アドラー心理学に出会ったのは、会社員時代だった

江川みどり氏(以下、江川):受講生代表の江川です。今回お越しいただきました先生は、有限会社ヒューマン・ギルド取締役研修部長の永藤かおる先生です。永藤先生、よろしくお願いします。

永藤かおる氏(以下、永藤):よろしくお願いします。

江川:お願いいたします。今回の授業は、スクーの「今さら聞けない」シリーズのアドラー心理学です。すでにたくさんの方が着席いただいて、そして有名になった『嫌われる勇気』という本もありますね。こちらに関しても「読みました」「読んでないです」というコメントをたくさんいただき、みなさんありがとうございます。

今日はアドラー心理学について学んでいきますので、1時間がんばって受講していきましょう。でははじめに先生の自己紹介をお願いいたします。

永藤:はい。私、永藤かおると申します。最初にお断りしておきたいのは、私はこうしてアドラー心理学を何十年も研究しているわけではなく、20年ほどずっと会社員でした。

それで自分が30代後半の時に、会社の中で壁にぶち当たったんですね。それは何かというと、コミュニケーションの問題だったんです。コミュニケーションがうまくいかなかった時に出会ったのがアドラー心理学です。

それで衝撃を受けまして、「これをもっと昔から知っていれば、こんなに悩む必要もなかったし、こんなに人を傷つける必要もなかったし、傷つく必要もなかったんだなぁ」というのに気がついて。そこから心理学を学びなおして、今これをお伝えする立場にいるというわけです。

(スライドを指して)今このように画面が出ていますけれども、PHPの「人材開発」という人事担当者の方がご覧くださるようなWebサイトで、「アドラー心理学に学ぶ勇気づけの職場づくり」というコラムの担当をさせていただいたり、あと書籍ですね。自分の実体験をもとにした『「うつ」な気持ちをときほぐす勇気づけの口ぐせ』という本を執筆したり、それ以外にもアドラー心理学をもとにしたテキスト、通信教育の教科書なども書いております。

あとは個人的に1対1のカウンセリング、それから研修ですね。企業研修なども担当しております。よろしくお願いいたします。

江川:はい、よろしくお願いいたします。では続いて今回の授業をどのように進めていくのか、アジェンダを教えてください。

アドラー心理学を3つのポイントで理解する

永藤:本日のアジェンダは、まず最初に「今、なぜアドラー心理学が日本でこんなに受け入れられているのか」というのと、じゃあそのアドラー心理学とはどういうもので、基本的な考え方はどういうものなのか。

アドラー心理学は実践の心理学であって、ただただ机で勉強するだけではなく、知識を吸収するだけでもありません。それを使っていくことによって「ああ、なるほど」と実体験ができます。その実践の仕方が3つ目。そして質疑応答にできる限りお答えしていきたいと思います。

江川:はい、ありがとうございます。今回、このような流れで進めていきたいと思います。授業中、先生に聞きたいことや質問などありましたら、ぜひ気軽にタイムラインに投稿して教えてください。みなさんのコメントをお読みしながら、授業を進めていきたいと思います。お待ちしています。

『嫌われる勇気』のベースになっている学問

ではさっそく授業の内容に入っていきましょう。まずはじめに「今、なぜアドラー心理学なのか」というところです。先生、お願いします。

永藤:最初にみなさんにも質問させていただいたように、実はアドラー心理学って、私が学び始めた2006年~2007年ごろは、全然知られていなかったものなんですけれども、2013年の12月に『嫌われる勇気』という本が出ました。

これは小説でして、著者は日本にアドラー心理学が入ってきた頃から30年ぐらい広められていらっしゃる岸見一郎先生と、あと堀江貴文さんの『ゼロ』とかの編集担当でもある古賀史健さんという非常に有名な編集者の方です。

このお二人が『嫌われる勇気』という小説をお書きになったんですね。これがアドラー心理学をベースにしたもので、2013年の12月に発行されたものが、2014年のAmazonの和書総合で1位をとりました。今年の2月には160万部を突破したそうです。

基本的に心理学の本って1万部とか、せいぜい3万部売れたら「ばんざーい!」というような世界だったのが、びっくりするぐらい売れたんですよね。なぜ売れたのか? やっぱり、それはタイトルの秀逸さではないかなと思います。日本人って嫌われるのがイヤですよね。

江川:そうですね(笑)。

永藤:私もイヤですし(笑)。嫌われるっていうことを恐怖に感じるのが、私たち日本人だと言われます。その私たちに対して『嫌われる勇気』。「えっ、嫌われていいの?」みたいな、何か突きつけるような日本人に刺さるタイトル。これがまずひとつ大きい理由だったのではないかというところです。

こちら、江川さんもお読みになったとおっしゃっていましたね。

江川:はい。

覆されていく「こうあらねば」という固定観念

永藤:登場人物は、たった二人しかいないんですよね。一人が哲学者の「哲人」……哲学の「哲」に「人」と書く「哲人」。それからもう一人が「青年」という二人で。名前すらついていない、この二人の対話だけで話が進んでいくんです。

この青年というのが、ゴリゴリの日本人で、「こうしなければ」「こうあらねばならない」というのをすごく強く持っています。カチカチに固まった考えの青年が、哲人の言葉によってどんどん気持ちがほぐされていく。考え方が変わっていく。そしてそれとともに成長していく、という物語なんです。

今まで持っていた「こうあらねば」というような価値観がどんどん覆されるんですが、覆されると同時に、アドラー心理学は別名「勇気づけの心理学」といわれるんですね。覆えされるのと同時に、勇気づけられていく。こういう考え方が、この本全体を通じて描かれているんですよね。これが、この本が大きく受け入れられた理由ではないかなと思います。

そしてその第二弾として、『幸せになる勇気』という本が去年の2月に発行されて。これもかなり売れ行きが好調のようです。

江川:私もすごく読んでみたいので、この授業で『嫌われる勇気』とアドラー心理学を理解して、『幸せになる勇気』を読みたいと思っています。

永藤:はい。

各種メディアで取り上げられ話題に

江川:今、受講生の方からも『嫌われる勇気』のお話がありました。「読んだもののまだ腹落ちしていない感じです」という山岸さんのコメントや。

永藤:うんうん。

江川:チバさんは「何年か前に読みました」と。「ドラマ化までされましたね」というコメントもいただいていました。

永藤:そうなんですよね。そのドラマが今すごく注目されていて。

こちらのスライドにもあるように、フジテレビの1月~3月クールで『嫌われる勇気』というドラマが放送されました。ただ、これは『嫌われる勇気』の、なんて言うんでしょう……エッセンスを取り入れた刑事ドラマだったので。ストーリー自体は、本とはまったく違うものだったんですけれども、やっぱり話題になりました。

あとはNHKのEテレの『100分de名著』というので、2016年に2回取り上げられているんですよね。それもなかなか珍しいそうです。あと、これは私が取材していただいて、『プレジデントウーマン』という女性向けのビジネス誌に載せていただきました。あと新聞は日経新聞さんで。真ん中にぼんやりと写っているのは、実は私です……(笑)。

江川:あっ、そうなんですか!(笑)。

永藤:私、所属しているヒューマン・ギルドで、アドラー心理学のベーシックコースを担当していて、密着取材してくださったんですね。このように、すごく注目していただいています。

この注目していただいているアドラー心理学ってそもそも何? という話をまた進めていきたいと思います。

江川:はい。

フロイト、ユングと肩を並べる、心理学三巨頭のひとり

永藤:この左下がアルフレッド・アドラーという、アドラー心理学の創始者です。このアドラーが有名になる前は日本では……その上に二人いますよね。

江川:はい。

永藤:ジークムント・フロイトと、カール・グスタフ・ユングです。このフロイトとユングが、非常に有名な心理学者だったんですね。欧米、とくに北米では「心理学三巨頭」と言われているんですが、日本ではフロイトとユングだけが有名だったんです。アドラーはほとんど知られていなかったんですね。

ただ、この三人は第一次大戦前に、一緒に共同研究もしています。フロイトの創設した精神分析運動の初期の推進者と言われているのですが、何が違うかというと、フロイトとユングというのは主に病理の研究なんですね。精神的な疾患を抱えた、心の病を持った人を主に対象にした心理学だったのに対して、ある時期からアドラーは健常者のための心理学を研究したんです。

精神的な疾患を持っているわけではない健常者が、なにかつらいことがあったり苦しいことがあったり、なにか大きな事件があって、心に傷を負ってしまっている時にどうすればいいのかとか。あとは「幸せって何だろう」「精神的に健康でいることってどういうことなんだろう」ということを研究したのが、アドラーなんですね。

人間知の心理学

アドラーはもう亡くなって80年くらい経つんですけれども、「幸せって何だろう」というような普遍的なことなので、今私たちがアドラーが書いたものを読んでも、「なるほど!」ということがたくさんあるんですね。もちろん時代背景が違うので、「これはちょっと古いな」というものもありますが、基本的には普遍的で、哲学に近いような心理学です。

先ほど、アドラー心理学は「勇気づけの心理学」という別名があると申し上げました。病理ではなくて、人間というものを知る心理学。『人間知の心理学』というのは、アドラーの本のタイトルでもあります。

「この人ってどういう人だろう」とか、先ほども申し上げたように「幸せって何だろう」とか、そういったものを追い求める。その根底に流れるのは「勇気づけ」。あと「共同体感覚」というものの醸成なんですね。ですので、実験をしてデータを集めて分析をして……というよりは、「この人のケースはどういうものなんだろう」「この人の抱えているつらさって何だろう」という、一人ひとりに対応するようなものです。

この「勇気づけ」と「共同体感覚」というのが、中心の大きな二本になります。

人はみな、共同体に参加して生きている

永藤:じゃあ、これは何かというのをお話すると、まず「勇気」。

勇気って、みなさん日常生活の中でもたくさん使う言葉だと思います。勇気とは何か? というのを定義すると、「困難を克服する活力」とここでは定義しています。この「困難」というのも人によってぜんぜん違うんですよね。「対人関係がつらい」という人もいれば、「仕事が大変」っていう人もいるし。あと「お金がないこと」が困難だという人もいらっしゃると思います。

困難って人それぞれなんですけれども、それを見て見ぬふりをしたり、逃げちゃったりというのではなくて、きちんと正面から向き合って、乗り越えていくようなエネルギーを「勇気」と、ここでは言っています。

じゃあ「勇気づけ」って何かというと、「困難を克服する活力を与えること」と定義づけています。「与える」というと、どうしても私たちは、他人に「はいどうぞ」と差し上げるようなイメージを持ってしまうんですけれども、それだけではなくて、自分自身に与えるのも勇気づけで、とても大きな意味があります。

あともう一つキーワードとして、「共同体感覚」というのがあります。じゃあ「共同体」って何? って話ですが、共同体というのは、一番わかりやすくいうと「家庭」であったり、「職場」であったり、「友人関係」であったりします。「私」と「誰か」がいて、そこになんらかの関係があるものはすべて共同体なので。

私たち日本人は今、一人の人がたくさんの共同体に所属していると思うんですね。あまり、一人ぼっちでロビンソン・クルーソーみたいな人はいないと思うんです(笑)。

江川:はい(笑)。

永藤:その共同体に対して所属感があります。「ここにいていいんだ、居心地がいいな」と。そして共感。この人たちに共感を覚える。その人たちを信頼できるような気持ちです。あと「この人たちに対して何ができるかな」というような貢献感。それを総称した感覚とか感情を、共同体感覚といいます。

(スライドを指して)2番目のところに「精神的な健康のバロメーター」とあるんですけれども、「共同体感覚が持てない状態」を想像してみていただきたいんですね。「こんなところにいたくない」「こんな共同体にいたくない」「誰にも共感できない」「誰のことも信用できない」「この人たちのためになんにもしたくない」などは精神的に健康じゃないよね、という話なんですね。

ですので、「共同体感覚が持てる」は精神的に健康であることのバロメーターになっている、という考え方です。あと共同体感覚というのは、「対人関係のゴールである」とアドラーは言っています。この「勇気づけ」と「共同体感覚」というのが、アドラー心理学の考え方の大きな根幹になるものです。