ハイブリッドスクーリングとEdtechの可能性

松浦真氏(以下、松浦):今回このパネルディスカッションでの全体のテーマは「企業が取り組むハイブリッドスクーリングとEdtechの可能性」というものです。それについて企業様と紹介していきたいと思います。

夜久さんが今回RSA(楽天ソーシャルアクセラレーター)をやっているのですが、支援期間が1月末まであります。後で細かくしゃべるのですが、夜久さん個人として、その中で企業としてEdtechやハイブリッドスクーリングみたいな新しい学びを作っていくことで、企業にとってどんな変化があったのかをおうかがいしてもいいですか。

夜久氏(以下、夜久):RSAの取り組みとしてというよりは、今回の事業ごとの取り組み、ワークショップの取り組みを通してということでいうと、例えばメリットと、デメリットとまではいかないんですけれども、それぞれがあります。

メリットが3点、デメリットが1点というかたちで整理させていただくと、メリットに関してはまず1つ、一番大きいのはやはり子どもたちと触れ合う時間を個人的に作れることです。

2つ目がそれに付随して、企業側の人間が発想の場を持てることがあります。そして3つ目に関しては、これは恐らく人文的なメリットになりますが、そこで子どもたちと一緒に「教育というものはどういうものなのか」を改めて考える場を持てることがあると思います。

そして、これはデメリットとまではいかないと思うんですけれども、それぞれの企業が「最低限のリソースで最大限の成果を出すこと」を目指すとすると、考えるところがあります。

各企業の事業部の人間が協働のほうにリソースを割くことに対して、どういうメリットがあるのかをもう少し明確にしておいた方がよりやりやすいかな、と自分は考えているんです。ただ、メリット3点はすごく素晴らしいと思います。

パパのコミュニティが強い墨田区

松浦:ありがとうございます。急に振ってしまってすいません(笑)。企業がこうやって教育に取り組むことが、本当にここ最近は増えていますよね。

イノベーションがゆっくりとしか進まない中で、民間だからこそできるルールチェンジというか、ゲームチェンジみたいな方法があるんじゃないかなと思っています。

それに挑戦されている森本さんが海外に呼ばれていたりもするので、Edtechの可能性は世界にも広がっている、という発想ですよね。

森本佑紀氏(以下、森本):というより、他のいろんな国の方がたぶん進んでいると思いますね。

松浦:森本さんが海外に呼ばれた理由はなんでしょうか?

森本:それはユーザーさんです。ユーザーさんがYouTuberなんですよ(笑)。僕はいろんな場所に行っているんですけれど、すごくおもしろかったことがあって。いろんな地区に行くと、だいたい呼んでくださるのはママさんなんですね。ママさんのコミュニティが呼んでくださるんです。

ですが、この前墨田区に行った時は、ほとんどパパだったんですよ。そこはすごくおもしろくて。自分たちでコミュニティを作って、自分たちの会社やリソースを使ってできる子どもたちの教育を勝手にやっているんですよ。

例えばメガネ屋さん。あるメガネ会社の方が、工場に連れて行ったり、メガネをどうやって作るかを教えたりしているんです。ある種子どもたちの遊びを、普段の自然な遊びと、ちょっと枠組みを作ってあげる遊びにしている。

他にも、自然系の雑誌出版社に勤めている方と一緒に虫を捕まえに行って、虫は何種類いるかをワークショップにしていたりします。「好きなことを持ち寄って」というのが、すごく多様性があっていいなと思います。そのときは60人くらい集まったんですけれど、三次会まで来た人が58人くらいいました。

松浦:すごいですね。

森本:すごいコミュニティなんですよ。

150年間変わっていない教育を変革するには

松浦:ここ最近、ホームスクーリングやハイブリッドスクーリングについて、いろんな方とお話しさせていただいています。お父さんもいなくはないんです。ですが、やっぱりお母さんが中心となっていて、今日もどちらかというと女性の方が多い場になっていますよね。

私もホームスクーリングをするお母さんたちと会うことが多いんですけれど、そこには一体なにがあるんでしょうか? Edtechのほうは企業に勤めている方が多い感じで、男性的な方が多いですね。

佐藤昌宏氏(以下、佐藤):理由はいくつかあると思うんですけれど、教育の変革は、例えば日本の教育は明治5年くらいから「学制」という仕組みに基づいてできてきたわけですけれども、まだ150年くらいしか経っていないわけですね。

その頃から教育を変えようと、昔から素晴らしいことを言っている人たちはいたんですよ。人間の智慧で教育を変えようとしてきた人はたくさんいました。ただ150年間、未だに変わっていないんです。

じゃあ僕たちがその人たちに、人間の智慧だけで勝てる自信があるかというと、ないと思っているんですよ。勝てないと思っているんです。彼らの方が賢いんじゃないかな、くらいに思っています。

じゃあ今現在において、我々がなにかを変えようとした時に、行動を起こすための最大の武器やツールなにかといったらテクノロジーなんですよ。当時、彼らにはなかったわけですからね。

テクノロジーといってもそんなに難しい話じゃなくて、このスマホ1個でいいんです。そう考えると、テクノロジー自体は一般化、コモディティ化して普及してきたことによって、僕たちはその武器を手にすることができたので、そういったテクノロジー主体の変革をしなきゃいけないということになってくるわけです。

教育にも、きちんと儲かる仕組みが必要

佐藤:そういう人たちが増えてきているのはいいことなんですが、これを本気でやっていこうとするとお金がかかるんです。こういう機器も含めてお金がかかってきます。教育であんまりお金の話をすると嫌われますけれど、儲からないと続かないんですよ。企業とEdtechの関係でいうと、やっぱり企業がどんどん入ってくるにはね。

松浦:それはそうですよね。

佐藤:支援する枠は限られてますから、ちゃんと儲からないといけないんです。つまり、教育のイノベーションを、もっともっと大きなうねりにしていくとしたら、儲かる仕組みにしてあげないと企業が離れていってしまうんですね。

僕たちはスマホを手にして一生懸命頑張りますが、もっと大きな国もあります。経産省は産業としても見てますからね。企業に対しても儲かる仕組みが必要です。

ただ、儲かるといっても時価総額を最大化するとか、私利私欲を最大化するという意味じゃないんです。ちゃんと適正な利益をいただいて、サスティナブル、継続的にするための仕組みがビジネスモデルですから。それをしなきゃいけない。

今はそれがあんまりできていないんですよ。だから企業を巻き込む際にはちゃんと「こういうかたちでサスティナブルになりますよ」という話を、ステップとして話してあげないといけないんです。

「100億円儲かりますよ」とかじゃなくていいんです。僕が企業を巻き込む時は、教育の市場規模とか、今後のポテンシャルを中心に置いてお話ししています。

数値で測れるものではなく、自分が本当に心を動かされたことは何か

松浦:今日話し合ったスタディログの話は、今回楽天さんとの協働スコープの中に入っていることなんです。私たちも、どうやったら子どもたちが取りたくなるログが作れるか、子どもたちとアイデアソンしながらやっています。

後でログに関する紹介事例をお見せできると思います。今までは通知表があったんですけれど、うちの子は学校に行っていないので通知表がもらえないんです。始業式と終業式、一部の行事には参加するので一応もらえるんですけれど、だいたい真ん中の、平均的な評価がついています。

3段階しかないので、「自分たちでどんな学び方を採るのか」「どんなふうに学んできたのか」を確認するにはどんなものがいいんだろうということを考えているのですが、そこに関して、森本さんとかたくさん話をお持ちだと思います。なにか記録はされていますか?

森本:はい、記録は取ります。僕たちはもしかするとこういう記録は日本で一番持っているんじゃないかなと思っています(笑)。

松浦:おお、すごい(笑)。

森本:いわゆる紙に落とした記録ではなくて、「こんなこと考えたよ」という動画で送ってくれるんです。それで僕たちは、どこに興味があったか、どこが刺さったのか、刺さらなかったかというデータを持っているんです。

それを将来的に振り返って、なにが一番大事かというと、対社会というよりは「自分は何が好きだったんだっけ?」「自分はどういうことに心を動かしたんだっけ?」ということなんです。

それを振り返るからこそ、この先の一歩には意味があるんだと僕は思っているんです。だから、社会に提出して意味があるようなかたちにしちゃうと、数値がメインになってしまうので。

ログ後のコミュニケーションより、ログを溜めるプロセスがおもしろい

森本:家族アルバムアプリの「みてね」をご存知の方はいらっしゃいますか? これは子どもたちの記録を集める、0歳から2歳のちいさい子用アプリなんですけれど、今まで取った記録がいい感じのムービーになるんですよ。

一言でいうと「エモい」感じです(笑)。本当に心が動いちゃうんですよ。自分がいざ何かを決める時に人生のエモい瞬間を切り取って、それが残って列になっていると、「ああ、こういうの好きだったかもしれないなあ。こういう仕事をしたいな、チャレンジしたい」と思える。そういう自分と対話するツールとして僕らは考えています。

松浦:それを聞いていて思ったのが、「ログを取る」ということでやってみたことがあります。ホームスクーリングやハイブリッドスクーリングをしている方のほとんどがSNSのために動画を撮っているのですが、ただ「ログを取れ」と言われると取りたくない。そういう理屈がわかったんです。

結果ログを取ることも、ログを取った後誰かとコミュニケーションすることよりも、そこで溜めたプロセスがおもしろいんですね。この前宇都宮餃子を食べたんですけれど、最初はうちの娘が「金ピカ見たい」と言ったので中尊寺金色堂に行こうとしていたんですよ。でも拝観料が結構高くて(笑)。「この値段だったらどうする?」と本人たちに一生懸命諭したら、「餃子がいい」となりました(笑)。

(会場笑)

ということで、中尊寺金色堂は餃子に負けたんです。

森本:比較対象がすごいですね(笑)。

松浦:そうやって他の人たちから「餃子を食べる」というコメントをもらうことで、子どもたちも、「ああ、こんなふうに他の人は思ってるんだ」という学びになる。これは今までだとできなかった感じだと思うんです。

変化する教育のモデルは、これまでの価値観では測れないものになる

松浦:学校の先生と友だち、あとは保護者ぐらいしかなかった世界観がすごく広がっていく。だからこそ、たぶんハイブリッドスクーリングとかホームスクーリングのように、いろんな学び方が可能になってきたんだと思うんです。

そこで企業と協業する際についてなんですが、先ほどお金の話がリアルだったのでそこにも触れると、企業でも目に見えやすい成果と、目に見えにくい成果があるじゃないですか。

「ホームスクーラーになったら本当にうちの子は幸せになれるんですか?」「ハイブリッドスクーリングすればうちの子はハーバードに行けるんですか?」と言われたら、それはわからないんですよね。

ただ、今までの価値観で「成功」と言われていたものになるビジネスモデルというか、教育的なモデルはこれから変化してきます。どうすれば、企業と協力してそこで儲けられるインセンティブやサスティナビリティの軸を作れるのかなと思いますね。

佐藤:一気にその世界は作れないので、合理的なソフトランディングというか、緩やかに社会を変えていく方法を理解してもらうしかない。例えばログについても、大臣が「スタディログ」という言い方をすると「いずれそういう社会になっていくんだろうな」と思えますよね。大臣が口にするというのは大きいんですよ。

今度「eポートフォリオ」が始まります。入試に関係してくるデータとしてどんなものを取ってくるのかについて、ちょっと論争が巻き起こっています。今のままですと「評価されるためのeポートフォリオ」になってしまっているんです。

高校生たちが自分たちのリア充生活をいかに入試のために残せるか、みたいな話なので。さっき森本さんが言っていたように、自分のためじゃなくて評価のために上げるという、本末転倒なことが起こってしまっています。

それはいけないことなので、本来の考え方に戻って、ログをしっかり蓄えて自分の成長記録として使わないといけない。自分が次にどういう方向に行きたいのかを認識する、またはそれを誰かに「どうぞ見てください」とパーミッション(承認)を取ってもらって、評価をしてもらうシーンはあると思うんです。そういった社会を作りましょうということを、緩やかにやっていくことが必要です。

データをいかに溜められるかの、合理的な理由はあるか

佐藤:じゃあ、緩やかに始められるのがなにかというと、一番簡単なのはデジタルに始めることです。紙のものをデジタルに置き換えるんですよ。紙のログはたくさんあるはずで、それをデジタルに置き換えていけばいいと思っています。

例えばみなさん、公文などに行かれている方も多いかと思います。紙が大量に溜まりますよね。ああいったもの自体をログ化するんです。それこそ今はスキャンで手書き文字でもきっちり取れるんですよ。

そういったものでデジタル化すれば、どこでなにが間違ったのかを判断できたりもします。そんなふうに、紙のものをまずデータとして溜めていくという手もあると思います。

それが溜まってくると、必ずビッグデータになります。データを持っているところが勝つことは企業さんなら誰でもわかると思います。なので、データをいかに溜められるかという合理的な理由さえあれば、ビジネスモデルは自ずと見えてくるような気がします。

松浦:Googleとかも含むんですけれど、いろんなデータを使って学ぶ時に、楽天さんも当然いろんなデータを使って今活動していると思います。それは今回、楽天さんと協働していく中で見えてきたいろいろな部分の1つなのかなと思っています。