知識を身につけるほど、逆に思考が狭まるジレンマ

木村和貴氏(以下、木村):続いてですが、本日来られている方には、自分がイノベーターに変わっていきたい、「自我作古」の人材になっていきたいというマインドを持っている方、今日刺激を受けて帰ろうと思っている方もいらっしゃるのかなと思うんです。

前野さんのお話のところで、「知識をつけていけばいくほど狭まる」という話があり、逆に素人側、多様な人からいろんなアイデアが出るというところがありました。そのときに僕が1つ感じたのが、努力の仕方って難しいなということなんですね。

「そこで何かを起こそう」と思って知識をつけて、勉強すれば勉強するほど逆に思考が狭まっていくんじゃないかっていうジレンマを少し感じたんです。どういう努力で、どうやってイノベーティブな実力を磨いていくか。先ほどはマインドセットの話だったと思うんですが、実際のアクションとしてはどういうことが望ましいのでしょうか?

前野隆司氏(以下、前野):今はAI時代と言われて、みんな「AIがどんどん仕事を奪う」と危機感を抱いています。僕はもともとAIの研究をやっていたからわかるんですけど、要するにAIって大量なデータがある問題は得意なんですよ。

囲碁の勝敗データがいっぱいあるので囲碁は人間より強いし、「これはがんなのか、がんじゃないのか」という医療画像が100万枚あれば、ガーっと学習して医者以上にがんかがんじゃないかを見分けることができるようになるんですね。

ですから高度な専門性があり、大量データがあり、「従来は高度だと言われていたけれども、でも100万人の人ができるような仕事」みたいなものは失われていくんですよ。

だから、やっぱり文科省の学習指導要領も変わりましたよね。詰め込み型から主体的で対話的な深い学びに変わりました。これは皮肉なことに「深い学び」はDeeper Learningって言うんですね(笑)。AIがDeep Learningしているので人間ももっとDeeperなLearningをしないとAIに負けるよっていうことで、皮肉ですよね。

ワクワクするものを追求することで、自分の強みを育てていく

前野:だから何が言いたいかと言うと、要するに個性ですよ。AIができないのは何かと言うと、「自分だけが知っている」というようなところです。僕の友達の子どもは魚の骨を集めるのが趣味なんですけど、そういうオタクみたいなところが、グーっと伸びています。そういう人が5人集まるとすごくイノベーティブになっています。

従来は専門的な知識を持っている人が偉かったんですけど、それは全部AIに取って代わられる。いかに個性的になっていくか。(宮田氏を指して)大学教授なのに銀髪の人とかいるんですけど(笑)。

壮大な話をしながら、でも「僕は銀髪です」っていう賛否両論の壮大さとファッションとが両立しているじゃないですか。こういう感じですかね。髪を銀にすればいいって話じゃないですよ? そういう人もいる。僕は銀にしないけど(笑)。それぞれが、それぞれの良さで伸びていく。そういう努力ということだと思います。すみません。

木村:追加で聞くと、自分の良さや個性の見つけ方はあったりするんでしょうか?

前野:まだうまくアプローチできてないんですけど、僕はこんまり(近藤麻理恵氏)と共同研究したいと思っています。こんまりは「ときめかなかったら捨てよう」って言ったじゃないですか。あれを研究でも仕事でもやればいいと思うんですよ。

要するにワクワクしてときめくことってすごくやる気が出るじゃないですか。今まではやるべきこと、社会のためになること、会社のためになることみたいな……社会のためはいいんですけどね。小さな目標に合わせて、mustをやっていたんですね。mustとcanとwillがあったとすると、mustのために、can(できること)を強めてやろうとしていました。

これからはwill。本当にやりたくてワクワクしてときめくことで、自分の強み(can)が強まっていくと思います。それで社会の大きなニーズとか、何かとパチっといつか合致するというか、イノベーティブに合致させる。そういうやり方に変わってくるんじゃないですか? 幸せな働き方に変わってくるということだと思います。

問いを立て、自ら課題解決をしていく力

木村:なるほど。じゃあそこについて、お話にあがった宮田さんどうですか?

宮田裕章氏(以下、宮田):大変恐縮です(笑)。本当に前野さんと考え方は同じですね。私の中の問いでも「どう生きるべきか?」っていう、かつては立派なものがあってそれに合わせて人生設計をするという話だったのが、今はまさにときめく、自分がアガるのかどうか、あるいは何を大切にしたいのかですね。

自分が生きていく中で何を大切にしたいかというのがあった上で、そこにキャリアだったり学びだったり人生をはめていくっていうことです。ここがとっても重要になってくるのかなと思います。

そのときに本質的にまったく同じことなんですが、これまでは与えられたクエスチョンから解答を導く能力だったんですが、問いを立てる力が必要です。自分で「何を?」「何?」っていう問いを立てていく。我々慶應大学もそういった能力を評価するというシステムをちゃんと作らないといけないですね。

問いを立てて、そして自ら課題解決をしていくっていうことですね。もちろん学びもpassiveからactiveですね。自分から学ぶ。そのような力が非常に重要になるのかなという気はしますね。

一流の野球選手の共通点

木村:なるほど。ありがとうございます。鬼嶋さん、野球ってけっこう組織的なスポーツに感じるときも多いんですけど、そんな中で個性を放つ選手はどういう選手なんですかね?

鬼嶋一司氏(以下、鬼嶋):野球はチームスポーツである前に、個人スポーツの集合体ですね。1対1の戦いが集まっているわけです。そういう面では各先生方が今日おっしゃったように、個と集団、個とチームですよね。それでどうバランスを取るかっていうのが非常に大事です。

やはり個人の個性を伸ばさなくちゃいけない。ただ例えばカットプレーとかカバーリングとか、チームプレイがものすごくあるわけです。そこはやっぱり自分を殺さなくちゃいけない。そういうバランスが非常に大事だと思うんです。

うまくなっていく選手は自分なりに仮説を立てながら、自分で問題意識を持ちながらやっていく選手です。例えば「アウトコース低めにどうやって放るか」というのも、試行錯誤しながら、結局やるのはその人なんです。教えられてできるものじゃない。

彼が仮説を立てて、こうやったらうまくいく、その繰り返し。PDCAのサイクルで、ダメだったらもう1回違うものにしていく。そういうことができる選手がやっぱりうまくなっていくと思います。

例えば、さっき言いました早稲田大学出身の青木(注:プロ野球選手の青木宣親氏)です。彼には悪いけど早稲田の時代はバントしかないような選手で、体は小さいですけどプロに行ってガーっと伸びてメジャーで活躍し、2000本安打を打つなんてなかなか信じられませんでした。

その彼が言ったことが非常におもしろいんですよ。昔は、バッティングでは、ダウンスイングといって上から叩いたんです。これは(バットがボールに)最短時間で到達するので、(ボールを長く)引きつけられるんです。でも上から叩いてくと言っても、結局ピッチャーのボールはどんなに速いボールもだいたい7度の角度で下がってくるんですよね。物理的に(上へ)伸びるボールは絶対にあり得ないですからね。それで、(理屈としては)7度の角度で(バットを)振り上げると、だいたい芯に当たるんですね。

ただ、下からバットを出すと7度以上の角度がつくんですよ。だから、「上から叩け」と言うんですね。王貞治は内角気味に上からガッと振ります。でも彼の場合は、当たった瞬間は(バットの)レベルがアッパーなんですよ。ですから、上から叩けというのが定説だったんです。

でも青木はまったく違うことを言ったんです。彼は「腰の回転は地面に対して平行でも、バットは(別だ)。(自分は)足が速いから、ゴロを打ちたい。ゴロを打つために、ボールの上を叩いてスピンをかける。(バットがボールの)下に入ったらカットでフライになる。それで、バットのヘッドは逆に、下から打ち上げる」と言うわけです。「ボールの頭を叩く」と言うわけです。

彼の独自の理論ですけれども、やはり彼は自分で仮説を立て、試行錯誤しながら自分の技術を作っていったと思うんですよね。

ただ僕は、技術を作るというのに一番必要なのは体力だと思いますね。「心・技・体」と言いますけど、やっぱり「体」が一番先ですね。「体」「心」そして初めて「技」が来るんじゃないかなと思います。

勉強はやりたいときにやるのが一番伸びる

木村:僕も小中高と10年間野球をやっていたので、野球の話にすごく聞き入っちゃいました(笑)。ありがとうございます。

続いて、今度は人材育成です。人材育成シンポジウムということなので、育成という観点で言ったときに自我作古を実現できる人材が増えていくのはすごくいいことなのかなと思う一方で、それをどう気づかせて、どうやってもらうかという視点って、すごく難しいと個人的に感じています。

身の回りを見渡せば小さい子どもたちはみんなYouTubeを見て、若い子たちもInstagramのStoriesを見ているという中で、「どうやって社会に対して問題意識を持っていくか」とか、「どうやって興味を持って変えていこうという主体性を作り出していくか」という教育的観点から言ったときに、どのようにするとそういう視点や気づきを与えていけるか。思いついた方から、ちょっとうかがいたいなと思います。いかがですか? じゃあ、前野さん、お願いします。

前野:難しい質問です。多面的に答えられると思うんですけど、正解というわけじゃなくて思いついたから言います。2つパッと思いついたうちの1つは、さっきの話にもあった「ワクワクすることをしよう」っていうことですね。

うちは社会人大学院なんですよ。だから新卒の22歳で入ってくる人から、30代、40代、50代、60代、……70代の人もいるんです。多様な人が一緒にいて、まさにイノベーションの条件を満たしていると思うんです。

私はSDM(システムデザイン・マネジメント研究科)の前は、理工学部にいたんですね。18歳から24歳くらいの人がたくさんいるようなところにいたんですけど、(社会人大学院では)「本当に学びたいときに学ぶ」っていうことの強さを感じます。高等教育を担う側としては、親から授業料を出してもらって学ぶ期間というのも大事だと思うんですけどね。

でも、うちのSDMでやっていて思うのは、本当に「45歳で初めて勉強する気になりました」みたいな人がものすごく勉強するんですよ。しかも学費は2年で400万円のところを、自費で払って来ていますからね。だからやっぱりさっきの話と一緒ですけど、「ワクワク、活き活き、ドキドキ」するときに学ぶことですね。

これからは多様化の時代だから、「18歳で受験勉強をする気がない子どもを、どうしましょうか?」っていう親がいたら、受験勉強しないで働いたり、世界一周放浪の旅をしたりとか、それこそスポーツばっかりやるとかいうことをさせてみてはどうでしょうか。個性を伸ばす時代になりますから、画一的に勉強するんじゃなくて、とにかくワクワクしたときに勉強するというのが1つです。

もう1つあります。日本人が海外に行かなくなりましたけど、僕がやっぱりすごく刺激を受けたのは、キヤノンから海外留学制度で2年間カリフォルニア大学のバークレー校に留学したことなんですね。そのときにやっぱり、世界中から優秀な人が集まっていて、それで非常にのびのびと教育をしていたんです。

日本は、心配性民族なのでついつい「出る杭は打たれる」とか、「石橋を叩いて渡る」みたいなのが……減ってきていますけど、我々も努力しているけど、ありますよね。50年前と比べて減っているけど、アメリカとかヨーロッパ、あるいは中国、海外に行ったときの格差がものすごいですよね。

これは見ないとわからない。聞いていて、「カリフォルニアはいいよね」みたいな評論をしていないで、やっぱりカリフォルニアの現場を見てくる必要があるんですね。ですから2つ、「やりたいときにやるのが一番伸びる」というのと、本物というか、「外を見ると井の中の蛙じゃなくなる」ということですかね。

木村:ありがとうございます。