歴史上「パラダイムシフト」を起こすのは素人や門外漢

山口周氏:(スライドを指しながら)3つ目。これはとくに若い人向けに書いているのでアジ論文(注:アジテーション論文)みたいになっていますけれども、若い人は大活躍して、おっさんが減価償却がすごく早いというような、あっという間に出がらしになる世の中になってきたねということですね。

(スライドを指しながら)「パラダイムシフト」という言葉は、トーマス・クーンという人が『科学革命の構造』という本の中で初めに使ったんですね。彼は、例えば天動説から地動説に変わるとかそういう科学上の歴史など、いろいろな研究をやって、「パラダイムシフト」というタイミングはどう起こったかを調べたんです。

科学革命の構造

最後のほうに、それを起こす人というのはどんな人かという、組織に関わる仕事をやっている人からすると重大な指摘を、さらりとしているんですね。「本質的な発見によって新しいパラダイムへの転換を成し遂げる人間のほとんどが、年齢が非常に若いか、あるいはその分野に入って日が浅いかのどちらかである」ということを言っています。

これも、いわゆる「組織の中で高い給料をもらう立場にない人」ということですよね。でも、その人たちが大きなパラダイムシフトを起こす。パラダイムシフトというものに大きな価値があるのだとすると、非常に年齢が若い人、あるいはその分野に入って日が浅い人というのに価値を置かないという組織の構造というのは、明らかに今の世の中とは齟齬をきたしているということですよね。つまりこれは「門外漢」とか「素人」が大事ということなんですね。

(一方で)日本は、専門家が大好きなんですよ。その道30年の専門家という人と、一昨日に始めましたという人が出てきて意見を戦わせると、「専門家が言っている」ってことでほとんどの場合、30年の人の意見を聞き入れるんですけれども、30年くらいの人ってだいたい間違っているんですね。

地質学者が『進化論』を書き、ろう教育の専門家が電話を発明した

(スライドを指しながら)「20世紀の大発見・大発明というとこの10個」というリストはほうぼうでいろいろ作られていますけども、だいたいこの3つは間違いなく挙げられています。1つは、チャールズ・ダーウィンの、自然選択説ですね。進化論です。これは生物に関するセオリーなので、チャールズ・ダーウィンのことを生物学者だと思っている人がすごく多いんですけど、この人は地質学者なんですね。地面の専門家です。

所属していたのも地質学会で、大学で教えていたのは地質学です。ですから生物に関する研究ってまったくやったことがない人ですけれども、その人が生物学に関する画期的な論文を書いたわけですよね。

あるいはグラハム・ベルというのは電話の発明者としてよく知られていますけども、この人は電信とか通信とかの、いわゆるエンジニアだと思っている人が多いですね。理系の人だと思っている人が多いんです。ぜんぜん違います。この人は音声学の先生です。もっと言うと、ろう者教育の専門家(注:ベルの母と妻はろう者だった)ですね。

耳の聞こえない人にどうやったら教えられるかということを研究した人で、ヘレン・ケラーの家に、サリヴァン先生を紹介したのも、このグラハム・ベルという人です。

そのグラハム・ベルが耳の聞こえない人に対し、音声を振動で伝えることができないだろうかということを研究していたときに、たまたま電話の原理を発明しちゃったんですね。もちろん20世紀の発明の中ではトランジスタと並んで、一番大きな利益を生み出した発明です。これは特許です。

専門家はフレームから離れられない

あとはフランシス・クリックという、DNAの二重螺旋を発見した人です。この人を分子生物学者だと思っている人が多いんですけれども、物理学者です。理論物理の先生ですね。博士号も物理の論文でとっています。ですので、物理学者が生物学の人たちがなかなか解けなかった遺伝というものの構造を解き明かしたわけです。これも素人、門外漢ですね。

フランシス・クリックはノーベル賞をとりました。チャールズ・ダーウィンの論文は20世紀でおそらく一番影響を与えた論文・本だと言われていますけれども、その分野に入って日が浅い、そもそも入っていない素人同然の人たちが、画期的なアイデアを出したわけです。

全員、非専門家です。じゃあ、専門家は何をやっていたのか。例えば、ビーグル号に乗って(ダーウィンと)一緒にガラパゴス諸島に行った人の中には、生物学者もいたんですよ。専門家がいたんですよ。

あれだけたくさんの変な生物を見て、「生物の進化の仕方って、場所によって違うんだ!」って思ってもよかったのが、その人は何をやったかと言うと、生物図鑑を持ってきて「この生物はどの分類に当てはまるんだろう?」って、ずっと整理しているわけですよ。いかにも専門家っぽいでしょ? 

要するに、フレームから離れられないんです。ずっと、自分の持っている生物学のフレームで分類するという作業を延々とやっていたんですね。ですから専門家ってそんなもんだよなという気がするわけですね。

世の中を大きく動かしてきた「素人力」

「素人力」というのがすごく重要な世の中になっていると思うんです。例えば、それがすごく悪いかたちで出ていたのが、1950年代から70年代。逆に良いかたちで出ていたという言い方もできると思うんですが、日本のイノベーションで最大の横Gが出た時期なんですね。この時期からどんどん、衰退していっちゃうんですけどもね。

なんで1950年代から1960年代にかけて、いろいろな分野でイノベーションが起こったのかと言うと、僕は1つにはGHQの影響があると思っています。GHQというのが公職追放、財閥解体をやって、みんな、それまでの仕事を続けられなくなったわけです。

いろいろなところでごちゃ混ぜに統合させられて新しい産業に移っていった結果、例えば航空機のエンジニアが国鉄に入って「飛行機の翼をとって車輪をつけたら、時速250キロで走れる列車ができるんじゃねーか?」ということを言い出すわけです。これが東海道新幹線になったわけですね。ところが、このアイデアをずっと潰し続けたのが、誰であろう鉄道のベテランエンジニアの人たちです。

「航空機で使うジュラルミンを、鉄道の車体に使うことは許されない。なぜなら、鉄道には脱線というリスクがあって、これは重ければ重いほど起こりにくい。だから認められない」と言う。一時が万事で、すべて「こういうアイデアはどうですか?」「ああいうのは、こういうのはどうですか?」に対し、「それは認められない」と言うので、この東海道新幹線のアイデアは、10年近くずっと干され続けたんですね。

結局、これを拾ったのは十河(信二)総裁という方で、大変素晴らしいリーダーシップを発揮しました。当時の東海道新幹線は、もう国を挙げての反対ですからね。作家の阿川弘之さんは新聞の誌面で「世に三バカあり」と言いました。ピラミッド、万里の長城、戦艦大和。これが「三バカ」です。人の国のものを「三バカ」と言うのも非常に失礼な話だと思うんですけどね(笑)。

この記事をきっかけに、東海道新幹線を作ると「四バカ」目になって、1つの国から2つのバカを出しているのは日本だけだというので、当時、これをやめろという過激なキャンペーンが写真週刊誌などから起きました。国会でも大問題になって、「またこんな無用の長物を作るのか!」と大反対にあったわけです。

けれども、十河さんが国鉄総裁として国会から予算をとったり、あるいは世界銀行から融資をとったりという、重要なところで本当に大活躍をされました。最後はお金がかかりすぎていると、十河さんは詰め腹を切らされて開通前に辞めさせられています。だから、あれだけがんばって開通を引っ張った方が、開通式に呼ばれなかったんですよ。その時は、鉄道の専門家たちがズラっと並んで、パチンパチンっとテープを切っているわけですね。

専門家を育成した結果、イノベーションが衰退した

(スライドを指しながら)話を元に戻します。「スバル360」の百瀬晋六さん。中島飛行機ですね。「隼」を作っていた人たちです(注:「中島飛行機」はGHQによる財閥解体の対象となった会社で、現在の株式会社SUBARUのもととなった。「隼」は第二次世界大戦時、大日本帝国陸軍の戦闘機だった一式戦闘機の愛称。中島飛行機で設計された)。

シャープは液晶を作った。液晶というのは、もともと軍隊の研究です。液晶の技術を持ってメカトロニクスの会社に入ってきて、そういう液晶というものを作ったということです。もういろいろな分野で異種混合が起きて、その素人の人たちが次々にイノベーションを起こしたという時代なんです。

さて、翻って1990年以降は「カンパニー制」と言われるわけですね。専門家を育成するということで、同じ事業ばっかりやった人を育てるという傾向が非常に強いわけです。その結果、専門家が非常にたくさんできあがったわけですけども、わかりやすくイノベーションは衰退したということで、(先に紹介したトーマス・クーンのパラダイムシフトの)仮説どおりになっていると思いますね。

機長と副操縦士のどちらが操縦する航空機が安全か?

(スライドを切り替えながら)(4つ目として)KYたれ。みなさん、飛行機は、機長と副操縦士の二人で操縦するって、ご存知ですよね? 一人で操縦しないんです。機長と副操縦士、必ず二人で操縦します。機長になるには、副操縦士になってから10年ぐらいかかるんです。ですから技術も判断力も経験も、機長のほうが当然ながらずっと上ということになるんです。

けれども航空機の統計を見ると、機長が操縦桿を握っているときと、副操縦士が操縦桿を握っているときでは、機長が操縦桿を握っているときのほうが、はるかに事故が起こりやすいってことがわかったんですね。微妙に起こりやすいんじゃない。はるかに起こりやすいんです。ですから、みなさんが航空機に乗るときには、「機長と副操縦士と、どちらに操縦させますか?」って選べるんだったら、絶対に副操縦士ですよ。

(会場笑)

統計的に証明されていますからね。機長が操縦をしているときに、非常に飛行機は落ちやすいんですね。でも、なんでだと思います? 機長のほうが判断能力があるんですよ? 経験も豊富。技術も高いんです。国家資格、国家的免許ですからね。10年以上の経験がないとなれないんです。

そうであるにも関わらず、飛行機というのは機長が操縦桿を握っているときのほうが、リスクが大きいんです。つまり、経験豊富で判断能力のある人が舵取りをしているほうが危ないってことなんですね。

本当に非常にシンプルな話です。どんなに技量がなかったとしても、判断能力がなかったり経験能力がなかったりしても、副操縦士が操縦桿を握っているときに機長は介入しますよね? 「あれは見えているのか?」「このレーダーに気を付けろ」「あそこは見えているか?」ということを言ってきます。

そうすると、(副操縦士から)「いや、これはどうなんですか?」って意見の交換が行われるわけですね。対話が発生するわけです。議論が発生するわけです。そういうときに、双方が気付かなかったものというのが総合的に合わさって、認知の量というのが増えます。二人の人間の認知が合わさるわけです。二人の人間の認知が合わさった状態で、「最適な意思決定は、これだろう」という合意が行われて意思決定されるわけです。

下の人間が舵を取る方が、意思決定のクオリティが高い理由

一方で、機長が操縦桿を握っているときはどうかと言うと、上司ですから副操縦士は逆の状態のときより、そんなに介入しないわけですね。上司ですから「機長、大丈夫ですか?」「これは、ちゃんと見えていますか?」「そろそろ老眼ですか?」なんて言えないわけですよね。

(スライドを指しながら)「機長は気付いているのかな? どうなのかな?」「でも、気付いているよな」「でも、ここで『気付いていますか?』と言うのは、なんか嫌味だよな。もっとうまい言い方はないかな」という、心の葛藤が描かれていますけども、大きな爆発音とともにテープ終了。これは大韓航空機のグアムの着陸のときの音声記録です。雨の中で着陸しようとしたんですね。

夜を徹してのフライトなので機長がものすごく疲れているので、「計器着陸」が嫌なんです。目で見て着陸する「目視着陸」にするというのを言っているんですけど、雨が降っているんですね。夜です。滑走路がよく見えないんですよ。副操縦士が、しばらくずっと黙っていた後で、「気象レーダーってすごく役に立ちますよね」ってボソッと言って、その後、爆発音で終わっているんですね。

副操縦士は「レーダーを見ながらの計器着陸にしましょう」って言いたかったんです。航空機関士も「いやー、雨の中で見えないなー」って、ぼそっと一言、言っているんですよ。「雨の中で見えないんだから、計器着陸にしましょう。機長の考え方は、無謀です」と本当は言いたかったんでしょう。もう三人とも死んじゃいましたからわからないですけれども、こういうことが行われている。

実は、ここに書いてあるとおり、機長自身が操縦桿を握っているときのほうが、はるかに墜落事故が起こりやすい。ですから意思決定というのは、下の人間がどんどん上の人間の考えていることに対して「リスクがある」「これに気が付いていますか?」「おかしいと思います」って言わないと、最適な意思決定ができないってことなんです。それができなくなっているときに、飛行機が落っこちちゃうということですね。

世界で最もイノベーティブな組織の作り方 (光文社新書)

これは航空機のコックピットですが、つまるところ組織です。「ある共通の目的を達成するために共同することを義務付けられている複数の以上の人間からなる集団」というのが、組織論における組織の定義ですから、コックピットというのは組織なんです。その組織というのは、下の人間が舵をとっているほうが意識決定のクオリティが高いってことを言っているんですね。

国によって異なる「風通しの悪さ」を表す権力較差指標

これは非常に悩ましいですよね。なので「下の人間がどれだけものを言えるか」というのが非常に重要なんですが、この風通しの悪さ、つまり「下の人が上の人に対してなかなかものを言えないなと感じている度合い」を、調査した心理学者がいるんですね。「権力較差指標」というもので、インターネットで引くといろいろな論文とか記事が出てくると思います。

(スライドを指しながら)この権力較差指標で見てみると、日本ってどういう状況になっているかと言うと、こういう数字なんですね。54。台湾・韓国・香港は順に58、60、68。このランキングの対象は、実際には70ヶ国ぐらいあります。他にもたくさんの国があるんですけれども、あんまり細かい図を見せると見えにくいと思うので、今日は主だった国を持ってきています。

アメリカが意外と低くなくて40。ドイツが35。イギリスは35。スイスは34。デンマークでまたぐんと下がって18。フィンランドやスウェーデンもこの16とか、その辺ですね。非常に低い数字です。イスラエルが11。つまり低い数字であればあるほど、「上の人が言っているのを屁とも思っていない度合いが強い」ということなんですね。平気で反論してくるということです。

「順番」を重んじることが良しとされる、儒教の行動様式

みなさんは、これを見てどういうグループに分けられるか、わかりますか? 1つは儒教ですよね。儒教というのは1つの宗教ですけれども、これは何の(どんな)宗教か。キリスト教というのは「神様が言っていることに基づいて考えれば大丈夫」という宗教ですけれども、儒教というのは「順番が決まっていれば大丈夫」という宗教ですね。順番万能主義です。

順番っていうのがどういう順番かと言うと、まずは「親と子」という順番ですね。「親が偉い」という順番です。これを「孝」というわけです。「親孝行」の「孝」ですね。「孝」というのは親が偉い。「親と子どもでは、親のほうが偉い」という順番を決めているわけです。

もう1つは、いわゆる「君主と家臣」「上司と部下」という関係ですね。この関係でもって、「上司が偉い」という順番を決めているわけです。これを「忠」って言います。「忠義」の「忠」ですね。

ですから儒教というのは、「物事でいろいろな揉めごとが起こったときには、基本的にその順番に照らして決めなさい」という、そういうエートスな行動様式、思考様式だということです。ですから、上司の言うことが基本的には尊重されて、それは道徳だということなんですね。いいことなんです。ですからみんな、言うことを聞くわけですね。

イノベーションランキングが高い国ほど権力交差が小さい

一方で、こうやって並べてみると気付きますね、アメリカ、ドイツ、イギリス、スイス、デンマークはみんなプロテスタントの国ですね。プロテスタントのプロテストというのは、「反論しろ」という意味ですよね。

その「反論しろ」ということを国教に掲げている国は、等しくこの権力較差が低い。「おいおい。じゃあ、同じキリスト教でもローマカトリックはどこに行っちゃったのよ?」という話になると、実はローマカトリックの国というのは、実は(権力較差指標が)だいたい日本や香港と同じあたりか、あるいはもっと高いんですね。日本人は「キリスト教」と乱暴に言いますけれど、同じ西洋圏の国でキリスト教といっても、カトリックとプロテスタントって、思考様式がぜんぜん違いますからね。

プロテスタントの国は権力較差が非常に低い。実はイノベーションランキングで見てみると、(順位の)高い国というのはみんなプロテスタントの国で、しかも権力較差が小さいんです。ちなみに、航空機の事故の起こりやすさということで機体損耗率の統計をとると、権力較差指標ときれいに相関します。権力較差の低い国ほど、航空機の事故が起こりにくいんですね。

医療事故も同じです。医療事故(の発生率)も非常に低いんです。ですから、みなさん手術をする場所をどこでも選べるってなったら、なるべく権力較差の低い国へ行ったほうが……。

(会場笑)

安全ですからね。これが何かと言ったら、例えば医療事故の場合はだいたいドクターが指示を出すわけですね。看護師が操作をするわけですけれども、医療事故のだいたいほとんどのケースというのは、ドクターが出している指示に対して、看護師が「なんか、おかしいな」と思っているときに反論しないことで起っているケースが多いんですね。

このときに反論するかしないかというのはその社会の権力較差が非常に大きいので、これが影響してくるということです。わりとわかりやすく、秘密もへったくれもないということですね。