吉本興業のとあるノート

竹中功氏(以下、竹中):これはまぁ、ここは誰も聞いてへんから言いますけどね、吉本興業という会社でもね、ちゃんとノートがありますねん。ノートあってね、「何月何日、何時何分から」。電話ノートがあって。「何時何分から何分まで、男の人」とか。「何歳ぐらい」とか。

「この前読売テレビに出てた藤崎マーケット、もう出すな。俺はあいつらが好きやったけど、あんなニュース番組でおっちょこちょいするやつは嫌いや」という話を聞いた人が、「じゃあ、そのことを私のほうからマネージャーにも伝えときます」というやり取りが15分ぐらいありました、というノートがあるわけですね。ただ「藤崎マーケットは悪くない、これからも頑張ってください」というような意見も来ますから、それもノートに載せるわけです。

そんなのがいっぱいあるわけですよ。例えば「間寛平をもっと花月に出したってくれや」「木村進ちゃんが亡くなったけど、また進ちゃんのテレビ放送してください」とかみたいなのが、いっぱいいろんな意見が来るんですよね。

それを何をしてたかっていうと、吉本はちゃんと担当者に、1日1回とか、量が少なかったら1週間、1ヶ月、全員で読み合わせするんですよ。で、「なんとかさんが取った電話の人は男の人で、藤崎マーケットのことえらい怒ってはった人おってんなぁ」とか書いてあって。

それで、僕が読んで「マネージャーに言っときます」と書いてたりしたら、「なんとかさん、これあなた、マネージャーに言いましたか?」言うて。「言うてません」「いや、あなた、お客さんに『マネージャーに言う』って言うたんやったら、嘘ついたらあかん、言いなさい。よう言わんかったら、俺言うといてあげるから」と。

「老人は怖い」でクレームと決めつけてはいけない

別に、マネージャーもそれでどうこう思わないですよ。でも、「こんな電話がありましてん」っていうことがあったいう事実は伝えてええじゃないですか。それをどう捉えるかは別ですよ。「仕事として割り切ってやった」いうのもあるかもしれない。「自分だとしても、これはもうちょっと考えなあかんかったロケやと思って反省しました」でもいいんですよ。ただ、僕らの読んでるノートに「マネージャーに伝えておきます」って書いてたら、嘘つくなですよ。

みたいなことを読み合わせをすると、実は「藤崎マーケット大好きやから、がんばってね」というのもあるわけやし、だからいろんなことをメモって、共有することができたんですよね。

だから、僕が言ってた仕事のヒントがクレームにあると思っていて、長い間怒鳴られるとか、老人は怖いとかだけで、クレーマーと決めつけたらいかんですよ。何かを越えたときに、クレーマーを定める基準を会社が持たないと、今の時代、ビジネスチャンスを失うとさえ思いますね。

福嶋聡氏(以下、福嶋):こちらも怒りを鎮めるエネルギーがいるし、また実際、それほど気持ちのいいもんではない。

ただ、慣れるというか、例えば店長という立場に立ってみて、そこから逃げないでいると、さっきのは本当にクレーマーといってもいいかもしれませんけども、そういうアンチヘイトスピーチに対する、「いや、それはお前の勝手な意見である」と言ってくるクレーマーでさえも、逆にいうと、僕がブックフェアで表現しようとしてきたことを見てくれてるわけですよね。

竹中:そうですよ。

クレーマー対応のたったひとつの決めごと

福嶋:単純にありがたいお客さんではあるので、意見は違うんだけども、そこはきちんとやっぱり見てはくれているという。無視されるの一番辛いので。

竹中:そうですよね。だから褒めてもらうのはあるけど、悪口を言われるのもお客さんですからね。一つだけ決めごとがあるっていうてましたやんか、クレーマーに対して。

福嶋:僕は決めてて、周りの仲間のスタッフに言ってるのは、お客さんは怒るのは仕方がない。それはお客さんが求めるサービスとこちらができることとの間に落差はあるし、またこっち側が言ったことは、もう自分の意図以外に取られるリスクっていうのは言葉にはどうしてもあるので、それは仕方がないと。ただ、大事なのは、「自分が怒らないこと」。

竹中:ははは(笑)。ホンマですよね。

福嶋:「お前が怒るな」というね。だいたいこじれるときは、こっちが怒ってるんだと。

竹中:ははは(笑)。

福嶋:「なんでこんなにこんなこと言わなあかんねん!」と怒って、それは逆にそうなっても、やっぱり立場が立場ですから、抑えよう抑えようとするでしょ? だからもっと腹立つんですよね。

竹中:そうですよね。

福嶋:だから、自分が冷静になって話を聞いていれば、さっきおっしゃったように記録というか記憶にも残るし、そのうちで我々がビジネスとして利用できるところは利用できるところっていうことになるんでしょうけども、こっちが怒っちゃったら、それは一切(できない)。

竹中:収拾がつかないですよね。

怒るほうが疲れるという真理

福嶋:もう見ていると、こじれるときって必ずこっちが怒ってるんですね。語弊があるんで、誤解していただきたくないんですけども、相手にだけ怒らせてたら、大抵こっちが勝つんですね。

竹中:ははは!

(会場笑)

福嶋:怒っているほうが疲れますから。

竹中:秘訣やな、秘訣。疲れますよ、エネルギーいりますもんね。

福嶋:それだけエネルギーを使って注意していただいてると思うと、そして非常にありがたいと思えれば、それほどフラストレーションは溜まらないですし、実際、物理的に相手は疲れますから。

だいたいさっきのような応対をしていましても、「まぁ、お前に何言ってもしゃあないな」となるんですね。先ほどのヘイトスピーチの話でいうと。「いや、僕はそんな中国や韓国が支配占領してるとは思ってません」と。「お前なんか、言ってもしゃあないな」ということになっちゃう。

竹中:まぁ、ちょっと話し相手を探してはるところがありますからね。

福嶋:そうですね。特に本屋の場合は、それがありますんで。

竹中:そこで理論をぶつけ合いする相手をね。それこそ店長さんっていうトップが出てきてくれたら、向こうも「やりがいがあるわ」みたいなことになって(笑)。

(会場笑)

竹中:日本中のいろんなお店でクレームを全部聞き回ってはった人ですから。こっちは腕はありますから。

福嶋:それが、到達した境地ですね。「こっちが怒るな」ということですね。

話を聞かずともずっとしゃべり続けるクレーマー

竹中:僕の会社にかかってくる電話も、「言いたいことぜーんぶ聞いてあげてください」と。2時間はちょっと。もったいないですけども、「言いたいことあったら全部しゃべってください、聞きますから」言うて。

ときどき若い女の子が取ってたら、電話機置いて(おかせる)。見ていたら、(クレーマーが)ずっとしゃべってんの。「聞かなくていいですから、だいたいなんか音してたらずっとしゃべってるから、もう、受話器置いとき」言うて(笑)。「お前、聞いてんのかー!」と言われたら、「はい、聞いてます」と言ってまた置いておいたら、また20分ぐらいしゃべっとる。「もう置いといて、他の仕事しぃ」いうぐらいのさばき方も教えましたけどね。

(会場笑)

竹中:あれはあれで、なんかエネルギーを発散したい人もいるんですよね、電話口でね。電話賃もかかるのにねぇ。あれはいいんですかねぇ? 趣味みたいなもんで。

(会場笑)

福嶋:電話の機能が昔みたいに単純じゃなくなってきましたでしょ? あんまり言わなくなったんですよね、「電話代を返せ」とかいうのはね。昔は、「かかってきたら必ず折り返せ」と言ってたんですね。でないと、長引いたときに「電話代どうしてくれんねん!」言うて。

怒りのポイントがスイッチする瞬間

竹中:そうそう、僕、それで失敗しましたわ。会社に入った頃ですよ。まだこんなダイヤル電話のとき。ほんで、向こうはぜんぜん丁寧やったんですよ。「チケット買ってんけど行かれへんようになったから、払い戻しとかでけへんのかなぁ?」言うから。

僕は広報マンで、「チケットの裏に小さい字やけど書いてあると思いますから、これご購入していただいたもんは、うちとしては返金できませんねん」「けど、どうしても行かれへんから、なんとかならんかなぁ?」みたいなお願いごとやったのに、「ちょっとお待ちくださいね」言うて、僕チケット売った営業担当者に聞き回ったわけですよ、内線とかで。

ほんで5分か6分ぐらい経ったんですよね。で、「すいません、いろいろ聞いて回ったけど、一旦買い求め……」って言うてるときに、「どんだけ待たしとんねん、お前は!!」言うて。「俺がかけた電話やろ、お前!」言うて。「え〜、この人、怒ってるところが変わっていった。」みたいな。

(会場笑)

さっきまでの「金返してくれ」っていう要望が、「待たしやがって、俺の電話賃返せ!」になってて(笑)。「あれー?」と思って。今店長がおっしゃる通り、そういうときは、すぐに折り返しますっていうことですよね。

相手の立場になって考えてみるということ

竹中:だって、電話を持たされて待ってる身と、かかってくるのを待ってる身、ぜんぜんぜん違いますもんね。変な話、かかってくるものを待ってる身やったら、別にもう面倒くさいからいうて、鳴ってるとき、おしっこをしに行ってもいいわけでしょ。でも受話器を持って待ってたら、どこも行けないですからね。自分の時間と行動まで拘束されるわけですから、僕はそれを知らずに「少々お待ちくださいね」なんて気楽なことを言うてしまったがために、大変なことになったんですよね。

そういうヒントはあるんで、それは相手の気持ちが自分の気持ちだったら、そうですよね。電話かけて、「ちょっと待っといて」いうて5分も待ったら長いですよね。でも「かけ直すから待っといて」言うたら、15分経ったって、別に苦にならんはずなんですよ。その感覚を身につけながらコミュニケーションしていくのが、こういうクレームもそうですし、特に僕がやっている謝罪もそうだと思いますよ。

福嶋:それがやっぱり集積されたのが、この本でもありますけど、以前書かれた『よい謝罪』(につながっている)。

竹中:『よい謝罪』とともに。

芝居と謝罪に共通する「段取り八分」

福嶋:やっぱり吉本興業にいらっしゃったということは、新喜劇もそうですけども、お芝居をする会社ということもあるのか、シナリオを(ふだんから考えている)。

竹中:ははは(笑)。

福嶋:何度も強調されて、具体的にそれを書いてくださっているというのが、竹中さんの本の特徴ではないかと。

竹中:僕、映画も何本も作っています。芝居を作るときも本を作るときもそうなんですけども、なんとなく僕らの世界で「段取り八分」みたいな言葉がありましてね。8分っていうのは、8割なんですけどね、段取りをしっかり8割ぐらいまでやっといたら、もうあとは2割はちょっとがんばるだけで済むよっていうぐらい、準備が大切やと。

喜劇を作るけども、稽古したりリハーサルして、8割ぐらい納得いくまでがんばっておいたら、あとはもう2割ぐらいの力でもものすごい素敵なステージが生まれたりとか、映画が生まれたりする。そういう意味で段取り八分がありましてね。

実は謝罪もそうなんですね。謝罪に行くために、謝り方の角度とか、履いていく靴の色とかを練習するんじゃなくて、「どこが悪かったからこんなことなって、相手の人が怒ってはんねんで」っていうのをわかってるかを理解する。

本意気の芝居にならない

竹中:まず謝るもの自体を理解しとかないと、「あぁ、わかりましたわかりました、ほんなら俺が謝ったらええんでしょ?」みたいなって、口先だけで言ったら、絶対謝罪にならないですね。もっと言うたら、「俺がホンマはやったんちゃうねん、俺の後輩がやってんけど、俺が謝らなあかんねん」いうのもバレるんですよね。

会社の一大事として捉えるならば、部下であろうが、ことによったら自分が使っている子会社、関連子会社、孫会社などの責任も背負わなあかんのです。しかし、ついつい「俺、関係ない」と言いたい顔するんですよね。「これ、他人事です。俺は直接じゃない」みたいなことが出るんで。

そういう意味でいうと、「なぜ君がここでこういうふうに謝らなあかんか」を理解して、しっかりと伝えにいく。僕は8割ぐらいそのへんの準備がいりましたね。

逆にそれをしないまんま、段取りだけとか、「いつ行って、何して、こう言ったらええよ」と行ったときの上っ面の本だけでは、変な話、本意気の芝居にならないですからね。単なる朗読劇になってまう。

「これから一生懸命やります」は通用しない

竹中:気持ちが入るという意味でいうと、しっかりとその内実をよくわかって、再発防止のことも「なるほどな、ここまでちゃんと言うんだったら応援しよう」と言ってもらうことまで言わないとあかん。でもそこがぬるいと、最後の最後になって「これから一生懸命やります」と。

いやお前、工場爆発して2,000人ぐらい避難してんのに、「一生懸命やります」って、そんなんできんのん?。芸人さんの焼肉屋さんでカンピロバクターに感染してお腹が痛なって食中毒した人に、「すいませんでした、これからちゃんとやります」言うて、それで通んの? 「ちゃんとやる」とか「一生懸命やります」なんて、何の具体性もないですからね。もうそんなもん、信用したらダメですよ。

ちゃんとやるのは当たり前ですよ。一生懸命やんのは当たり前なんですよ。どう一生懸命やんのか。焼肉屋さんやったら、「生肉を冷蔵庫から出したら、30分以内に調理してお客さんに提供する」やったら、30分ですよ。もう、50分やったらダメですよ。31分でもダメなんですよ。それを決めるのが、具体的なことじゃないですか。

カンピロバクター出たときは、トングいうんですかね、あれを1日1回しか煮沸せぇへんかったんを、「お客さんが帰られるたびに煮沸します」と話す。それ、全部伝えれますよね。

そういう具体的なことが、お食事を出されるところにはあるはずなんです。それを伝えることで、初めて再発防止のはず。

でもそれを飛ばしちゃうと、当たり前のように「一生懸命やります、真面目にやります、理解してください」「こんだけ謝ってんのにわかってもらえないじゃないですか」って、自分の都合ばっかり押し付ける。違うんですよ。

もっと世の中には、具体的なものがないと伝わらないことが多いんですね。そういうことで、謝罪にはとくに具体的なことは必要だと謳っています。

謝罪会見の成否は“司会者”が握っている

福嶋:今おっしゃったのは、まず一番目の謝罪。つまり被害者の方、直接の被害者の方に対する謝罪ですよね。その一方で、こういう世界ですから、今の社会状況ですので、謝罪会見についてもわりと詳しく両方の本とも書いてくださっているんです。

そこにもシナリオというものがある。重要なのは、もちろん加害者は変な意味では主役なんですけども、そこでうまくいくかどうかのカギを握ってるのが、竹中さんご本人も何度も経験された「司会者」ですよね。

竹中:そうですよね。

福嶋:それがすごく僕は印象に残っています。

竹中:大喜利でいうと「回し」の役ですからね。昔の笑点で言うと三波伸介さんですよね。そんなに古いのみんな知らんわな(笑)。

(会場笑)

竹中:まぁまぁ、回しが大事なんですね。

福嶋:円楽さんも歌丸さんも、亡くなってますけど(笑)。