「アイデンティティ」と自己表現

佐久間裕美子氏(以下、佐久間):みなさん、こんにちは。今回モデレーターを務めさせていただきます、佐久間裕美子と申します。よろしくお願いします。

(会場拍手)

ありがとうございます(笑)。今回「ファッション」というテーマで誰と話をしようかということで、若林さんから最初にご相談を受けたときに、いろいろ考えました。今、「アイデンティティ」ということが強く言われるようになっている世の中で、「アイデンティティを自己表現の中でやってる人がいい。強く打ち出してる人がいいんじゃないかな」ということで、今日はこのお二人に登場をお願いしました。じゃあまず、自己紹介からお願いします。

ラブリ氏(以下、ラブリ):ラブリです。何をやってるかと言ったら、そもそもは芸能人というものを5年~6年ぐらい前からやっています。そこから自分の表現活動とか、言葉のほうというか……自分では外側と内側と言っています。内側のお仕事のときは、最近は「白濱イズミ」という自分の本名でやっています。外側の、見た目とか表面的なお仕事は、「ラブリ」という名前でやってます。

佐久間:じゃあ、Shun Watanabeさん。

Shun Watanabe氏(以下、Shun):僕はスタイリストをやっていて、今はクリエイティブディレクションとスタイリングをやってます。雑誌とかアドバタイジングとか、芸能人の人のもちょこちょこ、という感じです。

脱・外見主義の潮流の一方で、外見で判断され続ける芸能界

佐久間:はい。「本当に欲しい見た目は何か」と言うと、今ルッキズムから脱却するという、外見主義とか、外見で人をジャッジするみたいなことから、脱却しようという世の中の流れもあります。それはすごく大切な考え方だと思うんだけれども、一方で人に会ったときに、自分の見かけでまず印象が決まったりする。あとファッションは1つの自己表現であって、どういう服を着るか、どのように着るかということが、アティチュード、表現の手段の1つでもあります。

そういうことを前提に、ちょっとお話を聞いていきたいと思います。ラブリさんはまず……。

ラブリ:いいよ、ラブちゃんで(笑)。

佐久間:(笑)。ふだんはラブちゃんと呼んでるんです。ラブちゃんはモデルで活動しています。私もそういうモデルさんを撮影するような仕事をやってたときもあったんですけれども、どうしても本当に外見のみで……例えばオーディションとかに行って、外見のみでジャッジされる。自分が何を考えてるかとかいうことを、まったく差し引いて、見かけだけでジャッジされちゃう。

ラブリ:基本的にオーディションというのがある。結局、オーディションに落ちる人のほうが多いし。

佐久間:はいはい、そうね。受かるほうが少ないからね。

ラブリ:落ちたら否定されているような気持ちになる。落ち続けると「自分は、何もないと思われてるのかな?」みたいになるわけですよ。やっぱりそれを経験して思ったことは、落ちる・落ちないじゃないんだなと。受かる・受からない、というようには感じてます。

でも、どういう番組に出るかとか、どういうポジションか、雑誌でもどの雑誌に出るか、どのメディアに出てるか、どのモデルさんと並んでるかという、やっぱり「メディア」というお部屋がある。その中に自分がいて、どの部屋にいるかによって勝手に決めつけられているというのはある。

例えば私は、がっつり芸能人をやっていた時期もあるし、バラエティにすっごく出てた時期もあったんですよね。そうなるとやっぱり、たった1時間のバラエティ番組の中のラブリという像が、その番組の中の私なわけですよ。

だから、私が内側で「こういうことを思ってます」とか、表現、自分が発信する言葉とかが、結局何層もバラエティ色のフィルタを通る。そのたった60分間で人間性を決めつけられてるなと、やっぱりすごく感じた時期はありました。

自分の場所を守るための「名前」

佐久間:白濱イズミさんとラブリちゃんで、今活動を分けてるのは、やっぱり「自分の本名で発信していこう」と思ったときがあった?

ラブリ:本当はやっぱり、自分が「白濱イズミなのに」と。別にラブリというのもクリスチャンネームで、本名と言えば本名なんですけどね。でも、いくら自分が詞を作ったり社会のことを発信しても、どうしてもメディアという部分で切り取られるのは、ふざけたとこだったりとか、数字の取れる内容だったりとかするし。

これは自分から正々堂々と分けましょう、という気持ちになった。私が内側で発信していることは、別にお金儲けじゃないし、自分が売れたいということでもない。なにも関係なく「自分のアイデンティティとしてやっています」とちゃんと分けるために、白濱イズミというものを作った。ある意味、自分の場所を守るという部分で作りました。

佐久間:今けっこう、社会的な発信とかをしている中で、本当に「芸能人のくせに」とかね。

ラブリ:多いから(笑)。

佐久間:(笑)。言われるわけでしょ。

ラブリ:多い多い。「政治の発言をするなら辞めろ」とかね。

佐久間:芸能人をね。

Shun:バカみたいだよね。

佐久間:芸能活動を辞めろ、と。

日本特有の芸能人の立場

ラブリ:そうそう。「いや、辞められるもんなら辞めたいわ」という感じなんです。でも、やっぱり最初は、「芸能人を辞めて発信すると、ちゃんと伝わるんじゃないか」とか。自分が決意を持って、芸能人という枠を辞めて発信するほうが、芸能人とか関係なくやってる人たちに対しても「ちゃんとやってるな」と思われるのかな、とか思った。もう何回も「辞めようかな」と思ったし、今でもふつうに思う。

だけど逆に言うと、芸能人をがっつりやっていて、こうやって社会のことを発信できる立場にいるんだな、と最近は思うようになった。そしたら、自分がラブリというメディアをがっつり利用してあげたほうがいいし、発信がなかなかできない世の中だから、逆にそういう人がいない。

Shun:日本だからね。世界だったら別に、みんなやってるじゃん。

ラブリ:そうそう、ふつうでしょ。

佐久間:そうね、だから、それはちょっと、日本の特殊なところね。

ラブリ:特殊なね。あるよね。

佐久間:「この仕事をやってる人はこういうことはやるな」みたいな。

Shun:「芸能人? ちゃんとルールを守ってください」みたいな。

ラブリ:そうそう、なんかきれいな感じに凝り固められる。

Shun:でもぜんぜん違う、みたいなね(笑)。

名前を使い分けることで伝えられることがある

ラブリ:本当にそう(笑)。だから、自分が利用してあげる、としてあげたほうがいいんじゃないかなと思った。やっぱりラブリという存在だからこそ、伝わる層というのもあるかな、とか。「ぜんぜん社会のことに興味なかったけど、ラブちゃんが言ってるならちょっと興味持ってみようかな」とか。

実際この前も選挙があって、私のフィルターを通して10代の子たちが「初めて選挙に行った」とか、20代の子たちが「選挙に初めて行きました」とか、言ってくれる子って本当に多かった。だから、これってたぶん、イズミでは伝えられないところだなと思ったんですよ。

佐久間:なるほど、なるほど。

ラブリ:だから最近は、ちゃんと利用するというように、思考がシフトするというか。「まあ、ラブリというのも悪くないかな」みたいに思うようになった。

Shun:名前がかわいいしね(笑)。

スタイリストはモデルの人間性をどう引き出すか

佐久間:かわいいしね(笑)。Shun君は、今度は逆の立場というかね。モデルさんだったりとか芸能人さんだったり、あと普通の人もけっこう最近スタイリングしている中で、その人が一番よく見えるルックを作る仕事なわけじゃない。

Shun:そうですね。

佐久間:彼らを素材として見たときに、人間性みたいなものをどうやって見て、「この人にはこれがいいかな」ということをやっているの?

Shun:まず仕事があるから、クライアントが「これを使いたいです」「この色を使いたい」というのが、あるじゃん。ユニクロをやってるから。「じゃあこれは誰に合うか」となったときに、最初は肌の色。「じゃあ黒人のほうがこの色が合うね」とか「アジア人はこの色だね」とか「白人はこれだね」とか。とくにユニクロとかは、ダイバーシティでやらなきゃいけないということがある。

今度はキャスティングして、「おいしい」か「おいしくない」かになるわけじゃん。「見た目もおいしい、中身もいい」みたいな。そういうときに「パーソナルでやってください」と言われたら、そのオーダーと全部ミックスする。「パーソナルでやって」と言われても、友達じゃなかったらパーソナルを知らないじゃん。

佐久間:初めて会った人だからね。

Shun:そしたら「え、じゃあ何色が好き?」「ここから選べるけどどうする?」みたいに言う。「じゃあこの黄色」と言ったら、「黄色だったらこれだよね」と。「どう思う?」「あ、いいね」「アクセもこれ着けようよ」みたいなのを、この前ユニクロでやったの。そしたら、すごくおもしろかった。

佐久間:一般人キャスティング。

Shun:うん。子どもとか「ちょっとやってみよう」みたいな感じでやったら「イェーイ」となった。かわいい。

佐久間:ある意味、コラボレーションというか、その人とのコミュニケーションをしながら、この人のいいものというのをね。

Shun:そうそう。だって嫌いなものとかを着せられたら「ヤダ」ってなっちゃうじゃん。

佐久間:そうね、そういうのあるね(笑)。

Shun:「これじゃないの、ありましたよね」みたいに言われたらさ。だから聞いたほうが早いなと。

時代を先取りしていたモード誌『VOGUE HOMMES』

佐久間:なるほど、なるほど。Shun君もね、実は……あっ、その話より先に。ごめんね(笑)。10年ぐらい前に『VOGUE HOMMES(ヴォーグ・オム)』という媒体で、本当に今思うとすごく進み過ぎてた。

Shun:センセーショナル過ぎたからね。早すぎた(笑)。

佐久間:そう、世の中がついてこなかったかなという感じの、『VOGUE HOMMES』という雑誌をやってた。LGBTみたいなことを一面に押し出したというかね。

Shun:一面に押し出してというより、『VOGUE』というのがまずあるから、「アゲ」みたいな(笑)。ファッションエディターだし、一番スター選手じゃん。だから賞もいけるし、みたいな。編集長の人はストレートだったんだけど、「ゲイの雑誌をやってください」と言われて、「ウソでしょ。ウケる」みたいになった(笑)。

(一同笑)

でも「ゲイの雑誌をやってください」といっても、『VOGUE』だから「え、どうやんの?」と。でも、「ウチらはゲイだから普通にやってればよくない?」となって、やりたいことをやろうと、ニコラ(Nicola Formichetti)とやってたら、そりゃLGBTを前面に押し出すかたちにはなった。

佐久間:結果的にね。

Shun:結果的にはね。でもやっぱり10年前だし、早すぎたよね。

ラブリ:10年前って、どういう見え方なのかな。

Shun:なんか……キチガイみたいな。あっ、ダメだ(笑)。

(会場笑)

佐久間:今のカットでお願いします(笑)。

Shun:なんかすごく、「やってるね」みたいな(笑)。

佐久間:レディー・ガガに男装させたりとかしてね。

Shun:そうそう、ニコラが同じ時期にガガのスタイリストをやっていたから。「ガガっていうのがいるよ」「おいしいね」みたいな。

レディー・ガガと原宿のゴスロリファッション

佐久間:それも、レディー・ガガが今みたいに大スターになりかけぐらいのね。

Shun:ぜんぜんふつうの、『Poker Face』が出て『Paparazzi』のときで、「そのビデオおいしかったよね」というのがあったの。JEREMY(SCOTT)着てたし。それで、じゃあ来るから何かやってと言われて、「どうする?」と言ったら「ゴスロリを着たい」という話になったから、「じゃあ原宿、(服を)買ってきて」と買った(笑)。ガガに着せたら超喜んで、そっからもうバンバンバン、みたいな。

佐久間:Shun君がよく「おいしい」って言うじゃない(笑)。それってすごく感覚的なことでさ。本当に感覚的なことだから言語化しづらいんだと思っていて、「もらった!」となる瞬間があるわけじゃない。この人にこれを着せたらもう……。

Shun:「ハマった!」ってね。あるある。

佐久間:それはもう本当に……言語化できないよね?(笑)。

Shun:「おいしい」って感じだよね(笑)。

佐久間:「おいしい」以外の何物でもない(笑)。じゃあ逆に、「今日はちょっと100パーセントじゃなかったね」という日もあるの?

Shun:うーん……そりゃ、あるよね。だけど、そうしたら、まぁ次やればいいかな(笑)。

ラブリ:そこは別に「おいしくない」とかじゃないんだ。

Shun:あ、でもね。「もうちょっとできたかも」みたいな。撮影とかしたら、ポラがあった頃は絶対その日のポラとかを、ずっと見てた。画像になったらずっと見て、「ああ、このスタイリングこうやったのか」と。「ここ、このクレジットを入れればよかった」とかは思ったりはしてたけど、もう出たら次だから。

佐久間:うん、うん。

Shun:すごいスピードでやってて、全部考えてるの。それで、一番やってたときは1シーズンに15ファッションエディトリアルやると、全部テーマを変えて、キャスティングもやるからモデルも全部変えて、フォトグラファーも全部変える。そうするともう、やっている段階で、プレッピング(準備)で次の次まで動いてる。このブランドを使わなきゃいけない、ここにコンタクトを取らなきゃいけない、とか。もう終わらせていく感じだったよね。バーン、バーン、バーン。