「正解」で戦うとビジネスが弱くなる理由

山口周氏(以下、山口):(スライドを切り替えながら)5つ目として「『正しさ』に価値が認められない時代」という話をしたいと思います。世の中には、「正しさ」に価値があると思っている人が多いんですよ。(しかし)「正しい」ってことには価値がないという話をしたいと思います。「正解のコモディティ化」ということですね。叩き売られる状態になっているということです。

これは日本で2007年に売られた携帯電話のモデルです。僕もずいぶんプロジェクトをやりましたけれども、並べてみると、こういうふうになっています。日本の携帯産業は消滅しましたので、1番右端のやつだけが残って、ほかは全部世の中から消えたわけですね。

なんで弱いビジネスになっちゃったかと言うと「正解」で戦ったからなんですね。まさに、みんな同じ「正解」を出したわけです。学校ではクラスのみんなが正解を出すと、先生は喜んでくれますよね。「みんなよくできたわね」とか「一生懸命がんばった。先生、うれしいわー」となるんですけど、産業の世界ではみんなが「正解」を出すと、差別化ができなくなります。だから、その「正解」って「0点」になるんですね。

当時の携帯電話はほとんど見分けがつかないほどに形も似ていて、機能もほとんど同じだったわけです。なんでそういうことが起こるかと言うと、みんな「正解」を出そうとしたからなんですね。消費者調査をやります。大規模な消費者調査をかけて、それを統計の分析、重回帰分析とか因子分析にかけるわけです。

出てきた結果というのをエンジニアに渡して、精密にその統計の結果どおりにものを作る。正確にサンプル抽出して、正確に調査設計して、それが正しければ正しいほど同じものになりますよね。当然の結果です。

ですから、差別化ができなくなると何をやるかと言うと、みんな「吉野家化」するんですね。それはつまり何かと言うと、「早い」「安い」「美味い」なんです。「早い」「安い」に行くわけですね。

ですから当時の日本の携帯電話って、もう開発のスピードがめちゃくちゃなことになっていて、「春夏モデル」と「秋冬モデル」といって年に2回(新しい機種を)出していたんですよ。「アパレルじゃないんだから!」って思いますよね(笑)。

(会場笑)

「春夏モデル」と「秋冬モデル」で、それぞれ5商品も6商品も出していたわけです。しかも当時の携帯電話の価格って3万円~4万円。今、iPhone11 Proで16万円くらいですかね。だから、もう本当に儲からない事業で、みんな「死の行軍」のような状態になっていました。

Apple台頭から読み解く、負けるビジネスの三要素

そんなときに、西海岸の会社(Apple)が消費者調査をまったくやらずに「僕らは消費者調査なんてやったことがないけれども、こういうものがかっこいいと思います」って出てきた。これは「正解」じゃないですよね。

「正解」を出すのはサイエンスの仕事です。「自分なりに、こういうものが素晴らしいと思う」というのを出すのはアートの仕事ですよね。サイエンスとアートで見たときに、「正解」を出すのがサイエンスです。「自分なりの提案」というものはアートによって生み出すわけです。

その非常にアート的な提案を出した会社に、たった3年の間に市場シェアで54パーセントを取られるという、産業市場に類を見ないほどのボロ負けを喫したわけですね。もう見事な負けっぷりです。

じゃあ負けたのは、なぜなのか。通常、負けるときは理由がいくつかあるんですね。だいたい、まずは「関わっていた人がアホだった」「いや、関わっていた人が一生懸命やらなかった」「いやいや、資金がちょっと足りなかったんだ」「いや、マーケットポジションが悪かった」。

だいたいそのぐらいの理由なんですけれども、(当時の携帯電話産業に)関わっていた人は、日本で最優秀な人たちなんですね。有名大学を卒業してMBAを持っていて、統計の知識があった。非常に実直に経営学の知識を駆使し、顧客のニーズを精密にスキャンした。その顧客のニーズに応えられるものにするため、極めて実直に、真面目に、誠実に、安く作った。その必然的な結果として、めちゃくちゃ弱いビジネスになったんですね。

ですから、これは何を言っているかと言うと、「優秀さの定義」も、もう書き換えないといけないということです。「マーケティングの知識を持っています」「統計の知識を持っています」「極めて実直です」では、「君はうちに来なくていいです」ということです。

(会場笑)

もうこれは「負けるビジネスの三要素」ですからね。「君、どうやって物を作るの?」(と聞くと)「直感ですかねー。俺が『いい感じ』に作りたいと思っているんですよ」とか言うと、採用(笑)。

(会場笑)

そういう時代がやってきたということかなと思います。

自分が考えている正しさには価値がない

6つ目として「自分の『正しさ』にこだわらず他者を傾聴する」ということですが、これは逆の意味で言うと、自分が考えている「正しさ」って、あんまり価値がないということなんですね。

(スライドを指しながら)ちなみにみなさん、これを見たことがある方は、ちょっと挙手をお願いしたいんですが……。

(会場挙手)

けっこういらっしゃいますけど、ネタですからちょっとやってみましょうか。これからバスケットボールのパス回しが始まります。白いシャツを着ている学生が3人いるので、3人が出したパスの回数の合計を数えていただきたいんですね。みなさんの集中力がどれぐらいあるかというのを、ちょっとテストさせていただきたいと思います。じゃあ、どうぞ。

(動画が流れる)

……はい。じゃあ、これのパスの回数を聞いてみたいと思います。15回という方?

(会場挙手)

正解です。残りの方は全部、ハズレです(笑)。

(会場笑)

ゴリラに気が付いたっていう方?

(会場挙手)

ちなみに「15回」も当たって、「ゴリラ」も気付いたっていう方?

(会場挙手)

帰りにおみやげを用意しています。

(会場笑)

パスの回数を数えようとすると、ゴリラを見落とす

ちょっと、もう1回見ていただきましょうかね。

(映像再生)

これは統計的に、成人で言うとだいたい半分ぐらいの方は(ゴリラに)気付かないんですね。「回数を数えないでいいです」というか、「まず、この映像を見てください」って言って見せると、100パーセント気付きます。なのに、「回数を数えてください」と言ってから見せると、半分ぐらいの方は気付かなくなります。

何が起こっているのかということなんですけど、「回数を数えてください」と私が言ったのは、ビジネスの用語で言うと「KPI(Key Performance Indicators、重要業績評価指標)を与えた」ってことになるんですね。目標管理制度の、目標を与えたってことです。「みなさんのパフォーマンスを、パスの回数をちゃんと数えられるかどうかで測ります」って言われた瞬間に、「これで成績を測られるんだ」って、みなさんは思うわけですね。

営業の人は「売上で成績を測るからね」、あるいは若手の営業マンは「訪問回数で測るからね」、ファイナンスをやっている人は「在庫回転率を見てください」「コスト管理をしてください」と、みんな目標管理制度で数字を与えられるわけですね。そうすると、それを見るようになります。その数字、KPIを追いかけるようになるわけですね。そうなると人間は、ものすごく大きな変化が起こっても気付かなくなるんです。それは脳の仕組みの問題で、しょうがないことですね。

(スライドを指しながら)この左のデフォルト・モード・ネットワークっていうのが、ぼーっとしているときですね。ですから、何も言わずに映像を見せると、このデフォルト・モード・ネットワークの状態で映像を見ることになります。これはレーダーとしては、広い範囲に照射します。

私が「パスの回数を数えてくださいね」って言った瞬間に、脳の中で注意のシステムが切り替わります。みなさんもご存知だと思いますけど「右脳と左脳」という話は、アナロジーとしてはまったくもう終わっているので、意味がないですからね。

人間に備わっている2通りの脳の働き

実際、脳はネットワークですから、どのネットワークが起動しているかっていうことで考えたほうがよくて、デフォルト・モード・ネットワークが動いているときは、無意識にぼーっと、広い範囲に向けてレーダーを照射しているわけです。だけれども「〇〇に注意を向けてください」って言われた瞬間に、(スライドを指しながら)右側のセントラル・エグゼクティブ・ネットワークが起動するわけですね。その瞬間にレーダーの照射範囲は非常に狭い範囲になります。でも、すごく感度が高くなります。

これは、人間が生き残るためにそういう仕組みを作ったっていうか、そういう仕組みをもともと持っている人が生き残ったってことなんですね。なんとなく広い範囲に向けてないと、(つまり)右側が最初から動いていると、違うところからライオンが出てきたら食べられちゃいますよね。「天敵がどこかから来るかもしれない」と思って生きている状態のときは、無意識の状態。デフォルトですから、それが通常。スタンダード・モードなんです。通常モードは広い範囲に向けているわけです。

それで、その辺の茂みから「ガサガサ」って音がして、「もしかしたら、ライオンがいるのかもしれない」と思うと、その茂みに向けてレーダーを照射するわけですね。「そこから動物が出てくるかもしれない」っていうことなんですね。

基本的に、この2つのネットワークは、同時には立ち上げられないんですね。ですから私が「パスの回数を数えてください」って言った瞬間に、パスの回数を数えるっていうところへ非常にレーダーの照射が当たるわけですけれども、それ以外のところについてはなかなか大きな変化があっても気付けないということです。

それで「(ゴリラに)気付けた方は何人いらっしゃいますか?」って言うと、気付けなかった人は「自分は注意力がないのかな」って思うかもわからないですけど、そういうことでもないんですね。

気付けた方は、私が「パスの回数を数えてくださいね」って言ったにも関わらず、「大の大人が、そんなことをやっていられるか。馬鹿馬鹿しい」と思いながら、ずーっとデフォルト・モード・ネットワークのままぼんやり画面を見ていたので、「あっ、ゴリラ!」とかって気が付いた可能性もあります(笑)。

(会場笑)

ですから「俺は気が付いたからすごい」とか、「私は気付けなかったから、どうなのかな……」と思う必要はないってことですね。

エリートはくだらないことにも集中し続けられる人

さらに言うと、だいたいものすごいアイデアを思いつくときって、デフォルト・モード・ネットワークなんですね。だから、アルキメデスもお風呂に入っているときに、ぱっと閃いたりするわけです。

画期的なアイデアを思いつくときはデフォルト・モード・ネットワークで、その画期的なアイデアを精密に落とし込むときはセントラル・エグゼクティブ・ネットワークだということが言われていますね。

ちなみにいわゆる「エリート」っていうのは、このセントラル・エグゼクティブ・ネットワークを、くだらないことにもちゃんと起動しっぱなしでいられる人のことなんですね。受験ってそうなんです。受験勉強ってどう考えても、バカなんですよ。

(会場笑)

「この三角形の中にある合同のホニャララの面積が同じであることを証明せよ」って、「だから何だよ!」と思うわけでね。まともな感性を持っている子どもであればあるほど、「くだらねー」と思うわけです。まさに「『パスの回数を数えてください』って、アホくせー。やっていられるか!」と思うのと同じです(笑)。

(会場笑)

でもそういうのを「馬鹿らしい」と思わずに、与えられた問題に対してセントラル・エグゼクティブ・ネットワークを起動しっぱなしでいられる人が、受験勉強で高い偏差値をとって、いい大学に入っていくんですね。

うちの子どもとかを見ていると本当によくわかるんですよ。小学校5年生なんですけども、夏休みに、「100マス計算をやろう。毎日3つずつやろう。じゃあ、スタート!」とかってこちらがけしかけて、セントラル・エグゼクティブ・ネットワークが一応起動するわけですね。(しかし)30秒ぐらいすると「あっ、パパ! いい匂いがする。今日はカレーかな?」とか言い出すわけですよ。

(会場笑)

もうデフォルト・モード・ネットワークに戻っているんですよ。で、「いや、カレーはいいから。今はまだ100マス計算の途中でしょ? 戻りなさい」とかって言ってしばらくやっていると「鳥の……何か、変な音が聞こえる」って、もうデフォルト・モード・ネットワークなんですね。ですから私は、中学受験をやめさせることにしました(笑)。

(会場笑)

KPIでがんじがらめになると、世の中の変化に気づけない

私が見ていても、セントラル・エグゼクティブ・ネットワークを起動しっぱなしでいられる人は本当にいるんですよ。ですから、そういう方は一応「エリート」なんです。もっと言っちゃうと、まさに与えられているゲームに、耽溺するように埋没するんです。だけれども、世の中で起こっている大きな変化には……。

例えば先ほどの携帯電話の話で言うと「○○までに、こういう機能を持たせなくちゃいけない」「カメラの画素数を上げなくちゃいけない」「ボタンも大きくしなくちゃいけない」「通信速度を上げなくちゃいけない」と、みんなKPIでがんじがらめになっているわけですね。

ところがそこに「タッチパネルという技術がそろそろ実用になりそうだ」ってことで、世の中に(動画で見た)ゴリラのように現れてきたとき、携帯電話の事業の会社の人たちは誰もそれに気が付かなかったわけです。

「俺はカメラの担当で、カメラの画素数を上げる、上げる……」、画面を明るくする人は「画面を明るくする、明るくする……」ってみんな思っていたわけですね。それでまさに、気が付いたら自分の目の前にゴリラが出てきていて、ぶっ飛ばされたっていう状態ですね。

自分の正しさに対する自信を一旦留保する

この見えている/見えていないということ、(スライドにあった)「正しさにこだわらない」というのがつまりどういうことかと言うと、先ほど見ていただきましたよね。会社の中でよくある会話として「お前はパスの回数を数えたか?」「14回……いや、13回だったんじゃないですかね」「いや、そんなことより、ゴリラが横切ったじゃないですか」みたいなことを誰かが言うわけですね。それで上司が「ゴリラ? お前は一体、何を言っているんだ? お前、大丈夫か!?」とか言っているわけですね(笑)。

(会場笑)

あれだけ明確に横切っていますから、「横切りましたよね!? 横切ったじゃないですか!」みたいなことを言います。こっちも「コイツは何を言っているんだ!?」ですよね(笑)。

(会場笑)

それで、「もうアイツ、ちょっとヤベェな。そろそろ残業をさせすぎなんじゃねぇか?」とか、「うちの上司はヤバい!」とかって、やっぱり言っているわけです(笑)。ですから、こういうわからなさがあります。あれだけ明確に横切っているものが、実は人によっては見えていない。

見えている方からしたら「なんで見えないの? 手が挙がらない人は一体、何を見ているんですか?」と思ったと思いますし、ゴリラって言われて「何のこと?」って思っている方からすると、「手を挙げている人って、一体何を見ているんだろう? この人たち、大丈夫かしら?」って思ったと思うんですね。

企業の中でも、そういうことは、いろいろなところで起こっているはずなんですよね。ですから「自分が見えているものがぜんぶじゃない。ほかの人にとっては違うものが見えている可能性がある」ということです。これは哲学の用語で、エポケーって言います。エドモンド・フッサールっていう人が言ったんです。

「判断を一旦留保する」「自分の正しさに対する自信を一旦留保する」っていうのが重要な時代になっているなと。これだけいろいろな変化が起きて、いろいろな要素が変わっていく時代においては、自分の正しさというものをエポケーするのはすごく重要な時代になったんじゃないかな、ということですね。