アクセシブル・ツーリズムの根幹に触れたドイツでの思い出

西村晃氏(以下、西村):さて、今度はテーマ2にいきたいと思います。「日本の魅力を活かしたアクセシブル・ツーリズムとは何なのか」について少し話をしてみたいと思います。

去年日本にいらっしゃった外国人の観光客は初めて3,000万人を超えました。これで6年連続の増加になります。政府はこれを今年4,000万人にしたい、あるいは長期的には6,000万人にする目標を掲げています。

宿泊施設や各種のもてなしの施設も重要なんですけれども、今度はそういった中で、ホテル椿山荘東京でマーケティング担当をされている眞田あゆみさんに、施設として国全体の目標にどう対応しようとしているか。そして、本当の日本の魅力をどう発信しようとしているのかをお聞きしたいと思います。眞田さんよろしくお願いします。

眞田あゆみ氏(以下、眞田):本題に入る前に、二十歳そこそこのときにドイツの小さな町に電車で行く用事があって行ったんですね。今日みたいな雪混じりの日で、電車の駅から地上に出るときに、けっこう長い石の階段があって。

うっすら雪が積もっていたところを、スーツケースをズルズル引きずりながら私が登っていたら、白髪のおじいさんが「荷物持ってあげるよ」と声をかけてくれたことがありました。「あ、私、今ケアされる側の立場なんだなぁ」とハッと気付かされました。

そのとき私は荷物を持っていて、初めての町で緊張しているケアされる側の人だったんだなと思ったんです。雪混じりの日になると、アクセシブル・ツーリズムの根幹に触れたときのことを思い出すので、共有させていただきました。

山縣有朋公爵の庭園を今に残す、ホテル椿山荘東京

眞田:さて話を本題と日本に戻しますけれども。ホテル椿山荘東京は目白にあるホテルです。いろいろと歴史がございまして、明治11年、第3代・第9代(内閣総理大臣)の山縣有朋公爵が庭園と邸宅を作ったところから始まりました。

戦争でいったん焼け野原になったりはするんですけれども、有朋の意志を受け継いで自然を大切に守っていくために、藤田観光の元であった藤田興業の創始者の小川栄一という人が1952年に椿山荘を開業したところから、歴史は始まります。

スクリーンにあるようにいろんな人の手を経て受け継がれたあの場所は、開業からまもなく70周年を迎えます。この間に建物は新しく建て替えられたり、追加されたり、建て直したりしてきたんですけれども。有朋公爵が庭を作ったころから、庭園のかたちなどはほとんど変わらずに受け継がれてまいりました。

ホテル椿山荘東京では7つの季節をお楽しみいただいております。2、3日で作られたのではない歴史や自然がある情景だからこそ、こういったものは変えずに残しながら、施設をより楽しんでいただけるようにしています。

一方、すでにできあがってしまっているたくさんのハードと闘いながら、私たちは人によるおもてなしによって変えられる部分は変えています。本日は、一部庭園を楽しめる施設、構えずにトライしてお喜びいただいた事例などをご紹介させていただければと思います。

全267客室の中で、ユニバーサル仕様の客室を4室ご用意いたしております。特徴は大きく3つで、いずれもコネクティングルームということです。写真の手前。左側に扉があって、お隣の部屋に行き来していただけます。

通常こちらのお部屋は45平米なんですけれども、エキストラベッドを入れると車椅子の方などが少し通りづらくなってしまうこともありますので、3名様以上でご利用の方にはコネクティングルームをご活用いただいております。プライバシーをある程度確保しつつ、ご家族様、介助の方のお部屋に行き来ができて、安全安心にお過ごしいただけます。

四季折々の庭園が眺められるユニバーサル仕様の客室と設備

眞田:2つ目ですが、景観をお選びいただけます。シティービュー、またはガーデンビューから景観をお選びいただけます。東京都のアドバイザーの方に「ユニバーサル仕様の客室を持っている施設様の中には、そうしたお部屋を端っこに備えられるところも多かったり、機能は備わっていてもホテルを楽しむという部分が叶えられていない施設もあったりするんですよ」と教えていただきまして。

庭園を目の前に臨むお部屋が選べるのは、1つの強みなのではないかと教えていただきました。なので、自社でユニバーサル仕様の施設などを検討されている方は、絶景やおすすめのポイントなどに設置するという視点もいいのではないかと思いました。

あと、さまざまな貸し出しアイテムを用意していることが特徴です。また、こちらには書いていないんですけれども、ほかのお部屋とデザインはほとんど変えずに、ホテル椿山荘東京ならではのヨーロピアンクラシックのデザインをお楽しみいただけるように工夫しています。

仕様の詳細を簡単にご紹介いたします。入り口のレバーハンドルが球体のものではない。また、このお部屋は認識しやすい色の三方枠に変更しております。

それからバスルームとクローゼットを引き戸にしたり、ベッド間の幅を広く取ったり、車椅子でもご利用いただける化粧室やベーシン(洗面台)をご用意しています。

また、昨年の改装後からは、トイレの手すりが右側についているお部屋と左側についているお部屋をご用意できました。「ご提案の幅が広がってお客様にお喜びいただく機会が増えた」と予約のスタッフも申しております。

あとシングルハンドのベーシンや、手すりを備えるシャワーブース、バスタブのご用意がございます。

ユニバーサル仕様の客室の片方のベッドがリクライニングベッドになっており、高齢者の方や障害者の方、それからご家族の方にもご好評いただいています。

貸し出し備品のバリエーションを増やし、情報発信を強化

眞田:今までハードについてお話したんですけれども、スクリーンにあるように貸し出し備品を少しご用意しております。ユニバーサル仕様のお部屋が満室のときもあるんですけれども、例えば「手すり3点のご用意ができますよ」などとご案内をさせていただくと、お帰りの際に「大変快適だった」と言っていただくことがあります。貸し出し備品のバリエーションは今後増やしていきたいなと思っています。

一番人気のアイテムはバスタブにすべらないように敷くラバーマットです。こちらは障害者の方、シニアの方だけではなく、小さなお子様連れのご家族の方にも大変人気で、大変ユニバーサルなアイテムだなぁと思っています。

みなさま一人ひとりの状態が同じではないので、ある程度施設が整ってきた私たちのような場合は、次の段階として、こういった貸し出し備品のバリエーションを持つことで、さまざまなご提案ができるように準備ができればいいのではないかと考えています。

ちなみに私たちのホテルは開業のときからずっと、ユニバーサル仕様のお部屋はあるんですけれども、これまで一度もホームページやご案内に載せたことがなかったんです。先だってアドバイスをいただきまして、このたびホームページでもご案内を開始するようにいたしました。猪狩様や我孫子様のお話にもあったように、私たちも情報の発信が不足していたなと思った次第です。

実際にご利用いただいた障害者の方から「期待を膨らませすぎずに、また、過小評価もしていない実態のわかる案内だと大変助かるし、自分たちは施設に行く前にそれらを見ることが多いんだよ」と教えていただきましたので、今後もその視点で加筆修正をしながらご案内をしてまいりたいと思います。

庭園へのアクセスを改善し、食事の楽しみにも配慮

眞田:また庭園のカートがあったりですね。

庭園の図に赤い印を引かせていただいたんですけれども、およそ3分の2のエリアは車椅子でもご利用いただけます。以前は砂利道だったんですけれども、やはり私たちの施設の中でみなさんが楽しみたいのはお庭ではないかなということで、20年くらい前から徐々にいろいろなエリアを舗装してまいりました。

ちょっと起伏のある丘の上などには行っていただけないのが申し訳ないのですけれども、赤線のエリアはいらしていただけるので、ご婚礼のときのテラスでの家族写真ですとか、蛍をご覧いただける赤い橋などにもお越しいただけます。助成金を活用しながら多くの方々が楽しみにしてくださっているお庭へのアクセシブルを客室や庭園でも実現できたらいいなと思って日々努めております。

本日はすべてのご紹介はできないんですけれども、食へのアクセシブルということで、ペースト食や柔らか食、刻み食などもご用意しています。お客様のお声で私たちが嬉しかったのは、「自宅ではお料理をミキサーで回したり刻んだりするだけのことが多いんだけれども、ホテルだときれいに盛り付けていただいて感動した」というお言葉です。スタッフ一同も感動しており、これもホテルの人が工夫して叶えられたアクセシブルなのかなぁと思います。

あとは「手話ができる人がいて大変うれしかった」というお声をたくさんいただいております。藤田観光では手話の講習を行うと同時に、社内のコンクールの種目にもなっておりまして、年々手話ができるスタッフが増えています。

一方で、場所によってカーペットの厚みが車椅子に合わない箇所があったり、シャワーブースの段差や、扉の幅が不具合があるとか。あとは車椅子をご利用の場合に行けるマップが欲しい。人工呼吸器装着のため客室内の点検の位置案内が欲しい、などのたくさんのアドバイスが届いております。これらも今後、先ほどのホームページのご案内等に追加させていただきたいなと思っております。

まだまだ不十分なこともございますけれども、モニター様にご利用いただくなど、忌憚ないご意見を反映していきたいと思っております。施設の特徴を楽しみながらハードの整備を行っていくことと、人の力が大切かなと思っております。

同じ障害者のある人でも、必要なものは人それぞれ

西村:ありがとうございました。お隣の根木さん。根木さんは日本国内はもとより海外のホテルにも車椅子でたくさんお泊まりになったと思うんですが、今のホテル椿山荘東京の取り組みをご覧になってどうでしたか?

根木慎志氏(以下、根木):すごく泊まりに行きたいなと思って、このあとちょっとお話させていただこうかなと思います。僕も国内にもけっこう行っていて。今日も実は宮崎から帰ってきました。講演などがあるので、年間100日くらいはどこかのホテルに宿泊しているんです。

本当に今は介助とか、そういう備品を当たり前のように置いていただいているホテルが急激に増えていっています。すごくうれしいですね。それも室内にドーンと置いておくんじゃないんです。

僕は車椅子ユーザーの中ではけっこうアクティブに動けるほうなので、逆にシャワーチェアがないほうがよかったりする。それだけポンと置いてあったら、自分でまたそれをしまったりするのが大変なので、「こういうのもありますが、どうですか?」と事前に聞いていただける。

そういうインフォメーションがしっかりしていることによって、必要なものをちゃんと準備してもらっている。そういうことも広まっていってるのかなと思います。

その人にとっての対応はそれぞれ変わってくるから、勝手に決めつけるんじゃなくて、まずはその人にしっかり情報を発信することと、その人たちの思いをしっかり汲み取る、聞き取ることがやはり大きいのかなと思いました。

海外のホテルでは段差のない部屋が当たり前

根木:あと僕が一番よかったなと思うのが、今までホテルに泊まっていても、アクセシブルな部屋はやはりロケーションが良くないところが多いですよね。理由として広さを優先した結果になっていると思います。

ホテルに泊まって旅行される方は景色を楽しみに泊まっていると思うし、中には「景色はなくてもいいよ」という人もいるとは思うので、いろんなパターンがあってもいいのかなと思いました。

海外なんですけれども、僕は海外で部屋を取るときに、正直アクセシブルな部屋を頼むことはないんですよね。どういうことかと言うと、どの部屋も当たり前に段差がない。

西村:普通なんですか?

根木:ほとんどですね。世界中すべての国に行っているわけではないですけれども、やはり日本は立地の関係で狭いところも多いので、その中で部屋を作るのが大変だったり。文化の違いもあって、そもそも段をあんまり作らない建て方もあるのかもしれませんね。もともと広いのもあるんですけれども、僕は最近、別に広いから使いやすいのではないと思うんです。

先ほど、ホテル椿山荘東京を改装するときに右側の手すりと左側の手すりとおっしゃられて。これがわからない方や聞き流している方もおられると思いますが、障害によっては右側に手すりがなかったらまったく使えない。

介助が右に付く、左に付くというので使えるものも使えないものもあるから、両方に手すりがあったらいいんですけれども、そういういろんなパターンの部屋を作っていくことが実はすごく重要だったりするんですよね。

そういうところもいろんな人からお話を聞きながら作っていくことは重要なのかなと思います。そんな感じですかね。海外の事例っていっぱいあるんですけどね。

西村:ホテル椿山荘東京さんでは、やはり「お庭で写真を撮りたい」、とくに「結婚式などで行ったときにぜひ撮りたい」という方は多いんですが。

山手線の中とは思えないくらい自然が豊かで、それだけ起伏が激しくて石畳があったりして。私は正直言って、今日来るまではちょっと「車椅子で大丈夫かなぁ」と思っていたんですけど、かなり急ピッチに改善されているということなんですね?

眞田:そうですね。ちょうど入社するころくらいから徐々に始まって。砂利道は私たちハイヒールを履いている者にも不具合があったりするので、砂利の風情を残しながらも、道の真ん中はきちんと舗装する。とくに日本は砂利のところが多いですから、これだけでもいろいろな方にいっそうお越しいただけるんじゃないかなと。

西村:結婚式ですと、おじいさまやおばあさまも来ますから、当然お年寄りにも優しいお庭じゃなきゃいけないわけですよね。

眞田:そうですね。3世代でのご利用は多いので、お子様からシニアの方まで歩きやすくなったと思います。

アクセシブル・ツーリズムの市場規模は、潜在需要を含めれば約3兆円

西村:ありがとうございました。次のセッションでは、アクセシブル・ツーリズムがビジネスとどういう関わりがあるのか。ビジネスという視点も少し交えて議論をしていきたいなと思います。

今日本の総人口の中でお年寄り、あるいは体の不自由な方の占める割合は、概数で3分の1くらいにのぼるのではないかなと思っています。見方を変えれば、その人たちが来やすい1つの受け皿を作れば市場規模が広がるとも解釈できるわけです。

同伴者を含めますと1兆750億円くらいの市場規模がある。潜在需要も含めれば3兆円くらいの市場規模があるとも言われているそうです。そう考えますと、外国人が日本で落とすお金よりも、むしろシニア層と同伴者のマーケットのほうが広いかもしれない。そういう解釈もできるわけであります。

今後は少しビジネスという立場も含めまして、海外との比較なども伺いながら進めてまいりたいと思います。

まず根木さんは本当に世界中、いわゆる先進国と言われているところも発展途上国もいろいろと歩かれたと思うんですが。あまり車椅子での利用を意識しなくても(ホテルなどを)利用できる国がかなりあるんだというお話でしたね。もうちょっと聞かせてください。

根木:あまりビジネスとしての視点で考えていないので、結果そうなるものかと思ったんですけれども。誰もが安心して安全に動けることは、別に障害者の方が動けることではなくて。何が違うのかなぁと僕も今ちょっと考えていたんですけど、障害者の人のために何かをしようという発想が、もともと海外にはあまりないんじゃないのかなと思いますね。

おもてなしは本当に多様ですよね。小さい子どもさんもいれば高齢者の方もいる、障害者の方もいるのは当たり前で、障害もさまざまだし。だからみんなで楽しむための施設や宿泊、テーマパークなどを考えた結果、できあがったものが自ずとそういうものになっているのかなって僕は思います。

今は多様な世の中になっていますよね。パラリンピックは、インクルーシブな社会の創出を最も大切にしているんですけれども、そうした発想の時代に来ているのかなって。

ユニバーサル(万人向け)という言葉もあるんですけれども、そんなふうに考えていく結果が、トイレって手すりがあったほうがいいよねとか、幅は広いに越したことはないよね、と。みんなが気軽に楽しめたり安心できるなら、ご家族に車椅子の人がいても、わざわざ車椅子のある部屋を探して予約する必要もなく、本当に旅行に行きたかったら行く。ほとんどのみなさんがそうでしょ? 

例えばペットがいたら「ペットも泊まれるところを探さないとダメだなぁ」とか、いろんなことを考えるよりは、単身だろうと大人数だろうと、ここに行けば本当に楽しめると。結果としてそんな考え方があるといいのかなと思いました。

誰もが利用しやすい施設・街づくりが重要

西村:ありがとうございます。我孫子さん、障害を持つ方は特別な発想じゃないというのが、先ほどのディズニーランドの発想に近い気がしたんですけど。いかがですか?

安孫子薫氏(以下、我孫子):まったくそのとおりだと思います。しかも3分の1が高齢者になることを考えたらですね。先ほどノーマライゼーションという話をしました。まさしくそうした社会づくりをしていく必要があるんじゃないかなという気がします。

私も実は今はだいぶ治ってきたんですけども、1年半くらい股関節の怪我をしまして。足を引きずりながら街を歩いていたというか、仕事などでも大変でした。リハビリをずっと続けてきて治ってきたんですけれども、やはりまだまだ歩道が傾いていたり段差があったり、ちょっと苦労するんですよ。

自分が股関節を怪我してからすごく感じたのは、高齢者は足を引きずって歩いているような人が多いということなんですよ。もっともっとアクセスしやすい、利用しやすい施設や街づくりをしていかないといけないんじゃないかなと感じます。それが当たり前になってくることが非常に重要だと思います。

設備の進歩や周囲の理解が増すことで、障害はなくなる

西村:根木さんにちょっと伺いたいんですが、車椅子を使われるようになってだいたい30年くらいとおっしゃいましたけれども。

根木:はい。37年ですね。

西村:日本って30年くらい前と比べて、車椅子で生活をしたり旅行したりするのは相変わらずダメでしょうか? それとも進歩しているんでしょうか?

根木:すごい勢いで進歩してると思いますね。本当にいろんなものがあります。それこそITの技術であったり、ホームページでどんどん予約もできたり、いろんなものがあって。何十年もすると、今まで障害と言われていたものが障害じゃなくなってくるんじゃないのかなというような技術もありますし、一番はみんなの理解ですよね。

今までは、足が動かないとか目が見えないとか耳が聞こえないことが障害であって。その人たちが障害を持っているという考え方を「医学モデル」と言うんですが、そういうものが一般的だったと思います。今はそうじゃなくて、みんなが生活する中で困ることが障害であるという考え方になってます。

ということは、今日僕が移動するときは、この建物で一切困ってないですよね。スロープがあって、車椅子で行けるトイレがあって、控室の扉も広くて。そういう施設や案内、アテンドがしっかりしていると、別に車椅子に乗っていようが、杖をついていようが、まったく障害ではないんですよね。そういう考え方が増えてきたことがやはり大きいのかな。

全部を平らにはできないので、それこそちょっとした段差はもちろんあります。でも、そのときに理解があるから、みんなが「お手伝いしましょうか」と気軽に声をかけたり、ちょっと手伝ってくれることで、もう障害はなくなるんですよね。

ハードはもちろん、みんなの考え方というソフトの面でも障害をなくしているのはすごいですね。僕はとくにオリンピック・パラリンピックが決まってからの勢いってすごいことになっている気がします。

おもてなしの第一歩は「お声がけ」から

西村:福田さん、インフラも重要だけれどもあとちょっとのところは人間のソフトという話がありましたでしょ。最近は簡易翻訳機がすごく普及してるじゃないですか。いろんな国からお客様がいらっしゃるんですから、言葉が通じればその最後の一押しが通じますよね。お手伝いができます。やはりそういうものが加わると、行政でやっていることがさらに前進しやすい気がするんですが、どんなふうにお感じになります?

福田厳氏(以下、福田):おっしゃるとおりでして、やはりお声がけが第一歩になるんですね。今から1から英語を勉強するのは、なかなか難しいですよね。ただ、ITツールを使って、コミュニケーションの第一歩が踏み出せる。これは日本のおもてなしをしっかりとアピールできる1つのツールになるんじゃないかなと思います。

ITツールやロボット技術などのさまざまなツールもぜひ使っていただいて、アクセシブルな社会になっていけばいいなと思います。

西村:ありがとうございます。眞田さん、今のお話で、もちろんホテルの設備も大切なんだけれども、そういうものがあるとわかっていないと利用できませんよね。そういった意味では事前のホームページ等でのやりとり、あるいはホテルのコンシェルジュなど、人間のコミュニケーションが一番の決め手のような気がするんですが。そのあたりはいかがですか?

眞田:先ほど手話が大変喜ばれたというお話をしたんですけれども、手話ができるスタッフがいると思わずにいらしたお客様は「3個くらい質問しようと思ってたんだけれども、実は躊躇してたの」と言って、手話でちょっとご挨拶をしたスタッフにいくつも聞いていただいて、その方のご滞在もより快適になったことがあったり。

例えばアジアのお客様が増えて、英語が話せるスタッフはいてもアジアの言語が話せないときに、「食事? それともお化粧室?」と本当に身振り手振りで、心で話しかけて通じたことがあったりします。文章で書けるテクニック的なこともありますし、そういう人の心の教育も必要だなと思っております。

外出時に不便さを感じるのは、都会ゆえのエレベーター渋滞

西村:根木さん、30年間でかなり進歩してきたということですが、逆に車椅子で生活していらっしゃるなかでの改善点ですね。逆にそれをビジネスチャンスと捉える人もいらっしゃるかもしれませんので、ぜひ忌憚のないところでお伺いしたいのですが、いかがでしょうか? 何があるともっと便利ですか?

根木:そうですね。何があるといいのかなぁ。「こんなものがあったらいいよね」というのは、たぶんここにいる人全員がなにかある気がするので、僕が言ったものだけとは思わないでくださいね。

僕は今東京で暮らしていて、もう成熟している都市なので、やはりエレベーターはどこも完璧にあるんですよね。でも、土日になるとバギー車が問題になります。最近はバギー車のサイズも大きいじゃないですか。僕が子どものころは絶対こんな大きくていいやつじゃなかったなと思うんですけど。

でも、エレベーターにバギーが1台しか入らなかったりするので、すごく行列になっていたりするんですよね。そういうことを考えると、もうちょっと大きいエレベーターがあるのがいいのか、もっと一気に運べる仕組みや、いろんな駅の作り方があってもいいと思うし。

そもそもみんなで声をかけて一緒にベビーカーを畳んで運べるようなケースもあったりするのかな。そんなかたちのものもいいのかわかんないし。すみません、ちょっといいアイデアが出てこないですけど。何があったらいいか、ちょっとみんなで考えましょ(笑)。

扱いやすく腰掛けにもなるキャリーバッグ、世界最小の折りたたみ車椅子

西村:私から1つ例を申し上げますと、あるキャリーバッグの会社があるんです。実はこの創業者の方は、小児マヒでお体が不自由なんですね。自分がビジネスで世界中を回るのに、やはり体が不自由だからキャリーバッグを上手にハンドリングしたり、疲れたときにお尻を乗せて休めるようなものを開発したら、おそらく自分だけじゃなくて多くの方に役に立つだろうと。

そういうことから、その会社のキャリーバッグは非常に安定性がある。具体的には車輪がかなり大きいんですね。そして、まっすぐに進むときにはあえてハンドルが湾曲していたほうが進みやすいというご自身の体験を活かした、湾曲ハンドルというものが使われています。

そして実はこの方、キャリーバッグだけじゃなくて、最近は「世界で最も小さい」とご自身がおっしゃっている折りたたみの車椅子も開発されました。その車椅子は、病院などに行くときに折りたたむと、タクシーのトランクに2台入るんです。

そんな世界で最小の、そして軽量の車椅子を作ればたぶん喜んでくれる方が多いだろうと。これはキャリーバッグの会社の創業者の方なんですけれども、まさに我が身の経験から商品開発をされた。そういう取材をしたことがあります。

もちろん困ったときはビジネスチャンスと考えれば、結果的にそれは商売というよりも多くの方の人助けになるという視点でいけば、まさに世の中はそういうものを求めているんじゃないかなという気がします。みなさんいかがでしょうか。

笑顔のコミュニケーションは世界のどこでも通用する

西村:ディズニーランドはかなり進化してきたというお話がありましたけれども、さらに進化していったときに我孫子さんの考えるビジョンとは?

我孫子:やはりITが進んできましたから、いろんな意味でツールも進化してきました。私はビジネスで成功することを考えたら、そういった物だけではなくて、やはり大切なのは世界の共通項、笑顔だと思いますね。

私自身は、世界に6ヶ所あるあちこちのディズニーに行ったりもしたんですけれども。外国語はヘタですが、あまり不自由したこともないんですね。ですからやはり笑顔(が大切です)。

そして、もう1つ大事なのは、日本人は非常に完璧を求めるじゃないですか。完璧な英語を話さなくちゃいけない。大坂なおみさんの日本語で十分だと思うんですよね。ですから積極的に声を掛けていく、こういったものがビジネスを前向きにできるのではないかなと思っております。

西村:ありがとうございます。さて、もうあまり時間がなくなってきましたけども。眞田さん、ちょっと今日のまとめも含めまして、これからホテル椿山荘東京の進化形はどんなことを考えていますか?

眞田:笑顔をたくさん取り入れてというところでございますが(笑)。やはりもともと施設がありますので施設、それからちょうど人と施設の間の備品、アメニティのようなもの。そして、最後はやはり構えずに躊躇せずにコミュニケーションを取っていくことがすべての方に必要で、すべての方が過ごしやすいホテルの第一歩なんじゃないかなと考えております。

車椅子バスケを通して子どもたちに伝えたいこと

西村:ありがとうございました。根木さん、今回のパラリンピックで、施設はもちろんですけども、日本人全体のマインドが向上していくことがなによりの改善のような気がします。パラリンピックの副村長もお務めになりますが、そのあたりはいかがでしょうか?

根木:たぶん今日はコメントをさせてもらうのは最後かな。この会場に来させていただいて本当にうれしいです。まさしくオリンピック・パラリンピック、そのパラリンピックが来ることで社会が変わると言われているんですよね。今回ここに僕が登壇させてもらっていること自体が、パラリンピックが改善されることがきっかけになったと思うんですけども。

パラリンピックのゴールは、障害者の人のための大会ではもちろんあるんですけど、その大会を通じて(目指しているのは)、誰もが互いを認め合えるインクルーシブな社会。共生社会という言い方もしますよね。それを作っていくことがゴールなんです。

実は昨日もそうだったんですけど、僕は日本中の学校を回っています。僕は車椅子バスケットボールを通じてみんなと友達になろうと言って、車椅子バスケをして障害・バリアについての話、あるべき世の中はどうだろうというお話をしています。もう35年以上やっていて、3,600校に行ってるんですね。日本の10分の1の学校には行かせてもらって、80万人以上に会ってるんですけど。

僕がそこで言っているのは、みんなそれぞれ世の中との違いがある。好みも困ることも違うし、楽しいなと思うことも違うんですよね。でも、違いがあっても、その人の違いを認めることはできる。それが友達だということで。違いを認めることで、世の中すべての人が素敵に輝ける社会になるよね。「みんなが友達になるとみんなが素敵に輝けるよね」ということをお伝えさせてもらっています。

今日のテーマである世界一のおもてなし都市東京というのは、本当に来られる方が素敵にみんなが輝いているような街、ここに輝けるようなものを作るためにどういう取り組みがあったらいいかということだと思います。

ホテル椿山荘東京もものすごくロケーションのいいお庭を見てホテルで輝けるとイメージしていて、今度絶対に予約を取らせてもらおうと思うし。僕がディズニーランドに行った最初のころは、車椅子に乗っているときのバリアもひどかったんですが、今はどんどん良くなっていって、(当時も)ディズニーランドはもうピカイチでした。

今はもっとすごくなっていってます。そこにいる僕自身も輝いているし、僕じゃなくて小さい子どもさんから高齢者すべての人の心まで素敵に輝かせるものがあるんですよね。

でも、輝いているのはみなさん一人ひとりだと思うので。今は年々過去最高の(海外からの)来訪者がいるけど、それがオリンピック・パラリンピックによって、もっと多くの人たちが来られるわけですよね。その中でみんなが輝けるもの、大会を通じてワクワクする心を持っていると思うので、一気にこの社会の大きなスタートになっていくのかなと思っています。

西村:ありがとうございました。福田さん、いかがでしたでしょうか?

シルバーシートの発想が通用しなくなる、100歳人口100万人の時代

福田:東京都も7月のオリンピック・パラリンピックに向けて、今かなり準備を進めているところです。やはり環境が整ってくればさまざまな人が外出、旅行をする機会が増える。多くの人が街に繰り出すと、街も活性化をしていくと感じています。

オリンピック・パラリンピックを1つのきっかけにして施設のバリアフリー化、それから言葉のバリアフリー、心のバリアフリーが進むといいかなと思っています。それに向けて東京都もがんばっていきたいと思っています。

西村:ありがとうございました。さてみなさん、前回の東京オリンピック、1964年のときに日本の100歳人口が何人くらいかご存知でしょうか? 実は153人なんです。56年前、100歳を過ぎた方は153人です。それが去年は7万1,000人です。そして2050年、30年後、戦後のベビーブーム世代がもしご存命ならば100歳を超えたときに日本の100歳人口は100万人になります。

153人が100万人になります。私は思うんです。よく電車に乗るときにお客様案内中というアナウンスのもとに車椅子の方を一生懸命介助されて乗せていらっしゃいますけれども。あれは1人だからできるんですよね。

例えば山手線の新宿駅に車椅子の方が200人来たら、たぶん定時運行ができなくなると思いませんか? つまりシルバーシートの発想では、たぶんこれからはダメなんだと思います。ある特定の人だけのシルバーシートではなく、「日本国民みんながシルバーシートに乗るかもしれない」という前提で準備をしていかないとこの国のアクセシブルな街づくりはできないような気がします。

決して遠い話ではなく、私たちみんなが身近に考えなければいけない問題だと感じました。今日はみなさん、どうもありがとうございました。

(会場拍手)