溶岩地帯を生息の場に選んだコオロギ

Olivia Gordon:極限状態の環境に生息する生命は多々ありますが、ウヒニネネペレ、別名ヨウガンコオロギはその最たるものかもしれません。ヨウガンコオロギは、キラウェア火山の冷却されたばかりの溶岩に生息しています。なんとも驚くべきことに、冷却したばかりの溶岩上でしか生きられないのです。

その存在はハワイの原住民の間では長らく知られてきましたが、生態に科学的なメスが入れられたのは、火山の噴火直後のわずかなタイミングでしかありませんでした。

初めて個体が採集されたのは1973年。ぼこぼこと沸き立つ火口からわずか100メートルの距離においてでした。このような珍種の昆虫は、その生態は謎に包まれていますが、極限環境下にも適応する生命について、多くを教えてくれます。

容易に想像がつくとは思いますが、溶岩は多くの生命にとって最悪の生息地です。表面温度は日中は摂氏60度にも上り、夜間には急速に下降するとはいえ、50度近くもあります。

さらに、水分がほとんどありません。そもそも降水量が少ない火山帯であることに加え、灼熱の真っ黒な溶岩上では、いかなる水分もあっというまに蒸発します。そもそも溶岩地帯は水分保持には不向きです。水分はすべて、多孔質の岩石から滲出してしまうためです。

亜硫酸ガスを吹き出す噴出孔も多々存在します。多くの科学者が、世界でもっとも生命の生息に不向きな環境であるとしています。

「風」がヨウガンコオロギの命運を担う

とはいえ、火山列島にも生命は繁栄します。不毛の岩場でも「いける!」と思った生命は存在したのですね。みなさんが想像するのは、藻類などや、遠方から飛来してどこにでも生息し、何でも食べるようなしぶとい昆虫でしょう。

ところがハワイで私たちが目にするのは、羽がなく、非常に特殊な食餌を摂るこのコオロギなのです。

ヨウガンコオロギは、ハワイの溶岩孔や洞窟などに棲むコオロギの親戚です。ヨウガンコオロギの体長は極めて小さく、成虫であってもその体長はわずか1センチメートルほどです。擬態がうまく、溶岩帯でその姿を見つけ出すことは困難です。

ヨウガンコオロギの生態は風(aeolian ecosystem)に依存しています。つまり主要なエサを外部のものに依存しているのです。ヨウガンコオロギが到来したのは、植物や種子などが定着するはるか以前のことでした。

つまりヨウガンコオロギは、強風により周囲の植物帯から飛来する胞子や花粉、昆虫などの植物片、ホコリなどを、なんでもエサとして食べる腐肉食動物として生きてきました。また、必要なたんぱく質や窒素などは、海から打ちあがる海泡から摂取してきたのかもしれません。

生態系の生成過程を一気に解明するチャンス

ヨウガンコオロギは夜行性で、エサが溜まりやすい岩の割れ目や下に潜んで暮らしていると考えられています。事実、研究者たちは、臭いのきついチーズをワインボトルに入れた罠を使ってヨウガンコオロギを捕獲しています。ビネガーに集まるハエのように、ヨウガンコオロギはこの臭気に惹かれるようなのです。

粗い溶岩は極めて過酷な住環境ではありますが、ヨウガンコオロギを惹きつける利点もあります。広大で見晴らしの良い生息地ですし、競合相手はまずいません。

ところでこの極限を生きる昆虫、ヨウガンコオロギの姿を確認できるのは、噴火直後に限られるため、その生態には多くの謎が残されています。噴火がそれほど頻発しないのは、ありがたいことではあるのですが。

例えば、熱い溶岩が無い時期には、ヨウガンコオロギはどこに隠れているのでしょうか。羽が無い彼らは、どのように溶岩にたどり着くのでしょうか。ヨウガンコオロギは冷却し終わった溶岩流端から遥かに離れた場に発生し、植物帯では決して見られないのです。また、羽が無く鳴き声をたてないのに、どのように仲間やつがいを見つけるのでしょうか。通常のコオロギとは、生態がまったく異なっているのです。

ところで、これほどまでに過酷な環境下に適応した、この小さな昆虫を研究すれば、一般的な生態系の生成過程を解明できる可能性があります。キラウェア火山は2018年に何か月も継続した噴火があり、再噴火も大いにありうるため、ヨウガンコオロギ研究の機会が期待できます。

ヨウガンコオロギが噴火後に最初に定着した生物であるとは断言できませんが、最初期に定住しコロニーを生成した生命であることは確かです。考えてみると、わくわくしますね。

こんなに小さなコオロギが、これほどまでに過酷な環境をものともしないのであれば、人間もリスクを背負って起業してみるなど、自分が本当にやりたいことにチャレンジしてみようではありませんか!