですね。

深津:循環ができてて、循環の弱いところ・切れているところを直すというのが僕のスタイルです。循環ができていなかったら、それは広告費が尽きた瞬間に終わるサービス、あるいは市場を取り終わったら終わるサービスなんです。最初にそれを見るというのを、自分の中では安全弁としてやっています。

安藤:たぶん3人とも、関わっているサービスがプラットフォームなので。プラットフォームって、使う人が増えれば増えるほどユーザーが受けとる価値って上がっていかないといけないんです。「ネットワーク効果」と言って、どういう循環をするとネットワーク効果が生まれるのかを、やっぱり確認しないといけない。とくに重要なKPIを立てるときに「どこからどこの線がその対象ですよ」というのは、見ながらやりますね。

伊藤:かなりプロジェクトの初期に作られていると、それこそ入る前ぐらいから考えていらっしゃるのかなと思います。それってどうやって作れるんですか? ヒアリングして作っていくんですか? 外から見ていて、みたいな?

深津:なんとなく……コツとか慣れはあるかもしれないけど、普通にいろんな会社のビジネスモデルを見ていて、常に「この会社、こういう仕組みだな」とか描いていれば、半分ぐらいは外から見ただけで描けます。

だけど裏側では、実は「ウチはBtoBで企業にエンジンを売ってるんですよ」という話などは、聞かないとわからないなと思います。聞いて、修正して、見せて、修正して、しっくりくるまで回すような感じかなとは。

企業規模に合わせた合意形成のコツ

伊藤:なるほど、ありがとうございます。さっき「ステークホルダーが多いときにカスタマージャーニーを使う」という話がありました。ステークホルダーが多いときに合意形成をしていくコツ。とくに坪田さんは大きな組織でのサービスデザインの経験もあると思います。なにか気をつけていらっしゃるポイントはありますか?

坪田:僕はけっこう、横断するハブの立場で仕事するときが多かったんです。大手企業とSIerみたいなものと、またインハウスとスタートアップってぜんぜん違ったりするんですよね。大手企業だとやっぱり意思決定レイヤーが経営会議だったり、いわゆるエグゼクティブな人が多かったりするんです。「なぜこうなったのか」みたいな説得材料をたくさん集めながら、SIerで本当に実現可能な見積もりを集める。それで、これから実現できるのかという、組織から作っていく必要がある。

今のインハウスであれば、delyという会社はまだ100人前後ぐらいで、社長と話して、それこそさっきの「どうやってこのサービスと機能でユーザーが循環する」というサイクルの図とUIを作って、各々に交渉しに行くという感じですね。

UIがあると一番具体性が高いものなので、それで説明するときの納得感とか言語化をしてキャッチアップをし、必要があればそれを改善したアップデートをする、というのを繰り返す感じですね。

伊藤:なるほど、ありがとうございます。