今明かされる、みらいワークスの誕生秘話

岡本祥治氏(以下、岡本):みなさん、おはようございます。

参加者一同:おはようございます。

岡本:株式会社みらいワークスの岡本です。今日は「『経営理念』×『ビジネスモデル』=『日本を元気に』」ということで、みらいワークスの生い立ち等について話をさせていただきたいと思います。

今日はログミーさんの取材が入っているということで、朝慌てて「あ、これ話せない」と思って資料を変えたんですけど(笑)。さっき途中でこれ(カットのジェスチャー)もできると聞いたので、全部話すことにしました。資料も元に戻しました。

ということで、いろいろと綺麗事じゃないようなことが今まであったので、そこも含めて話をさせていただきたいと思います。

今日のアジェンダは大きくこの3つとなっていますので、よろしくお願いします。まず最初は自己紹介と会社紹介となります。

先ほど経歴もご紹介いただきました通り、私自身は2000年に慶應(義塾大学)を出て、アクセンチュアに入社して、5年ほどコンサルタントとして経験を積みました。最初の3年はITコンサルタントとして、残りの2年は戦略のコンサルタントとして経験を積んでいます。

その後、上場していたベンチャー企業に転職して、そこで2年ほど経営企画室の責任者として働き、その後2007年に起業しました。最初は1人会社の社長としてフリーランスで4年半活動して、その後アクセンチュアの後輩と一緒にみらいワークスを立ち上げました。

現在のビジネスモデル

みらいワークスがやっているビジネスモデルは、プロの登録者の方々の“みらい”の働き方をサポートしている人材サービス会社。これが1つ目の側面です。

もう1つの側面は、経営課題を抱えている大企業を中心としたクライアント企業の経営課題を、プロの人材と一緒に解決する。そんなコンサルティング会社でもあります。みらいワークスはコンサル会社でもあり、人材会社でもある会社です。

実際にやっている内容は、お客様から業務委託で仕事を受託して、さらに業務委託で登録のフリーランスのプロ人材に仕事を再発注する。これが基本的なビジネスモデルです。現在登録いただいているプロの方は9,000名を超えており、あらゆる業界の大企業に勤めていた方が中心となっており、平均年齢は約45歳です。

一人ひとりがプロ人材、依頼には「なんでもできますよ」

このプロの方々にお支払いする月額報酬は、平均でも月100万円を超えています。フリーランスのマッチングサービスをやっている企業というのは、クラウドソーシングが一番有名だと思いますが、他にも世の中にはたくさんあります。

クラウドソーシングだと、月額報酬が4万円ぐらいのようですが、我々は月に100万円以上稼ぐようなフリーランスのプロ人材のためのプラットフォームを作っています。

これだけ高額の報酬を得ているフリーランスのプラットフォームをやっている会社は、他ではなかなかないので、ここが我々の特長であり、強みとなっています。

大企業を中心にさまざまな経験を積んできている方が9,000名いますので、基本的にはクライアント企業から受ける仕事は、企画、専門、マネジメント領域のオフィスワークであれば、だいたいなんでもできるというのが弊社の強みになっています。

約9,000名のビジネスパーソンの転職支援も

また、この9,000名の登録フリーランスや起業家の方々の再就職の支援もやっています。独立、起業した方は、片道切符みたいな印象があって、一度そちらに行くと戻って来ない。基本的には、またサラリーマンに戻ることってない印象ですが、実はそんなことはなくて。

一度起業したり、フリーランスになったりしても、またサラリーマンに戻ったり、起業したり、そんな人生観を持つ方がけっこう増えてきています。世の中の一般的な人材会社は、1度独立・起業した方はなかなか扱ってくれない風潮がありますが、それを我々が解決しています。あとは会社から会社への一般的な転職支援サービスも展開しています。

今までは、大企業向けを中心にサービスを提供して上場したきましたが、最近は成長ベンチャー向けにも同じように人材サービスを展開しはじめました。プロのフリーランスの業務委託で提供することと、即戦力の正社員の採用をする2つのソリューションを展開しています。

自身の経験にもとづいたフリーランスの活用

しかし、月100万円以上稼ぐようなフリーランスを、ベンチャー企業が使うにはちょっと高すぎると正直思いますので、我々は、外部の専門家のように、週1回や月2回等、短期間だけサポートするような人材を、25万円から40万円で提供するようにしています。

20代の若手社員を採用するのと同じくらいのコストで、プロ人材を活用することができれば、ベンチャー企業の成長を支えることになると思っています。実際ベンチャー企業は、採用に苦労するところもけっこう多かったりするので、そんなサービスを展開しています。

正直にいうと、我々自身も上場プロセスの中でフリーランスの方にすごく手伝ってもらいました。今もオフィスに来ている方の4分の1から3分の1くらいの方は、フリーランス契約で仕事を手伝っていただいています。あとは正社員で働いていた方がフリーランスになって、そのまま手伝ってくれるパターンもあります。

我々がこのビジネスモデルをやっている以上は、フリーランス活用をいろんなベンチャーさんにも展開していきたいなという想いも持っております。

20万円あれば起業できる時代のビジネスモデル

岡本:ここからは1つ目の本題、理念経営とビジネスモデルとIPOについてです。

起業から現在の経営理念に至るまでの経緯ということで、一番最初は綺麗事といったら変ですが、外部に対して話すことや採用の面接、会社概要を説明するときに話しているストーリーについてお話します。

まず世の中が変化し、個で働く人が増えています。今は大企業も潰れる時代、JALやサンヨー、シャープといった日本を代表する企業が傾く、潰れる。また、それによってリストラをしたというニュースが新聞などに流れます。

大企業が雇用を守ってくれる時代は終わったんですよね。みなさんもたぶん気づいていらっしゃると思いますし、世の中の方も気づきはじめたんですよ。そうすると自分の力で生きていかないといけない。そんな感覚を持つ方が増えています。

もしくは50代位の方ですと、「なんとかリタイアするまではしがみつこう」みたいに思っている方もいるかもしれないですが、若い人になればなるほど雇用を守ってくれる時代じゃない。そんなことに気づいている方が増えてきました。

それによって働くことに対する価値観が、どんどん多様化してきていると思います。また起業へのハードルが低くなった。昔であれば、株式会社って資本金が1,000万円ないと作れなかったんですが、今は1円で……実際は登記のいろんな手続き上のコストを入れて20万円ちょっとあれば会社を設立できるようになったんですね。

あとはパソコン1台あれば、正直今はビジネスができてしまいますよね。インターネット環境もすごく発達しましたし、シェアオフィスも世の中にいっぱい溢れています。昔は資本を持っている人しか起業できなかったのが、今は誰もが起業独立できる時代になってきました。

これによって個でチャレンジする人が世の中に増えてきた。これが2000年以降の流れと捉えています。

訪れた個の限界、独立しても活躍できないという現実

そういう中で、個の限界が訪れます。これは何かというと、ものすごく高い志を持って起業する方が多いですが、志よりも目の前でお金を稼がないといけない。

そういった厳しい状況が待っているので、まずはお金を優先して働く。そうすると気づいたら5年10年経っていて、「あれ、俺って何のために起業したんだっけ?」みたいな状態に陥ってしまう方もいらっしゃったりします。

あとはフリーランスの社会的地位が低い。これは日本ならではだと思います。最近でこそ、安倍政権が働き方改革の中でフリーランス活用を明確に打ち出したので、だいぶ知名度が上がってきました。私が起業したころは、フリーランスとフリーターの違いがわからないみたいなのが当たり前の時代でした。

例えば当時30歳くらいだったうちの登録者で、フリーランスでそれなりにお金も稼いでいて、そろそろ結婚しますという報告が来て。「お~、おめでとう」「式いつなの?」と言っていましたが、一向にそのあとの連絡が来ない。

「どうしたの?」と聞いてみたら、向こうの親から反対にあいましたと。「そんなフリーターみたいな、地に足がついていないやつに、うちの娘をやれるか!」と言われたらしく。当時の世の中のオールドな方々の考え方は、そういう感じだったと思うんですね。会社勤めしていないやつは地に足が着いてないダメな人間だ。そんな時代があったんじゃないかなと思います。

あとは特に大企業で、個人事業主と業務委託での直接契約を基本的にはNGとしているような会社も、まだまだ多いです。

アメリカだと全くそんなことないんですよね。大企業がフリーランスの方々をどんどん活用して仕事をするのが、日本より20年以上は進んでいると思います。こういったこともあって、独立しても活躍できない現実というのが日本にはあるんじゃないかなと思います。

「まずい。30歳なのにやりたいことがない」

そういう中で、私自身はどういう流れできたのかということですが、まず30歳で自分を振り返るタイミングがありました。もともと私がアクセンチュアに入社したのは2000年ですが、コンサル会社を選んだ理由はやりたいことが見つからなかったからなんですよね。

学生時代は理工学部で理系の勉強ばかりしていましたが、別にそれを一生やりたくはないと思っていました。かといって「世の中の仕事は何があるかわかんないし」と思っていて。

そういう中で、当時コンサル業界はけっこう盛り上がっていて、人気もある業界でした。この業界に行けば短期間で自分も成長できるし、かついろんな世界や業界が見れる仕事だと思ったので、コンサル業界を選びました。

実際にコンサル業界に入ったら、今度はコンサルタントの仕事がおもしろくなり、その仕事にどっぷり浸かりました。そのあとはベンチャー企業に転職して、経営企画の仕事をしました。経営企画の仕事もコンサルに近い仕事で、結局、20代でやりたいことがぜんぜん見つかっていませんでした。

30歳は、大人になる歳という印象が当時あったので、「30歳になるのに、俺はぜんぜんやりたいこと見つかってないぞ。これはまずい」と思い、自分のやりたいことを探そうということで動きはじめました。

「日本を元気にしたい」と思うきっかけになった、47都道府県旅行

20代のころは海外も好きだったので、20数ヶ国くらい旅行で行っていましたし、外資系に勤めていたこともあって海外に目が向いていたのですが、日本のことはあまり知らないなと思ったんですよね。

都道府県の行った数を数えてみたら過半数にいってなかったんですよ。じゃあまずは日本を全部回ってみようということで、47都道府県を全部回ったんですよ。その過程で、日本のいいところをたくさん見て。やはり地方に行けば行くほど、人も食も文化もすばらしいものがたくさんあるんですね。

ただ経済的にはやっぱり廃れているのが現実だと思います。県庁所在地があるような駅の目の前でもシャッター商店街があって。ちょっと外れたところの大きな国道沿いに行くと、イオンとかヤマダ電機とかがドーンとあって、そこだけ妙に栄えている。

資本主義が進み……競争が激しいところでいくと、そういったことが出てくるのは当たり前だとは思います。ただ、これが進むと日本のいいところは消えていっちゃうなと感覚的に思ったんですね。それがなんか自分のアイデンティティが消えていってしまうみたいな感覚に陥って。

日本の良さを活かしながら経済的も発展していく。そんなことってなにかできるんじゃないかな思って、「日本を元気にしたい」という想いにつながり、「日本を元気にする」を仕事にしようと(決心した)。ただ、そんなことができる会社がなかったので、起業という選択をしました。

起業の直後にリーマンショックが起きる

起業をしたものの、やるビジネスは決まっていませんでした。フリーランスとしてなら稼ぐことができると思ったので、まずはフリーランスをやりはじめたのがこのタイミングです。

ただ、2007年に会社を設立して2008年にはリーマンショックがやってきて、経済的にはどん底で、自分の仕事もぜんぜんなくて困っていましたが、一生懸命なんとか営業しながら仕事を取ってくるうちに、なんとなく回るようになってきたんですよ。

周りにもフリーランスや起業家の方で仕事がぜんぜんなくて困ってる人たちがたくさんいて、自分が取った仕事を周りの人にパスするようになっていったんですよね。そしたらみんなが「ありがとう」「ありがとう」とすごく感謝してくれる。それが私はすごく嬉しく思って。

「あ、これって人にも感謝されるし、マネタイズもできるし、ビジネスになるんだな」と思い、なんとなくやりはじめたというのが当時の成り行きで、今のビジネスモデルが立ち上がりました。別になにかを狙ってビジネスモデルを立ち上げたわけではなく、やっているうちにビジネスになってきた感じなんですね。

起業する人に共通する三大テーマ

それをやってるうちに、また別の変化が訪れました。せっかく仕事を紹介するので、登録時には「何ができますか?」「何がしたくて起業したんですか?」「これからどういったことをしていきたいんですか?」というのをけっこう聞くようになったんですね。

そうすると自分の中で気づきがありました。起業や独立をする人には、3大テーマがあると思ったんですよ。1つ目は地方創生。2つ目は中小企業、もしくはベンチャー企業の支援、3つ目は海外とのつながり。今でいうとインバウンド、アウトバウンドの仕事です。

だいたいこの3つのテーマをやりたくて起業する人が多いことに気づきました。この3つのテーマって、どれを取ってみても日本を元気にする仕事なんですよ。私と同じように日本を元気にしたくて起業する人がこんなに世の中に多いのかと思いました。

当時はリーマンショックのあとで、優秀な人が全く活躍できないという現実を見たときに、力がある人たちが志を持って起業しているのに、その人たちが活躍できてない状況は、日本にとってすごくもったいないなと思いました。

そういった人たちがもっともっと活躍できる社会インフラを作ってしまえば、結果としてその人たちが活躍することで日本が元気になる。自分がやりたかった「日本を元気に」ということができるんじゃないかと。

そんなことを思いはじめて、このビジネスに芽が出てきたタイミングで、たまたまアクセンチュアの後輩と一緒に会社をやろうかという話になって、みらいワークスを設立しました。そこに一気にアクセルを踏んだというのが、私の起業までの経緯です。