DNAの二重らせんは、そのほとんどが「右利き」である

Michael Aranda氏:DNAの二重らせんは、サイエンスの象徴としてよく用いられますよね。画像にDNAのらせん像を載せるだけで、なんとなく「サイエンスっぽく」見えてしまいます。ところで、これには理由があることをご存じでしょうか。実は、私たちの細胞には、洗練された美的センスがあるのです。

私たちの細胞内のDNAは、ほとんど全てが「右利き」です。DNAが、講堂に一個は設置されている「左利き」用の机と格闘する必要がない(つまり「右利き」である)ということではありません。DNAの二重らせんは、左下から右上に向かって捻じれているのです。らせんの向きを上下逆さにしても、それは変わりません。

念のために言えば、DNAは特殊な環境下では「左利き」のらせんを形成可能です。しかし、「左利き」の分子構成は、極めて不自然です。

特殊な環境下で「左利き」が現れることこそあれ、ほとんどの場合、私たちの遺伝コードは「右利き」のらせんに蓄積されています。私たちの細胞は、「右利き」のらせんを解読するように作られており、遺伝情報が「左利き」であった場合、細胞は解読ができません。

生物における「右利き」DNAの選択は絶対です。事実、すべての生命がこのルールに則っています。それにしても、不思議ですよね。すべての生命のDNAは、なぜ同じ方向に捻じれているのでしょうか。

DNAなぜ右らせんを描くのか

DNAがなぜ右らせんであるかについてのもっとも有力な学説は、DNAを構成する素材であるヌクレオチドの形に関係があるとしています。ヌクレオチドはキラルです。キラルとは、右手と左手のように、互いが鏡に映したような形であることを指す語です。キラルの分子は、どのように回しても、重ね合わせることは不可能です。

DNA二重らせんは右まわりですが、ヌクレオチドに関して言えば、ここで言う左利き右利きは、鏡像体のどちらであるかということです。私たちの細胞には、左利きのヌクレオチドしか存在しないため、形成されるのは右利きのらせんのみなのです。理論上では、ヌクレオチドが逆の鏡像体であれば、左利きのらせんを形成することも可能です。

ここで次の疑問です。すべての生命の細胞にあるのは、なぜ左利きのヌクレオチドだけなのでしょうか。簡単な答えは、生命が初めて出現した40億年前に、たまたま左利きのヌクレオチドがたくさん存在していたから、というものです。

しかし、もっと複雑で面白い答えは、宇宙が起源というものです。さらに絞り込むと、宇宙線という高エネルギーの放射線が起源です。

宇宙線は地球の大気圏に入射すると、大気圏に含まれる気体の分子を破壊し、電子などの素粒子が放出されます。その過程で、宇宙線の作用により電子は回転します。ここでも、左回転か右回転かという2つの可能性が生まれます。

奇妙なことに、こうして破壊された原子から放出される電子は、右ではなく左に回転するのです。事実、右回転の電子は実験室では発生させることが可能ですが、自然界においては観測されたことがありません。そして物理学者たちは、いまだにその理由を解明できていません。

我々の細胞が持つ、サウスポーを嫌う傾向の謎

50年ほど前、科学者たちは、自然界に無い「左利き」DNAらせんにおいて、電子の不均衡を解消する実験を試みたことがありました。科学者たちは、左回転の電子が、「左利き」らせんのDNAを形成する「右利き」のヌクレオチドのような、一方だけの「利き手」キラルの分子を、優先的に破壊するのではないかという仮説を立てました。

2015年、科学者たちは、この説が物理的には可能であるかもしれないことを立証しました。気体に向けて、左回転の電子と右回転の電子を放射したところ、ほんのわずかの違いが見られたのです。

「右利き」の電子は、「左利き」の分子よりも0.03パーセントほど多くの「右利き」の分子を破壊したのです。ほんのわずかな数値ではありますが、これが数十憶年を経てこれが累積していった、あるいはその他の理由で増幅していった可能性を示唆しています。

「左利き」のDNAヌクレオチドの方が、わずかであれ宇宙線に耐性があるのなら、らせんが「右利き」に進化するのには有利である可能性があります。

とはいえ、この実験は、電子が「利き手」の異なる分子に対し、異なる作用を及ぼすことを証明しただけにすぎません。DNAとの直接的な関連性は、何も証明していないのです。しかし、これは、私たちの細胞にはなぜ、サウスポーのDNAを嫌う傾向が染み付いているのかを理解する、最初の一歩なのです。