1億円を使い、10億円分の価値を生み出すブランディング

石坂昌也氏:次にブランディングのリターンと投資判断のところです。これさっきのと一緒で、ブランドの価値のすべてということではないです。ブランド投資額と手法みたいなものに関して、これはあくまでも個人的なおすすめに過ぎないんですけれども。こんな感じです。

簡単に言ってしまうと、例えば100億円規模の会社があったとします。国内では、すごくがんばればその10パーセントくらいは、ブランドの価値ってグロースさせられるんじゃないかなと思います。これは 車屋さんでも、洋服屋さんでも、あるいはシステム屋さんでも同じですね。

それをマックスだと考えたときに、自分たちはもしかしたら10億円の価値をブランディングによって獲得できるかもしれないけれども、10億円の価値を10億円で作っちゃったら、別にだれも買いたくもない。

仮に「それを1億円で作ります」と言ったとします。とはいえ、1億円で10億円の価値を作るときに、一番最初の日式マーケティングを思い出してほしいんです。日本って、一発でそれを仕留めにいきがちなんですよ。1億円でメディアを買って渋谷をジャックして、「はい、どう?」みたいな感じなのが多いんです。

海外の場合は、さらに分割して細かく使います。とくに才能のある人たちに細かく渡します。なので10億の価値を作るときに、1億くらいをさらに分割して使うと、初期投資額ってわりとリーズナブルでセーフティゾーンじゃないかと思います。

このときに「いい会社ってどこですか」というと、このスライドにちょっと書いてあります。大企業、中企業も入りますね。創業20年以上経っていて、社員が100人以上いるところとかって、最初は本当にこれくらいにしておいた方がいいと思います。

「創業から20年経ったし、第2次創業期として、ロゴも変えて一気に俺たちはユニコーンを目指す」というのはキツいと思います。

なぜかというと期待が集められないからです。今までその会社がやってきたことを見る限り、いきなり伸びそうじゃないから。伸びるかもしれませんが、あくまでも伸びそうに感じにくく見えるから、まずは堅実なリターンをブランディングに期待するのがリーズナブルであるかなと思います。

スタートアップが大企業のようにブランディングにお金を張るのは「正しい」か?

日本のブランディングって……もっと言っちゃうと、海外のブランディングも正直、自分が見ている限りではほとんど失敗してると思うんですね。でも、やっぱり成功させようと思っているなら、あんまりよくわからないものだと思わないで、普通にビジネスの1個だと思って、冷静に張っていった方がいいです。

また、たくさん張らない方がいいです。とくにメディアとかインフルエンサーって、大きな会社さんが買うことは多いと思います。時間がなくてお金があるからです。例えば年間1,000億円使いますという大企業って、いっぱいあると思うんです。

そういうところなんかはどんどんやったらいいと思うんです。スタートアップとか、例えばシードのシリーズA、B、Cみたいなところを進んでいく段階で、プロダクトで数千万しか使ってないのに大企業のようにお金を使うのは、一旦「らしい」かどうか考えませんか、ということです。

これは日式のお金の使い方です。この色の濃いところに注目をしていただきたくて。色の濃いところというのは、クリエイティブとかアイデアに対してお金を払っている割合です。

日本って、だいたい20分の1、つまり5パーセントから10パーセントくらいをデザイナーにお金を払って、あとは広告枠を押さえにいきますね。テレビ局のゴールデンタイムにこの有名人を使えばOK、というお金の使い方をけっこうします。

良くも悪くも大振りですね。これは日本人をターゲットにしていて、日本人同士であったことがなくても読み合えるからです。本当に、一気に仕留められるかもしれないです。これが 海外のように状況や基盤が変われば、そうできない理由があります。

海外の場合って、メディアのオーナーがたくさんいたり、メディアの転売に利益が載せられなかったりで、それ自体がビジネスになりにくいです。

そのときに何が起こるのかというと、わりと正常なマーケットができます。例えば100万円のメディアを買うのに、手数料を3パーセントしかもらえないと。3パーセントですよ? じゃあそのときに、その国の金利を見たらどうかというと、6パーセントだったりするんですよね。お金を預けていた方が儲かるわけです。

つまり、広告代理店業をやるだけで赤字になっちゃうわけですよね。そうすると何をしなきゃいけないのかというと、良いアイデアでもっと早く結果を出して、客からコストを引き出さないと、単純に3パーセントずつ自分が赤字を出しているだけになっちゃうんです。

だから、みんな死に物狂いでいいアイデアを作って、もっとお客さんから褒めてもらおう、お金を貰おうという行動原理が根底にあるわけです。

インド映画の踊りに込められたノンバーバル表現の価値

グローバルブランディングがなぜそんなにタフなのかというと、いろんな国で、手数料と金利の逆転現象が起こっているからです。

やっぱり街とかメディアの成長がぜんぜん間に合ってなくって、経済が伸びていて金利が高くって、家賃とか急に高まってたりとか。つまり、不安定だということです。看板やサイトのバナーの費用も、みんなテストマーケティング中みたいな状態で交渉してみないと値段がよくわからない。でも、窓口が確立していないので、現地の案内無くしては、良い交渉筋を見つけることすらできないかもしれません。

そうした不安定な中で、ローコストで安定したブランディングを作りたいときに何ができるのかというと、ハイレベルなクリエイティブに基づいたノンバーバル表現になるんです。言葉を発してはいけないんです。同じ単語でも、表記や発音で、どちらの民族にとって優位か出てしまいます。それを外国人が見分けるのは至難の業です。そのため、まだクリエイティブを頑張る方が現実的というわけです。

インド映画では踊りを踊るのを知ってる人って、けっこういると思います。インドの人は踊りが本当に好きなんだなと思ってました。でも、言語表現しちゃうと、どうしても民族間で伝わらないことができてしまってわだかまるんで、踊りでおさめてるらしいです。

(会場笑)

なので、ノンバーバルで小さい施策をたくさんやっていって、成功してるっぽいところにどんどんどんどん張ってくという感じのが海外のやり方です。これらはおそらく上手くいってるんでしょう。

一方で日本では、スタートアップの人たちも大手企業も、日本人をターゲットに一点張りが行われていると思います。同時にそれは、横展開できないことを意味していると思います。海外の視点を日式のブランディングに入れると、意志なき表現の被りを気にされるかと思います。

苦労して広告を出すのと、1,000億円くらい持ってる企業が同じタレントさんや媒体でやっちゃうので切り替わるわけなんで、「使い方ってもう少し他になにかあったのでは?」「自分らしい表現であったと言えるか?」に対する疑問です。

でも、ブランドをしっかり決めていないと、何が「らしい」のかもわからないし、内部の社員も協力会社も、それぞれのプロが自由に力を発揮することが難しくなります。

大企業で自分の夢を実現できるなら、起業する必要なんてないのでは?

こういうメディア先行のやり方を、改めて考え直してみるものいいのではないか。そう説得したいなと思っていろいろ調べたんです。

でも、説得するのは止めました。平たく言うと、日本人って今もめちゃくちゃメディアを信じてるんですよね。ここにいる人たちって、いろんなメディアを見て納得いかなかったら、ときには海外のメディアを見て、なにが正しいのかを取捨選択をするかもしれないんですが、多くの国民は海外の人々に比べるとストレートに信じていると言えると思います。

たしかに日本は平和だと思いますし、自分も休みの日とかに「この情報は正確か」を答え合わせするなんて、疲れるので絶対したくないですよ。

とはいえ、100倍くらいの宣伝費を持ってるところと同じ手法を取ってしまうというのは、自分としてはなんでなんだろうなと思うんです。すごく素朴に、「なんで起業家は『起業』を選んだんだろうな」って、自分の場合は思っちゃいます。

例えば自分がビールを通して世界を平和にしたいんだったら、キリンビールに入ったりするのはダメなんでしたっけ、サントリーじゃダメなんでしたっけと。大きくて素晴らしい会社だし、生活も安定するし、実際に目標に近いと思っちゃうんですよ。

そっちを応援して、自分の夢も実現できたら悪いことなんて一つもないと思います。実際、起業する人って優秀な人ばっかりだと思うので、そういうところに入ろうと思えば入れると思ってるんですよね。

その選択をしないのは、スタートアップの人とか新規事業開発者の人が、仕事がタフなのにも関わらずそれを選んでしまう理由や固有の意志があるのではないかと思います。

それでも起業を選ばざるを得ないのは、やっぱり自分の心の中になにか思うことがあって、頭がいいのにあえて非合理的な行動を行っていると、私は勝手に考えています。ただし、それが心の中に収まってると、だれも応援してくれないんですよね。だって誰も知らないから。応援どころか、クレイジーと言われてしまうかもしれないですよね。「なんであいつはキャリアを捨てたんだろう」とか。

だから、内なる意志をブランドとしてメッセージングして、自分の賛同者を増やして背中を押してもらうことが、新規事業やスタートアップの基本であると考えています。

つまり存在意義を理解してもらうということです。手法は、あくまでも基本はロジカルに、表現はエモーショナルにという感じです。

クリエイティブを売るのではなく、広告枠を設けてもらう作戦

では具体的にどうするのかですが、勝てているブランディングには共通点があります。(スライドを指して)例えば有名ブランドのローカライズ。彼らって、ぜんぜんメディアにお金を使ってないんです。これは5年、6年前ですが、非常に綿密な契約を立てていて、クライアントに対しての教科書とかも全部あります。

お金を使わずにどのようにバズを作ったのかというと、当時出てきたところで、必ず伸びると思われていたアプリに広告枠自体を作る取り組みをしました。

つまり「これを350万で売ります。いかがですか?」じゃなくて、「ここに広告枠をつくってくれよ」と直談判をしに行くということですね。「俺のクライアント、イケてる有名ブランドだし、御社もこれからぐいぐいいきたいアプリでしょ? だとしたら、ここに世界で初めての広告枠を作ってくれよ」という言い方をしに行ったんですね。

そうするとお互いに爆発的に伸びると。とはいえ「枠は作れてもクリエイティブがないじゃん、どうすんの?」というときに、どうやってその動画を用意するのかというと、手弁当だったりします。

全員同僚で、有名人を使わずに、動画広告を作っているわけです。会社に全社メールして、「金がないからちょっとモデルになってくれないか」ってメールが流れてくるわけです。

こういう人たちってノリが良くって、今300人くらいしかいないんですけど、「俺がやる」って速攻返事がくるんですよ。「俺も俺も」みたいな感じでどんどん来ます。

クリエイティブディレクターとかってみんな年収が高いですけど、彼らが背負ってそのまま出ていって、「終わった終わった」って帰ってきて、「じゃあこれアップロードするね」みたいな感じです。

なんでかというと、誰がどこの有名人なのかわからないじゃないですか。こういうビデオを作って、とにかくイケてるメディアを自分で作り出して、リーン型でやっちゃえばものすごくボカンと跳ねちゃう。その後、大きな投資への判断へと持っていくわけです。

そのために、人材のスキルを含めたクリエイティブに投資する。結果的に海外でノンバーバルですごくいいブランドを作った場合に、日本市場・インサイトもついでに貫通させられちゃうんですよ。