役所が「営業」すれば、利益は地元に還元される

市来広一郎氏(以下、市来):ここから、地域で仕事を作るということで、「ローカルビジネスが個人のキャリアにどう繋がるか」という話を、この4人で進めていきたいと思います。まずは、実際に鎌倉や熱海で起きているローカルビジネスの現状や可能性、あるいは課題もお話ししつつ、今回この2つのキャリアがどう繋がるかという話もありますので、その辺りのことも含めてお話ししていきたいと思います。

まずここから登場するのが、水野綾子さん。そして長谷川さんも、さっきちょこっとだけしか話さなかったので、まずは改めて自己紹介も兼ねて、お話ししてもらいたいと思います。先にもう1回、長谷川さんからいきましょうか。

なんでここに、公務員の長谷川さんがいるのか。どんな想いで(まちづくりを)やっているのか、みたいな話を……いきなりこの話からでいいですか?

長谷川智志氏(以下、長谷川):はい、先ほど市来さんからも、熱海は課題の先進地みたいな話がいろいろ出ていましたけれど、日本全体がこの縮退時代な中で、いろんな自治体がたぶんこういう状態だと思うんです。熱海市役所の職員もこういう感じなんですよ。だけど、熱海市役所の中で、特に我々の部署が中心になってやっていることが、まず「営業する市役所」という考え方です。

これは「行政ビジネス」という、福井県の環境営業部企画官だった山田(賢一)さんという方が書いている本なんですけれど、まずここに2つポイントが挙がっていまして。熱海の場合、観光プロモーションを、多額の費用をかけてやってきたわけです。

行政ビジネス

有料広告や、お金をかけてイベントをやることをまずやめました。(スライドを指して)“パブリシティ”と書いてありますが、市役所として公の広報をメディアさんにリリースしていくことで、お金をかけずに取り上げていただく手法に変えてきました。

それから、今日の市来さんの話にもありましたが、“民間とのコラボレーション”。これは相互利益の関係・機会を作るために、連携することを頭において業務をやっています。

そして、“顧客の再構築”と書いてありますけれども、従来は住民の方がお客さまです。ですが、(再構築した)顧客は市外の企業、都市部の消費者の方もお客さんです。その利益はまた市民に還元されるものなので、どんどん営業していこうよという考え方でやっています。

行政に必要なのは、前例に囚われず民間と足並みを揃える意識

長谷川:ここから私の持論というか、思っていることをお話をさせていただきますが、公務員の方っていらっしゃいます?

(会場挙手)

長谷川:あ、すごい。

水野綾子氏(以下、水野):へー。

長谷川:だいたい公務員の方って、こういう場所に来ないんですけど。

(一同笑)

市来:来ないし、しかも来ていても手を挙げなかったりしますね。すごいですよね。     (一同笑)

長谷川:そうですね。僕の思っているお役所仕事についてお話させていただくと。代表的なお役所仕事って、こういう……。

(一同笑)

長谷川:たらい回しとか、杓子定規みたいなことをよく指すと思うんですけど。辞書で調べてみました。「形式主義に流れて、不親切」……。

(一同笑)

水野:おもしろい!(笑)。

長谷川:こんなことが書いてあるんですね。……えっと、どこかの役場の方ですか?

参加者:市役所です。

長谷川:ああ。お役所仕事って(言うと)、けっこう耳が痛いと思うんですけど。えーと、Yahooでも調べてみました。「形式だけをむやみに言う上に、非合理的で……」。

(一同笑)

長谷川:本当にひどいことが書いてあるんですね! それから、もうちょっと書いてあって。「ルールを判断せずに運用するのであれば、高校生のアルバイトでもできるし」。

(一同笑)

長谷川:もうなんか本当に、苦情ですよね、これ。

(一同笑)

長谷川:「社会人がやっていると思うと情けなくて涙が出ちゃう」。そうです。そんなことを言われるお役所仕事って、耳が痛いキーワードなんです。けれども、我々公務員も市民であり、住民でもあります。町をよくしようということは、自分のためでもあるわけですね。その中で我々が取り組んでいるようなルールや制度を変えることは、すごく難しいです。

なので、その前に弾力的な制度運用の解釈ですね。幅広いルールの中でも運用ができると思っていますので、そこを努力するのが公務員の仕事かなと。それから、先ほども言いましたが、「人の話をちゃんと聞きましょうよ」と。市民の方や事業者の方のお困りごと、それから望むものは何なのか。

役所の中だけで考えた政策は、だいたいうまくいかないですよね。ここはけっこう重要なんですけど、「民間のスピードについていけるか」ということです。(行政は)合意形成に時間がかかったりするので、市来さんとも相談しながら仕事していて、気をつけてやっています。

行政だけで悩まないで、民間の力をちゃんと借りて、一緒にやっていこうという考え方になっています。公務員って、前例踏襲体質なんですよね。そういうことを置いておいて、新しい常識を作り出せる人になりたいなと。

独創的な政策で民間の活動を支えることは、行政にしかできない

長谷川:そういう取り組みが増えると、役所の他の部署の人から、けっこう冷たい目で見られるんです。「あいつはなんか変なことをやっている」みたいな。そういうことにも慣れて、がんばっていこうと思っています。

「町をよくしていこう」と気づいた者の責任なので。仲間はいますので、ちゃんとやります。先ほども言いましたけど、創業支援とか事業者さんをご支援している中で、行政の職員ってあまり感動(すること)とかないんです。ここ数年は、私もそういうかたちで感動をもらっていますし、仕事上で泣いたりもしています。「そんな職員、他にいるかな?」と思っていますし、一応本気でやっています。

(スライドを指して)これは熱海でやっている「ATAMI2030会議」の1シーン。この中に、公務員もいれば民間の方もいて、外も中も関係なく、こんなふうにいろいろ取り組んでいます。すごくうれしいシーンですね。

行政にしかできないこともたくさんあると思います。僕の目指す本当のお役所仕事は、一生懸命に頭と体を使って、民間では絶対にできない独創的な政策により、強烈に民間の活動を後押しするということですね。

自分で稼ぐってなかなか難しいんですが、民間の活動をちゃんと後押しすれば町がよくなるのでは、と思っています。上司も応援してくれていますし。さっきのスピード感というところで、いろいろ報告しないといけないんですが、そこはあまり報告しないで勝手にどんどんやっています。

(仕事が)終わってから「こんなことやりました」で認めていただける、非常に心の広い上司がいますので。もうちょっと詳しいことは、水野さんの(運営している)「CIRCULATION LIFE(サーキュレーションライフ)」でインタビューしていただいたので、ご覧いただければと思います。はい、ありがとうございます。

市来:ありがとうございます。

(会場拍手)

熱海・東京の2拠点で「サーキュレーションライフ」を提唱する水野氏

市来:熱海市役所の職員は、そんな感じの(長谷川さんのような)ノリの方々が、どんどん増殖中です。バトンを繋いでもらえたので、ここから、“Circulation Life”を提唱して事業としてもどんどん展開している、水野綾子さんからお話ししてもらいたいなと思います。

水野:水野綾子です。よろしくお願いします。先ほどの長谷川さんのインタビュー、本当にものすごく素敵だと思ったので、ぜひ読んでいただきたいなと思っています。このサイト(「CIRCULATION LIFE」)は、熱海の企業さんと主に首都圏のビジネスパーソンの方を複業で繋ぐという、マッチングのWebサイトになっております。

これを立ち上げた経緯と、そもそも熱海に関わり始めた経緯をお話しできればと思うんですけれども。もともと熱海の網代(あじろ)という町出身でした。大学から東京に出てきまして、ずっと出版社で働いていました。2017年に、家族で本格的に熱海へ移住したのですが、2015年くらいから熱海のまちづくりに関わり始めていました。

移住しようと思ったのが、2014年くらいですかね。実家がお寺なんですけど、父親が体調を崩したことで、お寺を誰が継ぐのかが問題になったんですね。私が3人姉妹の長女で、わりと結婚とか出産が早かったので、もういち抜けと思っていたんですが。これは誰が継がなきゃいけない……というか、その時に改めてお寺の可能性とか、おもしろさについて考えたんです。

みなさん、お寺ってもう縁遠くなってしまっているのかなと思うんですけど。お寺に頻繁に行く方っていらっしゃいます?

(会場挙手)

水野:お、すごーい! 多くないですか、今日!?

市来:5人ぐらい(笑)。

水野:こういうところでお伺いすると、一人いるかいないかくらいなんですけど。もともとお寺って、その地域のコミュニティのハブ機能を持っていたり。あとは新しいことを生み出していくような、文化の発信地のような役割を持っていた。今は葬儀とか、法要とか、そういった場でしか行かない場所になっていて。

現代に合わせたかたちで、例えば地域のコミュニティのハブだったりとか、機能をちゃんとつけていけたら、すごくおもしろくなるんじゃないか。そんなことを考え始めたら、ワクワクしてしまって。誰にやってもらうというよりも、自分がやったらおもしろくなるんじゃないかと、先々お寺の住職になることを考えて移住をしました。

お寺の役割っていろいろあると思うんです。地域によって、その機能ってけっこう変わってくると思うんですよね。熱海の田舎町にあるうちのお寺と、京都の観光寺って、それこそぜんぜん役割が違うと思っていて。当時は出版社に勤めていて、町のことをぜんぜん知らない時期が10年くらいあったので、「これは町について知らないといけない」と(思った)。まずは熱海について知ろうと、熱海のまちづくりに関わり始めました。

地方の課題解決のカギは、“コミュニティの越境”にある

水野:ただ、私は仕事もすごく好きなので。いきなりバツっと仕事を辞めてお寺の修行に行くのは、家族にも負担がかかりますし、現実的ではなかった。あとは一つすごく大きなことで、お寺が斜陽になってきているのも、自分たちだけでどうにか問題を解決しようと思っているからかな、と思っていて。

ちゃんと他のコミュニティと越境して問題を解決していくことが、今後すごく必要になってくるんじゃないか。そういうところも踏まえて、自分がそれを体現していこうと。今、(東京と熱海の)行き来とか、コミュニティの越境を意識的にやっているところがあります。

もともと週5日フルタイムで通っていたんですけれども、今年から週4勤務にして、リモートワークを活用したりして、週2〜3回くらいのペースで東京の代々木のオフィスに通っています。それで、引き続き編集とかPR業務をやっています。(その勤務形態について)いろいろインタビューをしていただいて。

“Circulation Life”は“都市型の循環型ライフ”という意味なので、これまでは主に、熱海と東京の2拠点生活について発信していたんですけれども、昨年ビズリーチさんとご縁があって。今やっているのは、複業を推進することです。熱海の4企業(中小企業)さんに対して募集をかけたんですけれども、もともと地方って本当に人が来ないとか、かなり問題視されている中で、300人以上の募集があって。こちらも想定を超えるような人数が集まりました。

そういうところで、地方と複業の関わり方の可能性をすごく感じました。複業って、企業に対して絶対的にプラスになる、解決策になるというわけではないんですけど。複業をきっかけに「自分の会社ってどんな人材が欲しいんだっけ?」とか、「自分の会社って、こういう人材と一緒にどういう未来を作りたいのか?」ということを(企業が)考えるきっかけになるな、と思いました。

なので、サイトでも意識していることは、マッチングはもちろん大事なんですけど、その前段階で「どんな人材が欲しいんですか?」とか、「どんな人材と一緒にどんな未来を描きたいんですか?」(と、ヒアリングすること)はすごく意識的にやっています。

観光地に見出す、生活拠点としての可能性

水野:ちょっと話が戻るんですけど。熱海って観光地のイメージがものすごく強いんですが、実際に年間毎日1,000人弱の方々が首都圏に通っている、というデータがあるんですね。毎日朝の7〜8時台は新幹線が10分おきに来ているくらい、頻繁に通っている人が多いんですけれども。

熱海って、働くとか暮らすという、観光地以外の文脈での可能性がすごくあるんじゃないかと、1〜2年間通う中で思ったので。熱海の新しい可能性として、働き方を何かできないかと思い、複業という取り組みをしています。

今日からちょうど「SMOUT(スマウト)」さんにも、先ほどの「CIRCULATION LIFE」の記事を一部転載というかたちで、ご協力いただいていますので。ぜひ、両方見ていただけるとありがたいなと思っています。

実際、複業の求人だけを出すサイトってけっこうあるんですよ。でも、「CIRCULATION LIFE」では、ちゃんと「この企業と一緒に取り組みたい」とか「この企業のこの人と一緒に何か作りたい」というエンゲージメントを高めることって、相当大事だと思っていて。

あとは企業さん側も(インタビューで)お話しすることで、「あ、自分の企業ってこんなところが魅力だったんだな」とか「こんなところが強みだったんだな」と、理解いただける機会になると思っているので。そういったマガジン機能も付けています。

実際に熱海で複業をしている方にもインタビューをしているので、興味がある方は、ぜひ見ていただければと思います。私からはそんな感じですね。

市来:はい。ありがとうございます。

(会場拍手)

市来:はい、では……21時まであと10分なんですけど(笑)。

(一同笑)

市来:あの、会場的には別に……?

スタッフ:大丈夫です。

市来:大丈夫ですか? みなさんお時間ある方は(残っていただいて)、柳澤さんを含めてお時間になったら帰ってもらってかまいませんので(笑)。

水野:本当に!?(笑)

市来:(笑)。では、延長します。だいたい熱海はゆるいところですから。ゆるくやっていきたいなと思います。