DJ時代に学んだ「ルールを学ばないと、ルールは破れない」

ピョートル・フェリクス・グジバチ氏(以下、ピョートル):じゃあ、ちょっとみなさんにお聞きしたいんですけれども、今日のプレゼンテーションの中では英語というテーマも出たし、これからの教育というテーマも出たし、今日の告知の中で働き方というテーマもあったんですよね。

みなさんはどれにどのくらい興味を持っていらっしゃるのかっていうのを、ちょっと確認したいです。別に全部に興味を持っている方は(全部に)手を挙げていただいていいんですけど、じゃあ全部。全部の方。じゃあ、英語。教育。働き方。じゃあ、(多かったのは)全部ですよね。

白川寧々氏(以下、白川):全部ですね。

ピョートル:全部ですね。じゃあちょっと、どうしましょう。ジャズ? ジャズパーティー?

白川:ジャズりましょう。

ピョートル:ジャズパーティで! ちなみに僕はミュージシャンではないんですけど、昔DJをやっていたんです。たぶんね、DJとクラシックプレイヤーとかジャズプレイヤーはかなり違っていて、(DJは)人のものを上手に使っているだけです。ジャズプレイヤーに聞くと、ほとんどはクラシックも弾けるんですよね。でもクラシックのプレイヤーはジャズを弾けないって言うんです。

要は「ルールを学んだ人たちは、ルールを破ることができない」ですけど、「ルール破りを学んだ人たちは、ルールを学べる」っていう、ちょっとした気付きがあったんです。じゃあどれからいきましょうか。教育? 英語? それとも働き方? どうしよう?

白川:どれがいい? なんか教育も英語も、私がけっこうカバーしたし、せっかくだから働き方の話をする? なんかもうちょい働き方の話を聞きたいよね? ぶっちゃけみなさん、働き方、好きですか? 仕事は楽しいですか? 楽しくしたい?

日本人は、世界一働きがいを感じていない

ピョートル:聞いていいですか? とあるコンサル会社の調査によると、ほとんど毎年あんまり変わらないんですけれども、日本人はこの世界で「一番働きがいが低い民族」ですよね。(「働き甲斐」の指標の)トップが100であれば、日本人は38パーセントですね。アメリカ人はだいたい70パーセント。なぜかわからないんですけど、一番高いのはメキシコ人。じゃあちょっと、同じ調査を行いたいと思います。

よろしいですか? 個人情報はお守りしますので、ぜひ。明日すごく出社したい方は手を挙げていただいていいですか? すごく出社したいという方? ……ですよね。(一部の来場者を指しながら)ここはかなり高いですけど、でもよく見ればこの調査より低いですよね。

たぶん24パーセントしか出社したくないんですよね。要はこのグループの働き甲斐は24パーセントです。なぜ会社に行きたくないんですか? ちょっと手を挙げて言ってもらっていいですか? はい。

回答者1:私は起業したくて……。

ピョートル:じゃあ、自分の会社に行きたくないの?(笑)。

回答者1:4月に起業して、今は(それまで勤めていた会社に)出社していないんですけど、それまですごく会社に行くのが嫌だったのは、通勤電車が一番の原因でした。(その会社は)移動のストレス、通勤のストレスをなくすため、自宅とか好きなところで働ける方向に進みつつあったんですけど、その慣習に賛同しない人もものすごく多くて。それを100パーセント適用できない。過渡期にもう飽きて、「じゃあもう、私は(会社を)出るわ!」と言って起業したんです。

白川:おめでとうございます。

回答者1:ありがとうございます。

働き方改革で18時の地下鉄の激混み状態

ピョートル:ありがとうございます。じゃあ次の方、ぜひ手を挙げていただいていいですか? (私の)トーク中に、マイクを渡していただきます。コメントしたいんですけど、僕は経産省とよく話をします。やっぱり、残業を減らすのは「働き方改革」としては正しいと思うんですけど、みんなが18時の定時に帰るという考え方はとても危ないですね。

だいたい2、3年前ぐらいは5時と12時の間、電車の混み具合いは、ちょっと波立ったりしてはいたんですけど、だいたい同じだったんです。だけど最近気が付いたのは、18時になると地下鉄がめちゃくちゃ混んでいるんですよね。危ないほど混んでいるんですよ。みんな帰ろうとしている。みんな定時で帰るというのは、とてもおもしろい現象ですよね。

白川:みんな、定時に帰れているの? ぜんぜん違うって顔している(笑)。

ピョートル:じゃあ次の方、なんで会社に行きたくないですか? もう一人、二人に聞きたいです。どうぞ。ネパール人ですよね?

回答者2:私はネパール生まれの日本育ちで、アメリカの大学に行っているんですけれども、今は日本企業で働いています。(日本企業に)行きたくない理由は、自分が外国人であるが故に、「私はこれができるんだ」と常に証明しないといけないからです。相手から見たときに、「〇〇さんは外国人だからこうだよね」という思い込みもあって。先ほどおっしゃっていた「壁」かもしれないんですけれども、それを崩すのにけっこう苦労しているので、そこまで行きたいとは思わないですね。ありがとうございます。

ピョートル:ありがとうございます。

(会場拍手)

授業をとおして、何を伝えたいのか?

ピョートル:そう。じゃあもう1人。なんで会社に行きたくないですか? はい、どうぞ。

回答者3:行きたいか行きたくないかの二項対立の議論だと、ぜんぜんおもしろくないですね。私は大学を卒業してからずっと、あえてフリーランスで自分の好きな仕事しかやってきていないです。相手を信用できるか、こちらを信用してもらえるか。それだけで生きています。

そうすると会社という枠組みとか、今この話自体がもうすでに自明性の罠の中で話が進行しているので、その自明性から解放されるっていうのを今、寧々さんは「壁」とおっしゃったんだろうと思います。

自明性の罠からの解放だったら、これは社会学の大きなテーマですから、その次の段階。個人のレベルです。言語を使う時には、言語が世界観を作りますよね。分節化していくわけだから、もう確実に日本語でできた世界と、中国語でできた世界と、英語でできた世界、全部が変わってくるはずですね。

その世界すべてを経験できれば、別に何語を使っていてもそれは「グローバル」ではないかと思うわけですね。ただ「グローバル」という言葉の中に、どうしても対立するものとして「ナショナリズム」が含まれちゃいます。片方でグローバル化がどんどん進んでいけば、ナショナリズムというものも、どこかで反動として起こってくる。

そんな中で、明日、会社に行きたくないか、行くかっていうのが生じたときに、なんだか自分の意思の部分っていうのが枠の中で測られているような感じがします。だから今、個のところでは会社じゃないですから「行きたくない」というわけではないんです。かといって僕はフリーランスだから会社に行く、行かないという細かいところで「行かない」と言っているのではないんです。

せっかく議論をするんだったら、生き方として「その会社に行って、自分は何を求めているのか」とか、学校の先生もいらっしゃるようですけれども、いろんな教科、英語があって数学があって国語があってといった時に、「その教科を教えることで、いったい何を子どもに伝えたいのか」っていうことを聞いても、(まともな回答が)返ってくる人があまりいないんですよね。受験のことに行っちゃったり、経済的な話で終わってしまったりします。

だから今日は期待していて、やっぱり寧々さんとピョートルさんの話で、その部分をけっこう聞きたいなと思ったんです。この縁で『東洋経済』で書いておられるのも読んでいましたし、それから寧々さんの話もけっこういろんなところで聞くのでね。

白川:え!? お見かけしたことないですよ?

回答者3:(私たちは)一度も会ったことはないです。

白川:どこで聞いたんですか? そんなに有名じゃないですよ?

回答者3:有名じゃないですか? 大丈夫です。あとで説明しますから。

フィンランドの教育に学ぶべきこと

ピョートル:なるほど。今の発言の中には、いろいろ、おもしろいタッチポイントがあったと思うんですけれども、先月フィンランドの教育機関に5、6社とあと学校4校くらい行ってきたんですよね。

すごくおもしろいのは、フィンランドの教育は子ども中心ですね。日本の教育は? そうですよね、制度中心ですよね。また、すごくおもしろいのは教育委員会。フィンランドの教育委員会の役割は、カリキュラムを決めることではないんですよね。日本の教育委員会の役割はカリキュラムを決めて、そのカリキュラムがちゃんとカスケードされているようにするということです。

フィンランドの教育委員会の役割は、クオリティの最大に高いマテリアル、その教材、コンテンツを作るということですね。そのコンテンツを先生に渡して、先生はそのコンテンツを子ども中心に、個々に合わせて生産性を高くし、効率よく使っていく。真逆なフィロソフィーですよね。

それでよく考えると、言語にも関係があるんですよね。いかにそれをコミュニケーションしているかとか、何が大切か、とか。日本の学校の中で、先生は生徒に「何が大切か」「何が大事か」という話をする時に、何の話をしますか? さっきの話で出たように、受験で受かるっていうことが大事、大切ですよね。とりあえず大学に入る(ことが大切だと言います)。

「今日を楽しめるか」のほうが大切

ピョートル:フィンランドは真逆です。「受かるかどうかなんていいじゃん」「とりあえず学習するのは大切」「今日、楽しめるのが大切」と言います。(フィンランドでは)プロジェクトベースで学んでいるから、授業はほとんどないです。今取り組んでいるプロジェクトの中で、自分が満足できるレベルの遊びとか学習があるかどうかは、自分で振り返って自分で決めることです。働き方も一緒ですね。たぶんフィンランドの教育機関と日本の教育機関は、フィンランドの会社と日本の会社にそのまま当てはまる比喩でもあると思うんですよね。

白川:フィンランド、楽しそうですね。

ピョートル:寒いですけど。

白川:うわ!

(会場笑)

寒いのは嫌だよ。なんかどっちもすごく高緯度のところ、地元に「氷祭り」があるところの生まれなので、もう寒いのは絶対に嫌! 教育の話なんですけど、驚いたことに、幸い私は学校の先生と仲がいいんですよ。

今のフィンランドの教育では、「学び」が大事っていうじゃないですか。本質的にどうやったら子どもたちが一番いい「学び」を手に入れられるかを考えているとか、制度ではなくて、本質的にどうやったらみんなが幸せになれるかっていうのをフィンランドの先生は考えている。日本の先生はどうやって考えていると思う? なんかね「制度の方が大事です」とか「受験の方が大事です」と堂々と言う人はいないんですよ。堂々と思っている人もいないんですよ。

世界平和を目指して教師をしている

ピョートル:マイクが届いたようです。先生たち、いかがですか?

白川:ナナさん、マイク届いたよ。

回答者4:こんにちは。東京都の公立の中学校で英語を教えています。ナナと申します。よろしくお願いします。すみません、高いところから失礼します(笑)。

白川:それは椅子のせいなので大丈夫。

回答者4:はい。私にはミッションが二つあって、「才能を発見して伸長すること」と、それから学校と社会が断絶しているなという思いがすごくあったので、「学校と社会を繋ぐこと」をミッションにして、私は教員をしています。

ただ教員をしている理由としては、もちろん「目の前にいる子どもたちのため」「日本の将来のため」「世界のため」とかは当然なんですけど、私は日本の教育界を変えたくて教員としてステップを歩んでいるので、いずれ本質的なことができるようなこともめざしています。

ただやっぱり本当に思うのは世界平和です。日本だけじゃなくて、世界中の子どもたちがいかにすれば幸せになってくれるのかと思っています。私は海外のいろんな所に行って、日本人はやっぱりすごく英語に弱いと感じたので、今はそういう思いで教員をしています。ちなみに私の恩師が隣にいます(笑)。今日は、ちょっと連れてきちゃいました。

白川:ありがとうございます。

回答者4:はい。ピョートルさんもこんにちは。お久しぶりです。

ピョートル:こんにちは(笑)。

白川:やっぱりめちゃくちゃ顔が広いナナさん。毎回、みんなと知り合いです。

回答者4:お世話になっています。

人は「自分は意識が高いマイノリティだ」と考えがち

白川:みんな本当は、本質的なことを言いたい。だけどなんかこれはすごくおもしろくて、さっき社会学の話が出たんですけど、せっかくだから社会心理学の話をしましょう。人って全員、「自分は一番意識が高い」と思っているんですよ。

どこかの有名な実験で「お金が余りました。社会のために使いますか? 自分のために使いますか?」という質問があって、(今のは)単純化した質問ですが、これをもっといろいろバックグラウンドがあるっていう(条件で)実験をした時に、「自分は社会のために使う」と答えた人が8割以上。「他の人は何のために使いたいと想定しますか?」という質問には、全員が「え? 他の人はみんな、自分のために使うでしょ!?」と言っていた。

つまり、みんなの頭の中では「自分は本質的なことを考えたいけれど、周りの人は意識が低いために、そういうのをさせてもらえない。自分は意識が高いマイノリティだ」と思っているんです。それが実は学校の先生の中で顕著で、「いや、自分はとても子どもたちの幸せとかを考えたいし、制度とかは邪魔だし、こういういい教育をしたいんだ。こんな英語教育とか普通に使えるようなやつをやってほしいんだ」と言っている先生にしか会ったことないですよ。

本当に胸を張って「これでいい」「今のダメな英語教育でいい」って言っている人はあんまりいないです。だけどみんな「他の人がやらせてくれないんだ」と言うんですよ。ほかの世界でも、こういうことがないですか?

ピョートル:二次元の世界ですか?(笑)。(現実の世界でも)あるはずです。

思い込みの壁は「みんなで幸せになろう」で壊せる

白川:だから「思い込みの壁」ってこれくらいくだらないのかなって思っています。やることって本当に、空間を作るだけです。「ここでは、本質的な話以外はしないでください」って言ったら、英語はできて当たり前、できない英語教育はやる意味がない、となります。

「点数(を取らせるトレーニング)は余所でしてください」って言ったら、じゃあみんなアクティブラーニングをやって、生産性が高いことをやって、「賃金がぶわーっと下がっている世界に子どもたちを送り出さないようにしよう!」みたいになる。

実は、教育者のみなさんはとても意識が高いので、そういうことを思っています。だから彼らの意識を尊重する場、要はツールを与えれば本当はどうにでもなるんだなって思っています。

だから意外と、この国の未来は明るいんじゃないですか? 違う時代と違うシチュエーションだけど、国によっては反対意見として「いやもう、うちの国は国粋主義的なやつで、ほかの言語はいいです。世界から孤立してもいいです。ぶっちゃけ、貧しくなってもいいです」という考えの人がいるんですよ。日本では誰もそこまでは言わないの、ラッキーだよ。

例えば意外かもれないけど、ガンジーもそういう人でしたよ? 「工業化をやめろ。うちの国は貧しくていい」みたいな、彼は崇高な理想を掲げている人だったから別にいいんですけどね。国民は、たまったものじゃないじゃないですか。

だから(ガンジーが)死んじゃった後、他の人はたまったもんじゃないからすぐ工業化したけど、日本の場合、自信を持って「みんな英語をやらなくていい」って言う人はいないですよ。自信を持って「みんな貧しくていい」って言っている人もいないから、今のハードルはたいしたことないです? 「みんなで幸せになりましょうよ」って堂々と言えたら、「思い込みの壁」はぶっ壊れたことになる。本当にそれくらい、くだらないのかもしれないなって私は思っています。