痛感した刑事司法についての問題

プリシラ・チャン氏:(世界のさまざまな問題を解決するための)最後のストーリーは刑事司法についてです。イングリッドという女性について。イングリットは母親のもとで育ちました。父親はマリファナの所持が理由で、保護者としては認められなかったからです。彼女が盗みをしたり、ドラッグを売ったり、ギャングのメンバーとつるんでいるところを住人が確保しました。必死のサバイバルでした。

最終的にイングリッドは刑務所に行き、赤ん坊の娘とは離ればなれになりました。赤ん坊から離れたことで、すべてが変わりました。イングリッドは娘を自分と同じ状況にはしないと誓ったのです。刑務所から出て、安全な家に行き、新たな未来を築き始めました。娘の世話をして、大学へ行き、2つの仕事をしていました。しかし軌道に乗った頃に、システムが彼女を押し戻したのです。

雇用者のもとでまじめに3年働いた頃に、彼らは条例を変更しました。重罪を犯した人を雇わないという条例です。彼女はすぐに解雇されました。ある日、彼女はミルクを買うためにお店に立ち寄りました。子どもを抱き、もう一人の子どもを車の中に置き、5分の間、車を離れました。彼女が車に戻ると、警察官が彼女に「Child endangerment」の罪を課すべく待っていました。

イングリッドは刑務所で3年間過ごし、また親権を失ったのです。その頃、長女は「フォスターケア」(里親制度)におり、性的虐待を受けていました。そうやってトラウマというものが引き継がれてしまうのです。

イングリットのストーリーを聞き、私もとても辛く思いました。最悪なのはこれが珍しいケースではないということです。アメリカ人の2人に1人が自分の周囲に投獄された家族を持っています。2人に1人ですよ。

一度の有罪判決が取り返しのつかないこととなる

プリシラ:考えてみてください。私が小児科医としてサンフランシスコで働いていた時、このような事態を毎日目にしていました。親と離れトラウマを持つ子どもたちを何度も何度も見てきました。

一度の有罪判決が未来を妨げる傷になるだけでなく、数世代にわたり引き継がれ、家族の未来を邪魔することになるのです。イングリッドのような人に対して、刑事司法で決定される判断はたいてい必要以上にランダムで懲罰的です。

CZI(Chan Zuckerberg Initiative)に関わっている執行官は、どんな判決を下すかという判断に関して、相手の文脈を完全に理解するような情報を得ることはめったにないと言います。簡単な警察のリポートを見て、判断をくだすことを迫られるのです。有罪判決率が成功の指標となっているため、最も高い確率の有罪判決を下すこと以外にはインセンティブがほとんどないのです。

時にテクノロジーは刑事司法をより効率化しますが、あまり大きな変化はありません。刑事司法システムで使われているテクノロジーを考えてみてください。調査テクノロジーの進歩、犯罪歴のある人の追跡について、私たちはプロフェッショナルと話す必要があります。彼らはこう言います。「システムがフェアじゃない場合、効率化はできても、物事はアンフェアになってしまう」と。

特効薬はないと先ほど言ったように、テクノロジーがいかにこれを解決するかが問題なのではありません。ツールは公平性がある状態で進歩しなければなりません。効率性だけでなく、救済と安全性を考えるべきであって、重要なのは罰を与えることではないのです。イングリッドのケースは、テクノロジーによって変えられたでしょう。

ではどうするべきか? ジャッジする人は、罪の宣告を受けたその場にいる人しか見ないことが多いのです。それによって人生が変わった人や、システムによって捕われ、逃げられないスパイラルに陥ってしまった事実は見えません。

イングリットのようなケースの場合、執行官は何を知っているのか? このようなケースではどんなことが起こるのか? 彼女の子どもはうまくやっていけるのか? コミュニティは献身的で安全なのか? 執行官は言います。彼らの判断による長期にわたる影響を考慮して、未来のためによりよい判断ができると。ラリーのような執行官と一緒に活動しているのはそれが理由です。彼はフィラデルフィアの地方検事です。

より情報が与えられた状況で、判断しやすくするためのツールを作るにはどうすればいいのか。「Measures for Justice」という機関とも協力しています。異なる場所において、どのように取り扱われるかを比較できるオンラインツールを作りました。刑事司法は、罰を与えるためだけに存在するのではありません。救済、癒し、成長を提供することも可能なのです。私は本当にそう信じています。

あらゆるトラウマから自由にするために

プリシラ:イングリットがいまどうしているかお話しさせてください。彼女は2回目の刑務所で、Prop 43という法案について学びました。最近カリフォルニアで認められたものです。暴力的ではない重罪に再審議の機会を与えるというものです。

彼女自身も法律を学ぶことで罪の軽減が認められ、刑務所から出て、子どものもとに戻ることができました。いま彼女は自身に似た状況の人を助けるべく取り組んでいます。「New Way of Life」プログラムに参加し、地方のシステムについて案内する活動をしています。また、彼女はトラウマのサイクルについて考えています。いかにそれを終わらせるかについて。子どもを取り戻すためにも活動しています。そういった人々のために彼女はいるのです。

去年、私は「last mile」というプログラムを学びました。刑務所にいる人にコーディングを教えるプログラムです。このプログラムの何がすごいか、重要ことをお話しさせてください。アメリカでは、出所後5年の再犯率は79%です。つまり、刑務所に一度入ると、何回も入ることになります。しかし、「last mile」の卒業生の場合、再犯率は0%です。声を大にして言いたいのですが、卒業生の一人は、今はCZIのチームで司法システムを改善すべく私たちの活動の助けになっています。

最近、last mileはオクラホマ初の女性刑務所に拡大しました。数週間前に私が訪ねた時に大勢の女性収容者と会いました。ほとんどの人が母親でした。つまり未来の世代がそこにいるのです。

彼女たちと話してみると、安定して利益の得られる仕事があれば、生活がどう変わるかを話し合いました。テクノロジー業界がどう変わるかについても考えさせられました。多様な側面を踏まえて行動すれば、より多くの人がテクノロジーと問題の両方を理解できます。なぜなら彼女たちのストーリーを聞けば、テクノロジーがどれだけ強力かがわかります。

直面している問題はシンプルではありません。一夜で解決できるようなものでもありませんし、片手間でできることでもあります。やろうとしていることは大変なことで、時間もかかります。CZIは国連のように多言語で話し、通訳者が足りていません。多言語を話すことで議論は複雑になります。

しかし、こうした仕事によって、人々を元気づけられます。人々の生活を改善できるので希望を抱けます。ブレークスルーのために一所懸命になる研究者たち、そして答えに必要だったピースと出会う人々。世代にわたるトラウマに囚われていた女性も長く求めていた自由に挑戦しています。テクノロジーで私たちは今まで以上に強くなりました。

その力をどう使うのかは私たちに委ねられています。一人でやり続けるのか。本当に大変なことをやるために協力するのか。人々の人生を変えられるようなことです。自分自身でも見てきました。さまざまな経験や世界的を持つ人々が集まり私たちが想像できるより、はるかに素晴らしい決断をするのです。

「早く行きたいなら一人で行け、遠くへ行きたいならみんなで行け」というアフリカのことわざがあります。みんなで遠くへ行きましょう。ありがとうございます。

(会場拍手)

プリシラが歩んできた「これまで」

ポピー・ハーロウ(以下、ポピー):ここにいると思いますが、私もイングリッドに会いたいです。すごい話ですね。私には想像ができません。

プリシラ:これでたった一つです。もっとたくさんある。たった一つの事を話しているのではなくて、みなさんが思う以上に当たり前にあることなのです。

ポピー:ではこの国際女性デーで考えてみてはどうでしょうか。

(会場拍手)

ポピー:イングリットのような母親について。私は2週間前にニューヨークのライカーズ島で1日過ごしました。この島は世界最大の刑務所があることで知られていますが、島の住人の80%の女性は、刑務所の中で過ごしています。

ニューヨークの子ども向けミュージアムですばらしいプログラムがありました。刑務所で素行のいい母親は、ミュージアムが閉まる最初の月曜日に、私服を着て子どもたちと3時間触れ合えるというものです。それによって再犯率は26%まで下がりました。国際女性デーは刑務所に入ってる母親のためでもあるのですね。

プリシラ、ここに来てくれてありがとうございます。あなたのことについてお話ししましょう。あなたがこれをする理由は全て、両親や祖父母との出会いといった、今までの道のりによって形成されたんですね。数ヶ月前、あなたは私にこう言いましたよね。「これは奇跡だ」と。なぜ奇跡なのですか?

プリシラ:さかのぼって私の家族について話しします。私は家族の中で初めて大学に入りました。私は難民の子どもです。両親は祖国のベトナムを離れアメリカに来るために、難民ボートから落ちるリスクをとらなければいけない状況でした。アメリカには希望があること以外は何も知らなかったのです。

その後、私が生まれ、人生がうまくいくかどうかはわかりませんでしたが、数々の出会いと支援があって今があります。思えば、大学1年生の時にすべての人生が変わりました。大学を卒業し、キャリアを進むことによって道が開け、ここに座ってあなたと話しています。こんなこは想像もできなかった。しかし、目の前のチャンスは全てモノにし、新たなチャンスを得てきました。

私に似た境遇の人のために現在は活動しています。助けてくれるヒーローを探す必要もないですし、幸運である必要もありません。子どもが成功するために、ちゃんとしたシステムがあればいいのです。

ハーバード大学に合格して「敗者だと感じた」

ポピー:あなたマサチューセッツ州のクインシーで、支援者の一人である先生との時間を過ごしましたが、ハーバード大学に合格して「敗者だと感じた」と言っていました。退学さえしかけた。なぜですか?

プリシラ:本当にひどかった。家族のなかで大学に入学できたものの成績も悪かったんですよね。

ポピー:本当に?

プリシラ:はい。本当に悪い成績でした。

ポピー:彼女は高校の時に生徒代表だったんですよ。

プリシラ:そうなんですけど、工業高校でしたから。配管工事や大工さんになるための学校でした。当初はロボット系の路線だったんですね。面白かったし、みんな楽しくやってました。

大学入学当初はとにかく失敗していたわけです。どうやって成功すればいいかわからず、私のような境遇の人もいませんでした。この世界をどう導けばいいのか、わかりませんでした。自分に似た人がいる学校への編入届に記入したこともあります。

その時、ロールモデルとも言える人に出会いました。そして、CZIのようなサービスに関わっていくようになるのです。素晴らしい環境にいるということを思い出させてくれたのです。このシステムの中でもし私が成功できれば、他の人のためにもなると思いました。

ポピー:それはハーバードでのボランティアの経験ですよね。そこで、本当にあなたの人生を変えるような子どもと出会った。

プリシラ:大学での4年間、これまで他の人が私に支援してくれたように誰かの人生を変えようと奮闘していました。でも、できませんでした。カフェテリアからリンゴを盗んで、友達の宿題を助けたり、ケンカの後で傷の手当をしてあげたりしたくらいです。

それはある日のことでした。ある女の子が数日間行方不明になりました。アフタースクールプログラムでのことです。行方不明が判明したあと、私には何もわかりませんでした。まだ大学生でしたからね。

それで、中庭を歩いていると、すぐにその子を見つけたのです。私もとても怒っていました。「みんなが心配していたよ」と伝えました。そして彼女の前歯が2本折れていることに気づいたのです。

数日間のことでしたが、彼女のことを何も理解していなかったと痛感しました。誰かが彼女を傷つけたのか、歯医者には行けなかったのか。当時の私はまだ小児科医ではありませんでしたが、悪い兆候が彼女にあったように思います。ほかの病気や感染症などの可能性もあるように思いました。

こういう子どもが人生を全うに歩むためには、もっと何かが必要だと思ったのです。支援するシステムも当時はなかったので、そういう子どもを助ける一員になれればと思ったのです。将来そういった子どもが傷つくことを防ぐためにも。

ポピー:最終的にそれがCZIでやっていることにつながるわけですね。