インド洋の深海に生息する「鉄の鎧」を持つ巻貝

オリビア・ゴードン氏:インド洋の青く深い海には、地球上でも稀に見る過酷な生態系が広がっています。ここには、危険から身を守るため、ユニークで驚異的な機能を発達させた巻貝が生息しています。なんと、この貝は“鉄の鎧”を身にまとっているのです。

その名も、「ウロコフネタマガイ(学名:Chrysomallon squamiferum)」。この巻貝は、足で這って移動しますが、その足を派手に覆う何百もの固いウロコが、名前の由来になっています。

2001年に、海底の熱水噴出孔で発見されたこの巻貝は、地熱によって温められた熱水が噴出する孔のすぐそばで生息しており、微生物を栄養源としていました。

研究者たちは、鎧(ウロコ)に覆われた巻貝の奇妙な外観に、即座に惹きつけられました。詳しく調べてみると、さらに不思議なことが判明します。なんと、この黒いウロコと貝殻は、何層にも重なった「(本物の)鉄」で覆われていたのです。具体的には、硫黄と鉄の化合物である硫化鉄が含まれたものです。黄鉄鉱(別名:パイライト)と、磁鉄鉱によく似たグレイガイトという鉱物が主成分であるため、ウロコはわずかに磁気を帯びています。

すべての巻貝が鎧を身につけるわけではない

興味深いことに、この巻貝が鎧を身にまとう条件は限られています。2018年になると、同じ種の巻貝が、インド洋の3つの熱水噴出孔で生息しているのが見つかりましたが、そのうち1ヶ所の海水には硫化鉄が含まれておらず、貝も鉱物を身にまとっていませんでした。残り2ヶ所の熱水噴出孔からは豊富な硫化鉄が噴出しており、貝は鉱物を身にまとっていました。

骨格や外殻に鉄を使っている生物は、他には見つかっていません。そこで研究者たちは、この巻貝が鉄の鎧をまとうようになった経緯と、その用途を調べてみることにしました。

当初、研究者たちは「熱水噴出孔に生息するバクテリアが鉄分の元なのではないか」と考えていました。具体的には、硫化鉄が生成される際の副産物である「硫酸塩」を、酸素の代わりに取り込んで生きているバクテリアが、それ(鉄分の元)なのでは? と見当をつけたのです。

しかし2006年の研究では、巻貝の持つ鉄分の化学的性質は、バクテリアによって生成されたものというよりは、鉄分を豊富に含む熱水噴出孔からの噴出物と親和性があることがわかったのです。つまり巻貝は、どうやら周囲の海水の鉄分から鉄の鎧を作り出しているようなのです。

鉄の鎧をまとうのは、身を守るため?

熱水噴出孔周辺の海水に含まれる鉄分は、硫黄と反応して硫化鉄を生成します。硫黄を取り込める場所と手段をうまく調整することにより、巻貝は、自らが身にまとう鉄の鎧の成分をコントロールしているのかもしれません。しかし、どのような方法でそれが成されているのかまでは、まだわかっていません。

また、このような鎧をまとう理由は、「捕食者から身を守るため」というのが一番妥当な答えでしょう。2010年の研究では、この鉄の外殻の構造は多層から成り、耐用性に富み、折れたり曲がったりしにくいことがわかりました。

さらに、この鉄の外殻は、他の動物の外殻や歯よりも遥かに強固で固いことがわかりました。つまり、巻貝の外殻は、カニや他の巻貝といった同じ生態系に棲む捕食者の攻撃から身を守るには、うってつけなのです。

またこの外殻は、人間が強固な素材を開発するときのお手本にもなります。とはいえ、巻貝を絶滅に追い込まないよう気をつけなければなりません。2010年、ウロコフネタマガイは正式に絶滅危惧種に登録されました。住み処である熱水噴出孔が、鉱床としてターゲットにされたためで、すでに荒らされてしまった生息地もあるようです。

ウロコフネタマガイを守り、人間が多くのことを彼らから学ぶことができるよう、願ってやみません。