刊行からで2ヶ月で1万部を突破した『科学史ひらめき図鑑』

佐藤優子氏(以下、佐藤):みなさん、こんにちは。札幌にあるスペースタイムという会社が制作した『科学史ひらめき図鑑』という本が、2019年1月16日に発売になりまして、これがすごく売れているんです。なんと1万部を突破する勢いで、もう3刷りに入っています。

これは科学史の本の業界ではとっても珍しいことです。出版しているのはナツメ社さんという東京の出版社なのですが、その本が札幌でつくられていることを知らなかった方も多いと思います。今日はこちらに制作者のお2人もいらっしゃいますので、その制作の秘密やこだわりについてうかがってまいりたいと思います。

私は司会の佐藤優子と申します。みなさまと1時間30分、一緒に進めてまいりますので、どうぞよろしくお願いします。

(会場拍手)

それでは、さっそくトークに入っていきたいと思います。制作者のお2人をご紹介します。

まずは著者の楢木さんです。

楢木佑佳氏(以下、楢木):こんにちは。株式会社スペースタイムの楢木佑佳と申します。

いま司会の佐藤優子さんからご紹介いただきましたけれども、札幌にあるサイエンスコミュニケーションをしている会社、スペースタイムで働いています。主にイラストを描いたりデザインをしたり、企画を考えたりすることを担当しています。今回の本『科学史ひらめき図鑑』の著者の1人として、今日は代表してお話しさせていただきます。よろしくお願いします。

(会場拍手)

佐藤:杉山先生、お願いします。

杉山滋郎氏(以下、杉山):杉山と申します。北海道大学で教員をやっておりました。

定年で辞めてから、5年ほどになります。毎日が日曜日という、暇な生活を送っています。それでこういう仕事に誘われました。断るすべもなく(笑)、監修という仕事をやることになりました。

本を貫くテーマは「ひらめき」

佐藤:杉山先生はスペースタイムさんとはどういうご縁で?

杉山:2005年に北海道大学で、科学技術コミュニケーションの教育をするCoSTEP(コーステップ)という組織を、僕を含めて何人かでつくりました。スペースタイムを立ち上げた社長の中村(景子)さんは、そこの第1期卒業生です。中村さんは今から10年前にスペースタイムを個人事業から株式会社にされ、今年で10周年になります。

佐藤:このトークイベントもその10周年イベントの流れの1つでして、あとでご紹介しますが、まだまだ10周年のイベントをご用意しています。

それでは、本の中身に触れていきましょうか。この『科学史ひらめき図鑑』ですが、2019年の1月16日に初版が出ました。これがAmazonであっという間に火がついて、翌月2月10日にはAmazonの科学史・科学者部門でいきなりトップに躍り出ました。

科学史ひらめき図鑑 世界を変えた科学者70人のブレイクスルー

これは大変すごいことで、誰かインフルエンサーに宣伝をお願いしたり、テレビやSNSで情報をばら撒いたわけではないのにいきなりこの数字が出たという、非常にスタートダッシュのいい本でした。なぜそうなったのかを、これからご説明していきたいと思います。

杉山先生は科学がご専門ですので、科学史のバリバリの専門書を出したこともおありになります。この本の中で一番おもしろいところは、本のタイトルの真ん中の「ひらめき」ですよね。「この本はただの科学史の図鑑じゃないんだ。ひらめきなんだ!」というところで、いろいろなエピソードをまとめています。

具体的に見ていきましょう。この「科学者に学ぶ『ひらめく力』」。「ひらめき」という言葉が、この本を貫いている大きなキーワードです。

看護師ではなく、科学者としてのナイチンゲール

佐藤:この本には70人の科学者が登場しますが、ナイチンゲールは「唯一の女性科学者」ということで登場しています。

ナイチンゲールといえば白衣の天使として有名ですけれども、いきなりキャッチコピーがおもしろい。「データのビジュアル化で説得力を上げる」。データ、ビジュアルという言葉は白衣の天使と結びつかないんじゃないかというイメージもあったのですが、それはどういうことか。

まず、ナイチンゲールがいた1850年代当時の状況は、統計学が世の中に出た時代でした。ケトレーは統計学の権威として、データを集めて何かを導き出すという「統計学」をつくっています。

ナイチンゲールは1854年のクリミア戦争に、看護団を率いて、傷ついた兵士たちを助けに行きます。当時は病院自体が非常に不衛生で、弾に当たったり刺されたりといった外傷が理由ではないところで、兵士たちがバタバタと亡くなっていると。とてもひどい状況なので、ナイチンゲールたちは、これを病院や軍に改善してほしいわけです。

「なんとかしてよ」といろいろ訴えたのですが、やはりどうしても言葉だけでは人は動きづらいので、彼女はちょっと困ってしまう。「どうやってみんなを説得したらいいんだろう? どう報告すれば伝わるんだろう?」というところで、ここが大きなターニングポイントになります。

そこで彼女がひらめいた。彼女は看護師……当時は看護婦という名前でしたが、看護師として初めて、兵士の死因をビジュアルでデータ化して見せて説得材料に使うという、ビジネスのプレゼンテーションにあたるようなことを1850年代にしていたんですよね。

このグラフの花びらのようになっている白いところは、伝染病で兵士が死んでいることを指しています。先ほど言った、外傷ではなくて伝染病で、ということは、当然不衛生だということですよね。

自分たち看護団が入っているのだから、手当てをする人もいるのに、伝染病で死んでいる人はこんなに増えている。それは不衛生が原因であるという状態をビジュアルで表したことで、これを見た国会議員や女王が「このままではいけない」と分かり、現場の改善が進みます。

そこでどんどん環境が良くなって、彼女は助けられなかった兵士たちのことも思いながら、今度はちゃんと看護学校もつくると。彼女のビジュアルによるプレゼンテーションは、のちの看護学が始まるようなところまで社会を変えていく力があったんですよね。

国をも動かしたナイチンゲールのビジュアル・プレゼンテーション

佐藤:今言ったようなことを楢木さんたちが調べて、そして最後にひらめきに落とし込んでいるんでしょうか?

楢木:そうですね。『科学史ひらめき図鑑』では科学史を紹介するんですけど、切り口を「ひらめき」にしたので、ナイチンゲールの偉大な功績の中で、どういうところがひらめきのポイントになるのかをお伝えできればな、といった構成になっています。

ナイチンゲールに関しては、本当に行動力があったということがまず前提にあるんですけれども。そこには二つポイントがあるなと思っていて。

1つは、当時まだ学問としては起こったばかりであった統計学の力を信じ、それを使って「戦場の兵士がどういう原因で死んでいったんだろう?」ということを分析したこと。そして、自分が無力で助けられなかったと悲しみにくれるだけではなくて、その原因を統計学を使ってしっかり分析したのがすばらしいことだなというのが、まず1つあります。

あともう1つは、それを人に知らしめることで国を動かすということに関して「ビジュアル化」するという工夫をしていること。そこも大きなひらめきのポイントだなということで、ぜひ紹介したいなと思って取り上げた人物になります。

佐藤:このように、この本の中にはナイチンゲールを含めた70人の科学者が「ひらめき」というキーワードで紹介されています。

非常におもしろいのは、ちゃんとビフォーアフターになっていることです。このひらめきが起きる以前の社会はどういう状況だったのか、そのひらめき以降、アフターの社会はどのように変わっていったのかということが、非常にわかりやすく解説されています。

どこのページから読んでもおもしろいですし、一つひとつ集中して読める、とても魅力的なつくりになっていると思います。

恐竜絶滅の翌日、もし新聞があれば何を発信しただろう?

佐藤:それでは本ができるまでの流れをご紹介していきたいと思います。まずは2016年の5月ですね。

楢木:はい、そうですね。この『科学史ひらめき図鑑』は、私たちが「こういう本がつくりたい」と思ってスタートした企画ではなくて、先ほどご紹介いただいたナツメ社さんから「科学史をイラストで紹介する本をつくりませんか?」というお声がけをいただくところからスタートするんですけれども、それが2016年の5月なんですね。

その時、私は長男を出産して産休が明けたばかりで、そこから「ぜひやらせてください」といって本づくりを始めるのですが、これがなかなか進まなくて……。本が出た時には、なんと3歳4ヶ月にまで成長してしまって。子どもがこんなに大きくなるほど、本をつくるのに時間をかけてしまったという。

先ほどナイチンゲールについてご紹介しましたけれども、スマートにあの紹介のかたちにいったわけではなくて、それまでにはいろんなことがありました。

佐藤:最初はナツメ社さんからどんなリクエストがあったのでしょう?

楢木:まず「『科学用語図鑑(仮)』という本をつくりたいんですけれども、協力してくれる著者を探しています」ということでメールをいただきました。

なぜ東京のナツメ社さんから札幌のスペースタイムにお声がけいただいたかというと、2007年に弊社がつくっていたこういうフリーペーパーがありまして。

これは2007年に、ちょうどこの会場で行われた「サイエンスカフェ」というイベントで配ったおまけの資料だったんですけれども。白亜紀という昔の地球の様子を紹介するために、「当時新聞があったらこんな記事になったんじゃないかな?」という架空の新聞です。

「恐竜を絶滅させた隕石が地球に衝突した、次の日の新聞」という体で、架空の新聞をつくって、これをスペースタイムのWebサイトに掲載していましたら、ナツメ社さんの編集者さんが目に留めてくださいまして。そのノリの本をつくりたいなということで。

佐藤:よく見つけてくれましたね。

楢木:本当に(笑)。

佐藤:これをWebにアップしてなかったらきっと……。

楢木:そうですね。本になっていなかったかもしれません。

文系ビジネスマンに科学史の図鑑を買ってもらう方法

楢木:ナツメ社さんからの企画の趣旨は、なんと科学史の本だったんですけれども。読者を文系のビジネスマンさんに絞りたいということと、あと科学史上の発見を切り口にして、図鑑なのでイラストを使った本にしたいと。当初の予定は2018年2月発行予定だったんですが……。

佐藤:ちょっと背景を説明しますと、スペースタイムの中村景子社長が先ほどの北大にある科学技術コミュニケーター養成ユニット「CoSTEP」という組織のOBで、楢木さんは何期生でしたか?

楢木:3期生です。

佐藤:3期生。今スペースタイムさんには11人のスタッフがいらっしゃいますが、そこを出ていらっしゃる方が多いですし、ご自分の専門で博士号を持っていらっしゃる方も多い。非常に専門知識を持った方が多いということもございます。

楢木さんはその中で、イラストも描けてデザイン力もありますので、先ほどのフリーペーパーみたいなものを作品としてつくれる土壌があったことは非常に大きいなと思います。杉山先生は、楢木さんの在籍時の印象や思い出はありますか?

杉山:彼女は生物学を学ぶ大学院生でしたが、CoSTEPの実習授業でデザインを本格的に学び、サイエンスカフェのポスターも、とてもすばらしいのを作っていましたね。その後、博士号もとり、科学の専門知識をもったデザイナーとして活躍するのを見聞きするようになりました。

佐藤:それでナツメ社さんが声をかけてくれたということですね。みなさんもお気づきだと思いますが、科学史というバリバリ理系のものを、文系のビジネスマンに売る。読みやすくつくる。これがまず一番最初の難題ですよね。

楢木:まず科学史という、科学の中でもわりと地味な分野を、そもそも科学に興味のない文系の方に向けてつくらなければいけないことも、大きな課題の1つだったんですけれども。私は専門が生物学で、科学史に関してはまったくの素人だったので、まずこの話をいただいた時に、「もしスペースタイムで科学史の本を書くのであれば、杉山先生の協力がなければ絶対に無理だな」ということで、先生に監修をお願いしたという流れです。

「監修」という響きに惹かれて

佐藤:今映っているスライドは?

楢木:杉山先生に「監修をお願いできませんか?」とお伺いして、「ちょっと考えさせてください」と言われたところです。

佐藤:即答じゃないんですね(笑)。

楢木:はい(笑)。考えていただいた結果、私たちの挑戦の後押ししてくださるということでご快諾をいただけたので、それなら大船に乗ったつもりで本をつくれるんじゃないかなとなりました。今にして思えば、突然科学史の専門家の先生にそんなことを言って、恐れ多かったなと思うんですけれども。

佐藤:先生は即答で「いいよ」というお返事じゃなかったんですか?

杉山:ナツメ社からの企画の依頼は、箇条書きにすると3つほどなんですが、実際にいただいた文章はもっと盛ってあって。すごいものをつくるという話になっていたんですね。そんなに簡単にできるはずがないと尻込みしたんです。

かつ、私に声をかけてくださったのは、スペースタイム社長の中村さんなんですけれども、中村さんのメールもさらにそれを盛ったような感じで。

佐藤:盛り盛りですね(笑)。

杉山:しかも、ちょうど僕が定年で退職したあとで、やることもなくて暇だったものですから、「どうせ暇でしょ?」みたいな感じで言われたら(笑)。

(一同笑)

まぁ、なかなか断る理由が見つけにくくてですね。自分で本を書いたことはあるんですけど、監修はやったことがなかったんです。「なんだかかっこよさそうだから1回やってみたいな」という気持ちもあって、いろいろ考えた末に引き受けました。

佐藤:じゃあ監修はこの本が初めてで?

杉山:はい。この本が初めてです。大変でした。

佐藤:あとで、そのご苦労についてうかがいたいと思います。

科学史図鑑から科学史“ひらめき”図鑑に変わったプロセス

佐藤:というわけで頼もしい監修者が見つかり、走り出します。

楢木:はい、今スライドで映しているのが、最初にナツメ社さんからいただいた「こういう構成でつくりたいんですけれども」という案です。

佐藤:硬いですね。

楢木:硬いです。まるで科学の教科書。これを文系のビジネスマンは読まないだろうと思って、「ちょっと企画のところから考えさせてほしいんですけど……」という感じで提案させていただきました。

これがひらめき図鑑のひらめき“その1”ということです。最初にナツメ社さんからいただいた話では『科学史図鑑』だったんですけれども、そうではなく『科学史ひらめき図鑑』にすべきであろうとご提案しました。

というのも、文系のビジネスマンさんに科学史を「自分に関係のある話題」として読んでいただくためには、教養として科学のことを知るというのにもうちょっとプラスして、ふだんの日常生活とかビジネスのなかで、科学者・研究者たちのひらめきがヒントになるんじゃないかなと思うことがたくさんあったんですね。それで「ひらめきにフォーカスしましょう」と提案しました。

佐藤:なるほど。ということは、このひらめき図鑑をつくる過程が、先ほどナイチンゲールのときにご紹介したような「ひらめき」というキーワードをひらめいた瞬間ということですね。まさに同じフォーマットに則って、ビフォーアフターで成立しているということになります。

本づくりをシステム化して効率アップする、という発想

佐藤:最初はフォーマットが決まらなくて、けっこう四苦八苦したと。

楢木:そうですね。いろんなパターンを考えてみたんですが、だいたい半年ぐらいは何も進まない感じでした。

この頃のメールを読み返すと、「遅くなってすみません。もうちょっと待ってください。すみません」と。

佐藤:つらい時期ですね。

楢木:読み返していて、ちょっとへこみました。どうやってそのひらめきを紹介していくかということも決まらなかったですし。

どういう人物を紹介するのか人選も決まらなくて、杉山先生にもちょっとリストアップしていただいたんですけれども、「ちょっと杉山先生、マニアックすぎやしませんか?」みたいなこともけっこうあって、また決まらないような。

佐藤:ボツ案ですね。

楢木:そうですね、ありました。そうこうしているうちに、最初にお声がけいただいてから1年ぐらい経ってしまいまして、「このままじゃマズイ!」という思いが、もう社内でも……。

佐藤:楢木さんのお子さんも、もうしゃべりだしているぐらいですよね。

楢木:そうですね。乳離れしていました。

佐藤:そして、また大きなターニングポイントが現れます。

楢木:ターニングポイントとなったのが、ひらめき図鑑のひらめき“その2”ということで。原稿の執筆というか、本づくりをシステム化して効率アップしようという発想が入りました。

具体的に言いますと、この書籍の制作チームにいた弊社の柳田というスタッフに、趣味で演劇の台本や脚本を書いているという経験がありまして。脚本を書く際に、場面場面をまず分けて、その場面ごとにシチュエーションを埋めていく「箱書き」という手法があるということで、それを取り入れてみてはどうかなということがありました。

もう1つは、それを「クラウド化」すると書いてあるんですけれども。インターネット上にファイルを置いてみんなで編集し、埋められるところを埋め、コメントを入れつつということで、私一人で悶々とするのではなく、みんなで考えましょうというかたちになっていきました。

これが初期段階の書き方だったんですけれども、最終的にはこういった表で原稿を進めました。『科学史ひらめき図鑑』をあとで手に取っていただけたらわかると思うんですけれども、一人ひとりの紹介の仕方のパターンが決まっています。そのパターンごとにエクセルの表みたいなものをマス目で分けて、「ここにはこの文章を入れる」と分担して書いていくという、システム化を図りました。

佐藤:これはきっと、みなさんが携わっているビジネスのプロジェクトでもよくありますね。一人で抱え込んでしまって進まないことも、箱書きの手法を用いて誰でもアクセスできるようにすると、大きくプロジェクトが動き出すという。これは1つのヒントになるのかもしれません。

ひらめきのおもしろさで構成した本の人選

楢木:そうして原稿執筆が劇的に進んでいくんですけれども、もう1つの問題だった人選のほうが、このひらめき図鑑のひらめき“その3”で解決しました。というのも、「科学史“ひらめき”図鑑なんだから、科学史の歴史とか分野からちょっと自由になって、ひらめきのおもしろさで絞って人を選ぼう」となったことで、バランスを考えずに人選できるようになったというところがあります。

本を見ていただけるとわかると思うんですけれども、章立てがひらめきのパターンごとに分かれています。「視点を変えろ!」とか「失敗から学べ!」といったように。なので、よくある科学史本とは違って時系列ではなく、ひらめきの種類ごとに並んでいます。

佐藤:トップバッターがグーテンベルクさんですね。活発印刷のグーテンベルクから始まって……時系列順ではなくて、時代を行ったり来たりしています。

楢木:そうですね。古代ギリシャの人が真ん中あたりに出てきたり、現代の科学者が最初のほうに出てきたりというように。科学本って、どうしてもアリストテレスなどから始まって、盛り上がってくる前に飽きちゃうことが多いので(笑)。なので、そういったところもちょっと改善できたかなという。

佐藤:最後がiPS細胞の山中伸弥先生で終わっているのがとてもいいですね。

楢木:現代で活躍されている研究者も入れたいなと思って入れました。

佐藤:杉山先生のおすすめしている人選は、誰か採用されなかったんですか?

杉山:企画会議を2回ほどやったんですよね。けれど、僕にゲラが送られてきたときには、企画会議での打ち合わせとはまったく違うものになっていました。

佐藤:ありがちですね(笑)。

杉山:そういう状態ですので。

佐藤:じゃあ、まったくフレッシュな視点で。

杉山:はい。

楢木:そうやってできたフォーマットが現在の本で、4ページで1人を紹介するかたちになりました。これができたのが2017年の年末ぐらいです。

人物イラストのテンプレートをつくる、というひらめき

佐藤:それでも出版まであと2年もありますね。

楢木:本当は2018年の2月に出さなければいけなかったんですが、ここから絵を描き始めるみたいになっていました。これは初期に書いていたイラストなのですが、実際に本になったものとはテイストが違っていて。

佐藤:最初はナツメ社からのご依頼で、「イラストを入れた読みやすいものにしてほしい」という要望でしたね。それに応えるためにいっぱい描いたと。

楢木:いっぱい描こうと思っていたんですけど、ぜんぜん絵が進まない。なぜかというと、この絵でいうと「ナイチンゲールがクリミア戦争に行っていた頃のイギリス軍の服はどんなんだったんだろう?」というのを調べるのに一日かかってしまったり。

「尿素を発見したヴェーラーが、お家で子どもの頃に実験していた竈(かまど)はどんな形だったんだろう?」とか、「お母さんはどんな髪型だろう?」というのでまた一日かかっちゃったり。「そんなんだと10年かかっても終わらないでしょ!」と言われまして。

佐藤:竈まで描いてちゃ進まないですね。

楢木:こういった、実際に伝えたいこととは違うところにものすごい時間がかかってしまうという落とし穴に陥りまして。そこに次のひらめきがやってきました。思い切ってイラストを単純化することにしたんですね。

最終的にはこういうふうになっていまして、70人……親子で入っている人もいるので71人いるんですけれど、全員、髪型とめがねとヒゲしか変えないということで。

佐藤:体型も一緒ですもんね。

楢木:全員一緒で、これはテンプレートです。これに髪型とめがねとヒゲをつけたら、もうそれでいいじゃないかと決めました。さらに「主人公以外の人はみんな同じ形でいいじゃないか。ポーズもこのくらいのパターンがあればなんとかなるんじゃないか」と。

佐藤:これは大きいですね。モブキャラまで描き込んでいたら、もう時間がいくらあっても足りないですよね。

楢木:そうですね。あとこの体型が当時のうちの息子にそっくりだというふうに言われています。

佐藤:貢献してますねぇ。

ディテールに凝りすぎて本質を見失わないように

楢木:そういったひらめきを経て、最初は上にあるような絵だったのが、本になった時には下にあるような感じの絵になりました。だけど、伝えたいことは変わっていないというかたちに落ち着きました。

佐藤:ディテールにばっかり凝っていると、やっている人たちは満足度や充足感はあるんですけど、実はそれって本当に瑣末なことで。もっと先に、大きく進めなきゃいけないことがあるというのは、本当にビジネスでもよくあることだなと思います。

楢木:そうですね。効率化もそうなんですけれど、本当に伝えたいところだけを伝えられている方法になったかなと思います。それに人間くさくないので、偉人の人たちもキャラクターみたいな感じで親しみを持ってもらえるようになったかなとは思います。結果オーライです。

佐藤:アインシュタイン、変わりましたね。

楢木:そうですね。アインシュタインは最初、2016年11月時点ではこんな感じだったんです。出版社さんから「三頭身にしてください」ということがあって三頭身にしたんですけど。

佐藤:出版社さんから。

楢木:次にこれはジェンナーなのですが、服などを描いていてけっこう時間がかかっています。さらに思い切って単純化したのが帽子をかぶっているグーテンベルクなんですけど、これは「かわいくなさすぎるからダメ」というダメ出しが来て、それで折衷案として現在のイラストになっています。

ということで、絵の描き方もフォーマットも決まったは決まったんですけど、それでも私の欠点というか、「全部調べないと描けない」というところがあって。

本当にそれで時間がかかっているので、それを見かねた同僚の柳田が……。

佐藤:箱書きの柳田さんが。

楢木:はい、ここでまた助け舟を出してくれまして。「下絵を描くので、それをもとに楢木さんが絵を描いてください」と言ってくれて、二人三脚で描いていきました。

せっかく描いてくれた下絵も、「いや、ちょっとそれはわからないと思います」と私の方からダメ出しをしながら(笑)。

佐藤:ひどい人だ(笑)。

楢木:そうやってつくっていきました。

佐藤:分業の下地ができているから、きっと柳田さんもそういうことを言い出しやすかったのかもしれないですね。

楢木:そうですね。