熱海は、まれに見る成功事例を作ることができた

市来広一郎氏(以下、市来):今ここまで、熱海のお話をいろいろ聞いてきたので、柳澤さんに感想を聞いていきたいと思うんですけど。

水野さんの複業の取り組みや、行政の取り組み、私たちがやってきたことなどもありますが。そもそもの熱海の印象と、こうした取り組みをしている今の熱海について、どう思いました?

柳澤大輔氏(以下、柳澤):僕は、実際に本(『熱海の奇跡』)を読んで。

熱海の奇跡―いかにして活気を取り戻したのか

市来:あ、そうですね、これね。

柳澤:やっぱり、すごいや! と思った。

今日はもともとそういう話で呼ばれた、というのはありますけど(笑)。劇的に商店街(の空き店舗)が30店舗から1店舗になったとか、人口(の遷移)という数字のグラフを見て、やっぱりあそこまで説得力のある市って、あまりないんじゃないですか? 3万人の町で。だから突出してるな、という印象。

あとのくだりでいろいろ話しますけれども、やっぱり注目されている町でもあそこまで数字で示せるところ、実はないですよ。話題になっているけど、実際の数字を見るとそうでもない、という地域もけっこうあるから。これはすごいことだと思いましたね。鎌倉もそうなんですけど、東京から近いのは、なんだかんだ言って相当いいですよね。

市来:そうですね。でも、そのポテンシャルを生かしきれてなかった時期……。

柳澤:そういう時期も、きっとあるんですよ。

市来:まだまだ活かしきれていない、という実感なんじゃないかと思いますけどね。ありがとうございます。逆に、柳澤さんの話を聞いて、長谷川さんと水野さんから、先ほどの鎌倉資本主義の話やカヤックのお話とか、聞いてみたいことはありますか?

移住者が多ければ、地域が持つ敷居は低くなりやすい

長谷川智志氏(以下、長谷川):そうですね。鎌倉って、熱海からすると非常に品がいいというか(笑)。

市来:確かに!

(会場笑)

長谷川:憧れる感じがありまして。別に熱海が下品なわけではないのですが。なかなか地域に入りづらいのかな? というイメージを持ってたんです。

市来:鎌倉という地域に入りづらい、みたいな。

長谷川:実際にそうかはわかりませんが。そうだとしたら、みなさん工夫されてやっていることってありますか?

市来:地域に入りづらい、というのはどういう意味ですか?

長谷川:ちょっと敷居が高く見えるんです。

市来:外の人が何かそこで事業をやったり、何か関わっていこうと思ったときの敷居の高さ、ということですかね?

長谷川:はい。

柳澤:でもそれは他の地域と同じなんじゃないですかね? 他の地域もやっぱり、常によそ者には厳しいって言うし。(鎌倉は)もともと移住者が多い地域ですからね。

長谷川:ああ。

柳澤:そういう意味でいうと、比較的アリなんじゃないですかね。

長谷川:受け入れる土壌はある。

柳澤:その比較論で言ったら、同じ人口で比べるとあるんじゃないですかね。

長谷川:ああ。

柳澤:移住者が多いし、あと海が近くて開放的じゃないですか? だから地政学的にも比較的あると思うんですけど。旧鎌倉とそうじゃない鎌倉と分けて、いわゆる“地元”があることって常にある。   

市来:そういう話も聞いてみると、熱海も保守的な町で大変と言いつつ、観光地でもあり常に外から人がやってきた町なので、ずっと地元にいる人ってすごく少なくて。熱海銀座には「1,300年(代々住んで)います」みたいな人たちもいますけど。だいたいみんな、江戸時代に来たか、明治時代に来たか、平成に来たかの違いみたいな感じになってるんで、そういう意味で言うと、(地域に)入りやすいのは共通点なんじゃないですかね。

長谷川:ありがとうございます。

老後を考えるとローカルのほうが未来は明るい

市来:はい。(水野さんは)どうですか?

水野綾子氏(以下、水野):今回のテーマのローカルビジネスというところですね。私も複業をとおしてコミュニティを多数持つこととか、自分の経験を活かせる環境があることは、個人にとってすごくいいんじゃないかと思っているんですけれども。柳澤さん的にローカルビジネスがどうキャリアに繋がっていくか、ということが聞きたいです。

柳澤:この話が役に立つのかどうかわからないんですけど、「カマコン(鎌倉を盛り上げたい企業・個人を支援する団体)」をやってよかったなと思うのは、老後は楽しそうだなと。

市来:老後(笑)。

柳澤:結局地域と繋がっていると、老後が楽しそうな印象になるわけですよね。“共通のプロジェクトをやることが一番楽しい”というのが、カマコンをやっていてわかったんです。会社のメンバーといると最高に楽しいのは、みんなで1つの目標に向かっているからなんですけれど。

それ(会社)をやめた後に、地域共通のプロジェクトも同じように、(社員としての)評価から解放されてボランティアベースで取り組めるので、ますます楽しいはずです。

友達同士で会社を始めるときに、散々「揉める揉める」とアドバイスをもらいました。揉めるときってどういうときかって、お金がないときじゃなくて“入ったとき”なんですよ。入ったときに揉めるのは、分配で揉めるということ。分配で揉めるということは、どっちが多い低いかという評価で揉めるっていうことなんですけれど。だから「サイコロ給」を導入しました。

(反面、)ボランティアをやっていると、揉めようがないんですよ。ある程度、会社よりも揉めにくい構造になっていて。地域で関わっていくと、そういうプロジェクトがいっぱいあることがわかってきて。「あ、これは楽しいな」というか。

キャリアって言うと仕事みたいに聞こえますけれど。この仕事は何歳までやるかわかりませんが、老後に仕事をしなくなったところまでをキャリアと考えると、ローカルでやっていたほうがぜんぜんいいと思う。未来が明るい感じはありますね。

水野:東京の人口だけでいうと1,000万人の中の1人なんですけど。熱海は3.7万人の中の1人なので、絶対的に……

市来:しかも半分、65歳以上ですから。

水野:もうブルーオーシャンとレッドオーシャンで、どっちにいたら(いいか)は明らかというか。どこで戦ったらいいのか、自分のキャリアをどこで育てていけばいいのかは、ローカルに可能性があるんじゃないかな、とすごく思います。

都市から地域にキャリアを“スライド”する

市来:うーん、やっぱり、僕らも熱海のまちづくりをやってきて、同じことを東京でやっても別にインパクトは無いわけですよ(笑)。

「空き店舗が10店舗あったのが1店舗になりました」というのは、「別に普通だろ」みたいな話なんですけど。熱海という町でやると全国的な話題になる、みたいな。その辺は、やったことの手応えをすごく感じやすいっていうのはありますよね。

水野:キャリアを地域にスライドしてみる、ということはすごく必要だなと思っていて。

市来:スライド? それはどういう意味ですか?

水野:東京でやっていることを、こっち(地域)に持ってくる。意図的にコミュニティをスライドさせるということですね。

市来:同じことをやっていても、都会でやっているのと、ローカルの中でやるのではぜんぜん違うんですか?

水野:そうですね。インパクトや周りの反応がぜんぜん違うと思います。それが個人のモチベーションとか、成功体験に繋がってきますし、また本業にモチベーション高く向かっていけるところにも繋がると思います。

市来:なるほど。

ぜひみなさんSli.do(注:イベント参加者からの質問を匿名で集められるサービス)に、質問以外でも意見でもいいので、ぜひぜひ書いてください。この議論に参加してもらえたらな、と思いますので。「自分で書くのはちょっとめんどくさいな」と思う人は、他の人のコメントにいいねを押すと、それがどんどん上に上がっていくので。みんなが聞きたいことは、ちゃんと取り上げます。

はい、で、何の話をしていましたっけ。

水野:キャリアのスライド?

市来:続けたいことがあったんだけど、忘れて……。あ、そうそう、1つの事例を。よくうち(machimori)で出す事例なんですけど。

うちの取締役に、三好明という人がいまして。彼は不動産管理の仕事を、東京で10数年やってきていたんです。本人曰く、非常に疲れたサラリーマンになっていて。「どうしよう、つまんない……」というときに、「もうちょっと違うところ、地方とかで少しゆったりしながら、仕事も変えたりできないかな」と。それでうちに採用した、という人なんです。

地域での複業がもたらした本業へのメリット

市来:彼曰く、不動産管理の仕事はお役所仕事と一緒で、クレームをひたすら受けるクレーム産業なわけです。うまくいっているのが普通で、それ以外は全部クレームを受ける、みたいな。マンションの管理人さんって、そういう感じの仕事です。それで、だいぶやられていたんですけど、熱海に来たら、実はその不動産管理でやっていた仕事が、公共施設の管理運営にめちゃくちゃ活かせることに気づいたんです。

うちが当時、ちょうど公共施設の管理・運営をやっていて。不動産管理の視点から見ると、あまりにも管理・運営が素人すぎて。いくらでもやりようがある中で、彼が関わってくれて、非常に改善してこれた。

今までの仕組みの中で、うちが行政から委託として案件を受けるだけでなく、行政への提案もいろいろできて。結果的に、その不動産というか公共施設の管理の仕方が、行政としても変わっていったりということがありました。

それをやったことによって、(三好さんが)非常にやりがいを感じて。不動産管理という、本人にとって嫌な仕事だったものが、とても社会的な価値とやりがいのある仕事になって。実は、それは複業というか、完全プロボノですね。当時、うちは彼に一銭も払っていなくて。週2日以上、4年間通い続けてくれたんですけど。

でもそれが本人のキャリアにも役立っていて、その仕事を熱海でやっていたら、本業の方も成績がもうガンガン上がっていった。営業成績トップになったりとか、収入がどんどん上がっていって。うちもさすがに悪いから、交通費ぐらいは払おうと思ったんですけど。「いや、ぜんぜんいりません」「自分も学んでるつもりで来てるから」みたいなことを(続けて)4年経って、結果的には本業も忙しくなりすぎて。

熱海の仕事もだんだんニーズが増えて忙しくなって、キャリアに悩んだ結果、彼は熱海で完全にどっぷりやるほうを選び、完全にうちの会社にジョインしたかたちなんです。そうやってきたことが、まさに“スライドしてくる”ことでぜんぜん違う価値が生まれるんだなと感じました。

「本業のサブ」というイメージから脱却し、働き方の選択肢を増やす

水野:自分の経験とか、手に持っているスキルとかを、「すごく当たり前だし役に立たないんじゃないか」と思っている人が意外と多いんですけど、ぜんぜんそうじゃなくて。地方ではそれを必要としている企業さんとか個人が、すごく多いので。

それこそプロのバックオフィスの方が欲しいとか。案件管理とか裏側の経理部分などがアナログで、どうにかクラウド上でやりたいという方もいらっしゃるので。みなさんが普通にやられていることが、(地方で)すごく価値を持つことが往々にしてあるのは、本当に日々感じますね。

市来:はい。(スライドを見ながら)ちょっと今おもしろいのがあったんですけど……はい、これいきましょうか。

柳澤:キャリアの複業の話でいくと、地方の企業で複業をするのは難しいということなんでしょうかね?

水野:そもそも複業っていう概念が、わりと旧来的なイメージが多いというか。そのお小遣い稼ぎ的な、“隙間でやる副業”というイメージが。それこそ、サブ的な「副」ですかね。本業のサブであるようなイメージがすごく強いので。

そうじゃなくて、「キャリアを積んだ人やスキルがある人に、プロジェクト的に協力してもらうんです」という話をすると、「なるほどそういった働き方があるのか」というところからの説明にはなるんですけれど。それをまだ知らないだけですかね。その価値を知っていただけると、「やってみたい!」となる方はいるな、と思いました。

柳澤:経営者の立場からすると、複業は恐怖みたいなところもあるというのはわかるんです。とくに余裕のない中小企業はなおさら。でも逆の観点で捉えると、大企業の優秀な人材を複業で雇えるということなんですよね。中小企業の社長とか地方の方は、その思想になるとすごくチャンスなわけですよ。

市来:ねえ。実際にその変化をした企業さんもあるので、事例を。

水野:そうですね。去年から動き始めていて、実際にホテルさんが持っている庭園の活用でプランナーの方を募集したんですけど。

市来:庭園って、25万坪の。

水野:はい。「25万坪の空間をどうにか活用してくれ」という無理難題ではあったんです。それも2ヶ月くらいでイベントを行って。それから新しいプロダクトとか、ちゃんと観光客の方が楽しんでくれるような施策をどんどん生み出していて。一応3月までの事業ではあったんですけど、そのあとも継続して月2回ぐらいのペースで関わり続けてくれています。

その方は、インタビューも出ていますね。(スライドを指して)この方、まだ若くて27歳なんです。今まで、(クライアント先には)それこそブレストをする習慣もなかったんですよ。この方が入ることで、「これってどうですか? あれってどうですか?」という意見交換もすごく生まれるようになった。全体的に、社員のみなさんも含めポジティブになったということは聞いています。

人手不足の問題は、ただ人を増やすだけでは解決しない

市来:他には、ガス会社の「熱海ガス」さん。複業の人材を受け入れてPRをやってきたのですが、最近は企業さん側が受け入れた複業人材のことを営業して、自分の地元の会社に営業して回っているっていう。「この人いいから使ってください」みたいな。

水野:「うちに関わってくれた複業の人材、ものすごくいいから、ぜひ使ってくれませんか」と、営業をしてくれるところまで。

(会場笑)

水野:関係がすごくよくて。熱海の美術館も、その方がSNSの運用とか、ホームページの改修をしてくれるそうなんですけれども。新たに、熱海の中でいくつか(案件が)生まれているということもありますね。

市来:やっぱり、そういう意味で受け入れる前はすごくハードルが高いというか、(受け入れる)意味がわからない。たぶん今も、これ(複業人材の募集)をサイトに載せる企業さんを、実際に営業していくのに苦労をしている部分もあると思うんですけど。

それはやってみると変わってくる、ということだと思うんです。ちなみに今、実際そういう企業さんを、どうやって口説いているんですか? 何件かもうすでに決まっていると思うんですけど。

水野:口説いていく……そうですね。必ずしも、複業をしてほしいわけではなくて。その企業側の今の状況とか、「どんな人材が欲しいんでしょうか?」というヒアリングから入らせていただいて。ご要望があるんだったら、「じゃあ複業をやってみませんか?」とか。

複業以外にもし改善するべきところがあったら、それは改善していくというかたちなので。どちらかというと、相談を聞くことから。長谷川さんも言っていましたけど、話を聞くところから始めています。

企業さんって、「人が足りないからとにかく人手が欲しい」とか「どんな方でもできる仕事だから、誰でもいいから来てください」と言いがちなんです。「そんな誰でもできる仕事はやりたくない」という方は多いので、それではやっぱり人は来ない。「どんな人が欲しいのか?」「その人と一緒にどんな未来を描きたいのか?」というご相談から始めますね。

市来:実際にこの間、熱海の商工会議所の青年部という、だいたい3〜40代ぐらいの経営者が集まって、研修をやりました。僕も、たまたま研修員の担当になっているので、研修をやって。人材不足の課題は、みなさん感じているわけですよ。

そこを切り口に、例えば人材不足って言うとだいたい、普通の日々のオペレーション・運営のところで人手が足らないみたいな話はするんです。でも、根本的に突き詰めて考えていくと、「そうじゃなくて、より生産性を上げなきゃいけない」となり、(それを解決する)サービスを作っていかなきゃいけないよね、という話になる。そこに複業(という選択肢)を入れましょう、という話になっているのかな。

水野:今、「働き方改革」が浸透していますけど。企業側の「(社員の)働かせ方」をどう変えていくのか、ということを軸にして、熱海のチームで動いている感じですよね。