資生堂が感じている“危機感”と、変化を起こすための取り組み
木内文昭氏(以下、木内):では、続きまして荒木さん。ずっと資生堂さんの研究開発畑にいらして、少し前から新しい事業や新しい取り組みを始めていらっしゃるかと思います。R&D戦略部の中でも新しいことやっていこうとか、変わってきた兆しだったり、背景だったりとか、今取り組まれていることを簡単にお話しいただけますでしょうか。
荒木秀文氏(以下、荒木):はい、さっき木内さんから「先行してる2社」と言われたんですけど、我々はぜんぜん先行していないです。むしろ遅れていて焦っているというか、危機感がいっぱいというのが現状です。
なぜイノベーションが起こりにくいかというと、私たちの場合はやっぱりずっと化粧品を中心にやってきたんですね。ただ、お客様のことを見つめたときに、美しくなる手段って別に化粧品だけじゃないよなと。
最近はエステや美容医療が一般的になってきましたし、すごく危機感を持っています。なので今、資生堂という会社は日本の化粧品会社ではなくて、グローバルのビューティーカンパニーに生まれ変わろうという変革のさなかにあります。
化粧品からビューティーと少し定義を広げることになった場合、そのときに我々のいる研究開発を振り返ってみると、やっぱりそんなにノウハウというかアセットが揃っていないというところがあります。とても自前では難しいだろうなということがあって、もっとみなさんと一緒にイノベーションを作っていかないと、と思っています。
ちょうどこの4月に、研究所を移転しました。今までは横浜の都筑区というところで、別に悪いところじゃないんですよ。どちらかというと、横浜の中では住宅街のような中にあったんですね。でも、それではいろんな方とコミュニケーション、コラボレーションがしにくいかなと。研究員自身もファッション、トレンドを感じにくいかなというところがありました。
4月にみなとみらいに移転をしました。ちょうど3ヶ月、4ヶ月経つころです。あわせて7月1日にはオープンイノベーションプログラムの「fibona(フィボナ)」も立ち上げさせてもらって、その中のプログラムの1つとしてマクアケさんと一緒にやらせてもらう活動を、今慌ててやっていると感じでしょうか(笑)。
木内:はい、ありがとうございます。そういう意味では、オンゴーイングな取り組み中ということですね(笑)。横浜のイノベーションセンターの「S/PARK(エスパーク)」は一般の方も入館可能ですよね。
荒木:研究所はどうしても機密情報があるところなので、どうしても閉じたくなります。けれども、やっぱり私たちがこれからやっていきたい研究開発の姿はもっと開いていかないと未来はないということで、1階、2階をフルオープンにしています。資生堂のレストラン事業をやっている、資生堂パーラーが手掛けるようなカフェがあったりします。
一般の方がいつ来ていただいても楽しめるような施設もいくつか用意していますし、もうちょっと上の階にはオープンラボといって、例えばスタートアップのみなさんと一緒に組んで一緒に仕事をしていけるようなスペースもいくつか用意していたり、いろいろ準備はできています(笑)。
木内:はい、ありがとうございます。ぜひ興味がある方は、おうかがいいただければなと思います。とくに資生堂さんはエスパークが4月にできて、けっこうわかりやすくころっと変わろうとしている瞬間という感じですね。今変わりつつある、変わろうとしているけれども、一方でそんな簡単に組織や風土は変わっていかないんですね。
そこで感じられている、変わろうとしているかもなという兆しだったり、逆にちょっとこの辺は、やっぱり簡単じゃないなということがもしあれば、オンゴーイングなところとしてお話しいただける範囲でお願いします。すみません、難しい質問をしてしまいました(笑)。
優秀な社員のポテンシャルを100パーセント引き出せているか?
荒木:私の仕事はさっき言ったとおり、オポチュニティーのあるところにリソースを再配分すること。あと、仕組みを変えたりということです。やっぱり人が進めますから、本当に一人ひとりが変わらないとこれはうまくいかないんですよね。
幸いにして、資生堂はとくに女性に人気がある会社で、とっても優秀な方に入っていただけるんですね。どちらかというと、私も含めて優秀な方のポテンシャルを100パーセント引き出せてないミドルマネージメントがいるのかもしれません(笑)。
あとはなんていうんでしょう。新しい正解の姿を示すことができてないんじゃないかなというのがあります。世の中が変わっているのに、中がそれに合わせた活動に変わっていない。それは僕らがまだぜんぜんリードしきれてないというところに今、直面しています。
木内:なるほど。
荒木:助けてください(笑)。
木内:はい(笑)。ありがとうございます。そういう意味では、ミドルマネージメントとして私も含めて、この会場のみなさんもメンバーのパワーを100パーセント、120パーセント引き出せてきれてないみたいなのは、私も忸怩(じくじ)たる思いで今お伺いしていました(笑)。
今、NECさんがけっこう先行されている部分もあるかと思います。さっきのスライドでもお話しいただいたような新たな取り組みの背景、その変遷や苦労のポイントを少し細かめにお話しいただいてもよろしいでしょうか。
「新規事業は難しいよね」から脱却するために、グループポリシーを変える
北瀬聖光氏(以下、北瀬):そうですね。さっきも言いましたように、業績が悪くなると、なにか変えなくちゃいけない、がんばらなくちゃいけない。数字が下がっているので「新規事業だ!」というくせに、失敗しない仕組みがいっぱいあるんですよね。失敗しない仕組みの実態は、責任を取らない人が非難ばっかりする仕組みがいっぱいあるんですね。
こういうところをちゃんと作ってあげないといけない。「新規事業は難しいよね」というところから変えていくために、文化を変えようと思うと(会社にとっての)法律を変えなくちゃいけない。人事を変えなくちゃいけない。業績の評価方法を変えなくちゃいけない。
まずはグループポリシーを変えているのが大事なところです。さっき言ったように、ベンチャーを作りました。たった10人のベンチャーに対して、2万人とか10万人のNECのガバナンスルールを適用するっておかしいよねと。
そういうところを「正式に適応しなくていい」という除外ルールを作って、新しい事業をつくる、外で会社を作ったときにがんじがらめにならない、早く事業意思決定ができる、早く進めるようなルールを作ったりします。あとは、私たちの部門ってNECの中では珍しく、キャリア採用、外からの採用が非常に多いです。
(自分たちが)知らないことをするには、それを知っている(外の)人らとしなくちゃいけない。知らない素人集団が新事業を考えたって、それは勝てないんですよね。そういうところで、キャリア採用をしやすくするために、報酬などのルールを規制緩和しました。これはNECではけっこう画期的なんですよね(笑)。そうやってキャリア採用のルールも変えたりしました。
あとビジネスデザイン職種、新事業の人って、評価されにくいんですよね。変わり者だし、上の言うことを聞かない人が多いんです。そういう人も処遇しないと、新事業はできません。新事業開発者とデザイナーを処遇するために、ビジネスデザイン職種という新しい職種を作って、ちゃんとキャリアアップできるように、そして尖った人を処遇できるように、飛び級制度をちゃんと人事を絡めてつくったりしました。
本気で新規事業を進めるなら、業績評価制度も見直すべき
北瀬:あとは業績評価制度。新事業っていい人がやらないと難しいんですよね。いい人が、がんばれる人がやらないと、人が悪いのか、テーマが悪いのかがわからなくなる。だから「こいつがやっても成功しないんだったら、これはテーマが悪かったのか、市場が悪かったのかどっちかだよね」となるようないい人を連れてこなくちゃいけない。
でも、いい人って、評価されないところには来ないんです。そうすると、新事業って売上と利益が立ちにくい部門ですから、評価されにくいです。それを変えるために、まず新事業部門に対しての専用の業績評価制度をつくって、評価されるからいい人が来て、いい人が来るから楽しい事業ができるというかたちのルールをつくってきています。
プラス、最近NECは創薬事業をやるんだと。そのために定款も変えました。医薬品という言葉も定款に入っています。これも新事業をするためですね。
私たちは本気で創薬事業をやるんだ、「定款に書いてるでしょう」と示すために定款変更もしています。そういうことをしながら、NECの中でも新事業が生み出しやすくするルール、それとちゃんとメンバーと役員とかが会話ができるような仕掛けをつくってきました。
木内:はい、ありがとうございます。そのお話を聞いたときに、「NECさん、定款を変えるってどういうこと?」と、けっこうびっくりしました。今そういう状態にあって、かなりイケイケドンドンな感じになってきているんですが、そろそろ生々しい話をおうかがいしたいと思います(笑)。
最初からきっとそんなわけはなくて、ここにいろいろ書いてありますように、なかなか痺れるしんどい局面もありながら、北瀬さんが先頭に立たれていたと。大変ご苦労されながら作ってきたというところがあると思います。このオープンイノベーションの環境作りで、北瀬さんが入られたのってどの辺でしたっけ。
しんどい局面を乗り切るための大原則と「鮮やかな手のひら返し」
北瀬:2014年ですね。2013年11月なんですけど、2014年から本格的に動き始めました。このときは苦労しましたね。仕組み構築なので、やっぱりプロセスとかを定義するんですよ。「ビジネスモデルは」というときに、ビジネスモデルキャンバスというツールを使って会話できるようにしましょうということをやってると、そういう説明をしていくじゃないですか。
そうすると「事業をつくった経験がないやつ、頭でっかちな集団が来やがって」と非難されたりして、「こっちだって事業をつくってきたわ」とか思いながらです(笑)。
あと、途中のdotDataという会社は、NECの中でAIのど真ん中の技術で、最年少で執行役員待遇を受けたど真ん中のリサーチャーをカーブアウトして、北米で会社をつくったんですね。
この時も非難轟々ですね。「虎の子である事業を外に出すとは何考えてるんだ」と。「虎の子の人材にNECを辞めさせるとは、お前どこの社員だ」「倒産したら知財はどうなるんだ」とか、いろんな善意の温かいアドバイスをいただきました(笑)。
(会場笑)
木内:ありがとうございます。お話を聞くにつれ、「論理的に、MECEに言え」と言ったり、重箱の隅をつつかれたりして、全方位でどうやって対峙するのかというのがあったと思います。そうはいっても、説得して前に進んでこられたらから、さまざまな施策が「なし」から「あり」になってきたと思います。しんどい局面って、どんなスタンスややり取りで組織を通していったか、というところで意識されていたことがあれば、シェアしていただいてもよろしいでしょうか。
北瀬:一番はやっぱり原則ですね。「何のためにこれをやるんだっけ」というところです。何を言われても「いや、これをするんでしたよね」と。変な方向に走っても「いや、こうでしたよね」と。「このためにカーブアウトするんでしたよね」と、とにかく大原則をずっと決めてます。これがないとやっぱりくじけるし、やってる本人も辛くなっちゃうし、負けちゃうんですよね。
なので、大原則をちゃんと固めて、ちゃんと共感できるように話をすることです。あとはもうやったもん勝ちですよね(笑)。「これは投資する価値がある」「実現してほしい」「これはすばらしいと言ってる」「これだったらお金払うよ」という、やっぱりお客様の声です。
お金を払う声、お客様の声があれば、やっぱり経営者も「あ、なんかお金の匂いがしてきそう」「なんかうまくいきそう」となってきて、それからどっか潮目がガラッと変わります。こうなったらこちらの味方についてくれると。
今はほんとに応援してくださってるので、定款変更もできたんですよね。なにか言われても、大原則は維持しながらずっと貫き続けると「ああ、こいつら本気でやることはやり遂げるな」と人間として信頼が増えてくるので、今はすごくいろんなことがしやすくなってます。
木内:ありがとうございます。私は「鮮やかな手のひら返し」という言い方をします。そのタイミングが来るまで大原則を貫くみたいなものがポイントとしてあるというお話だったかと思います。けっこうみなさんと事前に打ち合わせをしている際に、組織変革も結局、各社各様の部分もあります。
会社や商品への愛着を抱きつつ、変わり続ける意志を持つ
木内:今のような共通項がありつつ、すごく印象的だったのが、やっぱり個人の意志の力だったり、やる気、熱量の問題がけっこうあるなというお話が冒頭にもあったかと思います。まず荒木さんにおうかがいしたいと思います。事前にお話をおうかがいしたときに、意志の力を貫くために「俺がやらなきゃ」みたいな、覚醒したタイミングみたいなものはあったとか、なかったとか(笑)。
(会場笑)
その辺り、少し組織を通していくための個として、「そのひと押しをやらなきゃ」と気づいちゃったタイミングみたいなものを、少しシェアいただけますでしょうか。
荒木:個人的にけっこう何回かタイミングはありました。直近のところでは、やっぱり自分が研究員から戦略を担うという仕事に変わったときです。それまでは自分の研究を見てやってましたから、ぜんぜん気づいてなかったんですが、世の中というか、マーケットの部分が変わっているのに、自分たちが昔のルールのままで勝とうとしているところにギャップを感じました。
これではちょっと未来は危ないなと。個人的には私は資生堂という会社が大好きで、やっぱりこの世の中を良くしていきたい、そのために貢献していきたいという個人の夢というか思いがあります。自分1人ではなかなか難しいけれども、資生堂という会社を通してそれを実現していきたいという個人のモチベーションですね。
そのときに、これはまずいと思ったんですね。自分はもちろん戦略で変えていこうと思っているんですけれども、突き詰めて考えると、「これけっこうもしかして、自分のエゴなんじゃないか」と思うこともあるんです。お客様のことを考えたときに、別に資生堂のプロダクトを使わなくったって、美しくなってもらえればハッピーじゃないかと思うんです。
資生堂を通じて良くしたり、商品を使っていただいて美しくなっていただきたいというのはもしかしたらエゴかもなと思いつつ、でもそれもありかなと。やっぱり健全な競争があってこそ、お客様によいプロダクトサービスを届けられると思うと、健全な競争をしていこうと。僕らもイノベーションをどんどん出して競っていこうというところに思いがあります。だから、一番はそのときですかね。
木内:はい、ありがとうございます。けっこう大企業の方と話してると、自分が入った会社が大好きだという方がすごく多いなと思っています。それは素晴らしいことだなと思ってるんですけれども、さっき荒木さんがおっしゃられたように、世の中がどんどん変わって変化のスピードが速くなっているなかで、よく聞くのが「うちはこういう会社なので、そんなにすぐ進まないんだよ」みたいな、慣性の法則が働く部分があります。
そこに気づいちゃった人もたくさんいると思うんですが、じゃあ変えてやろうとか、変える努力をしようとまではいかなかったり、踏ん切りがつかなかったりして、なんとなく自分ががんばらなくてもいいことになることが、けっこうあると思います。
そこで一歩、やんなきゃなとか進まなきゃいけないなとかいうきっかけだったり、普段から鼓舞されていることがあればおうかがいしたいです。
「情熱とアイディア」でスタートを切れるカルチャーへ
荒木:なんでしょう。鼓舞されてしているというよりは、本当は全体のカルチャーを変えたいんですよ。ただ、最初にどこに手を入れるかというところで、やっぱり変わりやすいとこから変えていくことかなと思っています。こういった動きとか、思いのある人をしっかりサポートすることかなと思っています。
もうちょっと具体的に言うと、新しいアイディアや「こういうことをやりたい」とちゃんと手をあげた人の想いは、絶対に拾わなきゃいけないかなと思っています。もっと言うと、「こういうことをやりたい」と言ってきた人の、アイディアと情熱を大事にしています。
行動で評価する。成果を取るとか、最初から「これ本当にできるの?」とか「いくらのビジネスになるの?」というのをやってしまうと、アイディアって絶対出てこないし、手も上がってこなくなります。僕は情熱、それからアイディア。この2つでスタートを切ってもらえるように変えていこうと思ってます。
木内:ありがとうございます。アイディアと情熱は、みなさんの話を聞いてても起点になるところだと思うので、なんだかんだ言って、すごく気になるんだろうなと。