組織のパフォーマンスは意思決定のクオリティで決まる

山口周氏:ここからがその「サイエンスとアートとクラフトの問題」についてお話しします。このミックスを、どうやってリミックスしていくかということです。真善美っていうのは、判断の対象になるものですね。「正しいものって何ですか」「善いものって何ですか」「美しいものって何ですか」、と。

経営っていうのは力仕事ではないわけで、突っ走ったりとか、誰が一番速く走るかとか、誰が一番重いもの持ち上げられるかっていうことはどうでもよくて。みんな知的な作業をやって成果を出すわけです。

知的な作業をやるっていうのは、つまり意思決定とかジャッジメントのクオリティで、会社とか組織のパフォーマンス、あるいは個人のパフォーマンスが決まるっていうことですから。

「正しいこと」「善いこと」「美しいこと」っていうのは、仕事をやってる人であれば、毎日のべつ幕なしに判断をしてるわけですね。エレベーターを何階で降りるのが正しいのかとか、どういう口の利き方が向こうに受け入れられるのか。細かいことまで含めると、一日何千回とジャッジしています。

その細かいジャッジのクオリティの差が個人のパフォーマンスの差になって、それがつながると大きな組織の差になってくるということです。じゃあ、この真善美っていうのをどうやってジャッジしていくか。

会社にはアートの担い手がいない

例えば、サイエンスでジャッジする。真なるものというのは、ファクトと論理で決められますよと。あるいは、善なるものっていうのは業界のルールとか過去の凡例を見るとわかりますよと。あるいは、美しいことっていうのは、市場調査ではっきりさせられますよと。……こういったものが、過去20年、とくに日本では強かったと思います。

僕がいた電通も、基本的にはデザインの良し悪しというのは顧客調査で決めましたし、何が正しいことなのかっていうのは、データを集めてExcelを回すと答えが出てくるとみんな言ってたわけですね。

一方で経営者は、クラフトに頼ろうとします。その業界での経験が豊富なので、ある局面において何が正しいのか、何が善いのか、何が美しいのかっていうのを、「俺の経験からすると、このときはこっちのほうがいいと思うんだよね」っていうふうに、経験で判断しようとするんです。

ですから、経営者がコンサルティング会社を呼ぶときに往々にして起こるのは、クラフトでポジションを取る経営者に対して、「いや社長、それはやめたほうがいいと思います。分析の結果からするとこういうふうになってきて、これはもちません」みたいなやりとりです。要するにサイエンスでポジションを取ってチャレンジするという、そのポジショントークを二人でぶつけ合って最適解を出していく、っていうことなんですけども。

そこにはアートの代弁者がぜんぜん入ってないっていう構図が、今いろいろなところの経営の現場で起こっていることだと思います。サイエンスで戦うコンサルタント、あるいは若手の経営企画の人たち。経営者はだいたいクラフトで戦います。じゃあアートの担い手って誰なんですかっていうと、これがなかなかいないっていうのが今の状態になりますね。

何がマジョリティとして正しいかは「文脈」が決める

これはどれが正しいとか、どれが強いとかっていうことじゃないと思うんです。私はよく「これからはサイエンスじゃなくてアートだ」って言ってると誤解されるケースがあるんですけれども(笑)。

そうではなく、やっぱりリミックスっていうことだと思います。ミックスの度合いを最適化することがすごく重要で。リプレイスの思想っていうのはある意味ですごく乱暴で、知性の放棄だと思います。「これからはこれじゃなくて、AからBだ」「BじゃなくてこれからはCだ」っていう、そういう議論のやり方ですね。

いわゆるリプレイスとかオルタナティブの発想っていうのはよくあって、例えば1960年代にも、「これからは資本主義じゃなくて共産主義だ」とか、あるいは「成長経済じゃなくて定常経済だ」と、そういう議論がありますけど、これはものすごい乱暴な議論ですよね。リプレイスの議論というのは、だいたいロクな結果にならない。ですから、ミックスのバランスを改めて取り直しましょうっていう話なんですけども。

そのときに何がマジョリティになるのが正しいかっていうのは、文脈が決めると思っています。文脈っていうのは市場の状況とかなんですが、そこで一番見なくちゃいけないのは、「何が過剰で何が希少なのか」っていうことだと思うんですね。

当たり前のことなんですけども、希少なものに価値が出ます。過剰なものには価値が下がります。で、コモディタイドする。これから何が希少になっていくのかっていうことを考えると、判断の軸足もアートとサイエンスとクラフトのどれが強いのかがわかると思います。

現代日本の人々は、江戸時代の将軍と同じくらい豊かな生活をしている

これを過剰なものと希少なものとの対比で見せていくと、正解が過剰に、問題が希少になってます。さっきのBrian Cheskyの話と同じですね。世の中から問題がどんどんなくなってきてますよね。

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