クリエイターやデザイナーは、原因の蓄積に極めて貪欲

田中信哉氏(以下、田中):さっきの繰り返しになりますけれども、鷲田先生の言葉であった「間違った原因のもとに作った結果がうまくいっている」ということを飲み込めるか、ということだと思うんですよね。

岡康道氏(以下、岡):うん。

田中:例えばそれをチームで、それから組織でどうやって活かしていくか、というときに、そうした事象のフォーマット化はすごく難しいことだとは思うんですけれども、「1つのパターンとして、あるいは知恵として認めていこうよ」というようなことをしないと、やっぱり「進歩はないのではないか」と。

「因果律とは危ういもので、そればかりが信用に足るものではないと思う」というふうにおっしゃっています。たぶん、右脳的な試行錯誤を許容するということかなと思っています。

それで、「原因の蓄積」。岡さんにはたぶん、クリエイターとしての何百という原因の蓄積があると思うんですけれども。この原因の蓄積に関しても、鷲田さんは、最初からこういうふうにおっしゃっていて。

「クリエイターやデザイナーは、原因の蓄積に関しては極めて貪欲である」。逆に言うと、貪欲でなければいけないということもあると思うんですけれども。「答えのないことでも、こんなにおもしろい現象があるんだとか、こんなおもしろい行動をとるんだ、ということを蓄積している。それらが、いつかなにかの原因になるかもしれない、仮説になるかもしれないと思って蓄積しているんだ」と。

因果関係にとらわれることで、真実を見逃すこともある

鷲田祐一氏(以下、鷲田):これはさっきの話で言ったら、薬を飲み続けるアメリカ国民と一緒なわけですよ(笑)。

田中:そうですよね。だから「一つだけが正しいと」……。僕は1対1の答えじゃなくて、因果律の関係だと思うんですけれども。さっきの薬もそうですよね。「一つだけが正しいと思い込むと、サイエンティフィックな考え方からすると筋が通らないことがある」。ここもけっこう大事なお話で、「真実が突き止められるはずのものを、方法のせいで見逃している」。

方法というのは、我々の中に染み付いた仕事の仕方とか、慣れたパターンというものがたぶんあると思うんですよね。各会社のパターンもあるし、カルチャーもあると思うんですけれど。それらを飛び越えて考えないと見逃すものも多い、という話かなというふうに。

それで、興味深い参考の話もいろいろとしていただいているんですけども。今日のテーマにもなっているんですけれども、これって別に因果関係を否定するとかいうことではなくて。因果関係というものはもちろん大事にするんだけど、すぐその隣にあるいろんな現象に目を向けられるだけの……余裕というわけじゃないですけど、許容する心構えを含めてですね。「隣にある現象なので、さほど理解の難しいものではない」というふうにおっしゃっていて。

「原因があって結果があるはずだ」「1対1だ」と思うと、これを逃してしまうというふうにおっしゃっています。それで、興味深い事例として、鷲田さんは「アニーリング」という言葉で例えられていましたけれど、「データを整然と組ませると、整然とした結果しか出ないが、少し混乱させることを繰り返すと、実は答えが早く出る」という話です。「アニーリング」というのは、「鉄を叩く」という?

鷲田:「焼き直し」です。

田中:「焼き直し」ですね。それで、「結果的に最適解よりは若干遠くても、全体で見たら一番正しい答えに早く届く」というような。そうした事例でお話しされたんですけれど、これはデータの世界ではそういうことがわかっているというお話です。

「やり方も含めて正しいか?」という疑問を持つ必要性

鷲田:ビッグデータと言われているもののことですが、最初に仮説を立てると、それしか(データを)取らないじゃないですか。それだとほとんど意味がなくて。だいたいそれこそ100人ぐらい聞けばおおむねわかることですけど、それを10万とか100万とかに取ってどうのこうの、みたいな話になりますよね。ほとんど意味がなくて(笑)。

だいたい勘がいい人って、最初の集合で話すとおおむねわかる、というようなところがあるんだと思うんですけれど。そこで誤解が発生していて、「データは大きければいいだろう」という話になりやすいですよね。

でも、本来的に、ビッグデータというものを科学者たちが「大事だ」と言い出したのはやっぱり、ごちゃごちゃする素地が残っているというか。ノイズみたいなものもいっぱい拾ってきちゃう、ということのほうが本当は大事だということを、おそらく言いたかったんだと思うんですよね。

なので、データが欠損していても構わないから持ってこいとか。そういうことから始まったことだと思うんですけど、いつかその一番大事なところが抜けていて、「整然としたデータをたくさん集める」という話になっていっていることが、ちょっとおかしいなと。

田中:整然としたものはすごく気持ちがいいですからね。とても準備が整っているような気がすると思うんですけれども。さっきのプロセスの話にも通じると思うんですが、「やり方も含めて正しいか?」というふうに疑問を投げかけないと、たぶんいつもどおりの仕事をしていつもどおりの結果しか出ない、という状況になるのかなとも思っています。

「チームの右脳を解放してやろう」というディレクションには勇気がいる

田中:ちょっと現実のクリエイティブの中、仕事の中ではどうか。広告・マーケティングだけじゃなくて、「企画」という名前を持つ仕事をされている方、この場にいらっしゃるみなさん、たぶん全員に共通する話だと思うんですけれども。

左脳はけっこう機械がやってくれるようになってきて、右脳の部分は何を信じていくのか、というところで。岡さんに最初に「創造性をどうしたら発揮できるか」という質問を投げかけたらですね、岡さんが「おいおい」と。

「発揮云々の前に……」と。「俺はチームにいる人の創造性を信じている」という言葉が返ってきたんですね。チームというのは、岡さんとの間ではクライアント、それから協力会社も含めたチーム、というふうに定義していたんですけれども。その創造性を信じている、と。

「信じてやってみる。伝わらないこともある。でも信じる」と。「信じないから、おもしろい方向に向かわないのだと思う」というふうにおっしゃっていて。

これはまたプロセスからすると逆の考え方になりますけど、「疑って疑って、左脳で整理していくからダメなわけで、最初は信じてみる。わかるだろ、わかってくれるよな」というふうにおっしゃっていました(笑)。

(会場笑)

:これ、バカみたいじゃない?(笑)。

(会場笑)

田中:師匠、すいません(笑)。ただこれを聞いたときに思ったのは、「チームの右脳を解放してやろう」というようなディレクションなんだな、というふうに思っていて。これけっこう、クリエイティブディレクターは勇気がいることだよな、というふうに思うんですよね。

クライアントがこう言ってる、こういうことが見えてる。それは大事なんだけど、でも右脳を解放してもいいよ、というメッセージに僕は受け取れてですね。ただ、これをやるクリエイティブディレクターというのは、相当信念がないとできないことだな、というふうに思いながら聞いていました。

創造性を誘発する上で、案を出さずして説得するのは難しい

田中:それで、やっぱり、この続きで聞いてみたいことが1個あって。「今、仮に岡さんがタグボートじゃなくて、電通のクリエイティブディレクターに戻って、チームメンバーと集まったら、最初に何という一言を言いますか」という質問を投げかけて。

返ってきたのが、「目立つ広告を作れ」と(笑)。「でなければ効率が悪い、と言うだろう」と。さっきの話の繰り返しになりますけれども、「目立つ」という効率の良さは、左脳に寄りすぎると……もちろんテクノロジーとかデータなどは当然大事なんですけれども、それはそれとしてありながら、「目立つ」ということをちょっと置き去りにすると、あまりにも左脳に寄りすぎるんだろうなというふうに思って聞いていました。

「効率」という言葉がここに出るのはすごくおもしろいな、というふうに思います。「効率化によってクリエイティビティが置き去りにされてるんじゃないか」という議論のセッションなんですけれども、岡さんからはこういう言葉が出てですね。

この当たり前の話に立ち返りたいなと思っているんですけども、冒頭の先生の一説にもあるように、こういうことが言いにくい段階であることも確かだな、というふうに思って話が一周すると。

「俺の一案はこうだ、これを超えろ」というふうにディレクションをするよ、ということもおっしゃっていて(笑)。でも、これはすごく大事なお話で、創造性をどうやって誘発するかというときに、「案を出さずして説得するのは難しい」というふうにおっしゃっていました。

「クリエイティブを目撃したら、刺激を受ける。それより強い刺激はない」というふうにおっしゃっていてですね。これは、特別な話のように……岡さんというある種特別な存在、僕にとっては特別な存在なんですけれども。特別な話のように聞こえるかもしれないですけど、でも、本来クリエイティブってこうだったんじゃないかな、というふうに思わせてくださるお言葉ですね。

そういう行動とか姿勢が置き去りにされたかなと。クリエイティブディレクターはデータを要求していないかな、というふうにちょっと思っています。岡さん、なにかここでコメントをなにか(笑)。

「左脳で再整理する」ことが、クリエイティブディレクターの大事な仕事

:(笑)。タグボートの中では、もう僕は麻生哲朗や多田琢に対して「俺の案はこうだよ」とはやらないけどね。意味がないから(笑)。彼らの右脳を信じているしやらないけど、もし電通で今CDをやれと言われたら、僕は自分の案を見せると思います。それで、それよりおもしろくなければ、プレゼンには出せないと。

結局、きっとみんな、案を出さない人からなにか言われたくないでしょう。「もっとおもしろいものを作れ」とか言われたら、「じゃあ、お前作ってみろよ」って言いたいよね(笑)。だから、そう言われないように、最初におもしろい案を見せる。そしてそれよりおもしろいものを考えてもらう。

右脳で考えられて、「確かにこれはおもしろい」という案は仮にできたとしてですね。それで、一番厄介なときは、これをプレゼンテーションするときなんですよね。なんて言うんだろうな……でも、なにか(左脳的なものとの)つながりはあるんですよ。どこか本質的だから。それで、それを探すのもCDの役目だし、本人はやっぱりそれをうまく説明はできないんですよ。

田中:おっしゃるとおりですね。

:だから、僕の役目はどちらかといえば今は、左脳で考えるクライアントに対して、右脳でしか生まれなかった案をどうやって左脳的に話すかってことかな。

田中:クリエイティブディレクターの大事な仕事として、「左脳で再整理する」っていう仕事があるんじゃないかなと思っていて。要は例えばアートディレクターの子などで、アーティスティックな環境に置かれていて、そのアート性が磨かれている、すごく優秀な子がいるんですけれども。

そういう子を、今度はビジネスとして値段がつくように落とし込むというのは、左脳を整理しないといけないところがあってですね。たぶん、気づけるクリエイティブディレクターはそれに気づいて、左脳による再整理をしているんじゃないかな、と思ってこの話を聞いていました。