2024.10.21
お互い疑心暗鬼になりがちな、経営企画と事業部の壁 組織に「分断」が生まれる要因と打開策
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山口周氏:ここからがその「サイエンスとアートとクラフトの問題」についてお話しします。このミックスを、どうやってリミックスしていくかということです。真善美っていうのは、判断の対象になるものですね。「正しいものって何ですか」「善いものって何ですか」「美しいものって何ですか」、と。
経営っていうのは力仕事ではないわけで、突っ走ったりとか、誰が一番速く走るかとか、誰が一番重いもの持ち上げられるかっていうことはどうでもよくて。みんな知的な作業をやって成果を出すわけです。
知的な作業をやるっていうのは、つまり意思決定とかジャッジメントのクオリティで、会社とか組織のパフォーマンス、あるいは個人のパフォーマンスが決まるっていうことですから。
「正しいこと」「善いこと」「美しいこと」っていうのは、仕事をやってる人であれば、毎日のべつ幕なしに判断をしてるわけですね。エレベーターを何階で降りるのが正しいのかとか、どういう口の利き方が向こうに受け入れられるのか。細かいことまで含めると、一日何千回とジャッジしています。
その細かいジャッジのクオリティの差が個人のパフォーマンスの差になって、それがつながると大きな組織の差になってくるということです。じゃあ、この真善美っていうのをどうやってジャッジしていくか。
例えば、サイエンスでジャッジする。真なるものというのは、ファクトと論理で決められますよと。あるいは、善なるものっていうのは業界のルールとか過去の凡例を見るとわかりますよと。あるいは、美しいことっていうのは、市場調査ではっきりさせられますよと。……こういったものが、過去20年、とくに日本では強かったと思います。
僕がいた電通も、基本的にはデザインの良し悪しというのは顧客調査で決めましたし、何が正しいことなのかっていうのは、データを集めてExcelを回すと答えが出てくるとみんな言ってたわけですね。
一方で経営者は、クラフトに頼ろうとします。その業界での経験が豊富なので、ある局面において何が正しいのか、何が善いのか、何が美しいのかっていうのを、「俺の経験からすると、このときはこっちのほうがいいと思うんだよね」っていうふうに、経験で判断しようとするんです。
ですから、経営者がコンサルティング会社を呼ぶときに往々にして起こるのは、クラフトでポジションを取る経営者に対して、「いや社長、それはやめたほうがいいと思います。分析の結果からするとこういうふうになってきて、これはもちません」みたいなやりとりです。要するにサイエンスでポジションを取ってチャレンジするという、そのポジショントークを二人でぶつけ合って最適解を出していく、っていうことなんですけども。
そこにはアートの代弁者がぜんぜん入ってないっていう構図が、今いろいろなところの経営の現場で起こっていることだと思います。サイエンスで戦うコンサルタント、あるいは若手の経営企画の人たち。経営者はだいたいクラフトで戦います。じゃあアートの担い手って誰なんですかっていうと、これがなかなかいないっていうのが今の状態になりますね。
これはどれが正しいとか、どれが強いとかっていうことじゃないと思うんです。私はよく「これからはサイエンスじゃなくてアートだ」って言ってると誤解されるケースがあるんですけれども(笑)。
そうではなく、やっぱりリミックスっていうことだと思います。ミックスの度合いを最適化することがすごく重要で。リプレイスの思想っていうのはある意味ですごく乱暴で、知性の放棄だと思います。「これからはこれじゃなくて、AからBだ」「BじゃなくてこれからはCだ」っていう、そういう議論のやり方ですね。
いわゆるリプレイスとかオルタナティブの発想っていうのはよくあって、例えば1960年代にも、「これからは資本主義じゃなくて共産主義だ」とか、あるいは「成長経済じゃなくて定常経済だ」と、そういう議論がありますけど、これはものすごい乱暴な議論ですよね。リプレイスの議論というのは、だいたいロクな結果にならない。ですから、ミックスのバランスを改めて取り直しましょうっていう話なんですけども。
そのときに何がマジョリティになるのが正しいかっていうのは、文脈が決めると思っています。文脈っていうのは市場の状況とかなんですが、そこで一番見なくちゃいけないのは、「何が過剰で何が希少なのか」っていうことだと思うんですね。
当たり前のことなんですけども、希少なものに価値が出ます。過剰なものには価値が下がります。で、コモディタイドする。これから何が希少になっていくのかっていうことを考えると、判断の軸足もアートとサイエンスとクラフトのどれが強いのかがわかると思います。
これを過剰なものと希少なものとの対比で見せていくと、正解が過剰に、問題が希少になってます。さっきのBrian Cheskyの話と同じですね。世の中から問題がどんどんなくなってきてますよね。
昔であれば、食べ物を家の中に置いとくとすぐ腐っちゃうし、保存したいよと。そういった問題があるわけです。あるいは、快適に移動したいけれど移動するのが大変だよ、という問題があるわけです。あるいは外に洗濯しに行くのがすごく大変だよ、と。
そういう問題に対して、「冷蔵庫っていうものがあると食べ物が腐りませんよ」、あるいは洗濯機があれば「外に洗濯しに行く必要ありませんよ」、車があれば「快適に移動できますよ」と、ソリューションとして提供される。
世の中の人が「これが問題だ」「あれが問題だ」ってことをずっと言ってくれれば、その問題に対して正解を出せばいいわけですから、正解が希少な状況では正解を出せる人に価値が上がります。
しかし今、世の中の人に聞いても、ほとんど問題を抱えてません。今の日本の平均的な暮らしぶりって、18世紀の江戸時代の将軍と同じぐらい豊かですから。毎日お酒を飲めて、お風呂に入れて、音楽が家の中で聞けて、映画も見れるわけですね。昔の王侯貴族だってこんな生活してないわけで。
じゃあ「何か不満がありますか?」っていうと、もう超ド級のものですよね。「フェラーリがほしい」とか「別荘があったら楽しいと思う」「クルーザーがあったらいいかな」とか。でも「本当にそれがないと生活困りますか?」っていうと、まぁとくに困ってないかなっていう。
世の中から問題がどんどんなくなってきている中で、過剰なものが正解になって、希少なものが問題になっているという逆転現象が起こっています。そして、モノが過剰になって、意味が希少になっています。
今の日本にはありとあらゆるモノがありますけれども、自殺する人はどんどん増えてる。最近ちょっとまた減ってますが、何が足りてないかっていうと、働く意味とか生きる意味が足りてないんです。
ですから、生きる意味を与えてくれると夢中になって人が集まってくる。その一番最悪なかたちで出た例が、オウム真理教ですよね。モノに囲まれて、ぜんぜん生きてる実感を得られないっていう人が、「生きる意味をくれる」っていうことで集まったわけですから。最悪なかたちで出ると、ああいうふうになってしまう。
あるいは、利便性が過剰になっていて、ロマンを伴った不便というものが足りない。だからキャンプにわざわざ行ったりとか、あるいは山の奥の本当に不便な温泉宿のほうが人気が出たりってことが起こったりする。データが過剰でストーリーが希少になっているんです。説得が過剰で共感が希少になっていると。これはつまり、全部サイエンスにまつわる話ですよね。
世の中の「デキる人」の人材イメージとか優秀さのイメージって、過去の30年ぐらいに引きずられる傾向があります。注意しないといけないのは、過剰なものには価値がない。
ただ気をつけなくちゃいけないのは、1950年代から80年代ぐらいまでは、こういったものがすごく希少だったんですね。極論すると明治時代からずっと希少だったんですよ。令和に今度元号が変わりますけども、日本は元号が明治になって文明開化したときから、正解が足りない、モノが足りない、利便性が足りない、データが足りない、説得できないって、ずっと希少だったんです。
ですから学校の制度も会社の教育制度も、人材育成の仕組みも、正解を出せる人や役に立つモノを作れる人、便利なものを作れる人、データを解析できる人が育てられて、実際に労働市場で価値を受けていた。私たちの「優秀な人」とか「デキる人」、「仕事がデキる」っていう人は、こういったものを作れる人だったんです。
それが、今は過剰になってきているので急速に価値を失ってるんですね。ところが優秀さのイメージっていうのはあんまり変わってないので、優秀な人材を育てようとすると、そういう人たちが世の中に出てくる。でも、あんまり評価されないし、けっこう生きにくい。そういう、ものすごく難しい状況になっちゃってるわけですね。
その理由は単純で、平成の時代から実は、希少なものはアートになってたんです。希少になってるにも関わらず、サイエンスができる人を育てようとしてるので、ガチャガチャな状態になっていると言えます。
抽象的な話なので、今度は具体例を挙げて説明したいと思います。先ほど「正解が意味がない」という話をしました。正解にもう価値がない、正解が叩き売りされてる状況である、と。正解のコモディティ化って僕は言ってますけれども。
これが一番象徴的に出ていたのが、携帯電話の産業かなと思います。(スライドを指して)これは2007年の新製品を並べたものになります。Appleが携帯電話の事業に参入してきたのは2007年のことで、今からたった10年ちょっと前のことです。
みなさんご存知のとおり、日本の携帯電話産業というのはもうほとんど崩壊しまして、世界シェアの50パーセントもAppleに取られるっていう状況です。Appleは携帯電話の素人ですからね。素人にやられたわけです。
(スライドを指して)で、下にメーカーを並べてみたんですけども、みなさんこれ線引けますかっていう話なんですね。僕が2007年のとき、Boston Consulting Groupっていう会社で、携帯電話のお客さんってものすごいお金払ってて、本当に良いクライアントだったんですけれども。30人とか40人とかのチーム作るわけです。そういう人たちが毎晩朝の3時とか4時ぐらいまでボロボロになりながら仕事をして、商品開発のプロジェクト手伝っていました。
その結果できあがったのが各社とも同じ携帯電話だったんですね。いろんな会社が全部コンサルティング会社使ってましたけども、ほとんど見分けがつかない商品を作ったわけです。
(スライドを指して)ちなみに私が手伝ってたのは左から2番目の製品。その左隣にあるオレンジ色の商品ってほとんど同じ商品の色違いに見えますが、まったく違うメーカーのまったく違う製品なんですね。にも関わらず、見ていただいてわかるとおり、ボディのサイズも画面のサイズもボタンのレイアウトも、全部同じです。で、機能もスペックもほとんど同じ。
なんでそういうことが起こるかっていうと、顧客調査に顧客調査を重ねて、出てきた結果を統計的に正しく分析して、出てきた結果を正しくデザイナーとかエンジニアにフィードバックして。さらに、そのもらったフィードバックを正しくエンジニアとかデザイナーが解釈して、一生懸命仕事をする。
『統計学が最強の学問である』っていう本が一時期ベストセラーになりましたけども、その最強の学問を学んだ人たちがいっぱい集まって正しく分析して、正しく解釈して、一生懸命に仕事をやった結果、各社からほとんど見分けのつかないような商品ができあがったんですね。
経営学の教科書としては100点だったんですけども、みんなが100点を出した結果、ひっくり返って0点になってしまったということが起こっています。
これ、正しさとか優秀さのパラドックスが起こってるということが、みなさんにもわかりますかね。
昭和の時代から平成の初頭にかけて、正しい、あるいは優秀って言われてた人たちが寄り集まってやると、その「正しい」と教科書的には言える答えは、経営の文脈では強い答えではない、ってことなんですよ。正しいかもしれないけど、強い答えではないんです。
よく知られているとおり、Appleは消費者調査っていうものをほとんどやらないことで知られています。少なくとも、それを判断の拠り所にしない。一応参考にはするとAppleの人たちは言っています。
そういう人たちが「こういうものを作ってみたらカッコいいんじゃないか、クールなんじゃないか」っていうことで出してきたこのiPhoneというものに、当時4兆円近くあった市場の50パーセントぐらいを、わずか3年の間に奪われました。これはちょっと、産業の歴史上にないぐらいの極端なボロ負けですよね。4兆円の市場の50パーセントを、たった一社に取られたんですよ。しかも新規参入してきた会社です。
(スライドを指して)左側は、その時点で10年以上携帯電話をやってきた玄人の人たちです。それが、殴り込みをかけてきた素人たちにボロ負けしたっていうのが、このときに起こったことです。「正しさの価値がどんどん落ちている」っていうのは、そういうことだということです。
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