事故による両下肢まひを乗り越え、ライブやTVで活躍する車椅子のアイドル

——まずはじめに、猪狩さんのこれまでのご経歴と主な活動について簡単にご説明いただけますか? 

猪狩ともか氏(以下、猪狩):はい。私は専門学校に4年通って、卒業後に芸能事務所に入って、芸能活動を開始しました。主にはライブ活動なんですけれども、埼玉西武ライオンズの本拠地・メットライフドームで始球式(注:猪狩氏は埼玉西武ライオンズファンで、3回の始球式に参加)を行ったりもしています。

また、けがをしてからは(※注:2018年4月に猪狩氏が強風で倒れた案内板の下敷きになり、脊髄損傷で両下肢がまひするなどのけがを負われた事故)、パラ応援大使に任命していただいたりしています。

あとは、NHKの『パラマニア』という番組にレギュラー出演させていただいています。小学生の頃から「モーニング娘。」さんが好きだったので、芸能界に入ったきっかけはそこだと思いますね。

それから、私が事故に遭う前からの体験などを元に、前向きになれる言葉をエッセイ的な感じで書いた本が、5月8日に発売されます。

100%の前向き思考――生きていたら何だってできる! 一歩ずつ前に進むための40の言葉

——つい最近も生誕祭(注:アイドルやファンがメンバーの誕生日を祝うイベント)や、たくさんのライブに出演されていて、お忙しいと思うんですけれども、今は年間どれくらいライブに出演されていますか。

猪狩:月に1、2回なので、年間だと20~30回程度ですかね。でも、もともとは365日、毎日ライブをしていたので。お休みがないような時期もあったので、今はぜんぜん少ないという感じですね(笑)。

心ない言葉に挫けず、自分がやりたいことを貫けばいい

——大きな事故に遭われた後も、アイドルを続けようと決めた理由を教えていただけますか?

猪狩:そうですね。事務所の方をはじめ、メンバーやファンのみなさんも、「待ってるから」「支えるから」と言ってくれて。周りのみんなのことも、アイドル活動をすることもすごく好きだったので、辞めるという考えには至らなかったですね。(周りのみんなも)「続けてほしい」というふうに言ってくれました。

——なかなか前例のない挑戦だったと思うんですが、どうやって乗り越えてこられましたか?

猪狩:まあ、なにをやっても、きっと心ないことを言ってくる人はいるので。そこは、自分が「やりたい」と思っていることを貫けばいいと思っています。

私はけっこう世間の言うことを気にしてしまうんですけど、その都度、うまく消化していけばいいかなという考えでしたね。私は基本的になんでも人に話すタイプで、「こんなこと言われた」「こういうことが書いてあった」ということを聞いてもらって、発散していました。

あとは、事故に遭う前も、つらかった出来事を笑い話にする傾向はありましたね。笑い話にすることで、ただつらいというより、ちょっとおもしろい出来事として捉えられるというか。

——そうなんですね。本のタイトルが『100パーセントの前向き思考』とあるので、めちゃくちゃポジティブな方なのかなと思っていたんです。

猪狩:(笑)。あんまりポジティブな性格ではなかったような気はするんですけど、そういう言い方をすることで、自分を鼓舞するというか、前向きな考え方に持っていくという感じですね。

バリアフリー設備が欠かせない人がいることを理解してもらう大切さ

——話は変わりますが、車椅子で生活をされるようになってから、例えば東京都内を移動するときに、困ったり不便を感じたりする時はありますか?

猪狩:基本的に車移動なので、そこまで困ったことはないんですけれども、たまに電車で移動するときは、ベビーカーのお子様連れの方たちもエレベーターを利用するので、すごく渋滞が起きますね。

あと、車椅子に乗っているので、横幅が広い改札じゃないと通れないんですけど、そこも向かい側からどんどん人が来て、流れがずっと止まらずに通れなかったりしたこともあります。でも、そういうときって、改札の向こう側で車椅子に乗っている人は、みなさんの目線からは見えないと思うんですよ。だから、悪気はないと思うんですよね。

そのときは母と一緒にいたので、母が「すみません。通してください」と声を出してくれて「通れた~!」という感じでした。今はあんまり1人では行動していないので、一緒にいてくれる方がちょっと前に立ってアピールする感じになると思います。

——もし駅や街中で、車椅子の方が困っていそうなときは、どうしたらいいでしょうか?

猪狩:そうですね。手伝いたい側の人もなにをどう手伝えばいいのかがわからないと思うので、まずは「何かお手伝いしますか?」という声かけがベストだと思います。

あとは、車椅子優先になっているところがあること、それを本当に必要としている人がいることを、まず理解してもらうことが大事だと思うんですね。

設備などの環境だけが整っていても、例えばトイレなどもそうですが、「だれでもトイレ」は、だれでも(使いやす)すぎてしまうというか、本当に必要な人が使えなくなってしまうようなことも起こっていたり。「なぜ幅が広い改札があるのか」を意識してもらえたりしたら、もう少し移動をしやすくなるかもしれないですね。

階段で声をかけてくれた、見ず知らずの人の思いやり

——これまで周囲の方にしてもらって良かったこと、心に残っていることはどんなことですか?

猪狩:私が心に残っているのは、どうしても2階建ての2階に行かなくてはいけないことがあって。父が車を止めている間、階段の下で待っていたんですね。父におんぶしてもらって上がる予定だったんですけれども、そこに通りかかった人が、「上に行くんですか? なにか手伝いますか?」と声をかけてくださったんです。

見ず知らずの方が、ちょっとした1段とか2段ではなくて、階段1階分をお手伝いしようとしてくれたことが、私はすごくうれしくて。ああ、こういう人もいるんだという発見がありましたね。

私自身、自分が車椅子生活を送るまでは、障害のある人がどんなことに困っているのかとか、どういう障害の人がいるのかをほとんど知りませんでした。でも、番組でいろんな方と共演したり、自分自身が外に出ることで、たくさん知ることがあって。

さっきも言ったんですけど、その中で一番大事なのは、やっぱりまず知ることからだなと思っています。みんなもきっと、知らないから優しくすることができないというか。どうしても色眼鏡で見てしまうところがあると思うので、いろんな人がいるのを知ることが大事だなと思いました。

行儀が悪く見えたりする行動にも、理由があることを知ってほしい

——車椅子でない人には、例えばどんなことを知ってもらえたらいいでしょうか?

猪狩:車椅子だけじゃないですけど、やっぱりみんな、なにかしらやりづらいことや不便さがあるので……なんだろうな。

例えば、私は休憩中に足がむくんでしまったり、血流がどんどん下に溜まったりしてしまわないように、たまに足を上げているんですけど。それって、見た目的には行儀が悪く見えるので、私はマフラーで足下を隠したりしています。

そういうことも、訳あってやっていることだから。知らなかったら、ちょっと「えっ」と思ってしまうかもしれませんけれども、やっていることには、なにかしら理由があることを知ってくれたらいいかなと思います。

あとは、映画館とかに行ったときに、普通、人ってずっと座りっぱなしのときはたまに姿勢を変えたりするじゃないですか。でも、私は下半身がまひしているので、自分で時間を見て、何十分おきとかに少しお尻を浮かしたりしなきゃいけなかったりするんです。

それが映画館だとすごくやりづらいんですよ。後ろの人の視界の邪魔になっちゃうかなと思ったり。でも、そういうのは周りに当事者の人がいないとわからないことだと思うので。

理想の街は、障害のある人もない人も過ごしやすい場所

——猪狩さんは車の運転もされていたりと、すごくいろんなことにチャレンジされているなと思うんですけれども、車椅子でもいろんなことができるというのは、ご自身でもけっこう情報収集されているんですか?

猪狩:そうですね。入院していたのがリハビリ病院だったんですけれども、そういうところは知識も豊富なので、入院中にいろんなことを教えていただいた感じです。車が運転できることもそうですし、あとは、「こういうところは買い物しやすいよ」とか。ショッピングモールは車椅子用の駐車場やトイレがあったりして、設備が整っているので、やっぱりすごく買い物がしやすいですね。

——逆に行きづらいのはどういうところですか?

猪狩:うーん。あんまり都内のごちゃごちゃしたところは行こうという気にならないですね。竹下通りとかも、坂じゃないですか。もう(笑)。

——確かに。逆に、猪狩さんが「こんなふうになったらいいな」と思う街はどんなイメージでしょうか?

猪狩:障害のある人が過ごしやすいということは、きっと障害のない方も過ごしやすい場所だと思うんです。今あるものを直していくのは、時間も費用もかかるから大変だと思うんですけど、これから新しく作られるものは、すべてユニバーサルデザインになっていったらいいなと思います。

例えば、階段しかないような場所は、お店の方などに言えばきっと手伝ってもらえるだろうけど、どうしても気が引けてしまって、まず「行く」という考えに至らないんです。

でも、どうしても立地的に2階にしか作れないような場所もあると思いますし、難しいですよね。もしできたら、エレベーターとか昇降機とか、スロープがあればいいなと思います。

パラリンピックに現地リポートやコメンテーターとして関わりたい

——今はネットでもいろいろな情報が調べられますが、行きやすそうな場所はどうやって見つけていますか?

猪狩:私は友達と御朱印を集めているんですけど、例えば「今回は群馬に行きたいね」となったら、まずは「群馬 神社 バリアフリー」などで検索したり。事故に遭った去年の夏、入院中から集めはじめて、もう10ヶ所ぐらい行きました。今は関東圏内の車で回れるところが中心なんですけど、いずれは関東圏外にも行ってみたいですね。

あと、私が神社に行くときによく見ていたのは、「バリアフリーマップ」というサイトなんですけど、そこで神社以外のこともいっぱいまとめてありました。

——今後やりたいことや興味があることを聞かせていただけますか?

猪狩:そうですね。2020年はパラリンピックがあるので、やっぱり、そこで現地リポートとかコメンテーター的ななにかに関われたらうれしいなと思っています。あとは4回目の始球式とか、便利グッズの開発みたいなことをやってみたいです(笑)。

例えば、下に落ちちゃったものを拾ったり、もう寝ようと思ってベッドに移ったあとに、ちょっと遠くのものを取らなきゃいけないときに、ベッドから車椅子に移るのはすごく根気がいるんです。そういうときに、マジックハンドがけっこう役に立ったりするんですね。

たぶんすでにあるんだろうなとは思うんですけれど、伸縮するタイプのマジックハンドがあったら、おでかけするときは小さくして持っていって、いざ使うときに伸ばして使えたら便利だな、とか。

——旅行先にも持っていきやすいし、あると便利そうですね。最後に、1月28日に猪狩さんがご登壇される、アクセシブル・ツーリズム推進シンポジウムについて、コメントをいただけますでしょうか。

猪狩:そうですね。バリアフリーなどに興味関心がある方に来ていただけたら、きっと理解もより一層深まると思います。あとは、なにかちょっとでもお手伝いしたいなと思ってくださっている方も、来てくれたらうれしいです。

——本日はお話ありがとうございました。

猪狩:ありがとうございました。