官民の壁を取り払うことで生まれた使いやすさ

若宮正子氏:それで、このe-Residency(エストニアの電子居住者)になることのメリットが、いくつかあるようです。こちらはあとで齋藤アレックス剛太さんに聞いていただければと思いますけれども、オンラインで簡単にエストニアに会社を作ることができます。エストニアはEU圏内ですから、エストニアに会社を作るということは、EU圏内に会社を作るということになります。そのへんの意味もあるそうです。

(スライドを指しながら)それから真ん中は、さっき私が言ったようにe-Residencyになることで具体的にどんなサービスを受けられるのか、自分でそのメニューを見られるということです。これがポータルサイトの画面です。例えばこれは実際の健康保険の画面ですけれども、こういうふうに見てみると、上のほうは英語で書いてあるけど、中はエストニア語になっちゃうので、私なんかはわかりにくい。

Google翻訳で調べてやってみたら、名前、それから健康保険ですから保険証、健康保険番号とかがありますね。そういうのがあったりなんかして、かかりつけ医の電話番号。その下が個人保険ですね。個人保険というのは、例えば日本で言えばアフラックの「入院保険」とか「がん保険」とか、ああいうものらしいんです。それも同じページの中に、一緒に出てくる。

だからさっきの「官民の壁を取り払った」というのは、そういうことかなと思います。その開発をする人は、自分のお父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんの気持ちになって開発したんですね。そういうところが、このへんに現れているのかなと思っています。

もしも日本人が開発したら、「こんなものは、とんでもない!」ということで、「お前、頭おかしいんじゃないの!?」みたいに言われちゃうかもしれないんですけど、そういうものも拾ってくれるというのがいいところかな。

個人情報が丸見えでも大丈夫なのか?

それから、X-Roadだか何か知らないですけれども、どんなにセキュリティが保証されていると言っても、やっぱり不安ですよね? なにしろ自分の個人情報というものを全部見せちゃって、丸見えですから。だから、気になって仕方がない。

(スライドを指しながら)ここにデータトラッカーというものがあって、「私のマイナンバーカードの番号を誰か見たのかしら?」と思って見ると、「国税庁。ああ、そうだ。私は納税の申告のことであれをした」とか、「かかりつけのお医者さん。そうだ、処方箋のことでお願いした」とか、そういうふうに番号を見られたら、(通常は)思い当たる節がある。万一思い当たる節がなかったら、役所に「こんなのは思い当たる節がない」と言って調べてもらうことができる。

それからさっきお話したように「データ大使館」というのをルクセンブルクに作ったんです。ここ(エストニア)も2007年だか2008年だかに、ロシアからすごいサイバー攻撃を受けています。だから、何かあったときに大変だから、これ(データ)をどこかに預けなければいけない。それで考えたのが「データ大使館」ということですね。

パソコン1つでつながれる「デジタル遊牧民」

(スライドを切り替えながら)それから、デジタル・ノマドです。Facebookや何かに、このe-Residencyのカードを持っている仮想市民だけのグループがあって、そこでいろいろ情報を交換しています。

そういう人たちがいろんな人たちと会社や何かを作るときに、例えば「アラビア語と英語の翻訳に詳しい人」なんていうような情報があったら、その人と契約をするとか、あるいは雇うということができます。それから「量子コンピュータのことに詳しい人」とかいろいろ専門家をつなげていって会社を作るとか、そういうこともできます。e-Residencyカードを持っている人同士は「本人身元確認」がある程度できているので「比較的信頼のおける人」ということになりますから。

それから、なにもそこにずっと住んでなくてもいいんですね。エストニアに行きたいんだったら、夏の暑いときはエストニアにいて、冬になったらシドニーに行くことかもできます。別にパソコン1つさえ持って歩けば、どこでも仕事ができるわけです。自分の好きなところを選べます。

だから「デジタル遊牧民」みたいなものが育っていくのではないかというような話も聞きました。そんなところです。それが1つですね。だからやはり日本とは違う文化、いろんな文化的な背景とか国民性とかがあるから、我々がそれを丸写しにすることはできないということです。

エストニアでのExcel Artのワークショップを通して気づいたこと

あとはエストニアの高齢者やエストニアの人と生で触れ合いたいということで、私は前にも話したExcel Artの創始者なものですから、Excel Artのワークショップをやって、おばあちゃんとかお孫さんとか、あるいは家族連れなんかで来ていただいて、一緒にExcel Artでうちわを作ってもらうというのをやりました。

Windowsの英語のパソコン30台を現地のマイクロソフトから貸していただいてやったんです。もうおばあさんもお孫さんもと英語のパソコンが使えて、あまりインストラクターの手を煩わせるような、世話を焼かせるような人が多くなかった。

(スライドを指しながら)それともう1つ、私なんかが見ても、この作品なんかは色の使い方とかグラデーションのかけ方とかすばらしいと思うんですね。日本だと、先生が何か見本を作ると、それをすぐ真似しちゃうと思うんです。けれども、そうじゃなくて自分の色使い、自分の発想で作るというのがすごいなと思いました。

終わってから、みんなで一緒に写真を撮って、「マーチャン、さようなら」ということで、気持ちが通じ合う。そういうのもいいなと思いました。

結論としては、国民の考え方とか、生き方、哲学、文化でこういうものを作り上げてきたのがエストニアなので、私は他国がその部分をおいそれと真似することはできないと考えます。国の大きさも違う、いろいろな立場も違うということがあると思うんです。

だからと言って「そんなところに行っても何も役に立たない」とは言えない。だって、今の日本のマイナンバーカードをもう少し改善するヒントがいくつか得られるんじゃないかというのもありますよね?

あるいは中央政府は無理でも、ローカルなところ、例えば地域で(他の自治体と)比較的離れたところでは何かできるかもしれません。私が住んでいる神奈川県の中部みたいに、茅ヶ崎市と平塚市と藤沢市とが、なんかごちゃごちゃ入り交じっているところは、特定の市が何かをやるには生活圏が入り乱れています。けれども、そうじゃないところ、例えば離島とかでは、何か「ローカルな電子政府」というか、「電子行政」とか、そういうものができるのではないでしょうか。

それから今のマイナンバーカードはあまりにも罰則が多かったり、難しかったり、面倒だったりする。だったら2枚持ちにして、うち1枚はあれをベースにしたふだん使えるものを持つとか、いろんな考え方があると思うんですね。こういうよその国のことと言うのは、謙虚に学ぶことがやっぱり必要なんじゃないかなと思いました。以上が私の感想です。

政府の電子化で仕事を失った、韓国の窓口業務の人々の新たな役割

もうすでに起こっている未来ということでは、確かにそういう電子政府ができています。韓国なんかもエストニアほどではないですが、ある程度の電子政府ができています。

韓国というのは(冒頭に述べた)「電子政府」、いわゆる「パッケージの電子政府」ではないんですけれども、例えば確定申告なんかは全部数字の入ったものを送ってくる。だから、違っているところだけ修正する。違ったところがなければ、OKボタンを押せば、もう納税・確定申告がボタン1つで終わるというような、そんなところです。そういうことができていた。

それと、韓国の場合ですが、もう1つ非常におもしろいと思ったことがあります。電子化によって窓口にいた「健康保険の係」「住民登録の係」という人たちが、仕事がなくなっちゃうんです。そういう人をどうしたかと言うと、電子政府をやるためのパソコンのインストラクターにしたわけですね。

勉強してもらい、それを教える係になって、いろんな地方に教えに行ったんです。失業問題も解決すると同時に、そういうインストラクターは役所にいたわけですから、とにかく「電子行政に詳しい」というメリットを生かして、何かやったりしたようです。そういう話を聞きますと、やっぱり電子政府というのも1つの良い仕組みです。

エストニアに学んだ、小国が生き残るための発想

それから「仮想住民」を作るという発想もやっぱりすごい。「仮想住民」を作るというもう1つの意義としては、例えば他国から侵略されたときに、こういう(エストニアのような)小さい国だと国費の全部を使って核弾頭ミサイルを買ったって、ロシアに勝てっこありません。

だから、こういうソフトパワーで対抗します。例えばロシアが侵略して来そうになった場合、仮想住民が世界中にたくさんいれば、エストニアの人が声をあげると同時に、我々外野にいる仮想住民も、「ロシアさん、それはありませんよ。私だって仮想住民ですから、住民です。だからなんとかしなさい!」とか、あるいは、法人なんかを登録した人は「とんでもないです。私は日本に住んでいるけど、ここに会社を持っているんですよ。勝手なことをしないでください!」とみんなが声をあげてくれる。それも、安全保障。

さらに言えば、もうこの国では「情報こそが国家だ」と思っています。例えばロシアが来て占領して、「出て行け」「東シベリアの永久凍土のところに代わりに土地をあげるから、そこに引っ越しなさい」と言われたって、エストニアとしてはそのIDを持った人と、それからデータが一緒に東シベリアに行けば、そこにエストニアという国ができるんです。

だから国家というのは、地べたじゃない。情報が国家という発想。それが適切かどうかはわからないですけれども、とにかくその小さな国の安全保障だとか、将来・未来を考えていろいろ知恵を使っている。安全保障と言いますと「武力を行使する」という面ばかり強調されていますが、小国が生き残るためには「知恵やソフトパワーも使う」ことをエストニアから学びました。実際どの程度の効果が期待できるのかは分かりませんが。

日本の場合だと、人のあら探しをしたり悲憤慷慨したりしています。それも必要なことではありますけれども、やはり知恵を使って、こういう地球上がいろいろ難儀な時代に生きる方法を何か考えていかなければいけないのじゃないかじゃないかと、84歳のマーチャンは、愚考するのであります。

本日はどうも、ありがとうございました。

(会場拍手)