きっかけはバスケ部後輩を襲った病

廣瀬聡氏(以下、廣瀬):みなさん、この2日間のあすか会議で一番おもしろいセッションに来ていただきまして、どうもありがとうございます。

参加者一同:おお。

廣瀬:プレッシャーをかけちゃった? すみません(笑)。

貴重な時間です。ぜひ、たくさんの話をしていただきたいと思っております。「ヘルステックスタートアップの成長戦略~ヘルスケア巨大市場日本の可能性~」というテーマです。

大きく3つのことを順々に聞いていこうと思っています。「なぜこのテーマ?」「なぜ起業されたんですか?」そして、実現のハードルや「実際に成長していく上で、どういった大変さがありますか?」ということを順々に聞いていき、45分ぐらいあとから、今度はたくさんの方から質問を受けていきたいと考えております。

いきなりですが、最初に「どういったテーマに取り組まれているのか、なぜそのテーマだったのか?」について、順々にお話しいただければと思っております。緊張していませんか?大丈夫ですか?

遠藤謙氏(以下、遠藤):大丈夫ですよ。

廣瀬:はい。では、遠藤さんからお願いします。

遠藤:はじめまして。遠藤謙と申します。僕についてだと、基本的には「義足」というワードをよく聞かれると思いますが、もともと僕はロボットの研究者でした。

ロボットもいまだにやっているんですが、大学院生として二足歩行ロボットを研究していたときに、僕のバスケットボール部の後輩が骨肉腫という病気になり、結果的に足を切断することになったんですね。

そのことをきっかけに、ロボットと義足で何かできないかと思っていたときに、マサチューセッツ工科大学のメディアラボで義足の研究をされている先生と偶然海外の学会で知り合ったんです。そこで「3ヶ月後にapplicationの締め切りがあるから、興味があるなら出してみたら?」と言われて出して、たまたま合格でき、その次の年から義足のロボットの研究をはじめたのがきっかけです。

テクノロジーで社会を変える未来が見えた

「儲かりそう」とか「おもしろそう」とか、動機っていろいろあるだろうと思いますが、儲かるかという点だと、義足はそういう分野ではないだろうと、当時から感じていました。ただ、やっぱりおもしろそうだ、社会的に大事だし、これを進めることでもっともっと助かる人がいて、テクノロジードリブンで社会を変えるような未来が見えそうだということで始めました。

それから、オスカー・ピストリウスという南アフリカの選手が走っている姿を見て「あっ、義足ってかっこいいな」と思ったり。また、「誰がロボット義足をつけたらおもしろいか?」と考えたら、たまたま乙武さんが知り合いで、(義足を)つけてもらえることになったり。

僕の場合は、やっぱりおもしろいことドリブンで続けてきて、義足の研究をしているということが、今やっていることにつながったと思っています。

高橋祥子氏(以下、高橋):どうしてこの領域なのか?

廣瀬:そうですね。なぜこの領域を選ばれたのか、そのきっかけや、背景にある問題意識といったことをぜひお願いします。

高橋:私が扱っているのはゲノムという情報なんですが、家族に医者が多くて、医者になるかどうかを考えたときに、病気になってから治すことも本当にすばらしいことですが、「そもそも病気になる前になんとかできないのか?」「予防できないのか?」「そもそもどうして病気になるのか?」というところをもうすこし研究したくて、大学では生命科学の研究の道にいきました。

研究とサービスのシナジーを回すための起業

生命科学というのはすごくおもしろくて、研究にはまったのですが、生命の謎は神秘に包まれているというか、まだよくわからないことがたくさんあります。それを解明していきたいと。大学に残って研究し、将来は教授になろうと思っていたのですが、ヒトのゲノムを研究するときは、どうしても人を巻き込まないとできないんですよね。当たり前ですが。

私1人のゲノムを研究しても意味がない。例えば、ここにいらっしゃる100人ぐらいのゲノムを研究しようすると、みなさん全員にサンプルを提供いただく必要があります。コストもかかるし社会を巻き込まないと、と考えて起業に至りました。

今ある研究成果を社会に提供していくサービスをつくりながら、そのサービスが広まることでさらにデータも集まって、その結果、研究も進む。その研究の進化が、またサービスにフィードバックできるという、研究とサービスのシナジーを回すような仕組みをつくりたかったんです。

それは大学の中ではできそうもない。手段として、会社という在り方が最適と考え、在学中に起業してこうした会社をつくっています。

廣瀬:続きをまた聞いていきますので、(高橋さん)ありがとうございました。中尾さん。

調剤薬局が抱えている“もったいない”

中尾豊氏(以下、中尾):カケハシの中尾と申します。今日はよろしくお願いします。私は薬局領域のビジネスをしています。どうしてこの領域なのかという理由は、明確に2つあります。

1つ目は、その先の患者さんにどこまで価値が提供できるかということをかなり深く考えたからです。僕はもともと武田薬品という製薬会社にいたのですが、独立をしました。

患者さんのためになることを考えたときに、どういったアプローチがあるのか検討すると、アプリやWeb上ででは、シニアの方々はダウンロードしないし、オウンドメディアを見ても、それが本当に自分に合っているか、また正しい情報かどうかが判断できない。つまり、ソリューションとしては、あまり適切ではありません。

お医者さんのところに行き処方箋をもらって、薬局には通っているけれども、そこではお薬をもらっているという体験だけで収束しちゃっている。これは非常にもったいない。

調剤薬局には知識のある薬剤師さんがいて、多くの国民がそこに通っているにもかかわらず、付加的なアドバイスを得られたという体験を感じている人の割合は、10数パーセント。これが非常にもったいないということがまずあります。

今後、日本は人口減少と高齢化が進展するので、患者さんのためになると同時に、医療費が下げられるアプローチも薬局を起点にしながらできるんじゃないかということを考えています。これは起業の段階で考えていました。

社会的意義とビジネスの両立

2つ目の理由は、やっぱり事業のしやすさという点もあります。正直に言えば、ヘルステックはあまり儲からないんですね。国民皆保険で、C向けには保険で賄えるので、お金が動かない領域になってきますから。

既成産業とシェアを取り合うのはかなり大変なので、製薬会社からのマーケティングフィーを取る方法か、もしくは既存のサービスの間で、どこに市場が残っているのかというところを調査しなければいけません。

それが薬局でした。そこには比較的高いシステムが中に残っていて、同時に薬局はチェーン展開している事業者もあるので、営業効率は悪くないだろうと。社会的な意義性と、事業としての進めやすさがありましたね。

同時にタイミングよく、外部環境も変わりました。薬局として薬を渡しているだけではなくて、国民側にもっと付加的なアドバイスや安全をもっと提供する必要があるという、業界の方は知っているかもしれませんが、「対物から対人へ」と変化した「かかりつけ」というようなワーディングが出てきた。

外部環境が変わり、その業界に圧力がかかって”うねり”が生じているタイミングだったので、スタートアップでも入り込める可能性があると思ったことが理由になります。

コミュニケーションが自動でカルテになる

廣瀬:ありがとうございます。3人とも簡単に、もう一歩だけ深堀りさせてください。みなさんに何をやっていらっしゃるのかを理解してもらいたいですから。

まず中尾さんね、この、まさに薬局さんにフォーカスすることが、とても大切だと思うのですが、それによって今までと何が変わってくるのか。患者さんにとっては、どういった違いが生まれてくるのかを、もうちょっとご説明いただいてもいいですか。具体的な例でも構いません。

中尾:わかりました。それではすこし、サービスの話をしてもいいでしょうか。

私たちのサービスを使うと何が起きるかというと、患者さんの年齢・性別、あとは処方箋のお薬などを分析して、「その年齢で、その性別で、その生活習慣で、その薬を飲んでいるのであれば、こう飲んだほうがより良いですよ」ということが、タブレットにサジェストで表示されます。

食事のアドバイスや運動のアドバイスも一定レベルで出てきますが、患者さんにそれを見せながら「こうした服薬の仕方にするとより飲みやすくなるし、健康にもなりやすいですよ」という話を、薬剤師さんが話しやすくなる環境を整えています。

どうしてそれがビジネスとして成り立つかといえば、デバイスを触りながら患者さんに話をすると、自動的に記録が残るんですね。カルテのようなものが自動的にできあがるので、今まで薬剤師さんはしゃべったあとでワーッとあわてて書く必要があったものが、7〜8割は自動化できるようになる。

小さな意識変革と行動変革を起こすために

患者側の変化では、薬をもらうだけでなく、自分はこうした生活をするとよりいいんだと知ることができる。例えば、便秘だった場合、「食物繊維を摂るためにフルーツを食べるなら、キウイフルーツが食物繊維がかなり多いですよ」なんて出てくると、「なるほど」と帰りにスーパーへ寄れるとか。

すこしの意識変革と行動変革が生まれつつあります。お薬手帳を持参するのを忘れたとしても、薬局間で情報連携することができると個人的には思っているので、クラウドサービスを通じて、安全を提供していくという世界観を今はつくっています。

廣瀬:ありがとうございます。

高橋さん、すみません、追加の質問ね。ジーンクエストという会社をつくって、データを得て、研究と実業を両方やっていく。それは手段として生まれたものだった。これ、いわゆるお客様にとって、実際にデータを提供する側としてはどんなメリットがあって、顧客側はそれを価値を認めるのか、もうすこしだけその部分をご説明いただいてもよろしいですか?

高橋:B2CとB2Bのモデルなんですが、B2Cで言うと個人向けに遺伝子を解析するサービスを提供しています。インターネットで申し込んでいただくと、キットが自宅に届き、唾液を入れて返送していただけば、1ヶ月ぐらいでマイページ上で自分の遺伝子情報がわかるというものです。

ゲノムはB2CとB2Bの両面展開

遺伝的な体質や、あとは疾患のリスク。がんや糖尿病、脳卒中、高血圧といった生活習慣病の遺伝的なリスクを把握して、そのリスクが高い人は予防の行動につなげていただくということですね。

この個人向けの遺伝子解析サービスがアメリカでは、すでにかなり爆発的に伸びています。ゲノムの解析技術はこの15年間で一気に飛躍的に進歩して、コストも10万分の1ぐらいに下がっています。そのため、個人に提供できるようになってきたという技術的な背景があります。

その個人向けサービスで得たデータは、「匿名化してデータを活用していい方は同意してください」という趣旨に同意していただいた方に限って、研究への活用目的でそのゲノムのデータとアンケートデータを集めます。

例えば、糖尿病になったことがある人と、なったことがない人のゲノムを統計的に解析すると、糖尿病に関係する遺伝子が出てきます。そこをターゲットにした創薬研究が可能になるので製薬企業さん、また食品企業さんとタイアップすることもあります。それはB2Bですね。

廣瀬:ありがとうございます。遠藤さん、この義足について。知り合いの方が非常に不自由をされていらっしゃったことがきっかけになったというお話でした。具体的に、義足の世界にはどのような変化があるのか。これまでと、今まさに遠藤さんが見ている世界ではどんな違いがあるのかについて、もうすこしご説明いただいてもいいですか。

障害者への考え方を変えたコマーシャル

遠藤:義足という話でくくってしまうと狭いんですが、すこし広げると障がい者という考え方に変化があります。2012年ロンドンパラリンピックのとき、放映権を取った「Channel 4」という放送局が、パラリンピックのすごくかっこいいコマーシャルをつくったんですよ。それからパラリンピックに対する考え方が世界的に変わってきたんだという実感を僕は持ちました。

それまで、障がい者は社会的な弱者というような感覚で接してきた人が多いと思うんですが、そうではなくて、適切なテクノロジーを補完することによって、その人も我々と同じように、納税者側にも回れるし、別に障がい者・健常者というように分ける必要がないんだということが、感覚として伝わってきたのが、その「Channel 4」のCMだったんだと思うんですよね。

その点だと、義足をつけている人は、まだまだやっぱりできないことがあるんですよ。そういったちょっとしたできないことが、障がい者と健常者の大きな差を生んでいると思っているので、僕は1つのテクノロジーしか携わっていませんが、それがちゃんとできることによって、心理的なバリアがなくなっていくと思っています。

今言われている多様性であったり、インクルーシブという言葉に集約されてしまっているんですが、その1つのアプローチが、テクノロジーがあることによって、社会側が包括的にできあがっていくというような流れができるんじゃないかと、個人的には思っています。