デマ、流言飛語、風説……昔からフェイクニュースは存在していた

Erjon Mehmeti 氏(以下、Erjon):メディアの世界にインターネットが登場したことで私が思ったのは、冤罪もありますし、マイノリティがスケープゴートになってしまうこともあるということです。そしてフェイクニュースを発信しやすくなっていると思いました。

こういうニュースは、ハードウェアの時代からソフトウェアの時代まであります。例えば、戦前・戦後も多くのプロパガンダがありました。それをフェイクと言っていいかはわからないんですけど、社会はそれにすごく影響されましたよね。そういった状況で、なぜフェイクニュースは生まれるのでしょうか。

佐々木俊尚氏(以下、佐々木):フェイクニュースって昔からあるんですよ。日本ではデマとか流言飛語、風説などと言っていたものです。ものすごく頻繁に噂は流されていて、有名な話では、大正時代に起こった関東大震災のさなかに「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んでいる」みたいなことがありました。

あれは典型的なデマですが、そういうものは昔からありました。ただ、デマそのものが完全否定されているうちは、まだ平和なんです。21世紀の特徴は、デマそのものが否定できなくなってきているところなんじゃないかなと思います。

山口幸穂氏(以下、山口):どうして否定できなくなってしまったんですか?

佐々木:例えば、福島第一原発の事故で甲状腺ガンが増えているというのを否定できますか?

山口:否定できるか? ……できないかもしれません。

佐々木:じゃあ肯定できますか?

山口:言い切りはできないですけど、可能性はあるのかなと。

佐々木:アベノミクスによって雇用は回復している。肯定できますか? 否定できますか?

山口:うーん、できないです(笑)。

佐々木:そういうものをフェイクニュースと言うんです。

夕刊の締切後は昼寝タイムだった新聞社

佐々木:否定も肯定もすぐにできないから、自分自身で考えますよね。なぜでしょうか?

山口:実際に自分で体感していないからわからないんですかね。

佐々木:でも、昔だって体感していなかったでしょう。

山口:情報が多すぎるからでしょうか?

佐々木:昔だって、新聞やテレビでずっと情報は流れてたでしょう。なぜでしょうね。そこが現在の困難さなんですよ。いろんな要因が絡んでいるので、一言で「こうだ」とは言えないんだけど、原因はいくつかあります。

1つは、世の中がものすごく複雑になってきて、一見してわかりにくくなっているという要素はけっこうあるかなと思います。新聞記者時代に官公庁などの記者クラブも担当していたんですけど、夕刊の締め切りは昼の12時か1時くらいなんですね。

夕方からまた仕事が始まるんですけど、午後はわりと自由時間なんですね。僕が新聞記者をやっていたとき、夕刊の締め切りが終わって、午後はみんな昼寝していました。ソファでガーッて寝ちゃうんですね。

最近の記者クラブの様子を聞くと、誰も寝ていない。みんな必死で勉強している。本を読んだり、レポートを見たり、あるいはネットでいろいろ調べ物をしたり。なぜかというと、調べないとついていけないからです。

「物価が上がるのはけしからん」は本当か

佐々木:複雑化している理由はいろいろあるんだけど……わかりやすい例を1つあげましょう。物価が上がるのは、いいこと? 悪いこと?

山口:うれしくは、ない......。

佐々木:そう思うでしょう? 庶民感覚でいうと物価が上がるのはけしからんという話なんだけど、デフレ時代の20〜30年を経た我々の経済知識としては、物価が上がらなければ生産者にお金が回りません。生産者に金が回らなければ、その生産者のもとで働いている従業員にもお金が回りません。そうすると、従業員は物が買えない。従業員イコール消費者でもあるので、彼らにも物を買ってもらわなきゃいけない。

そうすると、物価がどんどん下がり、デフレになる。物が安くなるとうれしそうに見えるんだけど、実は自分で自分の首を締めている。みんなが物を買えなくなってしまうので、物価が下がるのはよくないんです。

これが昭和の時代の常識だと、物価が上がるのはけしからんとなるわけです。「物価が上がった」という言葉に、もうワンセットつけて「庶民の生活を直撃」みたいに、わかりやすい決まり文句をくっつけたりするんですよ。これこそが昭和の時代の神話でした。

ところが、この30年間は複雑でややこしくて、面倒くさくて陰気なデフレ時代を経たいま、そんな単純な話じゃないよと気づき始めたんです。物価が上がって、お金が回ってようやく我々の経済が回り始めるんだから、物価が上がらないとだめなんだよと常識が変わり始めている。

つまり、そこですでに難しくなってるんですよ。そこが認識できないと、昔のわかりやすい時代のまま物語で語ろうとして失敗するという話なわけです。このように複雑になっています。

デマも島宇宙のなかでは真実に変わる

佐々木:もう1つは、インターネットの出現ですよね。1995年にWindows95というOSがMicrosoftから発売されました。これには初めてインターネット接続機能が搭載されていました。当初はホームページなり、いろいろなウェブサイトを巡回して見るだけで、双方向作用もなにもなかったんだけど、掲示板の2ちゃんねるが、2000年か2001年くらいに出てきたんですね。

そして、2005年くらいからミクシィという日本製のSNSが出てきました。Twitterが日本で普及したのが2009年くらいですね。でも、なんだかんだ言って、Twitter普及の一番の後押しになったのは2011年の震災です。その後から一気に普及したので、まだわずか7〜8年の歴史しかない。

ただ、この7〜8年の間に、いろんな人が情報を発信するということが一気に起きた。なにが起きるかというと、デマが流されるんです。例えば、ありえない嘘を書く人がいる。その嘘を書いた人に対して、大抵の人は「嘘だろ」と反応するんだけど、「彼の言ってることは正しい」と言う人が少数ながら現れると、その正しいと言っている人たちの間で小さな島宇宙を形成して、他の人の言うことを聞かなくなる、いわゆるカルト化みたいな現象が起きます。

これが起きると、その島宇宙の中で生きている人たちは、「我々の言ってることが絶対正しい」という思いこみがどんどん強化されていって、絶対にそれをデマと認めなくなるんです。

その状態で外からデマだと言っても、単に信仰が強化されるだけで、決してひっくり返らないという状況が起きる。これが日本の人口1億2千万の中での少数、もしくはTwitterユーザーの7千万から9千万の中の数千人での話だったらいいんです。でも、そういうクラスタが数十万、数百万規模で起きてしまっているのが現状です。

歩み寄りの議論よりも先に石を投げ合うという愚行

そこでさっきの等価性の話に繋がるわけですね。いまの状況は、例えばアベノミクスの問題に関して言うと、雇用が回復しているのは間違いない。ただ、雇用が回復している原因がアベノミクスにあるのか、アベノミクス以前からなのか、リーマンショックからの回復で雇用が回復してきているものなのか、議論がいろいろわかれてます。

わかれているなりに折り合いをつけて議論すればいいんだけど、歩み寄りの議論をするよりも、まず石を投げるのが優先されている。安倍首相賛成派と大嫌い派の間で、お互いに石を投げ合っているわけです。そうするといつまで経っても正解がわからないままですよね。

その問題に言及した瞬間に石を投げられるのがわかるから、みんな遠ざかるということが起きる。そうすると、本当のところがどうなのか、誰もわからなくなってしまいます。

これは、福島の甲状腺ガンの話題もまったく同じですね。診断の結果、甲状腺ガンが増えているのは事実である。しかし、これは一方で過剰診断で、日本国内、どこの地域でも、福島以外でも同じく甲状腺ガンの検査をすれば、同じように多発しているのがわかってしまう。

甲状腺ガンは進行が遅いケースが多いので、いままで誰も気にしていなかっただけです。それをむりやり診断したから増えただけだよという意見もあります。一方で、「いやいや、放射能のせいだ」と言っている人たちもいる。

この2つがまったく分離してしまって、お互いに歩み寄るどころか、ただ石を投げ合うだけで決して近づくことはないんです。この現象は、SNSである程度強化されているという現実があるんじゃないかなと思うんですよ。

山口:そうですね。SNSは、TwitterでもInstagramでも、なにかを投稿すれば、それに対して批判する人がいますものね。

炎上に加担しているのは、全ネットユーザーの0.5%

佐々木:そうなんですよね。ただ、希望的観測が1つあって。……希望なのかわからないですけど、慶応大学に田中辰雄さんという教授がいます。しばらく前にGLOCOM(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター)の研究者と一緒に、『ネット炎上の研究』という本を出されています。ネットの炎上はなぜ起きるのかを、ずっと研究されていたんですよ。

今までは、みんなも単なる思い込みで見ていたじゃないですか。例えば、ネットを炎上させているのは引きこもりだとか、同業者だとか。この研究では、実際のところネットを炎上させているのはどんな人なのかというのを、いろんな人にアンケートして、定量調査したんです。これは日本で初めてだと言われています。

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