デカ目メイクの女の子は、なぜみんな同じ顔をしているのか?
つけまつげの歴史から辿る、女性の美意識の変化

【第2回】「デカ目」のテクノロジー論《MORI2.0》 #2/5

2019年5月10日、スパイラルにて「『盛り』の誕生 ー女の子のビジュアルとテクノロジーの平成史ー 【第2回】『デカ目』のテクノロジー論《MORI2.0》」が開催されました。平成の時代に現れた女の子たちが表現してきた、大人には理解できない不可解なビジュアル。90年代以降に発達したデジタルテクノロジーの力を得て、今なお変化し続けるビジュアルコミュニケーション「盛り」の変遷から、消費行動のカギを握る女の子たちの意識を探ります。第2回となる今回は、「『デカ目』のテクノロジー論」をテーマに、時代を知るゲストたちがディスカッションを行いました。本記事では、未だ一度も体系化されたことのない「つけまつげ」の歴史と変遷について、コージー本舗の玉置未来氏が語ったパートをお送りします。

渋谷のサークルと「盛り」の発祥

久保友香氏(以下、久保):この連続講座の第1回で取り上げたんですけれども、渋谷のサークルの中でもとくに有名だったところがあって、私が調べた限りではそのパンフレットの中で「盛り」という言葉が最初に使われていました。

影響力のあるサークルがプリの写真を素材に構成して、雑誌的な物を作って、その中で「盛りプリ」という言葉を用い、「盛り」が広がったんじゃないかと考え、前回のゲストとしてそのパンフレットの編集を担当した方にお聞きしました。

ここまでは渋谷のようなリアルな街を拠点にした話なんですけれども、その後状況が変わっていきます。当時はポケベル、PHS、携帯電話など、バーチャルなコミュニケーションツールは使っているんですけれども、あくまでもリアルな街を拠点とした繋がりだったんです。その後バーチャルなコミュニケーションとリアルなコミュニケーションが切り離されていくんですね。

ガラケーをみんなが持つようになって、ガラケーから接続するインターネット上のサービスがたくさん出てきます。ちょっとさかのぼるんですが、まず1990年に「iモード」がNTTから出てきまして、携帯電話でもインターネットに接続できるようになりました。

そしてそれを使って女の子でも簡単にホームページを作ることができる、魔法のiらんどのようなホムペのサービスがすぐに出てきます。そしてもっと簡単に、本当にプロフィール1枚だけのホームページみたいなものを簡単に作れる前略プロフなどのプロフのサービスが出てきたりもします。それで間もなく、今もあるSNSの最初のmixi・GREE・モバゲータウンといったものが出てきたり。

その後、ガラケーで投稿できる携帯ブログが出てきます。女の子たちがよく使ったものではデコログというサービスなどがあったんですが、それらは本当に女の子が使うのに特化したものだったので、ユーザの9割くらいが女の子というようなものだったんです。

「自分らしくあるため」に、そっくりになっていくという不可解な現象

久保:これにはもう1つ特徴があって、それまでのWebサービスは趣味カテゴリーなどでコミュニティが分かれていたんですけど、この女の子たち向けの携帯ブログはカテゴリがなくなり完全にランキングだけで管理されるものでした。

そうすると、全国の中で上位に出てくる子がちょっと有名になってそこがリーダーとなり、全国を繋ぐようなコミュニティができてきました。

女の子たちは大人たちよりも遅れてブログを始めたんですけれども、どんどん抜いていって2009年くらいになると10代女性の7割がブログをやっているという調査結果が出るくらいになります。今日取り上げる「デカ目」がすごく進んだのは、ちょうどその頃とぴったり重なるのです。

その辺から私もちょこちょこと「デカ目」や「盛る」ということに一生懸命な女の子たちに話を聞くことをやっていました。例えばその頃話を聞いた女の子に「プリ撮るのに一緒について行かせて」と言ってついて行かせてもらうと、「プリはトレーニングだ」と言っていまして。

どういうことかなと思って聞くと、「プリでもたくさん機種があって、その商品によって画像処理の具合も違うしシャッタータイミングも違う。同じ機種を繰り返し使って、その機種の画像処理に合った目の見開きを、その機種のシャッタータイミングにするんだ」というようなことを言っていて。そんな感じで「目をどう写すか」をがんばっていたんです。

彼女はつけまつげをつけていたんですけれども、「何を使っているの?」と聞くと「3種類くらい使っている」と言っていて。どうするのかと思ったら、切り刻んで組み合わせて作っていて、それを見せてくれたりもしました。

そういうのをパパッと手慣れて作っていて、そのくらい「目をどうするか」に一生懸命でしたね。そうやって作られた顔はみんなそっくりに見えたので、私はそれを不思議に思い、彼女に「なんでそんなに目を一生懸命大きくするのか」「どうして『盛る』のか」と聞いてみると意外な答えが出てきて。彼女は「自分らしくあるため」と答えました。

私は「どうしてみんなそっくりなんだろう?」と思っていたのに、逆に「自分らしく」と言うので、「盛り」というのはなかなか深い世界だなと、ますます私はこの「盛り」の興味への沼にはまっていくことになったわけなんです。

女の子が「つけまつげ」を付け始めたのはいつ?

久保:なんでみんな目を大きくすることに集中したのか、そしてまた、なぜそれが自分らしさなのか。今回は最後に向けて、そのあたりをディスカッションしていきたいと思っています。

現場にいらした方々にそんなお話を聞けるのは貴重なことです。まずは女の子たちが一生懸命「盛る」ことを後ろで支援してきた技術や道具のお話をうかがっていきたいと思います。

まず、つけまつげのことからうかがってよろしいでしょうか。この頃から本当にみんながつけていって、どんどん使うようになっていったんですよね。それがどうしてなのかを、つけまつげの老舗でいらっしゃるコージー本舗さんのお話と共に、玉置さんがどうしてこのお仕事に至ったのかからうかがおうかと思っております。

玉置未来氏(以下、玉置):まず、私の自己紹介からですね。私は大学でドイツ文化を専攻していまして、ドイツで少し生活をしていました。そこから大学を卒業して、化粧品メーカーで営業をしておりました。

もともときっかけがあって、ドイツで生活をしてから化粧品メーカーで働いてみたいなと思い営業職をしまして。その後は「より商品を売っていく」「みんなに受け入れてもらう」ところに興味を持ち、「もっとコスメに深く関わりたいな」と思いまして、株式会社コージー本舗に入社しました。

その後はずっと広報を担当しているんですが、広告宣伝や販売促進など、いろんなところに携わりながら、今は二重まぶた化粧品の商品開発にもブランドマネージャーとして携わっております。

私の話で全然関係ないところなんですが、是非にと言っていただいたので……。(スライドを指して)大学時代、ドイツに約1年ほど住んでいた時の写真です。2000年ごろですね。もともとは中国の歴史を勉強したくて大学を受けたんですが、なぜかドイツ語の学科に受かってしまいまして。

中国文化の学科はすごく希望が多かったみたいで、回し合格みたいなかたちでドイツ語の学科に受かってしまったんですね。語学は大の苦手だったんですが、まあこれも1つの縁かなと思って進学をしました。

日本の漫画の女の子は、なぜあんなに目が大きいのか

玉置:せっかくドイツ語をやるんだったら喋れるようにならないと! と思いまして、1年間休学してドイツに住んでおりました。(スライドを指して)これは私の住んでいた家と、その近所と、これは赤の建物舎と言われる建物なんですが、ベルリンの旧東ドイツの地域に住んでいました。

(スライドを指して)これも同じくその時の写真なんですが、一番あちらがいわゆるベルリンの壁の残りです。この真ん中がブレーメン、『ブレーメンの音楽隊』で有名な町ですが、ここで大学の外国人向けの講習会に参加して勉強をしていました。

一番上が初めてドイツに住んだ時の写真です。短期で住んでいたんですが、一緒にルームシェアをしていたフランス人とドイツ人のルームメイトです。

ドイツに住んで化粧品に携わるきっかけになったことがあります。1つは向こうで生活をしている時に、「環境や家の中の生活を豊かにすることを、ヨーロッパの人は大切にしているな」と感じました。それまで私になかった価値観でした。

環境や家の中のものもそうなんですが、女性にとってコスメはすごく生活を豊かにする物だなと思いまして。それまでも興味はあったんですが、よりコスメに興味を持つようになりました。

もう1つは、ドイツに住んでいる時に日本の文化を好きな方がやっぱり多くて、よく聞かれておもしろかったのは、「漫画に出てくる女の子ってみんなすごく目が大きいけど、実は日本の女の子って目細くない?」「なんであんなに違うの?」と言われまして。

確かに言われてみれば漫画の顔って全然違うなと思って、私たち自身もメイクをして違う顔になるというか、目を大きくしていくことを目標にしているんだな、という違いもおもしろく感じてより日本のコスメの文化に興味を持ちました。

つけまつげに商機を見出したコージー本舗

玉置:ここからが会社の紹介です。弊社コージー本舗は1927年に創業しまして、今年で92年になります。浅草の近く、かっぱ橋の道具街のすぐ近くで今も営業しております。

こちらが創業者の写真なんですが、創業当時はかつらや頭飾品、雑貨、小間物などを扱う商店でした。

これも当時の浅草の様子がわかる写真なんですが、当時浅草は文化の中心のようなところで、いろんな芸能や外国からの品物や情報が集まる場所でした。その当時、踊り子さんや芸者さんがみなさん自分でつけまつげをつけている、アイメイクをしっかりされているのを見て、「商売のチャンスになるのではないか」とオーダーで作り始めたのがつけまつげの始まりです。

(スライドを指して)こちらの方、淡谷のり子さんというブルースの歌手の方で、ご存知の方もいらっしゃるかと思います。お年を召されてからはものまね番組の審査員をされていたので、それでご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、もともとは歌手の方です。

戦時中など、日本でお化粧したり華美にしたりすることが憚られるような時代でも綺麗にお化粧をして、ご自分で作ったつけまつげをつけてずっとステージに立たれていたんですね。

こちらが1947年に日本で初めて製造・販売しました弊社のつけまつげです。今日は現物をお持ちして後ろに飾っていただいていますので、お帰りの際にでも是非現物をご覧いただければと思っています。

実は根元の部分、つけまつげの糊をつける部分なんですが、当時は手芸のカタン糸を使っていました。そこに人の髪の毛を1本1本くくりつけて作っていく仕様になります。最後にカールをつけて人間のまつげに近いような形にして仕上げていました。

横についている小瓶が接着剤なんですが、当時は松やにを使っていました。ひっつきはすると思うんですが、おそらくすごく目に痛みがあったのではと思います。あまり使用感のいいものではなくて、当時から女性は美しくなるために我慢をしていたんじゃないのかなと思います。

1960年代後半がつけまつげの第1次ブーム

玉置:時が経ちまして、1972年に世界で初めて人工毛を先細加工したつけまつげを開発いたしました。(スライドを指して)こちらを見ていただきますと、先が細くなっているのがおわかりいただけるかと思うんですが、人間のまつげも同じように毛先が細くなっています。

それまでのつけまつげは毛先が完全にぶつ切りでハサミで切ったままの状態でした。それを先細に加工することで、より目元に馴染みやすくした商品が開発されました。またこの当時は人工毛を使うようになりましたので、非常に製品の安定性も増して大量生産が可能になりました。

(スライドを指して)1960年代の後半から、こういった外国人のファッションが非常に流行していました。モデルのツイッギーとか、「ミニスカートですごく足が長い、目鼻立ちがくっきりしている」というところにみなさん憧れて、メイクも外国人風に目元をしっかり強調することをされていました。それに伴ってつけまつげが流行していきます。

(スライドを指して)こちら、当時の芸能人のお写真なんですが、和田アキ子さん、しっかりつけまつげをつけられています。天地真理さん、ちょっとわかりづらいんですがつけまつげをつけられています。これがだいたいつけまつげの第1次ブームと弊社では捉えております。

弊社では当時、銀座のデパートに今でいう美容部員さんを派遣していまして。売り場でつけまつげの体験をしていただいたり、その方に合わせてちょっとカットをしてオリジナルにして買っていただいたりというサービスをしていました。

その後、だいたい1970年代なんですが、女性が徐々に社会進出してきた時代ですね。ですのでみなさんが自由になるお金を持っていて、今で言うOLさんが自分のために物を買うことが非常に盛んになった頃でもあります。

そういった一般の方にどんどん使っていただきたいということで、店舗で実際につけていただくということをしておりました。そして70年代後半になると、徐々に「日本人的な美」が再度見直されるようになります。

二重まぶたに転用されたつけまつげの接着剤

玉置:(スライドを指して)こちらが1980年に発売しました、液体の二重まぶた化粧品です。実は二重まぶた化粧品は、つけまつげの接着剤から生まれました。当初松やにを使って接着していたつけまつげですが、研究の結果、当時はゴムの成分であるラテックスを主成分にしていました。

(現行販売しているアイトークを手に取って)この商品は今でも販売をしておりまして、ご覧いただいたことがあるかもしれないですが、ドラッグストアなどでご購入いただける液体タイプの二重まぶた化粧品です。今でも年間100万個以上販売している、非常に人気のあるアイテムです。

それからちょっと時が経ちましてバブル時代に突入します。1980年代後半から90年代の初めですね。みなさんすごく女性らしいファッションで、髪も長めが流行していました。

当時のメイクとして森口博子さんのお写真を拝借しているんですが、ぱっと見で「まつげメイクされてないな」というのがおわかりいただけるかなと思います。

これはプロの方、ヘアメイクさんがメイクしているんですけど、それでも目元にすごくメイクをするというよりは、眉毛やリップ、あとはロングヘアーで女性らしさをトータルで出しているようなイメージでした。

口紅も、当時の流行でいうと例えば「真っ赤なDiorのリップが好きです」とか、今よりももう少しバブルの頃の購買意欲というか、「ブランド」にみなさん注目されていたのかなと思います。

その頃、実はつけまつげ自体は下火でした。当時はみなさんよくディスコに行かれていたんですが、パーティーメイクに合わせたような、(スライドを指して)こういうちょっと特殊なつけまつげなどを発売していました。羽のものとか、カラータイプとか。これはラメのテープで作られたつけまつげです。

(スライドを指して)こちらが1995年、そんな中で発売したものです。非常にシンプルなデザインなんですが、まつげメイトというシリーズになります。若干値段を抑えまして、ティーンの方に使っていただきたいという狙いで発売したブランドです。

このまつげメイトブランド発売当時に、部分用のつけまつげを開発いたしました。よりナチュラルに使っていただけるように、いわゆるハーフタイプ、目尻に使っていただけるものを開発しました。

大量生産によりプチプラ化したつけまつげ

1990年代の後半になりますと、茶髪や細眉、マスカラメイクが一般化してきました。カラーコンタクトなんかも、出てきたのがこの頃かなと思います。それまでマスカラはメイクの上級者、プロの方、美容師さんなどが使うイメージだったのですが、一般の女の子がマスカラを自分でそれぞれ使うような時代になっていきました。

(スライドを指して)「ガングロ」「ヤマンバ」がこのあたりに出てきています。とはいえ全国的というよりは局所的に、コアなところで流行が始まった感じです。

この方たち、ぱっと見ですごく個性的なメイクをされているんですが、マッキーでアイラインを引いたり、すごく極端なハイライトを入れたりしています。そのうちの1つとしてつけまつげが支持されて、コアなところからまた少しブームの兆しが見えた頃になります。

この後、徐々に出てきた流行りを捉える意味で、若年層に使っていただけるプチプライスの商品を発売いたしました。(スライドを指して)これが2004年に発売したスプリングハートアイラッシュ、1つ380円の商品です。それまでつけまつげはワンペアでだいたい1,000円前後、高いものですと1,500円というような価格帯でしたので、ここで爆発的に値段が下がっています。

価格を下げられた理由ですが、実は品質としてはこれまでのものとまったく変わりません。ただデザイン自体が非常にシンプルで、それまでのものに比べて短時間で作れるようになりました。

つけまつげは今も変わらず手作業で作られているのですが、工程を省いてコストを下げて、大量生産が可能になって、値段が下げられたという背景があります。見ていただくとおわかりいただけるのですが、同じパターンが繰り返しで目頭から目尻まで繋がっているデザインになっています。

(スライドを指して)その後、2006年TAKAKOスタイルアイラッシュという、初のヘアメイクさんとのコラボ商品を発売いたしました。当時のつけまつげは、使う人は使うけれど、一般的にみなさんが使うところまでは浸透していないというような状況でした。

徐々に使う方が広がってはいたんですが、これまで使っていない方へのきっかけになってほしいと考え、つけまつげをメイクに上手に取り入れられていたTAKAKOさんにプロデューサーとしてご協力いただきました。

全方位から美を盛っていく時代へ

玉置:こちらのシリーズで非常に特徴的だったのが、目尻用のタイプというものを非常にたくさん出しました。目尻用のタイプはなにがいいのかと言いますと、つけるのが非常に簡単です。「ちょっと目尻に足すだけ」というのでまずはトライをしていただいて、日常のメイクに入れていただきたいという思いで作ったのがこちらのブランドでした。

(スライドを指して)この頃から徐々につけまつげが盛り上がってきまして、この後ギャルメイクの発達と共につけまつげが再度ブームになっていきます。つけまつげの第2次ブームです。もうパッと見でおわかりいただけますが、本当に盛って足して、とにかく「盛って」かわいくしていく、というメイクが流行でした。

目元だけではなく、例えばエクステンションやカラーコンタクト、そういったものも取り入れていて、みなさんが全方位から美を「盛って」いくことを追求していたような時代だったかと思います。

この頃、2009年にドーリーウインクアイラッシュというブランドを発売いたしました。この頃がちょうど第2次つけまつげブームの一番山になった頃かと思います。つけまつげが市場規模100億円になったのもこの頃です。

当時のギャルのアイコンであった益若つばささんをプロデューサーに迎えて商品を作りました。 実はこのブランドは今も販売をしておりまして、今年で10周年を迎えます。先ほどお話にも出たのですが、当時はみなさんつけまつげの切り貼りをして自分に合うようにカスタマイズ、いろんなメーカーのものを買ってきて自分だけのオリジナルを作っているという時代でした。

ドーリーウインクブランドでは初めからカスタムをしたような、みんなが自分の理想の目になれるようなデザインを目指して商品を作りました。

詳しいデザインは、(スライドを指して)こちらの上のものをご覧いただくとわかるんですが、目尻のほうの毛束が非常に大きく、太めになっています。目頭の方はバラバラとしているんですが、目尻に向けて長くて濃い毛束を配置することで、「ぱっちりするけどタレ目に見える」というカスタムを初めからしたようなデザインになっています。

メイク文化の成熟とナチュラルメイク

玉置:実は1つのデザインの中でいろんな編み分けをしたり、カットを分けたりするのは技術的に非常に難しく、業界でも初の試みでした。

つけまつげは職人さんの手作りで1つ1つ編んで、カットをして作っており、技術の差があらわれる商品でもあります。実は最初、商品は大ヒットしたものの、この難しいデザインを作れる職人さんが2~3人しかいない状況で、品切れが続いてしまったという経緯があります。そんな中でみなさん技術がどんどん上がっていきまして、今では高い技術を持った方がたくさんいらっしゃるので、こういった複雑なデザインも大量生産できるようになってきています。

(スライドを指して)この下にあるものは、ちょっと短めで薄いのがおわかりいただけると思うんですが、これは下まつげ用のつけまつげです。下まつげのデザインも少し前からラインナップとしてはあったんですが、このドーリーウインクのシリーズで非常に充実しました。

発売当時はつけまつげが8種類だったんですが、実にその半分が下まつげ用でした。こちらも実は非常に高い技術が使われていまして、毛束の間隔が等間隔ではなくランダムにできています。これはあえてランダム感を出すことで、地まつげに馴染みやすいように作っています。

この少し後に、半顔メイクとかも非常に流行ったかと思います。これまでは女の子自身が「すっぴんってあんまり人に見られたくないな」「ビフォアーの顔は内緒にしたいな」と思っているのが一般的だったんですが、「盛る」ことで自分の理想の顔に近づけていくことが一般化しました。みなさんがどういうふうに自分を盛っていけるか、それを見てもらうことに抵抗感がなくなった頃かなと思います。

(スライドを指して)この後はだんだんナチュラルメイクにシフトしていきます。だいたい2010年、2011年あたり頃からかなと思うんですが、(外面的に)プラスしていくところから内面的なところへの気分が徐々に高まっていった頃かなと思います。

あとはメイクの文化の成熟も関わっているかなと考えているんですが、それまで「あれ、なんかプラスすると私って今までよりかわいくなる」というのにみなさんが気づいて、「どんどん盛りたい」「もっとかわいくなりたい」というふうにメイクを一生懸命していました。

ちょっと鏡から目を離して周りを見たら自分が「トゥーマッチだったかな」と気がつく、ちょっと周りを見始めた頃だったのかなと考えています。ゆるふわ、癒し系、モテ、かわいい、というところがみなさん気になっていた頃かなと思います。

目指すのは「元から美人」のイメージ

玉置:(スライドを指して)当時、つけまつげは徐々に少なくなっていっていたんですが、2013年にラッシュコンシェルジュというシリーズを発売しました。これまでと違うところは、派手なメイクがNGとされているOLさん向けに作ったものになります。

今でもつけまつげというとギャルのイメージが強いものではあるんですが、ナチュラルなものも非常にたくさんありますので、そういったところを伝える意味でOLさん向けに作ったものです。

商品のシールに、「会社につけていってもバレない度90パーセント」と書いてあります。そういうふうに、この頃はどれだけ「ナチュラルですよ」というのをわかりやすく、どう手に取っていただけるかを考えた商品を作っておりました。

(スライドを指して)2010年代後半になるとナチュラルメイクがどんどん進化していきます。みなさんどちらかというとナチュラルメイクというよりはすっぴんの底上げと言いますか、「元から美人」というところを目指されているイメージです。

現在もそこをみなさん目指されているのかなと思うんですが、メイクの技術で言いますと、それまでプロの方がしていたような細かなテクニックが使われています。

例えばハイライトやシェーディング、そういったものも非常に上手く使われています。自分の顔をより魅力的に見せる、例えば骨格メイクなど、「自分の顔の立体感を引き立たせる」「自分の良さを活かして『元からこんなに綺麗なんですよ』というふうに見せたい」というような技術をみなさん使われています。平面ではない捉え方で、非常に立体的に多角的にメイクされているのが今の気分かなと思います。

つけまつげの歴史が体系的に書かれている文献はない

玉置:そこで一番新しい商品になるんですが、2018年、3DEYES EYELASHというつけまつげを発売いたしました。今日みなさんにお持ち帰りいただく商品でもあるんですが、こちらの商品は新しい技術を使っておりまして、「立体感」が1つのテーマになっています。

これは3D製法という技術を使っています。つけまつげは従来、毛を編んでデザインをして、カットをして、最後にカールをつけて仕上げています。このカールは、パーマみたいなものをかけて記憶しているんですが、実は従来品とこの3D製法をご覧いただくと、3D製法はカールにばらつきがあるのがおわかりいただけるかと思います。2種類のカールをランダムに混ぜることで、こういった毛の絶妙な幅ができるようになっています。

今日はサンプルをお持ちしているので、従来品と現物を見比べていただくのが一番わかりやすいかなと思います。実は人間のまつげは1列に生えているわけではなくて、非常に小さい差ではあるんですが何列かに分かれて生えています。そういったまつげにより近い技術を使って、人間のまつげをちょっと大袈裟にしたようなものを作りました。

とくに差が出るところは、つけまつげをつけて目を閉じると「ビシッと睫毛が揃っているな、この子つけまつげをつけているな」とわかる時があると思うんです。このつけまつげはそういったことがなく、目元にとても馴染みやすいのが特長です。

久保:まるで本物の人間の自然のままのまつげのようなものを、人工的に作るということの進化ですね。いよいよここまで来た、という感じですよね。

玉置:そうですね。

久保:私もこの本のために、ずっとつけまつげの歴史を調べていたんですけど、結局つけまつげの歴史が体系的に書かれている文献は1つもないんですよね。

玉置:そうですよね。

久保:そういうものがないので、今日は本当に貴重でした。ありがとうございます。本当に日本のつけまつげはすごくて、すごすぎるなと思ってずっと気になっていまして。

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