先駆的な文化財活用に取り組む仁和寺の執行長

宗田好史氏(以下、宗田):第一部でいろいろと賢い(世界遺産の)活用の話をしていて、最後に二条城もちょっと話題になったりしましたが。今日は世界遺産の神社とお寺の方、「ON THE TRIP」(トラベルオーディオガイドアプリ)で多くの観光客のみなさんにどう文化を伝えていくかというお仕事をされていらっしゃる方、それから番匠さんが京都市観光協会を代表しておられるということで、みなさんにそれぞれのお話をいただきたいと思います。

紹介するまでもないとは思うのですが、仁和寺の執行長さんとして吉田さんにいらしていただいています。NHKがすでに仁和寺のお取り組みをご紹介されていますが、観光客のみなさんに写真を撮っていただいて、それを記録としてアーカイブしていくという取り組みをされています。まずそのことからお話をうかがおうと思います。自己紹介も一緒にお願いします。

吉田正裕氏(以下、吉田):仁和寺の執行長をしております。吉田でございます。私は広島の宮島出身でございまして、宮島も世界文化遺産に登録されている厳島神社がございます。その別当のお寺の大聖院(注:806年に開創された宮島で最古の真言宗御室派の寺院)で住職をしております。昨年から仁和寺の執行長に就任しまして、いろいろな事業の取り組みをさせていただいております。

今映っておりますのは、373年ぶりに修理した観音堂で、今年初公開させていただいた建物でございます。この取り組みはまたのちほど詳しくお話しさせていただいて、自己紹介とさせていただきたいと思います。本日はどうぞよろしくお願いいたします。

下鴨神社の権禰宜と観光アプリ制作会社の代表が登壇

宗田:では京條さんに、自己紹介と併せて下鴨神社もご紹介いただきます。

京條寛樹氏(以下、京條):下鴨神社の京條と申します。ふだんはお祭りの担当で、葵祭や年中の祭儀の担当をしております。加えて最近、神社に「糺(ただす)の森財団」という森を守る保全の団体がありまして、そちらの事務局としてさまざまな取り組みをしています。

そして今年いろいろ騒がれましたけれども、神社にラグビーとのつながりがあるということで、そういった事業にも取り組んでおります。本日は短い時間ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

宗田:あとでラグビーとのご縁をちゃんと伺いますので、よろしくお願いします。じゃあ成瀬さんぜひお願いします。

成瀬勇輝氏(以下、成瀬):成瀬勇輝と申します。よろしくお願いします。僕自身、旅や観光にまつわる事業をしていまして、「TABI LABO」というメディアを6年前に立ち上げて、3年ほど前に「ON THE TRIP」というオーディオガイド(アプリ)を作る会社を立ち上げています。

すごくわかりやすく言うと、美術館の入り口などでオーディオガイドを借りることがあると思うんですが。それを美術館だけではなくお寺・神社に行ったときに、その場で自分のスマホで体験できるようなオーディオガイドを作らせていただいています。

こんな感じでオーディオガイドを作っています。それを日本語以外にも、英語と中国語の簡体字・繁体字で作らせていただいています。

既存のオーディオガイドは、「いつ何年に誰が作ったか」という情報を紹介することが多かったんです。それを一つひとつの場所に紐づいた物語を通して、まるで映画を観たり、ドラマを体験するような感覚で、観光客の方にその場所を30分ないし40分くらいぐるぐる回りながらガイドを体験してもらうというアプリを作っています。

細かい話は、またのちほどできればと思います。仁和寺さん(のオーディオガイド)もやらせていただいていますし、京都だと先ほど市長から話があった大原の三千院さんとも体験を作ったりしています。またのちほどよろしくお願いします。

日本各地をバスで周りながらオーディオガイドを作成

宗田:この第2部のテーマは、観光コンテンツとしての世界遺産の活用なんですが、まさに成瀬さんがおやりになっているスマホ(のアプリ)で、これだけ多くの情報を現地で体験してもらう、それも多言語でということになっていますので、可能性としてはかなりおもしろいことになる。そのときに、こういう寺や歴史があることを伝えるだけでいいのか、というのが今日の大きな話ですよね。

成瀬:そうですね。ちなみに今ちょっとバスが映っているので、たぶんみなさんが「なんだこのバスは?」と思われると思うんですが(笑)。実際に僕たちが場所ごとの物語や企画を作っていくこと自体が非常に大事だと思っています。実は、このバスをオフィスにして日本各地を転々としながら滞在しながらガイドを作っていて、めちゃくちゃ暑くてめちゃくちゃ寒いわけなんですが(笑)。

今は福岡の太宰府天満宮に滞在していて、このあとは非常にあったかい沖縄に滞在しながらガイドを作るというかたちで。京都も含めて、日本各地のいろいろな場所に滞在しながらガイドを作っていくことを大事にしています。

宗田:新しいことが最初に起こるのが京都だったりしますので、そういった意味ではこういったコンテンツの活用もまさに京都らしいなという感じがします(笑)。

成瀬:ありがとうございます。

宗田:では番匠さん。

京都の観光名所を支える裏方・京都市観光協会

番匠宏明氏(以下、番匠):京都市観光協会の番匠と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします。私も観光協会に身を置きながら、まだまだ京都の観光のことを勉強しながらの毎日ではございますが、本日までの会議にブースも出させていただいておりました。

「とっておきの京都プロジェクト」という市長のお話もありました。分散化におけるところのエリアの部分ですね。「私だけの京都を見つけました」と。市内中心部以外にもたくさんの魅力があることを少しでも伝えていこうということで、こういう事業に携わっております。

それ以外には、人材の担い手のお話がございましたが、京都市が認定する通訳案内士、通訳ガイドの育成事業にも携わっております。右は二条城での写真でございます。

やっぱり二条城もあれだけ広い建物、敷地がございますので、パンフレットも十分充実はしているんですけれども、1日2回英語と日本語のガイドツアーを毎日、もう2年くらい続けて実施させていただいたり。

季節の分散という意味でいきますと、本日もお配りさせていただきましたが、第54回の「京の冬の旅」ということで、JR西日本さんはじめいろんなみなさまと一緒に、夏と冬の京都の文化財のご紹介をさせていただいています。

時代やお客様のニーズに合わせた「京都らしい体験」を企画

番匠:今日お越しの仁和寺さんも下鴨神社さんもよくお世話になっておりまして、今の季節だったらこういうものが見られるよ、というお話も聞きながら、いろんな(文化財を)公開(する)事業をさせていただいています。

これはバスツアーの立ち寄り先を写真でピックアップしているんですが、文化財以外にも、少し挑戦的な意味も含めて、香りというものをコンセプトにつないでみたら、京都観光ってどういう回り方ができるんかなぁと考えて。

右上は無鄰菴(むりんあん)さんのお庭です。真ん中にブルーボトルさんのコーヒーの写真があるんですが、1つはお庭をお手入れする方も、コーヒー1杯を入れる方も、お漬物を漬ける職人さんも、みなさんが京都のものづくりであったり……とくにお庭であれば、おそらくずっと変わらず昔から、そしてこれからもという想いを持って(手入れを)されています。

そういった方々の想いと、香りを楽しむという京都らしい体験を通じて、京都に興味を持っていただけたらということで、こういうこともさせていただいております。

いろんな業界のみなさまからすると、もっと先んじられている方はたくさんおられるかと思うのですが、実は先ほどの「京都の冬の旅」なども54年やってきたんですが、やっとこういうかたちでWebでの事前予約を受付させていただけるようになりました。ちょっとここらへんの背景は、またお話の中でいろいろご紹介させていただけたらと思います。よろしくお願いします。

宗田:ありがとうございました。お客様の趣向も日々変化しますし、それぞれいろんな時代の要求もあるとは思うんですが。そのことと常に反応する京都市観光協会の取り組みは、大変興味深いものがあるかと思います。

ではお待たせしました。仁和寺さんにもう一度戻りまして、観光客のみなさんにいろいろご協力いただいているというお話をいただこうと思います。

観光客と協力して、370年前の名刹を維持・修復するデジタルアーカイブを作成

吉田:仁和寺は今から1131年前、888年に第59代の宇多天皇によって開かれたお寺でございます。そのときの年号が仁和4年でしたので、仁和寺というお寺になったわけですけど。それ以来30代に渡りまして、天皇、天皇のお子様、天皇のお孫様が住職、門跡をしていただいたお寺です。

今から551年前の応仁の乱のときに、仁和寺も西軍の駐屯地になっておりましたので、すべて焼けてしまいました。その170年後に徳川3代将軍家光さんによって再建をしていただきました。その当時のお金で24万両、今ですと300億円に近いお金で、今の建物がすべて完成するのですが。

2016年の熊本地震で崩れた石垣を修復するのに写真が残っていなかった。観光客の方が撮った写真を見て、復元することができたというようなニュースが流れておりましたけど。

仁和寺もやはり370年経って、ずいぶん経年劣化しておりましたし、最近は昨年と一昨年の台風21号でずいぶん建物が傷んでまいりまして、修復をしていかなければならない。もともとの姿を守って行かなければいけないということで、数年前から高精細画像のデジタルアーカイブで、すべて記録を取るようにしてまいりました。

今回みなさま方にご協力いただきましたのは、仁和寺も昼間の写真、また内部の写真はずいぶん撮っていたんですけれど、夜の写真やいろんな角度の写真が残ってないので、それを来ていただいた方にご協力して撮っていただこうということで、春の青もみじと秋のライトアップをさせていただきました。 その結果、それを使っていろいろと公開するものができたりしているんですけど。

これもちょっと金額を高めにいたしまして、ゆっくりとみなさん方に撮っていただく。それも三脚を立てて順番に撮っていただく。今回は通常のライトアップとは違うかたちでたくさんの写真を撮っていただき、東京カメラ部のみなさんと一緒に仁和寺を残していくという取り組みをさせていただきました。

またそれがいろんなところにアップされまして、これから仁和寺の記録が残っていくのではないかなと思っております。

観光客が撮った写真を、観光資源のPRや修復・保存の資料に利用

宗田:変われば変わるもので、というのは、世界遺産に登録されたお寺や神社の肖像権というものがありまして。せっかく世界遺産に登録されたんだから、ユネスコは当然なんだけれども、けっこう厳しいことをおっしゃるお寺さんや神社さんがあって。「勝手に写真を掲載するな」と言われたりするわけですよね。

でも、今の仁和寺さんのお取り組みはまったく正反対。「ぜひ撮ってくれ」と。あなたが撮ってくれるから仁和寺は有名になるし、みなさんの記憶に、あるいは社会に広まっていくんだということだし。それを将来の世代に向けて、なにか災害が起こったときに使える資料になるかもしれないから、その資料作りに協力してくださいということですから。だいぶ変わりましたね?

吉田:そうですね。文化庁も文化財を保存しましょうというところから文化財の利活用ということをずいぶん言われるようになりましたので。国宝、重文を持っているお寺自らがその文化財を利用して収入を得て、そして保存をしていきなさいということで。

仁和寺としても、今後も所蔵している国宝や重要文化財をいろいろと活用させていただいて、保存をしていきたいなと思っております。

宗田:写真を撮っていただくんだったら、それなりに十分なご奉仕もいただくということで活用を図っていこうというお取り組みですね。喜んでご奉仕を払ってくださる方がおられるのだろうと思います。ありがとうございました。続いて京條さん、ラグビーの話をぜひ。

下鴨神社は、日本人同士でラグビーの試合が初めて行われた場所

京條:最近いろんな取り組みをやっているんですが、基本的な立場として、先ほど市長もおっしゃられましたけれども、「保存のための活用なんだ」と。仁和寺さんもおっしゃられたとおり、我々としては毎日のお務めやお掃除、傷んできた御社殿をご修復したり、糺の森の整備をすることが第一義ですので。

たくさんのお参りの方や観光客の方がご参拝になるときに、やれ掃除はなってない、修理はされてないというわけにはいかないので。それをやるためにいろんな取り組みをしておるということを、まずはご理解いただきたいなと思います。

先ほど(徳川)家光さんからすごいお金をもらって、というお話がありましたけれども。世界遺産になっているような社寺は国が面倒を見てくれていたり、そういった大きな権力が作ってくれる場所ですので。現在のような状況ですと、我々なんか数十人の職員がいるだけの零細企業ですから、ご修復に何億、何十億かかるというのは、自力での管理としてはほぼ不可能なんですね。

そういったときに、国も含めて、お参りの方などのいろんな方に助けをいただいて維持していくというのが、まず根本にあるということでございます。

近年いろんな取り組みをやっておるんですけれども、今年やったのはラグビーとのつながりですね。下鴨神社は、明治43年に京都大学の学生が慶應大学の学生と初めてラグビーをやった場所なんですね。

日本人同士が初めてやった場所だということで注目を浴びまして、2017年に京都の迎賓館でラグビーワールドカップの抽選会が行われたんですね。そのときに、当神社でお正月にやっている蹴鞠をご覧になりたいということで、抽選会のあとに、世界中のラグビー関係者に境内での蹴鞠を御拝観いただきました。

ラグビーをやったという場所に、今石碑があるんですが、その石碑の横に小さいお社があります。これはまさにラグビー(ボール)の第一蹴の場所の横にあるお社なので、「ラグビーの神様だ」とおっしゃる方が出てこられたんですね。これは別に我々神社が勝手に言ったわけではなくて、そういうふうに思われたんですね。

そして、だんだんそのお社にラグビーの形をした鈴が奉納されたり、お賽銭箱を奉納してくださったりということがありまして。我々の言葉に「神は人の敬によって威を増す」という言葉があります。神様を信仰する方々のお気持ちで、だんだんお社がラグビーの神様になっていったんですね。

そういったことをやっていますと、今年の日本代表の4連勝もあって、世界中からラグビーのファンがご参拝になった。それがなければ下鴨神社に来られていなかったような方々がたくさんおいでになって、神社を知っていただいてご参拝になった。そういったことにもつながるということで、最近はそのような取り組みをいたしました。

神社にとって、森は神が宿る聖地

宗田:ありがとうございます。下鴨神社さんは糺の森財団のご紹介もいただきましたが、糺の森を守ることに大変熱心なお取り組みをされていて。森そのものが御神体と言いますか、神が宿る場所であるというかたちで守っていただいている。そういった意味からするとスポーツもそうですが、環境保護のみなさんにとってもとても重要な聖地ということが世界に伝わるといいですね。

京條:そうですね。神社というのは基本的に森がないとダメなんですね。やっぱり「森に神さんがいるんだな」という感覚を古代の日本人が持っている。これはけっこう東アジアでは一般的らしいですけれども。インターネットで世界中の観光地や世界遺産を見ることはできると思うんですが、やっぱり実際に参道を1キロくらい歩いてもらって、森の霊気を浴びて初めて御本殿に至って頭を垂れるお気持ちになると。

神社という場所は、お参りいただいて初めてその良さなどがわかると思いますので、そういったきっかけ作りをするという意味で、いろんな取り組みをしています。

宗田:ありがとうございます。京都の人、あるいは日本人ならという前提で森に神は宿るということはわかるのでしょうが、それを世界の方にどう伝えるかということが大きな課題になる。それは成瀬さんのところだと、まさに世界の人々こそがそれを求めているんだというコンセプトで、オンザトリップをおやりになっている。

観光は「見に行くもの」「体験するもの」から「どう在りたいか」へ

成瀬:ありがとうございます。これ(スライド)三千院のページまで戻してもらっていいですか?

今日は観光がテーマだと思うんですけれども、観光って英語ではよく「sightseeing」と言われるんですが。みなさん今までは「seeing」という、まさに見に行くというところを大事にしていたわけですね。

観光という領域において、今はそれが「sightdoing」として、どちらかと言うと、そこに行って何を体験をするかが大事だと徐々に徐々に言われている。

ただ、それがさらに変わってきていると思うのが、「sightdoing」から「sightbeing」と言われる、いわゆる「どう在りたいか」と言いますか。その場所に行ったときに、その人たちが来たときにただ見てだた体験するだけじゃなくて、「その場所に行った自分たちがどう感じるかとか、人生でどう在りたいか」ということを省みること。妙心寺退蔵院の松山さんともお話ししていて、僕は観光には、このbeingを考えるきっかけを与えることが非常に大事になってきているなと思っているんですね。

じゃあどう在りたいかと考えるうえで、まさに先ほどの日本の神社の自然を大切にする考え方やお寺の考え方、そういったある種の物語みたいなものを来た人たちがちゃんと理解して、それを知ることによってわかることは非常に大きいなと。

だから、僕たちはオーディオガイドを作らせていただいて、日本語だけじゃなくて、海外の人たちにもその場所の物語を知ってもらっています。

先ほどみなさんに単なるオーディオガイドを作っているわけじゃないという話をしたんですが、僕たちの1つの取り組みをお話します。大原にある三千院というお寺で、オーディオガイドを作らせていただいているんですね。

極楽浄土、つまり来世や未来に祈るというのはどういうことなのかというのをテーマにオーディオガイドを作らせていただいて。境内を巡りながら、みなさんが未来に祈るのはどういうことかを感じてもらうようなガイドを作らせていただいたんですが。

そのガイドのフィナーレに、来た人たちに「3年後の自分に向けて手紙を書こう」というような体験を作らせていただきました。まさに来た人たちがただ受け身になって聞くだけではなく、最後に自分たちとしてもどう在りたいかを考えるような取り組みをさせていただいたり。

飴玉を舐めることで「禅」の入り口を体験

成瀬:ちょっと次のページに行けますか。これは実は、飴玉を通して禅を体験するという取り組みを、妙心寺の退蔵院というところでやらせていただいているんです。「飴玉で禅ってどういうことだ」と思われると思うんですが(笑)。

実は妙心寺退蔵院の副住職とずっとお話している中で、「禅自体は体験がすべてだ」と。禅を体験してもらうのが一番いいんだけれども、なかなか体験するのは難しいという中で、オーディオガイドの中で「禅とはどういうものなのか」をたくさんの言語で作らせていただいて紹介させていただいています。

その中で、禅の修行で「行住坐臥」と言って、立っても寝ていても座っていてもいつでも修行ができる。掃除をするときには掃除のことだけに意識を集中することで、禅の修行の入り口に立てるんじゃないかという考え方があって。

みなさんふだん、飴玉を舐めるときに飴のことだけに意識を向けることってなかなかないと思うんですよ。歩きながら仕事しながら、飴を舐める。ただ、飴を舐めるときに飴のことだけに意識を向けることが、もしかしたら1つの禅としての体験のきっかけになるんじゃないかということをお寺の方々と話したときに、「これはもしかしたら禅かもしれない」という話をいただいてですね。

オーディオガイドでこの「ひと粒の禅」という体験を伝えながら、それもフィナーレというか、本堂で座りながら飴玉を舐めることに意識を集中することで、禅の入り口を体験できるようなものを作らせていただいたりしています。これはまさに、それぞれ来た人たちが自分の内面と向かい合うような、ある意味内面旅行というか、自分に気づくインナートリップにつながる。

観光は“光を観る”と書くわけなんですが、もともと国の光を観るというのが中国語の語源だったんですが、今はもしかしたら自分の中に光を見つけることも1つの観光ということで、大事なキーワードになっているんじゃないかなと僕は思います。

宗田:WTOが「旅をするとあなた自身が変わる」というキーワードを出している。良く変わる、そしてあなたの周りの社会も変えていくんだということですが。まさに体験を演出するということなんですね。

成瀬:そうですね。

来世に祈るために作られた三千院で、3年後の自分への手紙を書く

宗田:この前のスライドは、若い女性が3年後の自分に手紙を書いている画なんですか? 

成瀬:そうです。まさに3年後の自分に手紙を書いている。

宗田:三千院と聞くと、般若心経の写経をした経験はあるんだけれども、3年後の自分に手紙を書くことで、やはりなにか発見がある。これも1つの禅かもしれませんね。

成瀬:当時は往生極楽院という、この真ん中にあるところで来世を祈っていました。平安末期から鎌倉初期にかけての飢饉や災害が非常に多かったときに来世に祈る、極楽浄土に祈ろうと集まってきたお寺という経緯があったので。

だったら今の人たちにも未来を祈るということを考えてもらいたいなということが、まさに三千院でしかできないというか、三千院でこそやる意味があることだなぁというふうに思いまして。そこで来た人たちに未来を考えてもらいたいと。

ただ今の若い人たちに未来を考えようなんて言ってもなかなか難しいと。なので3年後だったらもしかしたらちょっとイメージがつくんじゃないかと。わりと今の人たちにも想像しやすいような体験を作って、それをとっかかりにして中に入ってもらうというような取り組みをしたいなと思いまして、こういう取り組みをしています。

宗田:これは実は深いテーマで、中国とかインドで若者に「20年後30年後の未来は良くなっていると思いますか?」って聞くと、6割7割の方が良くなっていると答えるんですね。日本で同じことを聞いても6パーセントとか5パーセントなんですよね。

本当に若い人が未来を見失っている時代だから、まさに三千院の極楽浄土を、いい題材を選ばれたなぁということに感心しますね。確かに未来を見るということはとても大事なことかもしれません。ありがとうございます。

成瀬:ありがとうございます。

多くのお客様に来てもらうための施策と、一人ひとりに刺さる体験の両立の難しさ

宗田:じゃあ番匠さん。アジアのお客様もだんだん増えているようですが。

番匠:私は今の業務もそうなんですが、観光協会というと、比較的日本人を観光のお客様としてお迎えするための事業を続けておりまして。先ほどの冬の旅はもう54回目。また機会があればご覧いただければと思うのですが、だいたい600円とか800円くらいの拝観料で3ヶ月弱くらいお寺様、神社様、文化財様のご協力をいただいて、ぜひそれを見に来てくださいというビジネスモデルをずっとやってきたと。

当然ながら、これはお寺さんにとってもその時期にたくさん来ていただくことで、お庭の維持管理であったり建物修繕にあたったり(したい)という思いがあって。そういうことを実現するための1つの手段でもあったのかなぁと思います。

そういう経緯がありますから、やはりできるだけたくさんの方に来てくださいという発想に基づいて作られた仕組みでございます。非常に理に適っている部分はあるのですが、今の成瀬さんのお話などと照らし合わせると、来ていただいた方にどこまでストーリーが伝わっていくのかな、というところも少し気にしている部分ではあります。

先ほど冒頭にありました通訳ガイドの写真もそうなんですが、京都市ビジターズホスト(京都市認定通訳ガイド)のみなさんにはいろいろ教えていただくことも多くてですね。

やっぱりお客さん一人ひとりがいろんなバックグラウンドを持って京都に来て、そこに行ったときに、ガイドがなぜ観光客のお客様をそこに連れて行ったのか、そこでお客様に何を伝えると喜んでもらえるのかは、その場の会話を重ねた中で適切な伝え方が見つかるんだということを、非常に人気のあるガイドの方から教えてもらったことがあります。

どうしても数を追っていくとそういうところが手薄になっていきますし、かと言って数名のためになにかの企画をするのも現実的にはなかなか難しいところがあります。観光協会というよりはこれからの観光、お寺さん、神社さん、文化財さんをどう観光客の方にお伝えしていって、観光客の方のお気持ちや来ていただいたことがどう地域のみなさまのメリットとして伝わっていくのか。

なによりも、その対価として観光の方になにを持って帰っていただけるのか。長年続いてきたいろんな観光のかたちはあるんですが、そこを活かしながらも少しずつ変化を加えていくタイミングに来たのかなというのは、昨日今日のお話も聞きながら感じるところでございます。

宗田:ありがとうございます。