メルケル首相、“希望の6か条”をハーバード大卒業生に託す
「始まりと終わりの間に存在するものを人生・経験と呼ぶ」

ハーバード大学 卒業スピーチ2019 アンゲラ・メルケル氏

ドイツ連邦の首相であるアンゲラ・メルケル氏が5月30日、アメリカ・マサチューセッツ州ボストンのハーバード大学の卒業式で祝辞を述べました。メルケル首相は、スピーチ冒頭にドイツの作家ヘルマン・ヘッセの言葉を引用。「すべての物事のはじまりには不思議な力が宿っている」とし、平和への思いと次世代への期待を熱弁しました。

ドイツの首相メルケル氏、ハーバードに降り立つ

アンゲラ・メルケル氏:学長、フェローのみなさま、理事会、校友会、教職員のみなさま、卒業生を誇らしく思うご両親方、そして卒業生のみなさま。今日は歓喜の日です。みなさんが主役の日です。心よりお祝いを申し上げます。今日この場にいることをとても光栄に思うとともに、私自身の体験についても、少しお話ししたいと思います。

この卒業式で、みなさんの充実した、もしくは辛かった人生の一章が終わることになるでしょう。今まさに、新たな人生への扉が開いています。胸が高鳴る、感動的なことです。

ドイツの作家ヘルマン・ヘッセは、人生のこのような場面について、素晴らしい言葉を残しています。彼の言葉を引用してから、私の母国語でスピーチを続けたいと思います。

「すべての物事のはじまりには不思議な力が宿っている。その力は私たちを守り、生きていく助けとなる」。

私が24歳で物理学の学士号を取った時、この言葉に鼓舞されました。1978年のことでした。世界は東と西に分断されていました。冷戦の時代です。

私は旧ドイツ、つまりドイツ民主共和国で育ちました。母国は一党独裁政権の下にあり、自由はありませんでした。人々は抑圧され、国家の監視下に置かれていました。政権に反対する者は迫害されました。東ドイツ政府は、人々が自由を求め、脱走することを恐れました。ベルリンの壁が構築されたのは、このような理由でした。

それは、コンクリートと鉄の壁でした。壁を乗り越えようとしたところで発見された者はみんな、逮捕されるか、射殺されました。ベルリンを真っ二つにした壁は、人々をも分断しました。私の家族も引き裂かれました。

私は新卒で、東ドイツ科学アカデミーの物理学者となりました。私の住居は、ベルリンの壁のすぐ近くでした。毎日、研究所での仕事が終わって徒歩で帰宅する道の先に、ベルリンの壁がありました。壁の向こうにあるのは西ドイツ、つまり自由でした。

毎日、私は壁のすぐそばに行きますが、最後に折り返して、アパートに帰宅しなくてはなりません。日常の終わりに、自由から歩み去らなければならなかったのです。「もう限界だ」と何度感じたかはわかりません。すさまじい閉塞感でした。

私は反体制派ではありませんでした。壁に体当たりすることもありませんでした。一方で、自分に嘘をつきたくなかったので、壁を否定もしませんでした。ベルリンの壁は、私の可能性を狭めました。文字通り、私の行く手を阻んでいました。

しかし年月が経ても、壁が成し遂げられなかったことが一つだけあります。壁は、私の内なる思考を阻むことはできませんでした。私の人格、想像力、夢、願望は、どんな禁止や弾圧でも抑え込むことはできませんでした。

「ベルリンの壁」崩壊が意味するもの

そしてついに1989年が到来したのです。人々の自由への思いが、ヨーロッパ中で想像を絶する力を解き放ちました。ポーランド、ハンガリー、チェコスロバキア、そして東ドイツでも、数十万人という人々が勇気を持って街路に集結しました。人々はデモを行い、壁を崩壊させたのです。

私自身を含め、多くの人々が不可能だと思っていたことが、現実となりました。かつては暗い壁だけがそびえていた所に、突如扉が開かれました。そして私にも、いよいよその扉をくぐる瞬間がやって来ました。一歩手前で自由に背を向ける必要はなくなりました。私には、境界を超え、広大な地へ足を踏み入れることが可能になったのです。

30年前のその数ヶ月間で私は、何も変わらないことは決してありえないと、初めて体感しました。卒業生のみなさん。私のこの実体験が、みなさまの未来のためにお伝えしたいことの、最初の一つです。もはや変えることができない、不変だと思われることでも、変わってしまいます。

大なり小なりに言えることですが、事実、全ての変革は思考から始まります。私の両親の世代は、これを大変な苦痛をもって学ばなければなりませんでした。私の父母は、それぞれ1926年と1928年の生まれです。2人はみなさんと同じくらいの年頃で、文明への裏切りを経験しました。そして、価値観の崩壊であるホロコーストと、第二次世界大戦が終結しました。

私の母国ドイツは、ヨーロッパと世界に想像を絶する災厄をもたらしました。戦勝国と敗戦国が、長い何月を和解せずに過ごす可能性は、十分にありました。その代わり、ヨーロッパは数百年にも渡る、旧来の争いを克服しました。結果として生まれたのは、虚勢に満ちた強国ではなく、連帯に基づく平和的秩序でした。

言い争ったり、一時的な後退が起きたとしても、私たちヨーロッパ人はより良きもののために団結してきたと、私は固く信じています。

(会場拍手)

また、ドイツとアメリカの関係は、かつての敵国が盟友になれることを示しています。1947年、まさにこの会場で卒業スピーチとして表明された「マーシャル・プラン」が大きな貢献をしました。

民主主義と人権という私たちの価値観に基づいた、海を越えたパートナーシップは、両国に70年以上に渡る平和と繁栄の時代をもたらしたのです。

では現在ではどうでしょうか?、私の世代の政治家は、もはや「リーダーシップの発揮」の政綱に従うことはなく、むしろ「歴史に残るリーダーシップ」と見なされることでしょう。

孤立するではなく、協働するべき

2019年ハーバード大学卒業生のみなさん。みなさんの世代は、ここ数十年のうちに21世紀における大きな課題に立ち向かうことになります。みなさんは、私たちを未来へと導くリーダーの一員です。

保護主義や貿易戦争は、自由貿易を危険に晒し、繁栄の基盤を揺るがします。デジタル化は生活の全般に及んでいます。戦争やテロリズムが起こると、難民や避難する人が生まれます。

気候変動は地球の天然資源を脅かします。気候変動と災害は人の手によるものです。この人類の危機を制御するには、人類の叡智を結集して対処できるはずであり、するべきです。そして、まだそれは可能です。

そのためには、自戒を込めて言いますが、私たち一人ひとりができる限りのことをして、物事を良くしていかねばなりません。私は、我が国ドイツが2050年までのクライメイト・ニュートラル(Climate Neural)の目標を達成することに、全力を尽くすつもりです。

私たちが力を合わせれば、より良い変革は可能です。単独行動しても大きな成果は出ません。そしてこれが、みなさんにお伝えしたいことの2つ目です。

私たちはこれまで以上に、一元的にではなく多元的に考え、行動するべきです。国粋主義的にではなくグローバルに、孤立主義ではなく世界主義に基づいて考え、行動するべきです。つまり、私たちは孤立するではなく、協働するべきです。

(会場拍手)

卒業生のみなさん。みなさんはこの件に関して、私たちの世代とは全く異なるチャンスを未来に有しています。みなさんのスマートフォンは、私が1986年に東ドイツで博士論文を作成する際に使用許可が下りた、ソ連製のIBM汎用コンピュータのレプリカよりも、おそらくははるかに優れた性能を誇ります。

(会場笑)

現在の私たちはAIを駆使し、何百万もの病理症例の画像をスキャンすることができます。例えば、癌をより正確に診断することが可能です。将来的には、情動発達ロボットが医師や介護士をサポートして、患者個人個人のニーズに対応できるかもしれません。どのような運用が可能かはまだわかりませんが、AIのポテンシャルは息を呑むほど大きなものです。

卒業生のみなさん。このチャンスを活用できるかどうかは、卒業生のみなさんにかかっています。働き方やコミュニケーション、人の生き方をどのように発展させるか、決定権を握るのは、まさにみなさんとなることでしょう。

首相として、これまで私は何度も自問自答しなくてはなりませんでした。私は正しいことをしているのだろうか? 私は正しいから何かをしているのか? それとも単にそれが可能だからなのか? みなさんも、この問いを繰り返し自分自身に問い直すべきです。

私たちを阻む「壁」を打ち壊そう

そしてこれが、今日私がみなさんにお伝えしたいことの3つ目です。人がテクノロジーのルールを設けているのでしょうか。それともテクノロジーが人間同士のあり方を下知しているのでしょうか。

私たちは人を、その多面性すべてにおいて尊重できているのでしょうか。それとも単に顧客、情報源、監視対象としてしか見ていないのでしょうか。これは難しい問いです。この難問の答えを得るには、常に他者の視点で世界を観察すべきことを、私は学びました。

他者の歴史、伝統、宗教、アイデンティティに敬意を払うのです。自分が大切に思う信念を決して譲ることなく、それに従って行動するのです。

内なる衝動に従うことができなくなったら、どんなに英断を求められる重圧下にあっても、いったん足を止め、沈黙し、考察し、一息つくべきです。もちろん、これには大きな勇気が必要です。

何よりも、他者へ真摯に向き合う態度が要求されます。そして、もっとも重要なことかもしれませんが、自分自身に偽らずに向き合うことが必要です。

そしてそのスタート地点として、世界中から若い人が集い、真実というモットーの下で学び、研究し、この時代の問題について議論が行われている、まさにこの場以外にあり得ません。それには、嘘を真実とせず、真実を嘘としないことが必要です。また不当な苦しみを当たり前のこととして受け入れないことです。

卒業生のみなさん。みなさんや私たちを阻むものは何でしょうか。それはやはり、壁なのです。心の中の壁、無知の壁、狭量な思考の壁です。この壁は、家庭内や社会の集団、肌の色の違い、民族、宗教の間にも存在します。みんなでこの壁を打ち壊しましょう。

(会場拍手)

世界共存の実現を、何度も阻んできた壁です。成功するかどうかは、私たちにかかっています。そして卒業生のみなさん、これがみなさんに伝えたいことの4つ目です。

当たり前のことなど、何一つとしてありません。個人の自由、民主主義、平和と豊かさも、当たり前ではないのです。

しかし、もし私たちが壁を打ち倒し、扉を開いて広大な場所に一歩を踏み出し、新たなスタートを切ることを受け入れれば、どんなことでも実現可能です。壁は崩壊し、独裁制は消滅します。地球温暖化を食い止め、飢餓を乗り超えることができます。病気を根絶できます。教育の機会を人々に、とりわけ女の子に与えることができます。難民や避難民が生じる根源と戦うことができます。すべては実現可能です。

(会場拍手)

「終わり」のない「始まり」はない

「何を始める時に、できないことを上げつらったり、今まではどうだったかを問うのはやめましょう。何ができるのか、これまで一度もなされなかったことは何かを問いましょう」。

これは、ドイツ連邦共和国の新首相として、当内閣初の女性として、2005年、私がドイツ連邦議会で初めての所信表明演説として表明した言葉の再現です。そしてまさにこの言葉を、お伝えしたいことの5つ目として、みなさまにお伝えしたいと思います。

これほどのことが実現可能なのか、これほどの力が自分たちにあるのかと、自分でもおどろくようなことを実現させましょう。

私の人生では、約30年前のベルリンの壁の崩壊が、開かれた地へ足を踏み出すきっかけを与えてくれました。私は研究者としてのキャリアを捨て、政治の世界へ足を踏み入れました。それは、みなさんのこれからの人生同様、胸がワクワクするような、魔法のようにすばらしい時でした。当然のことながら、疑念や不安もありました。

私たちはみんな、過去は知っていても、未来にあるものは知るよしもありません。みなさんも今日、卒業式の大きな喜びのただ中にあっても、そんなわずかな不安を感じていらっしゃるかもしれません。

お伝えしたいことの6つ目です。広大な地に一歩を踏み出す瞬間は、同時にリスクを背負う時でもあります。古いものを手放すことは、新たな始まりの一部です。終わりのない始まりはありません。夜が訪れない昼、死のない生もまた存在しません。

私たちの人生はすべてこの変化、つまり始まりと終わりの間からできています。この間(はざま)に存在するものを、私たちは人生や経験と呼ぶのです。

始動の魔法を感じ、チャンスを活かし切るため、私たちは時に、何かを終らせることを意識していなければなりません。これは、私が学生として、科学者として得た経験であり、政界で得た経験でもあります。私の政治家としての人生をまっとうした後に続くものは何でしょうか。知るよしはありません。広大な地が広がっています。しかし、これだけは確かです。これもまた、今までとはまったく異なる、新たなものになるでしょう。

メルケル首相、希望の6か条を託す

だからこそ、みなさんにこれらの希望を託します。6つあります。

1.無知の壁、狭量な思考の壁を打ち壊しましょう。不変のものなど何もありません。

2.グローバルで多国間の利益となる共同行動を起こしましょう。

3.常に自問自答し続けてください。自分は正しいからこれを行うのでしょうか。それとも、単にできそうだから行うのでしょうか。

4.自由とは当然あるものだと、決して思ってはいけません。

5.これほどのことが実現できるのかと、自らを驚愕させてください。

6.広い場は、常にリスクを伴います。古いものを手放すことは、新たな始まりの一部です。

そして何にもまして、当然あるものなどは何もありません。あらゆるものが、実現可能なのです。ありがとうございました。

(会場拍手)

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