広告会社とは「らしさ」を作るプロの集団

横石崇(以下、横石):広告って「らしさ」を作るプロフェッショナルの集団でしょ。

吉田将英氏(以下、吉田):そうですね、はい。

横石:しかし、広告というビジネスモデルは今まで以上に弱体化してきている。

吉田:通用しなくなっていくでしょうね。

横石:通用しなくなるという見立てのなかで、広告会社というのはこれからどうやって「らしさ」を作っていくのかなというのは、ちょっと聞いてみたかったんですね。

吉田:めっちゃでかい問いですね、うちの経営陣が話すような(笑)。実は今日、クライアントさんが来てるというすごい展開になっているというか……すごく言いづらい......(笑)。

横石:ログミーも入ってるし。

吉田:ログミーも入っているし、四面楚歌です。でも、まさに「らしさ」とか、「これは何なんだ?」 みたいな、良い言語化をいただいてしまいました。マーケティングで有名な話で、ドリルじゃなくて穴を売ってたとかありますよね。「これは何なんだ?」という本質とか、何が価値として欲しいのか。電動ドリルが欲しいんじゃなくて穴を開けたい。なんで穴を受けたいかというと、工作をしたい。

なんで工作したいかというと、息子が8月31日までに図工の工作を寝かしてて、なんとか助けなきゃいけないから、穴を開けてあげなきゃいけないとか。そっちまで行くということを、やっぱり優秀な広告マンはみんなやるんですよね。「タレントを使ってでっかいことをやりましょう」ではなくて、「俺らは何を売れと言われてるんだろう?」みたいな。

やっぱり本質を考えるので、広告は今までアウトプットとして出力をすることがほとんどだったんですけど、僕は横石さんの本を読んで相通ずると思ったのは、そこで「何なんだ、何者なんだ」みたいなことを考え尽くす訓練は、ぜんぜん自覚してなかったんですよ。でもこれはやってたことかもしれないということに、一部の人が気づいた。

僕のいる出島は、今のボスがそこに気づいて作った出島という側面もあるんです。広告作りじゃなくても、いろんなとこにたぶん使えるんじゃないと、ちょっとずついろんなことをいろんな人が仕掛けようとしている状況ですね。……真面目!

大方のマーケターが賛同しかねる、「好き嫌い」ベースのアイデア出し

横石:これけっこう大事な話ですよね。晋平さん、聞いててどうですか。

高橋晋平氏(以下、高橋):いや真面目だなと。

(一同笑)

こういうところが、だから「らしさ」なんだなと思います。でもそれって業種にもよるんだろうなとも思います。こういう考えを持ってる大きい会社によって、日本の経済が回ってるんだなと思いながら聞いてました(笑)。

横石:それだけもう崖っぷちに立っているからこそ、そういう実践をされてるんですね。

吉田:そうですね。けっこう真面目にやべぇとやっと思ってきている感じだとは思いますね。

横石:そうなんです。電通でさえ自分らしさで悩んでるのに、僕みたいな凡人が悩まないわけがないじゃないですか(笑)。

高橋:ま、そうですよね。

吉田:ちょっと話変わっちゃうかもしれないですけど、晋平さんのアイデアとか企画の出し方を、みなさんよかったら立ち読みからでも、まず手に取っていただければと思います。好き嫌いが、ちょっとらしさと近い話かなと思って聞いていました。晋平さんは自分自身の好き嫌いをめっちゃ使ってアイデアを出されるんですよ。

僕はマーケティングも領域としてはやるので、そうするとだいたい「消費者調査をやりましょう」とか、この企画を10代の女子に聞いて、8割が欲しいと言ったらゴーですとか、そういうことを普通に考えようとするんです。

でも、この本にはそういうことじゃなくて、自分が欲しいものを企画にするのが最強で、何ならそれじゃないとおもしろくないからありえないということを書かれてる。たぶんマーケッターの人が賛同しかねるような書だと思うんですよ。

高橋:そうですね。僕は大企業にいたけれども辞めちゃって、今はウサギという会社で2人。この規模でやれているから言えたものだというのは、これを読んで内省したりはするんですよ。結局、大企業の商品なら100万個を売らなきゃいけないじゃないですか。

だけど、1人、2人が食っていく分には、自分たちが大喜びするものを作ったら、1,000人ぐらいには刺さるわけですよ。それでやれているという部分は、正直そうです。でも僕が思ってるのは、大企業にいるときに、全国にとどろかせようと思って作ったものが、ただの1人にも刺さらなかったという過去の失敗がすごくあって。これってあるあるだと僕は思ってるんです。

好きはごまかせるけど、嫌いなことに嘘はつけない

高橋:たくさんのメディアに出て良い感じに見えるけど、めちゃくちゃ喜んでいる人は1人もいないかもしれないようなサービスって、実はすごく生まれているんだろうなと正直思っています。僕も昔はそうで、今は1,000人が確実に感動してくれるものを、やっと作れるようになったと思っています。

大企業でも、それを一歩目として、もっと広く伝えられる方法があればいいのかなということで、1つの方法としての持論を伝えました。正解かどうかは、正直今も迷いながら仕事しています。

吉田:たぶん企画を出すときに自分の好き嫌いを使うと、自分らしさが出ざるを得ない思考になると思っています。だから僕は、自分らしさの問いって何だろうなと思ったら、好き嫌いという答えを、もっと言っちゃうと「嫌い」ということだと思っています。好きってけっこうごまかせる感情なんじゃないかと思っています。

でも「嫌い」ってごまかせないし、ごまかす意味があまりない。最初僕はエビが嫌いと言いました。エビが嫌いだと嘘つく意味はないじゃないですか。だから、嫌いなものの方が信用できる。

横石:それはそうかもね。違和感とかもそうですね。

吉田:そうですね。「ああはなりたくない」とか「ああいうことは嫌だな」とか、あんまり怒りとか負のエネルギーだけをエンジンにするのはよくないかもしれないけど、そういうのってけっこうらしさかなと、僕は横石さんの質問をわーっと見ながら思ってました。

高橋:ほんとに、それわかりますね。

ツイッターを複アカで使い分けることへの居心地の悪さ

横石:最初に吉田さんが言ってくれた「自分らしさが自分のなかにない」という話には共感しています。人生はドーナツだという「ドーナツの穴理論」というのを、ロフトワークの林千晶さんがおっしゃっていて、僕はすごく感銘を受けたんです。自分を探しても自分なんてなくて、自分のまわりにいる大切な人たちが豊かになったりすることで自分も成長できる。

簡単に言うとそういうことをおっしゃってて、僕は自分を探すぐらいだったら、まわりにいる人を大事にしてるとか、give、貢献すると態度で表したほうが、自分らしさが生まれてくるのかなとお話を聞きながら思いました。

吉田:身につまされます。

(一同笑)

横石:そろそろ次のお題にいきましょうかね。

吉田:では、次にこれを聞きたいと思います。今のと近いかもしれません。結局「自分らしさって、どれくらい気にするのがいい塩梅なんだろう?」というのが、すごく悩ましいですよね。例えば人によっては、自分の強みを規定して、それに則ってSNSをやろうみたいなこともある。「Twitterを何アカウントか定義しましょう」とか。

僕はサウナが好きなので、「吉田さん、サウナはアカウントを分けたほうがいいですよ」とか言われるわけですよ。なぜかというと、サウナの情報が欲しい人と、広告業界の情報を欲しい人はちがうからです。「Twitterアカウントを分けて、サウナアカを作りましょうよ。そしたら、つながりますよ」と。

その手の人はものすごく気にするというか、考えてやってる。自分という多面体を、どの面で、誰に見せると1番効率よく、楽しく、深く、つながりが広がるのかというのを、考えてるんだと思うんです。すごく今っぽいし、そういうことを考えた方が得するのかなと思う。

その一方で、これはひねくれてるだけかもしれないけど、なんだかその考え方はキモイなってと思う自分がいる(笑)。キモイと思うのは、ただ僕が中二病なだけなのかというのは、ずっと引っかかっている。

愛される「らしさ」をどうやって作るか

高橋:ここで言う自分らしさって、いい意味でいわゆるブランディングみたいなことなんですか? 

吉田:今の話はちょっとそっちも入ってるかもしれないですね。

高橋:「あの人ってこういう人だよね」というのは認知されるから、指名が来たり、好かれたりみたいな意味での自分らしさについて今は話しているんですかね。

吉田:この質問においては、そういうニュアンスかもしれないですね。

高橋:そうですよね。僕はやっぱり、さっき言ったように「らしさ」はどっちかというと弱点とか欠点だと思っている。意味合いがちがうのかもしれないですけど、だから結局そこは気にする必要はなくて、放置するものだと思ってる。

それに相対する、できることとか得意とか伸ばしていくべきで、武器とするようなところをがんばって伸ばしていれば、その人の弱みというものが、より深堀りされて突っ込まれるようになると思うんですよ。

だから「あの人は仕事がすごいんだけど、ああいう人だよね」みたいなところが残るから、愛されてその人が認知されるわけです。

横石:愛されるね。

高橋:そうそう。この聞き方の言葉の捉え方がちがうかもしれないんですけど、僕がそう捉えるならば、自分らしさという欠点とか余白みたいなところは放置して、がんばれるとことか、できることをとにかくがんばって伸ばしていれば、らしさは生まれてくるのかなと。だから、らしさは逆です。強みの方じゃない。

強みの方はがんばっても「らしさ」として認知されないし、すごくなったって、ビビられたりするじゃないですか。「あの人は頭がよすぎて話しづらい」となるけど、ちょっと抜けてるところがあると、愛される「らしさ」になる。

「その弱み、もっと押し出していきなよ」と薦められるのは……

横石:ブランディングには認知と人気という2軸があって、例えばテレビ、マスメディア、マスマーケティングでやろうと思ったら、認知をいかに取るかということです。今の晋平さんの話というのはいかに人気を取るかってことですよね。

吉田:深さ。

横石:そうそうそう。人気の出し方は、強みよりも弱みでアプローチしていったほうが、人気が取れるかもみたいな話なのかもと思って聞いていました。どうなんですかね?

高橋:そうかもしれないです。でも特徴って何ですかね。特徴って欠点のことかもと思うんですよね。

吉田:みなさん、作為がとれぐらい入ってるもんだろうかというのは、けっこう気になっています。例えば弱みが良い「らしさ」になるよという高橋さんの話は、事実、現象としてそうだよねというトーンだと思います。けど人によっては、「それ、君の弱みなんだからもっと押していきなよ」という、謎のその......。

横石:あ〜。

吉田:作為がすごく入っている感じに。

横石:はいはいはい。

吉田:例えば僕が本を出して「吉田はコミュ障太郎としてやっていこう」みたいな。それって、今おっしゃっていただいたニュアンスとはちがうなとは思うんですね。

高橋:それはやっぱりちょっとおかしいというか、歪んでいるのかもしれない。僕がバンダイという大会社を辞めて独立したときに、とにかくビビってて、「プロパーで大企業に入ってるから、これで辞めたら即死だな」と地で思っていました。

吉田:それで辞めたのがすごいですね(笑)。

最終的には実力よりも人柄が重要になる

高橋:それはまぁいろいろ理由があって。辞めてから1年目、2年目はほんとうにけっこう痛々しい感じだった。辞めると焦りますし、弱みを見せるって怖いじゃないですか。まさにそうでした。人と話すときに「僕は企画力があります」みたいな感じなんですよ。

「うちの企画力でおもしろいものを作りましょう」みたいに言ってるんですけど、ぜんぜん相手にされないんです。そんな奴が来たら、イヤじゃないですか。「俺のアイデアを見てください」みたいな奴が来たら、一緒にやりたくないじゃないですか。それを1年ぐらいやってて、やっぱりうまくいかなかった。

心に余裕が生まれたからなのか、今までいろんな経験があったからとか、いろいろあって、じゃあ「企画力がありません」とは言わないまでも、話してるなかで、どっちかというとさっきのフォントセンスがないみたいな「デザインができないんですよ、まったく」みたいなことを言う。「あっ、うちはデザイナーがいるよ。うちデザインが強みなんだよ。だけど売り方がわかんなくてさ」みたいに言う。

「だったらこういうPRをしてみたらどうですかね?」みたいなことで、マッチングするわけです。弱みが大事だとわかっている人でも、やっぱりみんな意識としては、強みを前には持っているんです。僕だってそうだし、やれる仕事でいったら、やれることが前じゃないですか。だからそっちがそれを受け止めてくれないと、ただただぶつかり合う感じになるんだなとすごく思ったんですよ。

今のは例え話ではなく、ほんとうに実感したことです。だから、最終的には人と仕事したいみたいなのって、もう実力ではない。それが実力だとしたら、もっとすごい人にすぐ乗りかえられちゃうわけですよ。

だけど、愛されているその人への愛情って、好きだから消えないわけですよ。たぶん10年経ったって消えないことだから、それの方が大事だなということです。

吉田:これはBeの話ですね。

横石:まさに。Beの話ですよね。